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この世界で俺は……  作者: ねこネコ猫
高校編
93/163

No92(注意)

一:本話にはグロテスクな表現・暴力表現・犯罪表現があります。

  苦手な方は読み飛ばして下さい。


二:本話は谷口莉子(担任の先生)の過去のお話となっています。

Riko's background



「今日は無理を言ってついて来てもらってごめんなさいね」

「いえ、気にしないで下さい。予定も空いていましたし」

「ありがとう。そういえばこうして二人でどこかに行くのは初めてよね?」

「そうですね。いつも誰かしら一緒でしたからね」

「そうよね。男性と二人っきりなんて緊張しちゃうわ」

「あはは。俺も先生と一緒だと思うと少し緊張します」

「なんだか不思議よね。学校では教師と生徒の関係で、プライベートでは一緒に遊んだりしているなんて」

「ですね。……ところで今から行くところはどこなんですか?誘われた時にどこに行くか言ってませんでしたよね?」

「うん。実は今日が姉の命日なの。それでお墓参りに一緒に行ってほしくて誘ったんだ」

「んっと、なぜ俺を?お母さんと一緒の方が良かったのでは?」

「ちょっと思う所があってね。母は先に行ってるから大丈夫よ」

「そうですか。今日がお姉さんの命日なんですね。前にバイト先に来た時にチラッと話してましたよね」

「ええ。美人で頭も良くて、人気者だったっていう話よね。姉の事は今でも尊敬しているし、憧れの存在なのよ」

「そこまで思ってもらえるなんて羨ましいですね」

「姉もそう思ってくれていると嬉しいんだけど」

他愛も無い会話をしつつ車を走らせる事約一時間と少し。ようやく姉が埋葬されている霊園に到着した。規模はさほど大きくないが一つ一つの区画が広めに取られているのが売りの民営霊園だ。街からもそれほど離れていないし、永代使用料や管理費が他と比べて安いので一見人気に思えるが実の所利用者は多くない。なぜか?幽霊が出るとか、経営母体が悪徳とかではなくなんらかの訳ありの故人を優先しているからだ。ここまで言ったらもう分かると思うが私の姉がここに埋葬されている理由も事情があっての事なの。

少し離れた場所にあるお墓までお互い無言のまま歩き、辿り着くと既に清掃されていてお線香が僅かに煙を上げている。少し前までここに母がいたのだろう。すれ違いになっちゃったなと思いつつ顔を合わせなくて良かったとホッとする自分もいる。今日話そうと思っている事を母に聞いて欲しくはなかったから。

改めて清掃する必要もないのでお線香を新しく焚き、お参りをしてお終い。普通だったらここで帰る所なんだけど今日は少しだけ違う。

「甲野君、少しお話を聞いてもらってもいいかな?」

「俺でよければ」

「うん。ありがとう」



私と姉は年が離れた姉妹だった。私が生まれた時は大層喜んだみたいで、物凄く可愛がっていたと母が話していたのを今でも覚えている。母の代わりに私の面倒を見てくれて、いつも傍にいてニコニコと微笑んでいる優し姉。嫌な顔一つせずにおままごとに付き合ってくれたり、一緒になって泥遊びをしたり、男子にからかわれた時には真剣に怒ってくれたりしたっけ。優しくて頼りになる存在。幼い私には母以上に大切で掛け替えのない人だったの。もちろん母の事も尊敬しているし、大事に思っている。家族の仲も良好で、一般的な家庭よりも裕福だった事も一因だと思うけどね。姉は美人で頭もよく、また社交的で誰からも好かれる人気者だった。幼い頃からそうだったみたいで常に姉の傍には沢山の人が集まっていたらしい。幼いながらに私も同じようになりたい、憧れの存在に近づきたいと思うようになったのは必然よね。いつまでもこんな幸せな時間が続くとこの時は思っていたの。

でも世界は理不尽で傲慢で、些細な願いすら踏みにじり絶望を突き付ける。あの日は私が七歳の時だった。母は仕事でいなくて、家で姉と二人で居たの。私は居間の隣の部屋で遅いお昼寝をしていたんだけど、来客があったらしく僅かな足音と玄関扉を開ける音で眠りから覚めたの。でも寝起き特有の心地よい微睡みの中で揺蕩(たゆた)っていたんだ。そんな中居間の方から聞こえていた話し声が次第に大きくなり、それは悲鳴へと変わる。その声で完全に目を覚ました私はその時相反する二つの感情が入り混じっていた。恐怖心と好奇心だ。だけど、幼い子供ならではなのか天秤は好奇心に傾く。恐る恐る障子を少しだけ開けて居間の方を覗くと……姉が……血塗れになっていたの。

最初は何がなんだか分からなかった。理解できなかった。なんで姉が血塗れなの?なにがあったの?どうすればいいの?あの女の人はなんで包丁を持っているの?なんで?どうして?

