遺恋状
物言わぬ騎士の、鎧の下の目がじっとこちらを見つめている気がした。セツナは魔剣を納めて、力の解放を解いた。
「君は騎士じゃ無かったんだね」
訓練されていない、解放した力に任せた剣の振り方。明らかにあり合わせの板金鎧。身分を示す紋章の首飾りを着けていないこと。
正当な家で育った騎士では無い。そもそも、騎士の生まれですら無いかもしれない。
平民の家に生まれた娘がある日偶然魔剣を調伏してしまい、家族を人質にとられ最前線へと送られる。助けを求められない監禁状態で、目を瞑って魔剣に手紙を届けさせる――そんな光景をセツナは瞼の裏に見る。
「……」
少女は何も答えなかった。そんなことはどうでもいいと語るようであった。
そして少女は吐血混じりの咳をして、静かに話し始める。
「……あなたに言伝を頼みたいの……。騎士ではないあなたに、頼みたい。わけがわからないとは思うけれど……どうか、お願いします。……ランバルという男へ」
「……うん。いいよ」
セツナはその小さな声を聴き届けるため、少女の近くに屈んだ。
「ありがとう……」
少女はか細い息を精いっぱい吸って、ゆっくりと吐き出していく。
「ずっと……言うべきなのか、迷ってた。一緒に逃げようと、一言だけ。それで全てが、変わったかもしれないのに。暗い戦場で、殺し続ける……日々の中で、牢獄で毎夜、悪夢を見る夢の中で……あなただけが、救いだった。この気持ち、だけを、頼りに……生きて、きた、だから……」
少女の言葉はそれ以上続かなかった。
横から入って来た大男の太い足が、彼女の鎧を思い切り踏んづけたからだ。泥まみれの汚れたブーツが彼女の体を何度も踏みつける。
いつの間にか二人の少女の周りをカシミエールの騎士たちが取り囲んでいた。皆が憎悪と怒りの目を彼女に向けている。
「このクソ野郎が!」
騎士の誰かが、剣を少女の無防備な脚に突き立てた。ねじると血が溢れ、止まらない。
「よくも、よくも……!」
また誰かは、彼女の腕部鎧を外してその腕を斬り落とす。鎧でくぐもった激痛の叫びが聞こえた。
「てめえはもう関係ねえんだろ!? すっこんでろ!」
騎士の誰かに払いのけられて、セツナは集団の外に投げ出された。もう少女の姿は見えない。クォンタの騎士たちはあれから一歩も動いていない。
「鎧を外せ! 首を落とせ!」
「まだだ! 死ぬまで苦痛を与えるんだろう!?」
大の男たちがよくもまあ一人の少女をあんなにも嬲れるものだ。騎士の世界に恨みつらみはなんとなく不似合いだと思っていた。セツナは茫然とそんなことを考えていた。何も具体的なことは考えたくなかった。
それからしばらくして、カシミエールの騎士たちがクォンタ側へと進軍し、戦いが始まった。憤怒の炎をそのままに突き進む彼らに、クォンタの騎士たちは浮足だっているようにも見える。
彼女の遺体は残らなかった。
ばらばらになった廃材のような鎧と、赤黒くぐちゃぐちゃになった彼女の肉片だけが土の上にたくさん乗っている。
肉片になったものを遺体とは呼ばない。呼べないのだ、決して。
残照はもう消えてしまった。




