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何が悪い

 夜明けの戦勝報告に、カシミエールの国じゅうが歓喜に沸いた。

 不毛な消耗戦はついに終わった。騎士たちが神経をすり減らして待機する必要も無い。

 

 セツナは頭陀袋を背負って大通りを歩く。通りの誰もが愉快に笑っていて、気ままに冗談など飛ばし合っているように見える。

 人々は大きな流れを作っており、セツナはそれに流されるように進んでいる。北の大門の前にある広場のほうへ。


「我がカシミエールの禍根はここに絶たれた! 以後、この地は永遠の平和と豊穣が約束されるであろう!」


 地の底から湧き上がるような歓声が広場を包む。盟主は大仰な手振りで聴衆を煽り、その度に至る所で声があがる。セツナは広場の隅に移動して、段差に腰掛けてそれを見ることにする。

 戦勝式はつつがなく執り行われているようだ。セツナはこの戦争の功労者として紹介される予定もなかった。


「セツナ」


 声に振り向くと、祝福ムードに似つかわしくない陰気な優男が立っていた。ランバルである。


「君はあそこにいなくていいの?」


 セツナが盟主の傍に控える大量の騎士たち――デイトナの姿もある――のほうを示すが、ランバルは肩をすくめて否定する。


「俺はこの国じゃ部外者みたいなもんだからな……」


 そう言ってセツナの隣に腰掛けると、打って変わって明るい調子で話し始める。


「あんた、本当にあの騎士を倒したんだな。すげえよ」

「まあね」

「あそこに並んでる騎士の誰よりも強いってことだ。誇っていい」

「どうかな」


 セツナが面倒そうな返答を繰り返す。ランバルは意外そうな顔をした。


「眠いのか?」

「……別に」


 戦勝式では、盟主に代わってデイトナが壇上に上がって何かを語り始めた。セツナは彼は騎士団長だったということを初めて知る。


「文通の女の子はスパイ活動だった、ってあの騎士が言ってたよ」


 どくりとセツナの心臓が嫌に鼓動した。セツナは頬杖をついてデイトナのほうを見ているが、話はもう入ってこない。


「騙されてたんだよ、君は」

「……そうか」


 存外にランバルが落ち着いているので、セツナは少々驚かされた。


「そんな気はしてたんだよな」


 ランバルは自嘲気味に笑った。


「質問には抽象的な返事しかしないし、誰にも見つからず手紙が届けられるのだっておかしいことだ。そうか、全部スパイだったか。……そりゃ俺の気持ちなんて、届かないわけだ」


 セツナは何と声をかければいいか分からず、押し黙った。ランバルもそれ以上語らず、周囲が騒がしい中、二人だけが別世界のように重苦しく沈黙している。

 

 黙っているとデイトナの言葉が耳に入ってくる。演説は相変わらず続いていた。


「しかし、我々はついにかの者を討ち果たしたのだ! 皆の者刮目せよ! そしてしかと見届けよ! これが、我が国を長きに渡り苦しめてきた、卑劣騎士の首だ!」


 デイトナの言葉と共に首が掲げられた。セツナは目を見開いた。掲げられたその騎士の首は少女のもので、陽光に煌めく髪は白銀、虚ろな瞳はこの距離からでも分かる黄金。

 セツナは反射的にランバルのほうを見ていた。


 ランバルは神妙な面持ちでそれを見つめている。険しく、非難しているようにも見える。この眼差しは――。

 セツナが何か、言葉にならない言葉を言いかけたその瞬間、突然ランバルが立ち上がって叫ぶ。


「カシミエール万歳!」


 その声に、何人もの民衆が驚いて振り返る。デイトナの演説も止まっていた。奇異の視線に晒される。それでも、ランバルは言い続けた。


「カシミエール万歳!」


 そのうち、一人の民衆が遠慮がちに声を重ねる。


「か……カシミエール、万歳!」


 それを皮切りに、一人、また一人と高らかな声は伝播していく。騎士たちも同様に声を揃えていく。


 やがて声は広場を埋め尽くし、カシミエールの人々は一つになっていく。


「カシミエール万歳!」


 * * *


 式も終わり人がまばらになった広場の隅で、セツナは個人と簡単な挨拶を済ませた。デイトナは別れを心から惜しんでくれた。盟主は感謝こそすれど煙たがっていた。


 最後に、セツナとランバルは握手を交わす。


「もう出発するのか」

「うん。長居しても、お金の無駄になるだけだしね」

「そうか」

 

 ランバルの表情は晴れ晴れとしていて、ほんの少しだけ精悍さを帯びている。


「ありがとう……、いろいろとな。全部調伏師のあんたのおかげだ」

「大したことしてないよ」


 ランバルのその瞳にセツナは様々なものを読み取った。戦争のこと。手紙のこと。そして、あの騎士のこと。


「西に向かうのか?」

「うん。ずーっとね。いつか星を一周した時にまた会えるかもね」

「じゃあその時は俺が盟主だな」

「調子良いなあ。……じゃ、もう行くね」


 正門を出て、クォンタを遥か右手にセツナは西へ向かう。旅を続けるために。


「ありがとう、強かな隣人よ!」

「ほーい」


 セツナは振り返らないで手を振り、そのままカシミエールを後にした。


 いくらか歩いてカシミエールの外壁から離れると、セツナは頭陀袋から魔剣を取り出した。


「そろそろ自分で歩いてよ」


 セツナがそう言うと、魔剣たちは白く輝いて人の姿へと変化した。アングが眠そうにあくびして、クレーヌはきょとんとした顔でセツナを見つめている。


「どうして嘘をついてまで、本当のことを隠したのですか?」

「……」


 答えずにセツナは歩き出す。後ろをついてくるクレーヌは黙ったままじっとセツナを見つめている。


「遺言は呪いだからね」


 それはどこか、諦念を含んだ言い方だった。


「遺言を聞いた生者は、それから先の人生を死人の言葉に縛られたまま生きていくんだ。そんなもん呪いだよ。死人に呪われたままの人生なんて無いほうがいい」

「独善的ですね」

「なじってくれていいよ。私はランバルの生の幸せこそ、彼女にとっての死後の幸せだと思ってるんだから」


 不意にセツナの体が後ろから抱きしめられた。クレーヌの柔肌の感触を目一杯感じる。


「私はそれでいいと思いますよ? だってセツナは正しく自分の使命を果たしてくれましたから。それ以外は望みません」

「そうだね。すべての生物の根底には独善がデザインされている。…………それの、何が悪い」

「私たちも生き物なのでしょうか?」

「知らないよ」


 しばらくの間は国同士のわだかまりを解くことで精いっぱいだろうが、クォンタが解体されその内部が明らかになっていくうちに、彼女の受けてきた苦難も白日の下に曝されるだろう。ランバルはその時にすべてと向き合えばいい。騎士としての資格を身に着け、すべてを受け入れられずとも受け止められる心を手にしたあとのその時に……。


 『他人のために生きて何か楽しい?』と私はランバルに尋ねた。私も彼も、自分のために生きたい人間だった。

 騎士とは主に仕える存在だ。私たちとは相反する存在だ。でも君は彼らと生きていくことを選んだ。きっと、君は善い生き方を見つけられる。

 私達は呪われるべきではないんだ。この世界で、生者と共に自分の意志で生きていくべきなんだ。


 呪いなんて、遺言なんて、この世から無くなってしまえばよかったのに。

 

 すべて聞かなかったことにできたらよかったのに。

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