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1  思い出と現実①

『はじめまして。ぼくのことは、バルトってよんでね』


 うん、よろしく、バルト。

 私は、ディートリンデ。……リンデって呼んでくれる?


『うん! よろしくね、リンデ!』






『リンデ、リンデ! まってよ!』


 ふふ、早くこっちに来て、バルト!


『ずるいよぉ……リンデのほうがあしがはやいんだからー!』


 だって私の方が、お姉さんなんだもの。


『むうっ! だったらすぐに大人になって、リンデよりずっと大きくなってやる!』






『……リンデ』


 ……久しぶりね、バルト。


『……ああ。久しぶりに、君の顔を見た。随分似合わない化粧をしているな』


 ……ふんっ! 生意気なことを言うのね。まあ別に、バルトに好かれたいなんてこれっぽっちも思っていないし!

 バルトの馬鹿、おこちゃま!


『俺こそ、君のけばけばしい顔なんてもう見たくもないな』












 かくん、と頭がぐらついた衝撃で、私はまどろみから覚めた。


 どうやら、調べものをしている途中にうとうとしてしまい、机に突っ伏して寝ていたみたいだ。変な姿勢で伏せっていたからか、体を起こすと節々がギシギシと痛む。


「……夢」


 つい、ため息が零れてしまった。さっき夢で見たのは、子どもの頃から思春期までの記憶の欠片。


 十二年前――十歳だった当時はまだ父が存命で、私はミュラー男爵家の娘だった。

 私は父に連れられて参加したパーティーで、年下の男の子と仲よくなった。最初の頃は弟の面倒を見る姉の気持ちで接していて、以降二年ほどの間はパーティーで会うたびに一緒に過ごしていた。


 でも、お互い成長するにつれてだんだん疎遠になって、顔を合わせても口喧嘩をするようになり……そして私が十五歳、バルトが十三歳の年のパーティーで再会したとき、お互い「けばけばしい厚化粧」「生意気な馬鹿おこちゃま」と吐き捨てた。


 そもそも、男女の友情なんてそんなものだろう、と私も仲直りは諦めていたし……間もなく私の父が病没して、私は王都から離れることになった。あれっきり、バルトとは会っていない。


「最近は、もう夢も見なくなったと思ったのに……」


 頬杖をつき、机の隅に置いていた鏡を見る。あまり純度の高くない鏡面には、二十二歳になった自分の顔が映っていた。


 濃い灰色の髪は仕事の邪魔になるから後頭部でお団子にしてまとめ、前髪は左寄りの分け目があるので青色の目がはっきり見える。

 ……よく見ると、頬にうっすらと服の跡が残っていた。さっきまで腕を枕にして寝ていたからかな。


 頬を揉んで皺を消そうとしていると、部屋のドアがノックされた。仕事中は気が散るから、食事とか来客時以外は邪魔しないようにと言っている。


「失礼します、ディートリンデ様」

「お入りなさい」


 促すと、老年の執事が入ってきてお辞儀をした。


「旦那様が、ディートリンデ様をお呼びです。クリストフ様がお見えとのことです」

「えっ、そうなの? すぐ行くわ」


 クリストフというのは、私の婚約者の名前だ。頬に皺の寄った顔を婚約者に見せるわけにはいかないので、鏡を見ながら一生懸命顔をマッサージした。


 我がミュラー家は、ここエレルフィア王国で男爵位を授かっていて、私は二十二年前、男爵家の娘として生まれた。


 でも父の死により叔父が男爵となり、父の死ですっかり弱ってしまった母は療養地で静かに暮らしていて、私は叔父のもとで厄介になることになった。


 厄介になるといっても、元々私たち家族の家だった屋敷がそのまま叔父一家のものになっただけだ。それに叔父はあまり内政の手腕がなかったようで、五年ほどの間にどんどんミュラー家の財産は減っていった。


 これではまずいと、叔父も危機感を抱いたようだ。しかも叔父には娘しかいないから、婿を取るしかない。エレルフィア王国の爵位継承のルールでは、娘が当主になることはできなかった。


 そうしていろいろなところに話を持ちかけた結果、王都の商家であるトイファー家の次男であるクリストフが婿に来てくれることになった。


 普通なら叔父の娘で私の従妹であるエルナがクリストフを婿に取って男爵夫人となるのだけど、私の父の「爵位継承に関して、ディートリンデの結婚を優先させるように」という遺言があったようで、エルナには文句を言われたけれど私がクリストフと結婚して、男爵夫妻になることが決められた。


 このことに関して、私は特に文句はない。

 叔父は私より娘優先、エルナに至っては「ディタお姉様って地味で暗いわよね」「本当なら私の方がずっと、男爵夫人にふさわしいのよ」とネチネチ文句を言ってくる始末だけど、それでも男爵家から追い出されず母の面倒も見てくれているため、感謝はしている。


 いずれ私はクリストフと結婚して、男爵となる彼を支える。そのために五年ほど前から、男爵家の経営補助の練習をしてきた。

 もう既に叔父の手伝いをしているクリストフからは、「君には本当に助けられている」「君は本当に、気が利くね」と言ってもらえている。


 今日も、彼に頼まれていた資料集めと手紙の清書、出納簿の確認など全て終わらせている。せっかく来てくれたのだから報告して、「ありがとう」の言葉をもらいたい。


 ……そう思って応接間に向かったのだけれど。


「……それって、どういうこと?」


 応接間に、私の声が虚しく響く。


 私の正面には、クリストフと――エルナが。右斜めには叔父が座っているけれど、どう考えてもこの配置は婚約者とその親戚というものではない。


 そして、先ほどクリストフから告げられた言葉が……私は、信じられなかった。


「君は本当に優秀な女性だと思う。でも、申し訳ないけれど僕は君に異性に対する愛情は抱けなかった」


 クリストフはそう言うと、薄紫色のドレスを着たエルナの肩をそっと抱いた。


「僕は、エルナと結婚したい。父にそう申し出たら、父も僕の意志を優先させると言ってくれたんだよ」

「ごめんなさいね、ディタお姉様。でも、クリストフ様が選ばれたことなのよ」


 クリストフは若干申し訳なさそうな顔をしているけれど、エルナの方は「ごめんなさいね」と言うわりにしれっとしている。


 銀色の巻き毛に、茶色の目。叔父とはかなり前に別れたという叔母譲りの美貌を持つ従妹は、いろいろな点で私とは似ていなかった。


 同じ系統の髪でも、私の髪は「埃の塊みたいな色」と言われ、エルナの髪は「磨かれた鏡のような色」と言われる。人見知りしがちな私と違い、エルナは快活で誰とでもすぐ仲よくなれる。


 この結婚に顔のよし悪しは関係ない、って叔父は微妙な言い方でエルナを説き伏せていたけれど……まさか今になって、それが覆されるなんて。

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