No9
バイトを始めて数日。今日も元気に出勤です。挨拶を交わして更衣室で着替えていざホールへ。ちなみに、夕方でも夜でもおはようございますって言うけどなんでだろ?こんばんは~っていうのも変だけどじゃあなんていうのが正解かって事になるけど……わからん。店内は結構混んでいた。なんかここ数日でお客さんが増えたらしい。なんかチラチラ見られたり、受け渡しの際手を触ってなかなか放してくれなかったりと困った事もあるが、そういう時は店長がさりげなく対応してくれるので本当にありがたい。客層としてはお酒を出す夜の方が落ち着いた人が多い印象。
普通は逆だと思うよね?ところがどっこい、お姉様達がしっとり飲んでいるのでこちらとしても仕事がしやすい。そういう事もあってお酒をお渡しする際に少し会話したり、豆知識を教えてもらったりしている。仕事は二十一時までなので今日の仕事はおしまい。着替えて従業員用のドアから外に出ると妹が待っていた。
「おまたせ。帰ろうか」
「お疲れ様でした。なにか問題とかはなかったですか?」
「うん。特にはなかったよ」
なんで妹がいるのか気になると思うが心配だかららしい。歩きながら家族で話し合った時の光景を振り返ってみた。
「勤務時間は夕方~二十一時までで賄いも出るから夕食はいらないよ」
「そんな時間まで働くの?もう少し早い時間に終わることはできないの?」
「学校が終わってからになるからこれ以上早いと碌に仕事ができないよ」
「でも、夜も遅い時間だしお母さん心配だわ。帰りも一人でしょ?」
「うん。他の人は閉店まで働いてるし、俺以外にバイトはいないし一人で帰るよ」
「う~ん、男の子が夜道を一人歩きするのは危ないし……、そうだ。葵、悠がバイトの日は迎えに行って一緒に帰ってきて貰える?」
「わかった」
「ちょっと待って。いやいや、中学生の女の子を一人歩きさせる方が危ないよ。俺は大丈夫だからさ」
「兄さんにもしもの事があったらどうするんですか?お店にも学校にも迷惑がかかるんですよ。なので私が迎えに行くので一緒に帰りましょう」
珍しく葵が語気を強めて言ってきたので、驚いたが言っていることはもっともだ。ここは素直に迎えに来てもらうか。
「わかった。じゃあお願いするよ。でも、無理はしなくていいからな」
「はい。じゃあ、あとでシフトを教えてください」
「これでお母さんも安心だわ」
なんてことがあって今に至るわけだ。まあ、なんだかんだで兄妹の仲も深められるし悪い事ではないんだけどな。回想にふけっていると横から声を掛けられた。
「兄さん、高校生活はどうですか?」
「クラスメイトも良い人たちだし、先生も優しいし楽しくやっているよ」
「よかったです。私も来年は高校生ですから、どうなのかなっと思って」
「そうか。でも、エスカレーターでそのまま上に行くんだから今とあんまり変わらないんじゃないのか?」
「それでも、中学と高校では色々と違うと思いますよ。少ないですが編入してくる子もいますし」
「そういうもんか。まあ、バイトも始められるし自由度は確かにあがるな」
家に着くまでそんな事を話しながら帰った。
朝HRが終わり授業の準備をしていると先生が近くに来て
「甲野君、今いいかな?」
「はい。なんでしょうか?」
「今度甲野君のバイト先に伺おうと思うのだけどシフトを教えて貰える?」
「月・水・金です。時間は夕方~二十一時までです」
「そう。じゃあ、金曜に行ってもいいかしら?」
「分かりました。ちなみに店長にも話を通しておいた方が良いですか?」
「こちらから連絡するから大丈夫。じゃあ金曜日に行くからよろしくね」
ふむ。担任兼部活顧問として勤務態度とかを見るんだろうか?どちらにしろ少し気合を入れなきゃな。
「ハル君、ハル君。私たちも金曜にお店に行っていい?」
「んっ?構わないよ。というか好きな時に来てくれればいいんだよ」
「ハル君が働いている姿を見てみたいなぁ~と思って」
「あ~、それはちょっと恥ずかしいかも……」
「だめ?」
うっ、そんな潤んだ瞳で上目遣いされたら断れない。
「わかった。いいよ。ただ不格好でも笑わないでね」
「大丈夫!じゃあ楓ちゃんと一緒に行くね」
こうして、授業参観ならぬ職場参観が行われることとなった。
やってきました当日です。緊張しつついつも通り着替えてホールへ。今日もお客様は多めで結構忙しい。そんななかドアベルが鳴りそちらの方を向くと見慣れた顔が。案内するため移動して
「いらっしゃいませ。4名様でよろしいでしょうか?」
「はい」
「では、お席にご案内いたします」
席に着いた所で気になることを聞いてみた。
「あの、今日は先生、結衣、楓だけだと思ったんだけどなんで先輩も一緒なの?」
「今日ハル君のお店に行くって話したら一緒に行きたいって事になって。それでみんなで来たんだけど迷惑だった?」
