20 「いい夫婦」の条件
資料庫の本棚の改善について、最初に説明したときには案の定見習いたちから「面倒くさい」とぶーぶー言われた。
でもそんな彼らの頭上にバルトのげんこつが落ち、皆が渋々ルールに従って本を戻すようになると、明らかに本棚が整頓されるようになった。
「すごい、ちゃんと全巻揃っていますね」
「皆がきちんと正しい場所に戻してくれるおかげよ」
エトヴィンが感心したように言うので、私は微笑んだ。
本棚の本の入れ替えをしていると、休憩中らしいエトヴィンが「手伝います」と言ってくれた。正直、本棚の一番上は私の身長では手が届かないので、エトヴィンが手伝ってくれてすごく助かる。
でも見習いたちが日頃から本の返却場所について気を付けていたので、二人で協力するとすぐに資料がきれいに並べられた。
「これで、本の紛失とかも減りそうです」
「よかったわ。……本は値が張るから、買い直そうとしたら予算をかなり圧迫するのよね」
「ですよね」
私では手の届かない場所に大判の地図帳を置いたエトヴィンが私を見て、微笑んだ。
本当に、爽やかで気遣いもできる、優秀な子だ。彼は、今まで怪我で受験できなかった秋の昇格試験を受けるそうだ。彼がいなくなるのは残念だけど、是非とも合格して従騎士になってもらいたい。
そうして本棚の整理を終えたところでドアが開き、バルトが顔を覗かせた。
彼は私とエトヴィンを見ると少し目を丸くして、そして私を見てきた。
「本棚整理中、悪い。ディートリンデ、来てくれるか」
「ええ。……手伝ってくれてありがとう、エトヴィン」
「いえ。またご用事があれば遠慮なくおっしゃってくださいね。ディートリンデ様がお呼びなら、飛んで参りますので」
「ふふ、ありがとう」
胸をとんとん叩いて主張するエトヴィンに微笑みかけ、私はバルトについて執務室に向かった。
彼の仕事用のデスクに、手紙がある。さっき整理したときに見覚えがあるから、それについての話かな。
「……リンデは、エトヴィンと仲がいいのか?」
早速手紙についての話かと思いきや、そうではなかった。
ソファに座った私は、あれ、と思いつつ頷く。
「そうね。見習いたちの中では一番会話をするし、よく手も貸してくれるわ。とてもいい子よね」
「……」
「……。……あ、大丈夫よ。私、彼のことをそういう目では見ていないから」
バルトが怪訝そうな目をするので、さては、と思って先手を打つことにした。
エトヴィンは好青年だとは思うけれど、まさか恋愛的な意味で彼を見てはいない。
年下の恋人を持つのが当たり前の風潮だとしても、さすがに十八歳の青年に手を出すつもりはない。エトヴィンだって、私がそういう気持ちで自分の教え子と接しているのだと思うと気持ち悪いだろう。
バルトはなおも難しい顔をしていたけれど、ため息をついて椅子に座った。
「……別に、責めるつもりはない。あいつも、君の手伝いをするのが好きらしいしな」
「気の利く優しい子よね」
「……。……まあな。それで、本題だが」
エトヴィンの話はここまでで、バルトはデスクに置いていた手紙を指先で摘んだ。
「簡潔に言うと、夫婦でパーティーに参加しろと言われた」
「了解、行きましょう」
「物分かりがよくて助かる」
バルトが感心したように言うけれど、別に私が駄々をこねたり文句を言ったりするべき場面ではないだろう。
バルトとは表面上仲のいい夫婦の振る舞いをすると決めているから、パーティーに誘われたのなら夫婦で参加するべきだ。もちろん、その間だけは「いい妻」の演技をするつもりだ。
バルトから渡された招待状を見るに、パーティーの主催者は騎士団長で、既婚者は原則夫婦で参加とのことだった。
「私はこのパーティーで、何か変わったことをするべき?」
「いいや、挨拶回りに付いてきてくれればいい。部外者は立ち入れないから、やるべきことだけ終えたら一人で散策に出てもメシを食っても……節度のある程度に若い男と会話をしてもいい」
……。
……ははぁ、なるほど。それは確かに、バルトとしてもありがたいことだろう。
「このパーティーを、私の恋人探しの会場にしろってこと?」
「しろ、ではない。してもいい、だ」
「了解了解。じゃあ、あなたもご自由になさってね。ただ、お持ち帰りをする場合だけは事前に言ってちょうだい」
「……さすがにそこまで節操なしではない」
バルトはむっとした様子だけど、お互い様だ。
表面上は「いい夫婦」で、どちらも若い恋人がいます――そんなの、珍しいことではないし、おかしいと指を差されることでもない。
エレルフィア王国における「いい夫婦」、とは両想いのラブラブ状態、というわけではない。
お互いの権利と立場を尊重し、その自由を制限せず、相手を立てられる関係であることが「いい夫婦」の条件。
その間に愛情がなくても、全く構わないのだから。
夫婦で参加するパーティーのために、バルトは新しいドレスを贈ってくれた。
当日、彼が注文したのだというドレスが入った箱を、メイドたちと一緒にわくわくしながら開いたけれど……。
「なんですか、このドレス!?」
「旦那様は奥様のこと、なーんにも分かってらっしゃいません!」
ドレスを出して私の胸元にあてがったメイドたちは、憤慨している。
……まあ、彼女らの憤りも分からなくもない。
艶やかな濃い青色の布地はタイトで、腰やお尻のラインが丸わかり。胸の形もはっきりするもので、そこまで胸が立派ではない私には大胆すぎるデザインだ。
どうやら最近の上流階級の貴婦人たちはこういう、色っぽくて艶めかしいデザインのドレスを好んで着ているそうだ。
だから、バルトは流行最先端のドレスを私に贈ってくれたのだけれど……悲しいくらい、私に似合っていない。
「奥様にはもっと、清楚でかつ若々しいデザインのドレスがふさわしいです!」
「流行ものを贈れば喜ばれるとでもお思いなのでしょうか!?」
「奥様、抗議しましょう!」
「いいえ、いいのよ」
いきり立つメイドたちをなだめ、私は姿見に映る自分を確認する。
……うん、明らかにドレスに負けている。
豪奢で華やかなドレスだけど……私自身が、これに見合っていない。
「ドレスに似合うように、私の方が化粧や髪型を工夫すればいいのよ。メイク、してくれるでしょう?」
「それは……確かにできなくもありませんが」
「でも、そんなことをしても奥様がお持ちの魅力が半分も伝わりません」
メイドたちは、必死に訴えてくる。
私が本来持っている魅力を尊重してくれるその気持ちは、とっても嬉しい。
でも、私は遊びでパーティーに行くわけではない。
「いいの。バルトがこれを着ろと言うのだから、彼の言うとおりにするべきよ。……他に、アクセサリーはある?」
「は、はい。こちらに、旦那様から託されたものがございます」
若いメイドが差し出した箱には、このドレスにぴったりの――大輪の薔薇飾りを付けた髪飾りやシックな黒いグローブ、黒い革製のハンドバッグやドレスとよく似た色の靴が入っていた。
なるほど、バルトはよく分かっている。
これら一式を身に付けたら、野暮ったい私でも少しはあか抜けて見えるだろう。
「いいじゃない。これくらいしてやっと、私はバルトの隣に立てるわね」
「奥様……」
「それじゃあ、仕度をお願いね」
私が微笑んで言うと、使用人たちは腑に落ちないと言いたげな顔をしながらも頷いてくれた。




