42 危機
ドカン、とバキッの中間のような音を立てて、ドアが吹っ飛んだ。
星明かりのみが輝く夜空をバックに立っているのは――外の景色がほとんど見えなくなるような巨体の男。
それも、ざっと見ただけでも三人。
「えっ……」
まさか外から叩き開けられると思っていなかった年長の小姓が小さく悲鳴を上げた直後、彼の体が吹っ飛んだ。
「ぎゃあっ!?」
「なっ……!」
外にいる男にいきなり殴られた小姓は壁に体を打ち付け、転がったランタンの火が消えてしまった。
ゲホゲホ咳き込んでいるから意識はあるようだけど、壁にぐったりと寄り掛かっている。
「え、え、ええ……あ、やだ、やだぁぁ!」
「きゃあっ!」
男たちが乗り込んできて、一人が私を拘束し、もう一人が私の腕の中から年少の小姓を引っ張り出した。
その拍子に私のポシェットの紐が千切れ、小姓はそれを抱えた格好で宙づりにされる。
「待って! 子どもたちは……」
「うるせぇ!」
小姓はそのままぽいっと放られて、お尻から床に着地した。頭から落ちなかったことだけ幸いだけど、打ち付けたからだが痛いのか大声で泣き始めた。
「ふえぇぇぇ! いだいよぉ!」
「黙ってろ、ガキ共」
三人目の男が唸るように言い、私の体は床に俯せに叩きつけられる。
これは、この男たちは――小姓たちやお嬢様とは、違う。
彼らは、もしかして――
いきなり首の後ろに手が掛かってぞくっとしたけれど、両手を拘束されているので身動きできない。そのままドレスの背中部分が掴まれ、ビリリっと音を立てて破かれた。
「へー、この奥様、肌白いなぁ」
「あれだあれ、ずっと部屋に籠もってたから白いんだろ」
「それもそうか」
俯せにされているから見えないけれど、頭上で男たちが笑っているのが聞こえる。
身の危険――それも貞操の危機を感じて両脚をばたつかせたけれど、逆に足首を掴まれてしまった。
「いっ……や、やめて! やめろっ!」
「おうおう、一丁前に男勝りな声を上げて」
「悪いけど、旦那様に嫌われるような体にしろって言われているもんでな」
ぎゃはは、と笑い声が聞こえる。
必死に首を捻ると、壁際でぷるぷる震える小姓たちが。年長の方は鼻血を出しているし、年少の方は私のポシェットを抱えてぐすぐす泣いている。
「……待って」
「あ?」
「ここでは、やめて。子どもたちに……見せないで……」
これは時間稼ぎのためでもあるし、私の大人としての矜持のためでもある。
ドレスをひん剥かれようと、最後の最後まで抵抗する覚悟はある。
でも、ただでさえ痛い思いをして震えている子どもたちの目には触れたくない。
この子たちはもう十分、自分の行いを反省しているはずだ。
今後彼らの心に深い傷が生まれるようなことは……してはならない。
男たちは私の訴えをつまらなさそうに聞いていたけれど、一人が私のドレスを破る作業を続ける傍ら、もう二人がそれぞれ小姓たちを掴んで、廊下の奥に放り投げた。
……ほとんど時間稼ぎはできなかったけれど、あの子たちを少しでも守れるのなら。
そう思っていたら、胸を触られた。
まだバルトにも触れられていない場所に知らない男の手のひらが這い回り、気持ち悪くて吐きそうになる。
「なんだ、ドレスで盛っているだけで貧相な体だな」
「旦那の騎士に放置されてるんじゃねぇの? 所詮金で買われただけみてぇだし」
そんな声が聞こえてきて――かっ、と私の胸に炎が灯った。
私がバルトに金――金貨百枚で買われたことを知っている人なんて……ほとんどいない。
それでいて、こんなゲスなことを命じる人といえば。
私の不幸を喜ぶ人といえば――
男の手のひらがおへそ近くまでに及び、私が唇を噛んで悲鳴を堪えていた――そのとき。
バキバキと何かを破壊するような音と、たくさんの人の足音。
私にのしかかっていたと男たちが慌てて立ち上がったのが、気配で分かる。
「な、なんだ!?」
「おい、まさか騎士――ぐぶぇっ!?」
「ぐあっ!」
私の頭上でドカ、ボス、バキ、と三連続で鈍い音がして、男たちが壁際まで吹っ飛んだのが分かった。
それまで私の動きを拘束していた力がなくなり、なんとか肘をついて体を起こそうとしたけれど、力が入らなくてぐしゃっと倒れ込んでしまう。
「うっ……」
「リンデ、無茶をするな!」
この声は。
ドレスを破かれた私にそっと布を掛けて、抱き上げてくれるこの人は。
「バル――」
「騎士団だ!」
「ディートリンデ・リューガー夫人誘拐および強姦未遂により、貴様らを捕縛する!」
私の声より、到着した人たちの声の方が大きかった。
騎士たちがなだれ込んできて、男たちの焦る声が聞こえる。
「騎士団!?」
「おい、早すぎだろう!?」
「ちっ……逃げるぞ!」
「逃がすか!」
「リューガー殿、ここは我々にお任せください!」
「ああ、すまない、頼んだ」
私を抱きしめる人が、凜々しく答えている。
顔をそっと上げると、きりりとして前を見つめる人の顔が。
「バル、ト……?」
「ああ、俺だ!」
「……よかった……」
ぎゅっとしがみつくと、いつも一緒に寝ているときに香ってくるバルトの匂いで胸がいっぱいになる。
剥き出しの背中をさすられると、さっき知らない男に触られた感触も上書きしてくれるような気がする。
迂闊な行動をとったことを謝らないといけないし、誘拐の主犯のことも話さないと。
でも安心感からか、だんだん体が重く眠くなってきた。
眠る前に……言わないと……。
「バルト……奥に、子どもがいるの……」
「子ども? ……ああ、フレーリヒ家の小姓か」
どうやらバルトは、事の次第がきちんと分かっているみたいだ。
「そう。その子たち、怪我をしているの。自分たちがやったことも、反省しているの。だから……」
「分かった。二人は保護して、便宜を図るように俺からも言っておく」
力強く言われると、安心できた。
「……君を苦しめた『あの女』も、すぐに締め上げる。だからリンデは……ゆっくり休んで」
「……ん。大好き、バルト」
うとうとしながら呟いた言葉は、最後までバルトに届いていたかは分からない。
でも、バルトの腕の中に戻ってこられて……本当に、よかった。




