12 ディートリンデの初出勤②
私が知っている市民学校には校内にいくつかの教室があって生徒たちが授業ごとに教室を移動するものだったけれど、ここは違うようだ。
教育棟で後輩指導をするバルト含めた五人の教官騎士たちは、それぞれのエリアを持っている。
一つのエリアがその騎士の執務場所も兼ねているから、見習いたちは自分を担当する教官騎士のエリア内で活動するようだ。
「一度担当することになった見習いは、卒業するまでずっと同じ騎士につくものなの?」
「いや、当然合う合わないがあるから、担当替えもわりと頻繁に起こって受け持つ見習いもしょっちゅう顔ぶれが変わる。教官騎士内で負担の差が生じないよう、受け持つ見習いの人数は一定になるようにされているけれどな」
なるほど。それじゃあバルトのところにいる見習いは多くの場合、バルトの教育方針にぴったりだったってことになるのかな。
途中、バルトの同僚らしい騎士とすれ違ったら挨拶をしながら、私は天井から「バルタザール・リューガー隊」という札の下がった廊下にたどり着いた。担当するクラスは「隊」という括りになっているみたいだ。
「ここから先が、俺と俺の部下たちの活動エリアだ」
まず彼が案内してくれたのは、小さな執務室。
部下の指導の準備や騎士としてのデスクワークをする場所で、いろいろな資料が詰められた本棚や上着の掛けられたクローゼットなどがある。
埃とか汚れとかがあるわけではないけれど、なんとなくごみごみとした場所だ。
掃除担当の使用人も、バルトの私物には触れないそうだし……もしかしてバルト、あまり片づけが得意ではないのかも……?
その隣にはバルト用の仮眠室があり、向かいには資料庫と見習いたち用の休憩室があった。
仮眠室と廊下の奥にある見習い指導用の教室との間には、小さめの部屋がある。バルトと一緒に入ったそこは狭いけれど、ベッドや一人用のテーブルソファセットがあるし、小さなクローゼットや棚もあった。
「ここは?」
「元々、従者の待機場所として使われている部屋だ。ここを、君の休憩部屋にすればいい」
「えっ、いいの?」
まさか騎士団エリア内に私用の部屋を用意してくれるとは思っていなかったので尋ねると、バルトは頷いた。
「ここなら内側から鍵を掛けられるし、何かあればすぐに俺の執務室にも教室にも行けるちょうどいい場所にある。それに君は女性だし、俺たちのいる前では都合の悪いことが生じたとしてもここに入っていればいいだろう」
女性として、都合の悪くなること……主に体調面や着替えについての問題がすぐに思いついた。
確かに、職場だとしても一人でくつろげる場所があるのはありがたい。それにバルトも見習いたちも全員男性だし、普段から必要なあれこれとかを安心して置いておける場所があると便利だ。
「ありがとう、バルト。すごく助かるわ」
「待機時間なども、ここで過ごせばいい。必要なものとかがあればヘルベルトに頼んで買わせるし、屋敷から持ってきてもいいからな」
そう言うバルトは、窓の方を見ている。
……仕方なく娶っただけの私にこんなに心を砕いてくれるなんて、本当にありがたいし……申し訳なくもなってくる。
こうなったらしっかり働こう!
