秘密の手紙
突然声をかけられてセツナは肩をびくつかせる。声の主はただの無害そうな青年だった。
中での会話が聞かれていないかセツナは内心どきどきしている。もしものためにアングの存在は伏せておきたかった。
「うん。君だれ?」
「なんで戦争なんかに参加できるんだ? 怖くは無いのか」
「怖さもあるけど、それ以上にあたしにとって重要なものがあるんだよ」
質問に答えない生意気なガキだと思ったが、セツナは大人の対応をすることにした。
「ふーん……。分かんねえな」
「いいよ分からなくて。それで君誰?」
「ランバルだ。盟主の一人息子さ」
セツナはにわかに驚いた。昼間謁見した盟主とは顔立ちこそ似ているが、覇気というか、纏う騎士としての雰囲気が彼からは一切感じられなかった。柔和で穏やかな顔つきは、騎士というより粉挽きのようだ。
「君は皆と違って戦いに消極的みたいだね?」
「当たり前だ。敵って言っても、クォンタの兵士も同じ人間だ……正当に生きる権利がある」
そう言ってランバルは自嘲気味に笑った。
「なんて言ってるから俺はこんな王宮の隅で寝ることになってんだけど」
見れば、ほど近いところに開きっぱなしのドアがある。彼の寝室らしい。
「じゃあ私たちと一緒だ。周りに馴染めないぼっち君」
「一緒にするな。あんたらは戦いに行くんだろう?」
「行くよ? でも私たちの目的は戦争っていうより、人探しみたいなもんだから。向こうの騎士さえ見つけたら、もうこの国からは消えるつもり」
「殺しのために来たんじゃないのか?」
「なんじゃそりゃ。私そんな野蛮人に見えるかな」
「いや……今までの傭兵は全員そうだった。戦争を殺人ついでの金稼ぎとしか見てないような奴ばっかりだった」
ランバルは苦い表情だ。流れ者の傭兵にはロクな者がいないらしい。確かにその通りだとセツナは内心頷く。
「気をつけろよ。奴らは全員あの騎士に殺された」
「心配してくれるんだ。優しいじゃん」
「あんたは他の奴らと違うみたいだからな」
「いえい。よく言われます」
セツナがピースを作っておどけて言うと、ランバルは呆れたように笑った。
「毛布、貸してやるよ」
「本当? ありが……」
セツナの言葉が不自然に途切れた。冷や汗がたらりと流れる。
「ま、中でいろいろ話そう。……あんたが隠してることも含めてな」
* * *
流石に次期盟主候補としてか、ランバルの部屋はそれなりに綺麗で、簡素だが家具の類も充実していた。尖塔の部屋とは10メートルと離れていないにも関わらず、である。
セツナははばかるように声を潜める。
「聞こえてたの?」
「ああ。聞くつもりは無かったんだが、思いのほかあんたの声がデカくてな」
ランバルはベッドの上で壁に背をもたれさせて座っている。
「魔剣を二人連れた調伏師か」
「……」
「口封じのために俺を殺すか?」
「そんなことしないよ。ふつうの街じゃいっつも人間状態で連れ歩いてるし」
セツナの言ってることは事実だが、それはある程度の武力を持たない街に限ってのことだ。兵士だらけのこの国で迂闊に手の内を見せることは避けたい。
注意深くランバルの動向を伺うセツナ。ランバルが急にベッドから下りる素振りを見せた。
「じゃあ、俺の秘密も聞いといてくれないか」
「……自分から秘密を打ち明けていくのは、斬新だね?」
「親父や騎士たちに知られたらかなり不味い話だ。口封じをする必要があるくらい」
ランバルはベッド脇の小棚から小さな鍵を取り出して、机の引き出しを開けた。引き出しの本を手に取ると、そこに挟まれていた折りたたんだ紙片のようなものを静かに広げていく。
テーブルの上に広げられたそれは手紙だった。
「これは……」
――親愛なる人へ。
籠の鳥は歌う。届かぬ人の想いを。
群青が世界を覆っても、私の心は覆えない。
剣を取る者と、鍬を取る者の違いは?
