11 ディートリンデの初出勤①
数日後には、バルトの方の準備も私の仕度も完了した。
屋敷の女性使用人たちが私のために準備してくれた衣装は、光沢のある布地で作られたドレスだった。
まずは胸元にフリルのあるキャミソールを着て、プリーツのあるハイウエストロングスカートを穿く。その上に、落ち着いた紫色のオーバードレスを被る。
オーバードレスは胸元が大きく開いているので、キャミソールの可愛いフリルが覗いている。
ドレスのスカート部分は両腰の辺りまで深いスリットが入っていて、下に穿いているロングスカートが見えるようになっていた。
髪は一つに括ってから緩いシニヨン風にまとめた。
衣装を着て鏡の前に立つと、使用人たちは満足そうに微笑む。
「よくお似合いですよ、奥様」
「奥様は肌が白くてきめ細やかなので、胸元や首のラインがとてもきれいに見えますね」
「あ、ありがとう」
これまで他人に衣装を褒められることはほとんどなかったから、皆の手放しの称賛は少しくすぐったいけれど嬉しい。
準備を終えたところで、居間で待っているバルトのもとに向かった。
仕事用の簡素な白い騎士団服姿のバルトは私をちらっと見てからすぐに視線を逸らし――なぜか驚いた様子で、もう一度こっちを見てきた。
「……驚いた。随分雰囲気が違うな」
「そう? 似合っている?」
「……。……まあな」
バルトはそっぽを向くと、義務のように私の方に手を差し出した。
「そろそろ、行こうか」
「……ええ」
私も義務的に、彼の手に右手を載せた。
バルトは普段、仕事には愛馬に乗って行くそうだ。本人曰く、「こっちの方が圧倒的に到着が早い」かららしい。
でもドレス姿の私が馬に乗るわけにはいかないので、わざわざ彼は私と一緒に馬車に乗り込んだ。
「今日は君に仕事を教える都合で一緒に出勤するが、普段は君はもっと遅くに城に来て俺よりも先に帰ればいい。だから、俺は馬で、君は馬車で出退勤するようにしよう」
「……そうね」
相手のことは待たない、というルールだから、バルトの言うとおりだ。
まだ朝早い時間だけど既に王都の町並みは活気づいていて、店の前に商品を並べる商売人や掃き掃除をする女の子、出勤途中なのか鞄を背負って大通りを急ぐ男性の姿などが見られた。
父が死んでから、王都に来ることもなかった。
子どもの頃に家族で馬車に乗ってこの大通りを進んだ記憶があるけれど、当時この大通りはもっと幅が広く感じられ、反対側が見えないくらいだと思った記憶がある。
やがて馬車は大通りを北に抜け、堀に掛かる跳ね橋を渡った。見上げるほどの城壁に囲まれたこの先が、王城だ。
城門前の兵士たちは、騎士団員であるバルトを見ると会釈をしたけれど、その隣にちょんと座る私を見て首を捻った。
「失礼ですが、リューガー様。そちらの女性は……?」
「俺の妻の、ディートリンデだ。今日から彼女にはうちの隊の世話係として働いてもらうことになった。騎士団長の許可も下りている」
「初めまして、ディートリンデ・リューガーでございます」
ちょん、と軽く背中を突いて促されたので挨拶をすると、兵士は驚いたように兜の庇を指で押し上げて私を見上げてきた。
「なんと、あなたが噂の奥方でしたか! 了解しました、どうぞ」
「すまないな」
バルトは鷹揚に応え、兵士たちが空けた道を馬車が通っていく。
「……私が騎士団エリアで働くことについて、上の方の承認も得ているのね」
こそっと問うと、バルトは窓の外を見たまま頷いた。
「当然だ。最初は、新婚の妻を働かせるなんて糞旦那か、と責められたが、君がてきぱきと働くことが好きな妻だということを説明すると納得してもらえた」
「……なるほどね。妻を無理矢理働きに出させる糞旦那ではなくて、外に出たがる妻にやりたいことをさせる良旦那だと理解してもらえたのね」
「……別に俺は糞でも良でも構わないが、誤解されたままだと今後君が騎士団で働きにくくなるからな」
そう言うバルトはやっぱり。こっちを見てくれない。
でも……なんだかんだ言って、私が動きやすい、働きやすいように配慮してくれているのだということが分かる。
「……ありがとう、バルト」
「……どういたしまして」
交わされる言葉にはぎこちないところがあるけれど、十分すぎるくらいだった。
王城内は、いくつかのエリアに分かれている。
王族の方々の生活空間が圧倒的に広いのは当然だけど、官僚たちが仕事をしたり寝泊まりしたりする官僚エリア、そして騎士たちが仕事をしたり訓練をしたりする騎士団エリアもなかなかの広さだ。
騎士団エリアは、日当たりの悪い王城北側にあった。一日の大半が本城の陰になってしまうけれどバルト曰く、「日当たりが悪い場所だから、広い面積を確保できている」ので騎士たちにとって好都合だとか。
騎士たちにも階級があり、騎士団長や将軍レベルになると立派な執務室や私室を与えられる。
一方見習いや従騎士は相部屋が原則で、バルトも士官になってからやっと、狭いながら自分の執務室や仮眠室がもらえたそうだ。
「俺たち教官騎士は、こっちで生活している」
バルトと一緒に歩きながら、彼の説明を受ける。
後輩指導用の建物のある一角は、「教育棟」と呼ばれている。ここは騎士団エリアの中でも特に日当たりや立地条件が悪いことで有名だそうだ。
「教育棟で仕事をする教官騎士は、俺を含めて五人。それぞれのクラスには十五人程度の見習いが所属している。俺は騎士としての一般業務と平行して、彼らに武術や馬術、戦術などを教えることになっている」
「市民学校の、担任の先生みたいな役割なのね」
「そんなところだ。一日のスケジュールは日によって違うが、例えば今日だとやつらは午前中は全体訓練を受け、昼食の後で俺のところに来て座学をして、夕方から退勤時間までの間は皆で城下町の巡回に行くことになっている」
なるほど……。つまり今日のバルトは、午前中は自分の仕事をして午後から夜まで見習いたちの指導をするということなのか。
「忙しいわよね」
「確かに忙しいし、見習いたちはこちらの指示通りに動けるわけでもないから予定が狂うこともある。だが……案外自分には、こういう仕事が向いているのかもしれないとも思うようになった」
バルトはどこか遠い眼差しで言い、私を連れて教育棟に入った。
ここに来るまでの道中はバルトとよく似た制服姿の騎士とすれ違ったりしたし、遠くの訓練場で朝早くから打ち合いをしている騎士の姿も見えた。
でもこの教育棟は静かで、あまり人気も感じられない。
「静かね……」
「今の時間だと、見習いたちは朝食後の掃除をしているからな」
「自分で掃除をするの?」
「教育棟内は清掃専門の使用人がするが、訓練場などは自分たちでする。ここで手を抜くようなやつにはどんどん減点ポイントが貯まり、一定数貯まると素敵なご褒美が待っている」
「……ふふ。ご褒美を回避したければやるべきことをきちんとやれ、ということね」
「ああ。これでやる気のないやつや他人に自分の仕事を押しつけようとするやつをさっさと退団させられるから、俺たちとしても助かっている」
そんな話をしながら、バルトに教育棟の説明をしてもらう。