理解不能の事態に身体はガクガクと震え、悲鳴が漏れそうになる。でも僅かに残った理性と生存本能によりなんとか声を出す事だけはしなかった。だけど、目から涙が止め処なく溢れて身体は震え、気付けば股間の辺りが生温かくなっていた。そう、あまりの恐怖から失禁してしまったの。ここで気絶でもしていればまだ救いはあった。その後の凄惨な惨状を見なくて済んだんだから。

姉に跨った女は包丁を振りかぶり何度も、何度も執拗に刺す。その度に血が飛び散り、肉が裂け潰れる音と苦悶の声が響く。もう抵抗する力すら残っていないのかだらんと身体から力が抜けていて、肌も青白くなっている。誰が見ても命の灯が消えようとしてるのは明らか。なのに、女は笑顔で繰り返し、繰り返しめった刺しにする。返り血で真っ赤に染まりながら口元を三日月の様に吊り上げながら。その姿を見た時あぁ、この人は楽しいんだ、こうして姉を殺しているのが快感で、愉悦で、何にも代えがたい幸せなんだと自然に理解した。そう、理解してしまったのだ。狂人、異常者、快楽殺人鬼等そんな陳腐な言葉では足りない。あの女は人間じゃない、人間の皮を被った()()()だ。永劫に続くかと思われた時間も終わりは必ずやってくる。そう、姉が事切れた瞬間にそれは訪れた。女は姉が死んだのを確認するとすっと立ち上がり、何事も無かったように立ち去って行ったのだ。人を殺したというのに友人の家からお暇するみたいに自然に、当然の様に帰ったの。じっと息を潜めてただただ震えていた私は女の姿が見えなくなった後安堵のせいか気絶してしまいその後どうなったのかは分からない。母から聞いた話ではたまたま用があって家に来た姉の友人が惨状を目撃して警察に連絡して、すぐに救急車や警察が来たけど時すでに遅しで……。目撃者も私のみで、証拠も無い。そんな状態なので捜査は一向に進まず、只々時間だけが過ぎるのみ。かく言う私も余りにも凄惨な現場を目撃したことによりPTSD(心的外傷後ストレス障害)になってしまい、暫く入院する事になったし事情聴取も碌に出来ないから仕方ないと言えば仕方ないのかもしれない。それと入院中に判明したんだけど、精神的ストレスにより発育障害が起きる可能性が高いと医師から告げられて二重の意味で絶望に突き落とされた。それからの生活は悪夢と、自責の念と後悔に塗れたものだったわ。今こうして教師をやっているのも姉が教師を目指していたからなの。立派な志があった訳でも、夢だったわけでも無い。ただ、姉の生き様をなぞっているだけ。空っぽの私にはそれしか出来ないから。



「………………」

先生の話が終わったが言葉が口から出ない。あまりにも凄惨、あまりにも不幸、あまりにも理不尽。その苦痛や苦悩は他者が理解する事は決して出来ないだろう。ただ、気になる点が幾つかある。だが、これは聞いていい物なのだろうか?前回踏み入った質問をして後悔したばかりだ。どうしても躊躇ってしまう。

「なにか聞きたそうな顔をしているわね」

「はい。でも聞いても良いものかと思っていまして」

「構わないわよ。言って頂戴」

「先生は犯人の事を今でも憎いですか?」

「そうね……。あれから結構な年月が経っているし心の中では一応整理はついているわ。だけど憎しみの炎は消えたわけじゃない。何があろうと許すことは出来ないし、必ず見つけ出してこの手で殺す」

「綺麗事かも知れませんけど憎しみからは憎しみしか生まれません。負の連鎖は止まらず(いず)れ先生を蝕み、取り返しのつかない事になります。俺はそれが心配です」

「……あなたに何が分かるの?目の前で姉が惨殺されたのよ!あの時の光景は今でも夢に出るし、なんで助けなかったのか、なんで死んだのが私じゃなかったのかと毎日後悔している。負の連鎖?取り返しつかない事になる?そんなのとっくの昔に覚悟は出来ているし、誰になんと言われようと犯人を見つけ出して殺す!」

先生が語気を荒げながら言う姿を見て、もう手遅れだと気づいてしまった。どうしようも出来ない所まで来てしまっているし、死の間際までその意志は変わらないだろう。

「……はぁ、ごめんなさい。つい言葉が荒くなってしまったわ。でもねこればっかりは譲れないの。警察の捜査も打ち切りになっているし、時効期間が過ぎれば仮に犯人が逮捕されても罪に問われることは無い。そんな事が許されると思う?人を殺しておいて時効が来るまで逃げ切れば勝ちなんて絶対に間違っている。だから私は今でも犯人を捜しているし、それを止めるつもりもない」

「そうですか。申し訳ないですけど俺は手伝う事は出来ません」

「分かっているわ。はなから一人で続けるつもりだったしね」

「……俺に出来る事は先生が疲れた時、困難にぶち当たった時、どうしようも出来ない事が起きた時にそっと寄り添ってあげる事しか出来ません。俺は先生にとっての止まり木のような存在になれますか?」


俺の言葉に返事は返ってこなかった。彼女がどう思っているのか、なぜ答えを返さなかったのかは分からない。空からぽつぽつと零れ落ちる雨が頬を伝い涙を隠し、雨音は嗚咽を掻き消していく。

泣きじゃくる姿はまるで子供の様で、許しを求める罪人の様で。この小さな身体で今までどれだけ頑張ってきたのだろうか?そして、この先も茨の道を進む彼女に何が出来るだろうか?


初秋の冷たい雨が降るなか佇む二人にいずれ光が差すことを願って止まない。

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