初日ということで、今日はバルトの指導風景を見て見習いたちの様子を観察したり、私の仕事内容について考えたりすることになった。
ドキドキしながらバルトの執務室で彼と一緒に待っていると、昼食を終えた見習いたちがどやどやと入ってきた。
「っかー、腹いっぱい!」
「おいおまえ、さっき俺のメシ取っただろ!」
「はー? ぼけっとしてるおまえが悪いだろ!」
「おいおまえら、リューガー隊長の部屋で……」
あれこれ言いながら入ってきた騎士たちは、バルトの隣に立っている私を見てお喋りをやめた。
バルトは咳払いすると、立ち上がった。
「皆、よく聞け。前にも言っていたが、今日から俺の妻であるディートリンデがここの世話係になる」
「ディートリンデ・リューガーです。よろしくお願いします」
スカートを摘んでお辞儀をすると、「奥様だ……」「実在したんだ……」という呟きが聞こえてきた。
彼らの中で私はどういうふうに認識されていたんだろう。
「ディートリンデは結婚するまで、男爵領の事務補佐を行っていた。今後は彼女に、俺の補佐とおまえたちの世話など全般について任せたいと思う。彼女の命令は俺の命令だと思え」
……まさかここまで言われるとは思っていなかったので思わずバルトの方を見たけれど、彼は涼しい顔で見習いたちの方を見ている。
見習いたちも最初は驚いた様子だったけれど、すぐに「かしこまりました!」と揃ってお辞儀をした。
バルト曰く、現在彼の指導下にある見習いは十五人で、最年少が十二歳、最年長が十八歳らしい。
バルトの制服よりも簡素なデザインの見習い騎士団服を着た彼らは若々しくて、目もきらきらしていた。
紹介が終わったところで教室に移動して授業だ。
今日は戦術の講義をするらしく、教壇に立ったバルトが見習いたちに教科書を開くよう指示し、授業を始めた。
私は戦術なんてからっきしだし、そういう書籍も読んだことがない。だから今バルトが教えていることについては全くの素人で、知識も見習い以下だろうけれど――
教室の後ろに立って話を聞いていて、驚いた。
バルトの話、すごくおもしろい。
「……百五十年前の重装騎兵は耐久力にこそ優れていたが、次第に廃れるようになった。それはなぜだと思う?」
「重装兵は機動力が劣るので、長時間馬を走らせる平原などでの戦闘や遠征に不向きだったからです」
「鎧が重いので、騎士の体力の消耗も激しいですっ」
「そうだな。ではおまえたちなら、鎧をどのように改良すればいいと思う?」
「軽量化すれば、馬への負担も減らせます」
「軽量化にもいろいろあるだろう。各自、自分が考える『重装騎兵に替わる装備』についてまとめてみろ」
バルトの指示を受けて、見習いたちは各自石版を取り出してそれに鎧の絵や馬の装備について描き始めた。
それを隣にいる見習いと見せあいっこして、「それじゃだめだろ」「その鎧、本当に作れるのか?」と議論を交わしている。
……教科書を読むだけではなくて、見習いたちにしっかり考えさせ、意見をぶつけさせている。
おかげで、昼食後の眠い時間だというのにうとうとする見習いはいなくて、皆真剣に課題に取り組んでいた。
「……びっくりしたわ。バルト、皆のやる気を引き出すのが上手なのね」
授業の後の休憩時間中、執務室でお茶を飲んでいたバルトに言うと、彼は少し目を丸くしたもののまんざらでもなさそうな顔をした。
「……といっても俺も最初の頃は講義のやり方が分からなくて、居眠りする見習いも多かった。あれこれ考えて今の形にしてからは、寝るやつやさぼるやつも減ったな」
「そうなのね……」
……なんだか、目の前にいるバルトがこれまでとは違って見えた。
見習いたちに教える内容は決まっているのだろうけれど、どう教えるのかは教官騎士によって違う。
それを任されたバルトは試行錯誤しながら取り組み、自分にとっても見習いたちにとってもよい方法を編み出した。
「……バルトは、すごいわね」
「そこまで褒めるか?」
「当たり前でしょう。……バルトの授業を受ける見習いたち、みんなとても生き生きとしていたわ。バルトのことが好きだからあなたの指導下にいるんだろうってことがよく伝わってきたもの」
あの後、バルトは石版を持った見習いたちに迫られ、「俺のを見てください!」「俺のが傑作ッス!」と熱烈にアピールされていた。
中にはバルトにけちょんけちょんにダメ出しされる見習いもいたけれど、難しそうな顔はしつつも一生懸命描き直していた。
そう言うと、バルトも少しだけ優しい眼差しになった。
「……そうだな。馬鹿も多いしたまにとんでもないいたずらをしでかすこともあるが、それでも可愛いやつらばかりだ」
そこでバルトは私を見てきた。
「君も、あいつらのことを可愛がってくれたら嬉しい。中には生意気なやつもいるが、最年長の……一番背の高いやつはエトヴィンというのだが、あいつとかなら大人の対応ができるから、君にも協力してくれるはずだ」
「……そうね。私、頑張るわ」
これも仕事なのだから、しっかりやらないとね。