人と人を線引きする苦痛を、いつになったら自覚するのでしょう。
「なんじゃこりゃ」
「文通してるんだ。クォンタの女の子と」
「これまた文学的というか観念的というか……」
「俺は普通の返事を出してるんだけどな。きっと彼女はクォンタの教養ある家庭に生まれた淑女に違いない」
それから他の手紙も見せてもらったが、同様に抽象的な文章のものばかり。唯一セツナに理解できたのは、彼女が両国の戦争を忌避しているということだ。
「結構やり取りしてるね。ばれないの?」
「もう半年近くになるが……誰にも知られてないと思う。向こうの使用人か何かが森を通って手紙を届けてくれるんだが、音も無くて物凄い素早いんだ」
セツナは疑わずにはいられなかった。半年もの間秘密裏に行き来できる人間がいるだろうか? 人間にはいないだろう。
「この子、名前だけは頑なに教えてくれなくてな。ほら、これが名前を聞いてみた時のやつ」
――親愛なる人へ。
夢に終わりはありません。人の世が続いてゆく限り。
告げるようなものは持ち合わせおりません。それが人の世の常なれば。
あなたがもしも夢を見たいと思うのならば……。
磨き抜いた首飾りの銀と朝焼けの黄金をお探しください。
「全く答えになってない……」
「名前は分からないけど、銀の髪と黄金の瞳なんだろうな」
「は!? どういう理解力!?」
「俺の容姿も教えてたんだよ。彼女は律儀な人だから、ちゃんと対応した文章を書いてくれるんだ」
文通相手について語るランバルの顔は心底嬉しそうだ。
「なんか急に活き活きし出したね、君」
「ああ。これを頼りにして、なんとかやっていけてるっていうか……。俺はあんまり騎士の気風ってのが好きになれなくて」
と思いきや、ランバルの表情に陰りが差す。
「こんなの、裏切りに等しいよな」
「別にいいんじゃない?」
セツナはあっけらかんと言い放った。
「家柄の信念なんて、君がこの国を出ればどうでもよくなるんだし。結局人は自分一人で生きることになるんだから、自分のために生きなきゃ」
「それはただの一人よがりじゃないのか?」
「他人のために生きて何か楽しい?」
騎士とは君主に仕え命を捧げるものだ。カシミエールにおいてセツナは異端の存在だ。
ランバルは驚いたように眼を瞬かせ、噴き出した。
「楽しくない」
「それに騎士って古臭いし、今時流行らないよ」
「そうだな」
ランバルはやはり騎士らしからぬ優しい笑顔を綻ばせた。それを見てセツナはちくりと胸を痛める。
「ほらよ、持ってけ」
そうして放り投げられた毛布を受け取ってセツナは部屋をあとにする。
「じゃあね。文通の子と逃避行でもしたらー?」
「うっせ」
おそらくランバルの文通相手は調伏師だろう。
つまり彼の心のよりどころを殺さなければならないのだ、私は。
尖塔の部屋に戻ると、ベッドに寝ころんだままのクレーヌが目を開けて待っていた。
調伏者と魔剣は五感の処理過程を共有する。セツナが見聞きしたことをクレーヌたちは全て知っている。
「はいよ毛布」
「サンキュ」
アングが素早く毛布を受け取るなりくるまった。
セツナもベッドにもぐりこんで灯りを落とす。
「女の子の騎士だって。すごいよね戦争なんか」
「セツナも女の子なのに戦っていますよ?」
「そうだけどさ……」
不意にクレーヌが手を伸ばしてセツナの頭を撫でた。優しい感触にセツナは温かな気持ちになる。
「国のため、誰かのために戦うなんて、私にはできないよ」




