9 あっけない新婚初日②
「何か、屋敷のことを手伝えたらいいのだけど……」
「俺は、そういうことを頼むために君を妻にしたんじゃない。それに、こういうのはヘルベルトの管轄だ。あいつにリンデを働かせたいと言っても、恐縮してしまうだろう」
確かに、真面目そうなヘルベルトは仮にも「奥様」である私に仕事を分けそうにないし……下手すれば、彼の足を引っ張ってしまうかもしれない。
「それもそうね。……それじゃあ、外に働きに出るとかは?」
「だめではないけれど……さすがに職種は制限させてくれ」
「分かっているわよ。まさか私も、おへそが見える服を着て皆の前で踊りたい、なんて言わないから」
「絶対にやめてくれ」
冗談半分で言ったのに、本気で止められた。
……まあ私も、きれいにくびれているわけでもない自分のお腹を丸出しにして踊る勇気はない。踊っても、お客さんからぶーぶー言われるだけだろうし。
「はいはい、分かってるわよ。これまで私は事務系の仕事をしてきたから、そういうのができれば一番ありがたいわ」
「事務、か……。……分かった、少し考えておく」
「ありがとう」
……よかった。ちゃんとバルトと会話ができている。
子どもの頃に険悪な関係のまま別れたっきりだったけど、「これは契約だ」と割り切れたからか、それとももう結婚宣誓書を出して後に退けない状況になったからか、私もバルトもわりとさくさくと事務的に言葉を交わせていた。
「それから……ああ、そうだ。君のための部屋はもう、上に準備させている」
「そうなのね、ありがとう」
「ああ。もし恋人を作ったら、自分の部屋で一緒に過ごすようにしてくれ。女性陣なら、君の味方になってくれるだろう」
……せっかくいい感じに会話ができていたのに、興が冷めてしまった。
「……ええ、そうするわ。バルトも、ご令嬢を連れ込みたいのならご自由に。でも私も空気を読みたいから、事前に伝えてくれたら助かるわ」
「……。……そういうことはないだろうが、了解はしておく」
バルトは、奥歯に物が挟まったかのような言い方をした。
その後、私たちは夕食を摂って風呂に入り、寝ることになった。
寝る先にバルトと一緒に私の部屋に行ってみたけれど、その内装は女性らしいパステルな色合いで統一されていて、思わず歓声を上げてしまった。
「可愛い!」
「……そうか。気に入ってくれたか?」
「ええ!」
入り口にバルトを置いて部屋に入り、いろいろな調度品もチェックする。
白や薄青色など、子どもっぽすぎない色合いの壁やクローゼットは絶妙なチョイスで、レースのカーテンの模様や頬ずりしたくなるような柔らかいクッションには思わずうっとりとしてしまう。
ベッドには、灰色の猫の抱き枕があった。
それをぎゅっと抱きしめて振り返ると、ドアのところでバルトが微笑んでいた。
「……リンデは子どもの頃、可愛いものが好きだと言っていただろう。だから、大人の女性が好きそうな可愛い内装にしてくれ、と皆に頼んだんだ」
「覚えていたの?」
「……まあな。他にもほしいものとかがあれば、遠慮なく言ってくれ。すぐに取り寄せさせる」
「ありがとう、でも今はこれで十分すぎるくらいよ」
……王都にある男爵邸には元々、私の部屋があった。
父の死後、可愛いものやきれいなものがたくさん詰まっていた屋敷から離れて、数年経って訪れたとき、そこはエルナのものになっていた。
大事にしていたぬいぐるみやクッションは全て捨てられていて、高級な人形はそのままエルナの私物になっていた。
それは私のもの、と言ってもエルナは「お姉様はもう十八歳なのに、まだこんなものが好きなの?」「お姉様には不要だろうから、私がもらってあげるわ」と鼻で笑うだけだった。
当時のエルナはまだ十二、三歳だったけれど、その頃からあんな感じだった。
あの頃捨てられたもの、奪われたものはもう戻ってこないけれど、そこによく似た雰囲気、よく似た温もりのある部屋を見回していると……目尻がじわじわと熱くなってきた。
バルトは私の様子に敏感に気づいたようで、ぴくっと体を震わせたけれどすぐに顔を背け、「落ち着いたら廊下に来てくれ」と言って出て行った。
その言葉にありがたく縋り、猫の抱き枕やクッションに頬ずりをしてビロードのソファの手触りや窓辺に置かれた可愛らしい観葉植物の鉢植えとかをしっかり堪能してから、私は廊下に出た。
……出てから猫の抱き枕を抱えたままだったと気づき、すぐに部屋に戻って抱き枕を戻してから、もう一度廊下に出る。
「お、お待たせ。本当に素敵な部屋だったわ」
「それはよかった。……それじゃあ、そろそろ寝よう」
寝よう、という言葉に一瞬だけ私の胸が高鳴ったけれど、すぐに落ち着いた。
これはいわゆる「結婚初夜」というものだけど、私たちは最初から共寝しないことが確定している。
キスも一緒に寝るのも、本当に好きな人とすること。
それが私たち夫婦の間で交わされた約束だった。
「俺は日によって出勤退勤時間がまちまちだ。俺はその日のスケジュールに従って行動するから、君は君で自分の過ごしやすいペースで起きて寝てくれ。食事なども、わざわざ俺を待たなくていい」
「分かったわ。でもバルトも、無理はせずにゆっくり休んでしっかりご飯を食べてね」
騎士は体を使う仕事だから、睡眠や食事が大切だ。
バルトは私の言葉に頷くと、背中を向けた。
「それじゃあ……おやすみ」
「ええ、おやすみ。よい夢を」
バルトが主寝室に入るのを見送り、私も自室に戻る。
そうしてメイドに髪をといてもらったり明日の予定を聞いたりしてから、猫の抱き枕と一緒にベッドに入った。
……こうして私たちの新婚初夜は、あっけなく終わった。