「いや、全然。ではご注文をどうぞ」
それぞれの注文を受けてオーダーを通しに向かった。
another view point
初めてお店に来たけれどいい雰囲気ね。事前にお店に関しての情報は調べていたけど、特に問題はなかったし。あとは、実際に働いている状況を確認するだけなんだけど……。情報よりも客の数が多いわね。今回は夜までいるつもりだししっかり観察しましょう。
another view pointEND
注文の品を届けた際少し話をしたんだが、色んな所から視線が飛んでくる。殆どは仲良いのかな?とか羨ましいとかそういう類のものだったんだが、その中に殺気というか、憎悪というか、こうドロドロとしたネチッこい視線が混ざっていて背筋がゾワゾワした。思わず振り返った時には消えていたので誰が見ていたのかは分からない。気のせい……、とは思えない。俺か、それともこの中の誰かに恨みでもあるんだろうか?とにかくしばらくは気を付けて生活しよう。
その後はいつも通りに仕事をこなして、夜になる前に先輩、結衣、楓は帰った。ただ、去り際に揃って思案顔をしていたのが気になる。なにか思う所でもあったんだろうか?はっ、まさかなにかミスでもやらかしたか?もしそうなら申し訳ない。今度謝っておこう。先生は引き続きお店にいて今はお酒を飲んでいる。あと、一時間で仕事は終わるしどうだったか聞いてみよう。
「先生、今いいですか?」
「はい。なにかありましたか?」
「あの、今日は俺が働いている所を見てもらいましたがどうでしたか?」
「そうですね。まだ働き始めたばかりなのにしっかり出来ていたと思います」
「ありがとうございます。これからも頑張ります」
「うん、頑張ってね。あと部活の顧問兼担任として今後も様子を伺いにきますのでその時はよろしくね」
「はい。でもあまり無理はしないで下さいね」
「ありがとう。そんな事言ってもらったの何時ぶりだろ」
「俺先生の事好きですから、心配して当然ですよ」
「……………………」
「あの、先生?おーーーい?」
「はっ!?ごめんね。ちょっと意識が別次元にいってた」
「大丈夫ですか?」
「う、うん。あの……ね、幻聴だと思うんだけどさっき私の事す、好きって言わなかった?」
「言いました。幻聴ではないですよ」
「あ、あの気持ちは嬉しいけど教師と教え子だしそんな禁断の関係は許されないわ。でも、嫌いってわけじゃなくて甲野君格好いいし優しいし私も好きだけどでも付き合うなら卒業してからになるけどあぁとうとう私も夢の結婚をするのね」
ちょっ、暴走した!?凄い早口で喋ってて後半あんまり聞き取れなかったけど、とにかく誤解を解かないとこれ大変に事になるな。
「先生、落ち着いて下さい。俺が言った好きっていうのは人間として好きということです」
「……………………人間として?女としてではなく?」
「はい、人間としてです。憧れであり尊敬できる大人として俺も先生みたいになりたいと思っています」
「あはははは。そうよね、私みたいな年増のチンチクリンなんて興味ないよね…………」
真っ白に燃え尽きて項垂れる姿はあ〇たのジョーを彷彿とさせる。燃え尽きたぜ……真っ白にな……そんな事を言いそうな雰囲気。
「確かに合法ロリですけど、可愛いし仕事も出来るしモテるんじゃないですか?」
「ねぇ、それ褒めてるの?貶してるの?」
「褒めてます、褒めてます。出会いとかは無いんですか?」
「ないわよ~。そもそも、男性と出会える機会なんてあんまりないし、付き合うにしても若い子一択みたいな状況だしね。ましてや結婚となるとほぼ無理。お金持ちかそれなりの地位か昔からの縁故がないと結婚なんて不可能なのよ」
何かしらの特筆すべき事がないと結婚どころか付き合う事も出来ないのか。個人的にはちょっと嫌だな。金とか地位とかもちろん大事だけど、もっと内面を見て決めるべきでは無いのか?
「それって目に見える分かりやすいものに惹かれているだけですよね。そんな男に碌なのはいませんよ。少なくとも俺は相手の内面もしっかり知ってから付き合うなり結婚なりしたいです」
「……ありがと。そう言ってもらえると少し心が楽になったわ。少しでも甲野君みたいな男性が増えればいいんだけどね」
そう言ってカクテルグラスに残ったお酒を飲んだ姿はどこか悲し気だった。
二十一時になり今日の仕事は終了。今日は色々と濃い時間を過ごした気がする。先生の新たな一面を見れたし、今後も愚痴の聞き役くらいになれたらいいな。それとあの視線……、どうしても頭から離れない。空を見上げると曇天からパラパラと雨が降ってきた。まるで先行きを表すように…………。
不穏な気配が漂ってきました。
この話から何話かちょっと重めになる予定です。
苦手な方はこれ以上先を読まないようお願い致します。




