3 嬉しくない婚約者候補
どうにかしよう、と思ったのはいいものの、叔父はこれまでの半放置が嘘のように私に監視を付け、私が外の世界に触れられないように手配してくださりやがった。
そうして私の嫁ぎ先を考えておく、と言った叔父は驚くべきことに、二日後には私を呼んで「おまえの婚約者候補が現れた」と告げた。
「相手は奥方を亡くした美術商でな。どうやら奥方とおまえは髪と目の色が同じらしくて、おまえの姿絵をたいそう気に入ってくれた」
そう言う叔父は、ほくほくの笑顔だ。
……こういう笑顔のときの叔父は間違いなくろくでもないことを考えている、と経験上分かっている。
「さようですか。……それで、相手の方の年齢は?」
「確か、五十だったか」
終わった。
私の父が生きていたとしても四十五歳だから、それより上だ。
「二十二歳で婚約解消をした直後の娘だと言っても、快諾してくださった。しかも、大切な姪御を譲り受けるのだからと金貨三十枚の援助をすると約束してくださったのだ!」
……ああ、なるほど。
やけに叔父が上機嫌だとは思っていたけれど……これが理由か。
叔父にとって、私は邪魔でしかない。そんな私を引き取ってくれるだけでなくて、金貨三十枚まで払ってくれるというのなら喜ぶのも当然だ。
金貨一枚は、銀貨十枚、銅貨百枚、そして円貨千枚に相当する。最小単位の小さな丸い金属製の円貨一枚でパンが一個買えるから……金貨三十枚となると、王都のはずれに小さめの家なら建てられるだろう。
ミュラー男爵家はお金に困っているから、金貨三十枚の臨時収入と大人の女一人分の生活費がなくなるのなら叔父としても大歓迎……ということか。
「よかったな、ディタ! 相手の方はおまえの容姿をたいそう気に入ってくださっているらしく、おまえの姿絵を愛でているそうだ」
……それは、聞きたくない情報だった……。
五十歳の中年オヤジが、亡き妻にそっくりの私の姿絵を愛でている。
その意味を考えるだけで、吐きたくなる。吐くなら、目の前でほくほく笑顔の叔父の顔にぶちまけたい。
「……できれば他の方がいいです」
「こら、我が儘を言うものではない」
エルナの場合は「最新のドレスを十着ほしい」というとんでもない我が儘でも叶えたというのに、この叔父は。
「だいたい、おまえくらいの歳になると結婚はだんだん難しくなっていくものだ。おまけに、おまえは社交界デビューもしていないだろう?」
していない、ではなくて、私の保護者でありながら叔父がさせてくれなかった、というのが正しいのだけれど。
「相手の方はおまえの意思を尊重させ、おまえさえ頷いてくれるのならいつでも迎え入れるとおっしゃっていた。おまえことを大切にしてくれるだろうから、私たちのことは気にせずに心おきなく嫁いでいきなさい」
……。
……今、目の前にいる叔父の顔面にティーポットを投げつけたくなった。
中年オヤジに嫁ぐくらいなら、男爵家を出てしまいたい。でも、それはできない。
なぜなら男爵領には、病気療養中の母がいるから。
私が逃げれば、叔父は母の治療をやめさせてしまう。悔しいことに私個人には、病弱な母を養うだけの財産も土地もない。
あの療養地の使用人は皆叔父の言いなりだから、私が男爵家を裏切ろうものなら容赦なく母を追い出すだろう。ただでさえ心も体も弱っている母がそんなことをされれば……。
……私は、逃げられない。逃げれば、母が犠牲になる。
でも、もしかして。
「……私がその人のもとに嫁げば、母を連れて行くこともできますか?」
「ん? ああ、義姉上のことか。そうだな、相手方は懐の大きい方だから、義姉上のための別荘でも貸し与えてくださるだろう」
その答えを聞いて――す、と私の胸に灯っていた抵抗心の火が消えたのが、分かった。
……そう、そうなんだ。
私が嫁げば、母も連れて行ける。
私がその中年オヤジに媚びを売れば、母はきっといい環境で治療を受けられる。
……七年間、寂しい思いをさせていた母を、助けられる。
「……分かりました。でももう少し、考えさせてください」
冷えきった心を抱えて、私はそう答えた。
あの後、私は有頂天のエルナに捕まって、部屋に連れ込まれた。
そうしてエルナは周りに誰もいないのをいいことに、「中年オヤジのお嫁さん記念、おめでとう」とか「きっとたーくさん可愛がってもらえるわよ」とか「赤ちゃんが生まれたら、見せにきてね」などということをぶちまけてきた。
それから、叔父に相手の姿絵を見せられた。結構です、と言っても押しつけられたそこに描かれてた肖像については、あまりコメントをしたくない。
少なくとも見た目に関しては、目の前にいる小太りの叔父の方がましだと思った。
どうやら相手の方は私直筆の返事をもらいたがっているようで、叔父からは「早く返事を書きなさい」と急かされていた。しかもエルナも「きっと今頃、お姉様の姿絵がお姉様の代わりに可愛がられているわ」と品のないことまで言ってくる。
母が、助かるのなら。
それでも、とっても個性的な見目の中年オヤジの後妻になるのは、怖い。
使用人たちの大半は私に同情してくれて、「今日のディートリンデ様は体調が悪いようなので、お手紙は書けません」と庇って時間稼ぎをしてくれた。
でも、いつまでもぐずぐずしていたら使用人たちまで叔父やエルナに敵視されてしまう。
……そう思い吐きそうになりながらペンを握った、その日の夜。
私は叔父に呼ばれた。




