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43/48

43 黒幕①

43と44はバルタザール視点です。

 バルタザールはすぐにディートリンデを連れ帰り、ヘルベルトたちに託した。


 彼女の付き添いをしていたメイドと御者はずっと真っ青な顔だったようで、彼らは眠るディートリンデを見て歓喜の涙をこぼしていた。

 彼らにも養生するよう言い、ディートリンデの世話を皆に頼んだバルタザールは、城に向かった。


 執務室前にはエトヴィンがおり、バルタザールを見るとお辞儀をした。


「どうも、隊長。なんとか間に合ったようで……本当によかったです」

「ああ。おまえたちが遊び(・・)の途中に監禁場所を見つけ、すぐに巡回騎士に伝えてくれたのが助かった」

「いえ、俺たちも好きでやったことですから」


 からっと笑って言った後、エトヴィンは一転して真面目な顔になった。


「ジルヴィア・フレーリヒ嬢は、騎士団に連れられて帰宅しました。既に父親のフレーリヒ子爵にも話が行っているそうです」

「なるほど。……それで、『あの女』は?」


 バルタザールとしては、諸々の連絡が終わり次第「あの女」の屋敷に乗り込む予定だった。

 だがエトヴィンはちらっと執務室の方を見てから、「それがですね」と少し疲れた様子で言う。


「……隊長がこちらにお戻りになるちょっと前に、マテーウスたちが例の監禁場所の近くでうろちょろしている『あの女』を見つけたのです。彼曰く、ニヤニヤしながら様子を見ていたそうです」

「……何?」

「あいつらは『あの女』を()けて、屋敷に行くまでをしっかり見張っていました」


 でかしたマテーウス、と普段はちょっと頼りない見習いに心の中で称賛を送り、バルタザールは頷いた。


「ということは、言い逃れはできないようだな」

「ええ。『あの女』は騎士団が到着するよりも前に屋敷に帰ったそうなので、まだ何も知らずニヤニヤしながら情報を待っている頃かと」

「……なるほど。これは、叩き潰し甲斐がありそうだな」

「おお、なかなか悪い顔をなさっていますね、隊長」


 そう言うエトヴィンも、なかなか怖い笑顔だ。


 いつも穏やかで気さくなエトヴィンだが実は腹黒っぽいところがあるというのを知るのは、騎士団ではバルタザールくらいだろう。












 バルタザールは騎士団に報告をしてから馬を駆り、「あの女」の屋敷に向かった。

 普段は郊外の屋敷で暮らしている彼女も、社交シーズンが近づいた今は王都にある屋敷で暮らしている。


 屋敷の前には、パンを食べながら見張りをしていたマテーウスたちの姿があった。


「すまない、皆。本当に助かった」

「いえいえ、俺たち、遊び(・・)疲れたからここでメシを食ってるだけですよー」


 礼を言ってもマテーウスたちはからっと笑うだけで、バルタザールも少しだけ微笑んだ。


「そうか。腹も空いているようだし、もう戻っても大丈夫だ」

「了解です。あ、でもこれは別に、腹が減ってるわけじゃないんです」

「こういうのに憧れていたんですよねぇ」

「そ、そうか」


 実のところバルタザールも彼らくらいの年の頃、「パンを食べながら張り込み作業」というのに憧れていたものなので、これについては何も言わないことにした。


 マテーウスたちを見送ったバルタザールは、屋敷――ミュラー男爵邸を見やった。


 ジルヴィアをそそのかしたのは、彼女より少し年上の令嬢。

 そして、ディートリンデの性格や弱点をよく知る者。

 しかも先ほど保護した小姓曰く、ディートリンデに暴行しようとした男たちから「金で買われた」なる言葉が聞こえたという。


 全ての条件に合致するのは、ディートリンデの従妹であるエルナ・ミュラーのみ。


「お、おおお? あなたは確か、バルタザール殿……」

「失礼する、男爵。お宅のご令嬢に用事がある」

「は? エルナに?」


 夜中の訪問者におっかなびっくりな様子の男爵の脇を通り、バルタザールは使用人に「エルナ・ミュラーの部屋に連れて行け」と命じた。


 バルタザールのただならぬ様子に完全に気圧された使用人がびくびくしながら案内した先――とても可愛らしい内装がどことなくディートリンデを思わせる部屋にて、銀髪の美少女と対面した。


「え? あ、あら、あなたは確か、ディタお姉様の旦那様の……?」


 現れたエルナは、まだ外出用のドレス姿だ。

 普通、この時間なら令嬢は室内着姿になっているはず。


 バルタザールは微笑み、逃げ場を塞ぐように部屋のドアにもたれかかった。


「ごきげんよう、エルナ・ミュラー嬢。今宵はどこかへお出掛けなさっていたのか?」

「え? ええ、まあ、ちょっと夜のお散歩に……」

「なるほど。自分が雇った男がちゃんとディートリンデを襲えているかを確認しに行ったのですね?」

「はぁ!?」


 エルナは、明らかに焦った様子で声を裏返らせた。

 ここできょとんとするとかくらいの演技ができればいいものを、エルナにはそこまでの才能はなかったようだ。


 バルタザールは薄く笑うと目を細め、わなわな震えるエルナを見た。


「ジルヴィア・フレーリヒ嬢をそそのかし、確実にディートリンデが穢されるように自分も男を雇い、監禁場所に向かわせた……というところか?」

「うっ……! ……な、なんのことでしょうか?」

「おや、人違いだったか? 妻の監禁場所の近くでニヤニヤと気持ち悪い笑顔で様子を見ている不気味な女がいると聞いたのだが」

「はぁ!? 誰が不気味な女よ!」


 貴族として生きるつもりなら、この女はもう少し演技ができるようにした方がいいだろう。


 エルナは今さら自分の失言に気づいたようではっと口を手で覆うが、バルタザールはそんな彼女を冷たい目で見るだけだ。


「証言もあるし、ジルヴィア嬢も告白している。……よほどディートリンデのことが憎かったようだが、このような手を取ったおまえの負けだ」

「……。……違うの。全部、お姉様が悪いのよ!」


 それまでは憤怒の形相でバルタザールを睨んでいたエルナだが、急に態度を変えるとくすんと鼻を鳴らした。


 ……彼女は女優の才能があるのかもしれない、とバルタザールは己の考えを少し改めた。


「バルタザール様はご存じないだけで、全部ディタお姉様が悪いの。ずっと私のことを馬鹿にしてきて、性格も悪くて、根暗で……」

「そうか。……で?」

「え?」

「おまえは妻に馬鹿にされてきたし、妻は性格の悪い根暗だという。……たとえそうだとして、今回の誘拐事件と何の関係がある?」

「何の、って……私をこんなふうにさせたのは、お姉様なのよ! お姉様がもっと優しくしてくれれば、私だってこんなことはしなかったのに!」


 エルナは目を潤ませると、その場にぺしゃんと座り込んだ。そしてぽろぽろと泣き始めるが、バルタザールの心は一切動かなかった。


「そう、私がいけないの。お姉様の言葉に乗って、こんなことをしてしまった私がいけないのよ……きっとお姉様も、私のことを恨んでいるわよね……」


 どうやら今度は、反省しているふりをする作戦に出たようだ。

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