プロローグ
剣。
それは古の戦いに散っていった戦士たちの相棒。醜く相手を叩き潰すための道具。己を顕示する磨き抜かれたエゴ。数多の肉を斬り骨を断ち、永劫に血を啜る破壊の兵器。あるものは捨てられ、あるものは壊れ、またあるものは尊ばれ、あるものは人知れず消えてゆく。
ある時奇跡が起こった。初冬の静けさに身震いする朝。村の木こりは森へ出掛け、そこで目撃した。木漏れ日の中で眠るようにじっと突き刺さった古びた剣が朝焼けよりも眩く輝いているのを。昨日見た時はあっただろうか。あんなにも目立つ大振りの直剣が。いやそんなことはどうでも良かった。太陽のように白く融けて輝く刀身が変形しているのだ。
それはやがて木こりと同じくらいの高さを形作り、人型へ。
「主よ……」
木こりはそれに近づいていた。この世のものとは思えなかった。美しい女の姿形をしていた。
「……お前は」
教会で祈るような穏やかさを込めて、可憐な女はだがしかし無機質に言った。木こりは手を伸ばしひざまずこうとした。
木こりは殺された。彼女の白い腕によって首を引きちぎられていた。裸体が鮮血で艶やかに濡れる。彼女は指先の血を味わう様になめとり、恍惚の表情で村の方へと歩き出した。
この日を境に、剣が人の姿を為し人々の前に現れるようになった。彼らは怒りと、憎しみと、喜びのために人々を殺しまわった。人々は怖れ、先の戦いの怨念を宿す彼らを魔剣と呼んだ。
だが人類は怯えるだけにとどまらない。
彼らの心に宿る闇を調伏し、魔剣たちと心を合わせる者達がほんのわずかに現れた。彼らは魔剣師と呼ばれ、魔剣の負の心を抑え込み代わりに自身の心を写すことで魔剣を善良の存在へと昇華させる。
魔剣師は一対の血塗られた相棒と共に魔剣を狩る。
これは哀れにも心と命を宿してしまった魔剣たちの憎悪と贖罪の物語。