22 叶わない恋
主催者である騎士団長の挨拶も終わり、立食パーティーになった。
テーブルにはおいしそうな料理やきらきら輝くデザートたちが並んでいるけれど、それに手を伸ばす人は少なくて、皆お喋りに興じている。
……デビュー未経験のまま終わってしまったからか、どうにも私はこの、料理をほとんど食べない風潮が納得できない。
子どもの頃の私はこういうのに鈍感で、バルトと一緒に手当たり次第料理を取って食べていたけれど……大人になると、「料理にがっつくなんてはしたない」となるそうだ。
もったいないな……かといって廃棄すると分かっていても料理の量は減らせないそうだから、貧乏根性が染みこんだ私には辛いところがある。
「リンデ。そろそろ同期のところに行ってきてもいいか」
バルトに尋ねられた。
会場の奥を見ると、壁際のソファ席でこちらに向かって手を振る男性たちが。
「ええ、もちろんよ」
「……リンデ。男遊びをするなとは言わないが……明らかにまずそうな見た目の男や、酔った相手には近づくな。遊ぶなら年上ではなくて、年下にしておけ。素面の年下相手であれば、君なら軽くあしらえるだろう」
「……分かっているわ。バルトの方は、ご自由にしていいからね」
お付き合いについて口を酸っぱくするなんて、バルトは夫じゃなくて母親みたいだ。
バルトは何か言いたそうだったけれど、とん、と背中を押してやる。彼は歩きだして仲間の待っているソファ席にたどり着く――前に、華やかなドレス姿の令嬢たちに捕まってしまった。
……本当に、人気者は辛いね。
バルトを送り出すという仕事は終えたのだから、私の方は私の方で過ごすことにしよう。
それまでは挨拶回りで忙しかったので、料理には一切手を付けていない。せっかくだから、おいしそうなものをいただこう。
給仕に料理を取り分けるよう言い、酒精が弱めのカクテルももらった。経験上これくらいのものをちびちび啜るくらいなら、服を脱いで踊りだしたりしない。
壁には、一人用ソファ席がある。社交界では、若い女性がこのソファに座るのは「私は余り物です」という意味らしいけれど、気にせずに座った。
一口飲んだカクテルは甘くて、子どもの頃に飲んだジュースの味を彷彿とさせた。
昔、バルトと一緒に回ったパーティーでは子ども用のジュースを出してもらった。大人の真似がしたくて、バルトと一緒にグラスをぶつけて乾杯をしたりして――
……つい、バルトと過ごした楽しかった頃のことを思い出してしまう。
お互い思春期になってからは顔を合わせるたびに辛らつな言葉を吐いてしまったけれど、別にバルトのことが嫌いになったわけではない。
一度だけ、令嬢仲間に「二つ年下の男の子の友だちがいる」と教えたことがある。
すると彼女はくすくす笑って、「ディートリンデさんって、年下好きなのね?」と言ってきた。
それ以降、令嬢仲間の前ではバルトの存在を隠すようにした。そうしていると、だんだん彼と友だちでいることが苦しくなって……喧嘩するようになった。
二十二歳になった今ならたいていのことを「だから何?」で流せるけれど、当時の私は意地っ張りの見栄っ張りになっていて、バルトに理不尽なことをたくさん言った。
……もちろん、バルトの方も私に暴言を吐いてきたけれど、私が一方的にバルトのことを悪く言う権利はない。
……もっと、素直になれていたら。
「私はバルトのことが嫌いではない」と言っていたら、こういうことにはならなかったのかもしれない。
「……少しいいかしら、ディートリンデ・リューガー様?」
考え事をしていたら、名前を呼ばれた。
のろのろと顔を上げた私は――オレンジ色のドレスを着た黒髪の令嬢が目の前にいることに気づき、カクテルのグラスを取り落とすかと思った。
「お暇しているのなら、ちょっと来てもらっていいかしら?」
そう言う黒い巻き毛の美少女――ジルヴィア・フレーリヒ様は口元には微笑みを浮かべているけれど、目元は笑っていなかった。
たかが騎士の妻である私が子爵令嬢のお誘い――もとい命令――を断れるはずもなく、私はフレーリヒ家の使用人らしい女性たちに囲まれて、会場を出た。
そのまま彼らは私を連れてバルコニーまで行き、番をしていた兵士にも席を外すよう言っていた。
