41 告白
バルタザール視点です。
バルタザールの部屋に現れたのは、使用人に支えられる令嬢だった。
ドレスは赤いがその顔は青白く、黒色の巻き毛が彼女の顔に陰を作っていていっそう顔色が悪く見える。
「あなたは……フレーリヒ子爵令嬢?」
「バーティ様……」
名を呼ばれた令嬢――ジルヴィア・フレーリヒは真っ青な顔を上げると、その場にべたっと這い蹲った。
「お許しを! どうか、どうかお許しを、バーティ様!」
「やめてください。……そこのおまえたち、ジルヴィア嬢をソファに座らせてくれ」
「は、はいっ!」
ジルヴィアの付き添いのメイドたちは慌てて主人を立たせ、執務室のソファに座らせた。
この状況からして、もしかしなくても――
「……ジルヴィア嬢。あなたが妻を誘拐させたのですか」
ほぼ確信を持って問うと、人形のように虚ろな目をしていたジルヴィアははっと覚醒して、また這い蹲ろうとしたのを使用人が必死に止めていた。
「申し訳ございませんっ! わたくし……わたくし、とんでもないことを……!」
「落ち着いてください。……落ち着いて、まずは妻の居場所を教えてください」
経緯や犯行方法なども気になるが、ディートリンデが連れ去られたことがほぼ確定した以上、まずは彼女の安全を確保しなければ。
ジルヴィアは震える声で、ディートリンデの監禁場所――王都の端にあるボロ屋だ――を告げたため、バルタザールはまだ廊下で待機していた見習いを呼んだ。
「悪いが急遽、ディートリンデの場所をヘルベルト――うちの執事に伝えてほしい。あいつが、巡回担当に伝えてくれるはずだ。それから、城下町に散っているエトヴィンたちへの連絡も頼む」
「了解です」
彼はきりっとして言うと、すぐにきびすを返した。
誘拐が確定したなら、ヘルベルトは堂々と騎士団に捜索依頼を出すことができる。それにエトヴィンたちが既に町に散らばっているので、「自由時間に城下町散策をしている」彼らが偶然ディートリンデを見つけ、後のことを騎士団に託せば時間短縮にもなるだろう。
少々お馬鹿だが優しくて頼りになる部下たちに心の中で感謝をして、バルタザールはジルヴィアを見つめた。
「……それで、ジルヴィア嬢はなぜ、このようなことを? そしてなぜ、わざわざ告白しに来たのですか?」
「それは……」
ジルヴィアが震えながら言うことには。
彼女はバルタザールへの恋が叶わないことをある令嬢に相談して、この誘拐事件を提案されたのだという。
「その方は……名乗られなかったのですが、ディートリンデ・リューガーは子ども好きだから子どもを使えば簡単に引っかかるだろう、と言いました。だから、私を慕ってくれる小姓たちに強力を頼み、誘拐させたのです……」
「……なるほど、子どもか」
まさか、とは思っていたが、ディートリンデの弱点を見事に突かれていた。
ディートリンデは成人相手には凜としているが……子どもには弱い。ジルヴィアの小姓が泣きながら「助けて」とでも言ったなら、ディートリンデがすぐに馬車を降りようとするのも考えられる。
それに目撃者もディートリンデと一緒にいたのが背の低い子どもなら気づかないだろうし、大人の女性と子どもが一緒に歩いていても、不審に思われることはない。
ぎゅ、と膝の上で拳を固める。
「……それで、妻を監禁したと」
「でも、でも! わたくし、手荒なことはしないようにと命じました! 体を傷つけることや、恥ずかしい思いをすることや、女性として恥辱を味わわされるようなことはしてはならない、と言ったのです! 本当です!」
ジルヴィアの必死の訴えに、バルタザールは内心驚きつつ、一気に安堵が湧いてきたのが分かった。
少なくともジルヴィアは、同じ女性であるディートリンデのことを最大限気遣った。
ディートリンデのことは邪魔だが、だからといって男に襲わせるとか体を傷つけるといったことはしてはならないと考えていた。
嫉妬心に狂ったとしても、彼女は根っからの悪人ではないということだ。
「……分かった。すぐに捜索も進むだろうし……それまで、あなたには大人しくしていてもらいます」
「……ごめんなさい……ごめんなさい、バーティ様……」
「それは俺でなくて、無事に救出された妻に言ってください。それに、まだ問題が解決したわけではありません」
立ち上がり、身仕度を調えながらバルタザールは言う。
幸い、今日の仕事はもう終わっているのですぐに出発しても大丈夫だ。もし止められても、独身時代に貯めまくった休暇を使うのだと言えばいい。
「その相談相手の令嬢について、何か分かっていることはないのですか」
「それは……この前のパーティーで知り合った、少し年上の令嬢ということくらいしか」
この前――おそらく、バルタザールも夫婦で参加したミヒャエルの成人記念パーティーのことだろう。
だとすれば、ジルヴィアをそそのかしたのは少なくともきちんと招待状をもらっている貴族の令嬢だということだ。
ジルヴィアには名乗らずに事を進めたのは、いざジルヴィアが失敗したとしても自分が責められるのを防ぐためか。
だが、バルタザールとしてはこれでほぼ相手の素性は確定できている。
ジルヴィアより少し年上の、貴族の令嬢。
そして――ディートリンデが子ども好きだということを知っている可能性のある者なんて、「彼女」くらいだ。
「……すぐに行く」
バルタザールは呟くと、剣を手に執務室を出た。




