騎士の国
また思い付き次第章追加していきます。
騎士の国カシミエールは一辺10キロメートルの壁に囲まれた非常に小さな城塞国家だ。
そして3キロメートルも離れていないほど近くに同様の城塞国家クォンタが位置し、両国は戦争の真っ只中にあった。
調伏師セツナとその魔剣たちは、この二国のどちらに入ってみるかをくじで決めて、結果カシミエールに入ることになったのだった。
どうして両国はこんなにも近いのか、なぜ戦争状態にあるのか、セツナは知ろうとも思わないし、クォンタにいるという謎の騎士の存在を耳にするまでは滞在する気も無かった。
小さいながらも立派な作りの王宮のテラスに出て、セツナとクレーヌは駐屯地のほうを見やる。アングは剣の状態でセツナの頭陀袋の中である。
「騎士の人たちがずっと殺気立ってるみたいですけど」
「ええ。何せクォンタの奴らが思い立ったら10分で到着できる距離ですからな。24時間、迎撃態勢をとっております」
駐屯地は王宮から北側、クォンタに近いほうだ。北側の外壁には大きな通用門が閉じていて、大通りがそのまま騎士たちの動線となっている。反対側から攻めるなどの卑怯な手を向こうの騎士たちは使わないらしい。
「うわあ、それは大変だ」
「本当に。いつ終わるとも知れぬこの戦い、国民の士気も下がるいっぽうでありまして……。この佳境に調伏師殿が我が国にお越し下さったのは僥倖以外の何でもありません」
禿げ頭の大臣は張り付けたような笑みを浮かべ続けている。セツナを味方につけるためなら今すぐ頭を床に擦りつけそうなくらいだ。それだけ切羽詰まっている状況なのだろう。
市場でクォンタの騎士のことを聞いてそのまま王宮に向かうことにしたのがついさっきのことである。
セツナが活気ある街の様子を眺めていると規則正しいノックの音がした。
「陛下の謁見の準備が整いました」
* * *
「貴公の狙いは何だ?」
沢山の騎士を傍につけ、不健康な咳をする盟主は虚ろな目で尋ねた。
「カシミールに助太刀してくれることには感謝する……しかし貴公は旅人だ。このような辺境の醜い戦争に身を投げ打てる動機が理解できぬ」
なるほど確かにカシミールからしてみればセツナがスパイの可能性もある。セツナは今になって自分が怪しさMAXであることに気づいた。
柄に手をかけたままの騎士に囲まれた状態で、セツナは笑顔で言う。
「一つ断っておきますが、私は貴国の戦争に参加するわけではありません」
大臣を始め周囲の文官もどきに小さな騒めき。
「ただ向こうの軍勢が現れた時、私は戦場を散歩して、件の騎士を見つければそいつを殺すだけです。それ以上、クォンタの兵士と戦ったり、貴方たちの作戦を援助したりはしません。そこんところご了承下さい盟主様」
「貴様!」
騎士の一人が吠えて一歩踏み込んだ。セツナが立ち上がりかけるクレーヌを小さく制したのと、盟主が低く呟いたのは同時だった。
「よい」
騎士はすぐさま退いて、クレーヌも元通り座り直した。
「では何故件の騎士を殺そうとする?」
「それは……」
セツナは返答に迷った。全ての魔剣を滅ぼすため、などという奇怪な動機を話して機会を逃すのは困る
からだ。
そしてセツナは妖しく笑って言う。
「我が闘争に値する者がこの国にはおりません」
帝国劇場の主演のようにたっぷりと余韻を持たせて。
「ほう……。カシミエールの騎士を愚弄するか」
「事実です。ご要望とあらばこの場にいる兵士全員、惨殺死体にして差し上げましょうか」
戯言のようなセツナの言葉には、その実一蹴できないような凄みも感じられた。
誰も声を発さない異様な雰囲気の中、一人の騎士が声をあげる。
「では私めが、手合わせ願いましょう」
「デイトナ」
デイトナと呼ばれるその男は長身やせ型、整った顔立ちゆえ、騎士というより貴公子という言葉が似合う。
「うむ。存分に戦え」
「御意」
戦う面倒ができたことでセツナは内心焦りながらも冷静を装う。アウェイクの力は命を削るため、なるべく使用は避けたい。
「どこで戦うんですか? あたしはどこでもいーですけど」
「下に闘技場がございます。そこがよろしいでしょう」
「はーい」
「それと」
デイトナの厳しい視線が向けられた。
「我らは兵士ではありません。騎士です」
「……そりゃすみません」
セツナは辟易としながらデイトナについていった。
* * *
闘技場が静まる。両者の荒い呼吸だけが聞こえてくる。長身の騎士は既に剣を置いている。
結果から言おう。デイトナとの模擬戦にセツナは勝利した。セツナが本気を出さなかったにも関わらず。
セツナはデイトナに近寄って、囁くような声で言う。
「手加減してたでしょ。なんで?」
「我ら共に戦う同志。今ここで勝敗を決める必要がどこにございましょうか?」
周囲の静まりようを見れば分かる。デイトナの敗北は騎士たちの士気を少なからず下げたはずだ。敗北の利益は無い。
「なんてね。最初の太刀筋で、あなたが人間の域におられないことを悟りました。あなたはまだ力を隠しておられる。それも、出来るだけ温存しておきたい力が」
「……ご親切、痛み入るよ」
かくして模擬戦は騎士たちの納得のいかなそうな幕引きとなった。
* * *
その夜。セツナは客室として城の離れにある尖塔を案内された。埃っぽい部屋にぼろのベッド一つ。見るからにその場しのぎであり、あからさまに煙たがられている。
「ベッドが一つしか無いですね?」
「まー……、私ら二人くらいなら寝ころべると思うけど……」
セツナは申し訳なさそうな顔でちらりと後ろを見る。人間形態に戻って、ふてくされた顔のアングが立っている。
「俺は床でいい」
「ごめんね、アング」
「謝罪で安眠できたら良かったのにな」
アングはどかりと身を投げ出して眠る態勢をとった。
彼がこんなにもぷりぷり怒っている理由は、昼間の闘技場の件のあとセツナが騎士たちに無愛想を貫いて、その結果冷遇を受けることになってしまったからである。そもそもの発端はセツナの魔剣利用を卑怯だと罵った騎士の側にあるのだが。
「やっぱりあたし毛布かなんか貰ってくる……」
「はーい」
クレーヌは手早くベッドに潜り込み、こちらも安眠態勢だった。五感の伝達処理を共有する都合上、魔剣たちには眠ってもらうのが都合が良い。
セツナはしょぼしょぼ部屋を出る。
「アンタが噂の調伏師様か」




