39 脱出①
カタン、という物音を耳にして、私は体を起こした。
目を開けても、視界は真っ暗だ。でもそれは私が今いる場所が暗いからではなくて、私の体を覆うように大きな布が被せられているからだと分かる。
横向きに寝ていた私は腕を突っ張って上半身を起こし、視界を遮る布も取っ払った。
……ここは、どこだろう?
もう日も沈んでしまったのか、布を払っても辺りはやっぱり薄暗い。
私が寝かされていた部屋はほぼ立方体で、ドアとは反対側の壁の高い位置に小さな窓がある。そこから夜空が見えるけれど、あそこからは出られそうにない。
床の上に薄い毛布を敷かれた上で寝かされていたみたいで、そこから体を起こす。
ポシェットは外されているけれど、少し離れたところの椅子に置かれていた。その前の机の上にあるのは……パンと、焼き菓子?
立ち上がってそれらをじっくりと見るけれど、少し硬くて水分がなさそうだけれど普通に食べられそうだ。匂いも異常がない。
……辺りを見回していると、徐々にこれまでのことが思い出されてきた。
騎士団で使う備品を買って、メイドと御者が配送手配をしている間、私は馬車の中で待つように言われた。
そうしていると、馬車の外から声が聞こえてきて――
――ズキ、と頭が痛んだ。
一瞬ふらっとしてしまったけれど、倒れるほどではない。
気絶する直前に、薬を嗅がされた覚えがある。用量をきちんと守っていないのかとてつもない臭いで、吐きそうになりながら失神したような気がする。
……それで気が付いたらこの部屋ってことは……私は、誘拐された?
ポシェットの中を確認すると、ハンカチや手鏡、そしてバルトへのプレゼントもきちんと入っていた。
それを身に付け、念のためにパンと焼き菓子もハンカチで包んで入れておいた。毒入りかどうかはまだ分からないけれど、いざというときには食べるしかないかもしれない。
窓は、やっぱり脱出不可だ。位置も高いし、あの隙間では私の体は通らない。
それじゃあ、脱出できるとしてもドアしかない。
がっしりとした木製のドアだから、もしこれが外開きなら全力でぶつかれば開くかもしれない。
そう思って、とりあえずノブを掴んで回したら……。
「あれ?」
あっけなく開いた。
鍵穴は……ある。あるのに、鍵がされていなかった。
……。
……とにかく、外の様子を見てみよう。
部屋を出た先は、暗くて狭い廊下だった。床も天井も木製だからか、足音を忍ばせようとしてもギシギシと音が鳴る。
なるべく音を立てないよう、いざとなったら走れるように警戒しながら、足を進める。
そうしていると廊下の先に、うっすらと明かりが漏れるドアが見えてきた。間取りからしてまだ出口ではないから、別の部屋だろうけれど……他に分かれ道はないから、外に出ようとしたらここを通るしかない。
ドアに忍び寄り、耳を当ててみる。そうすると、微かだけど話し声が聞こえてきた。
「……やっぱりこういうのは、だめだよ」
「馬鹿。今さらどうするんだ」
「でも、巡回の騎士や兵士が来たらどうするの? 俺たちはともかく、お嬢様は?」
「……」
「ねえ、どうすれば――ぴえぇっ!?」
バン、と私がドアを開けたため、声は途中から悲鳴に変わった。
私がドアを開けた先は、ランタンの光の灯る明るい部屋だった。
そこには――まだ十代前半くらいの少年が、二人いた。
……そうだ。
私は馬車に乗っていると、窓越しに声を掛けられた。そちらを見ると、この少年の片方が困った顔で立っていた。
どうしたのかと問うと、体の弱い弟が溝に嵌まって動けなくなったそうだ。だから私が馬車に積んでいた傘を使って弟を引っ張り上げたい、早くしないと、と言ってきた。
今にも泣きそうな顔の子どもを放っておけず、近くみたいだし私が助けるから――と傘を手に馬車を降りた辺りから、あの強烈な臭いで記憶が塗りつぶされている。
まさか、子どもに嵌められるとは思っていなかった。あんな嘘に引っかかる自分の迂闊さが恨めしい。御者とメイドたちも心配しているに決まっている。
目の前にいる少年二人は、私を見て悲鳴を上げた。
でも顔を見合わせると着ていた上着の裾を掴んでひっくり返すように被り、近くにあったテーブルに飛び乗った。
「うっ、うおおおおおお!」
「ひぎゃあああああああ!」
二人が、可愛い声で絶叫を上げている。
もしかしたら威嚇のつもりかもしれないけれど、テーブルの上に立ってやっと私より背が高くなるような子に脅されても怖くない。
「……」
「……」
「……」
「……テーブルから下りなさい」
「はい……」
「ごめんなひゃい……」
二人とも素直に下りた。二人は兄弟を演じたのかもしれないけれど、顔は全く似ていない。でも小さい方は既に泣きそうになっている。
……他に物音がしないから、きっとこの建物にいる誘拐犯はこの二人だけだ。
「……あなたたちが私をだまして、誘拐したのね?」
「うう……ご、ごめんなさい……」
「あの、僕たちはお説教でも受けるから、お嬢様は……」
「おいっ!」
年少の方が口を滑らせ、年長が咎める。
でも、さっきの会話も聞こえていたのだからもう遅い。
「お嬢様、というのがあなたたちに命じて、私を誘拐させたの? 子どもなら私が油断して付いてくるだろうってことで」
「……」
「正直に言ってくれたら、後でそのお嬢様についても便宜を図れるわ」
「べんぎ?」
「内容と理由にもよるけれど、あまりお嬢様を責めてあげないでください、って私の方からお願いすることもできるということよ」
そう言うと、二人はぱっと顔を上げた。
「本当!?」
「できる限りのことはするわ。……もうここから出るべきだし、あんなことをした理由を教えてくれる?」
私が問うと、二人は顔を見合わせた後、ゆっくり頷いた。