使用人たちはバルコニーの入り口で止まり、私とジルヴィア様だけがバルコニーに出た。
なんで、騎士団長主催のパーティーにジルヴィア様が……と思ったけれど、そういえば彼女の父親である子爵家は騎士団に融通が利くとのことだった。何らかの伝手を使って招待してもらったのだろう。
前回会ったときよりも豪華で愛らしいドレス姿のジルヴィア様は私をじっと見て、ふん、と可愛らしく鼻を鳴らした。
「……バーティ様がいらっしゃると聞いて嬉しかったのに、あなたまで来ているとはね」
「妻同伴で参加するようにと、書いてありましたので……」
「分かっているわよ。……時間がもったいないから単刀直入に言うわね。あなた、バーティ様と別れなさい」
……なんとなくそんな予感はしていたけれど、ジルヴィア様は私の想定以上にストレートな命令を投げてきた。
私はお腹の前で手を組み、ジルヴィア様に笑顔を返す。
「それは、私の一存では承諾できません」
「いいえ。あなたの方からバーティ様に言えばいいのよ」
「そうしたとしても、夫が首を縦に振らなければなりませんので」
「バーティ様が自分を捨てるわけがないというの? たいした自信ね」
「そういうわけでは……」
「だとしたら、何? わたくしはバーティ様の妻ではなくて、恋人にしかなれないということなの?」
むっとしたように言われるし喧嘩腰だけど、口調は結構落ち着いている。
「私では判断しかねます。しかし、エレルフィア王国において貴族が結婚後に恋人を持つことは禁じられておりませんので」
「それくらい、分かっているわよ。……でもわたくしは、恋人じゃ嫌なの。妻がいいの」
エルナのように、癇癪を起こすことも「馬鹿にしているの!?」と憤慨することもなく、ジルヴィア様は淡々と言う。
それでも、私を睨んでいるという点では変わらないけれど。
「だって、恋人だったらどう足掻いても正妻には勝てないわ。一緒にパーティーに行くこともできないし、子どもが生まれても妾腹扱いされて終わってしまう。それじゃあ、嫌なの」
「……」
「あなたには分からないかもしれないけれど、わたくしは本気なの。バーティ様が社交界に出られるようになった四年前からずっと、あの方だけを想っているのよ」
経歴だけなら、バルトと知り合って十二年の私の方が勝っているけれど……どうやらジルヴィア様はそこそこ長い間、バルトに懸想していたようだ。
「それを、夫に言ったことは?」
「あるわよ! でもずっと、バーティ様は笑顔でかわすだけで……もう何年かして素敵なレディになったら振り向いてくださると思っていたのに、あなたみたいな地味な女に一目惚れだなんて、信じられないわ!」
……ジルヴィア様には申し訳ないけれど、私とバルトの関係は簡単に説明できるものではない。
私はバルトに金貨百枚の恩があり、バルトは望まない結婚を回避するために私をお飾りの妻にしている。
だからバルト本人が望まないのなら、ジルヴィア様がバルトと結婚することは金輪際あり得ない。
私の沈黙をどう受け取ったのか、ジルヴィア様はすんっと洟を啜ると、私に背を向けた。
「……どうせあなたたちは、見栄えがいいだけの『いい夫婦』なのでしょう。わたくしには、分かるわ」
「……」
「あなた、邪魔なのよ。あなたなんかよりずっと、わたくしの方がバーティ様にふさわしいのに。……愛されない奥さんなんて、かわいそう」
なおも私が何も言わないからか、ジルヴィア様はさっさと歩いてバルコニーから出てしまった。
出入り口のところで、「行くわよ!」「もうよろしいのですか?」「いいの!」というやり取りが聞こえ、遠のいていった。
一人になったバルコニーで、私は一つ息を吐き出した。
バルトは、恋人なら持つことができる。でもジルヴィア様は恋人ではなくて、妻になりたい。
それなら、迫られてもバルトが靡かないのも当然だ。
私の推測では……バルトは以前フレーリヒ子爵家で開かれた会食を楽しめなかったようだし、ジルヴィア様の誘いが空振り状態なのは想像に難くない。
かといって、私がバルトに「ジルヴィア様と仲よくしたらどう?」なんて言える立場でもない。
少なくとも、私がバルトの妻である限りは。
『あなた、邪魔なのよ』
面と向かって言ってくるのはジルヴィア様くらいだけど、きっと多くの令嬢が同じことを思っているだろう。




