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この世界で俺は……  作者: ねこネコ猫
高校編
81/163

No80

※本話は有馬柚子の過去のお話となっています。

Yuzu's background



今日は大学受験の合否発表日。一昔前は受験した大学まで行き、ボードに張り出された紙を確認しなければいけなかったが最近はインターネットで確認するのが主流となっている。私も机の間でディスプレイを睨みながら今か今かと待っている状態だ。どれほど待っただろうか?何回もF5キーを押して更新しているとサッとホームページの表示が変わった。多少緊張しながらもホイールをクルクルと回しながら自分の受験番号を確認していくと半ばほどで見つける事ができ、知らず安堵の吐息が漏れてしまう。模擬試験でA判定を取っているし、自己採点でも僅かなケアレスミスがあるだけでほぼ確実に合格しているという自信はあったが合格していて本当によかったと思う反面、達成感や喜びという物は無く虚しさだけが胸に去来する。母に合格したよと伝えても返答は『そう』と言うだけだろう。あの人は昔からそういう感じだったし、今更何か言われてもなんとも思わないけど。しょうもない考えを拭い去るようにベッドに横になり目を瞑ると、瞼の裏に彼の顔が浮かんでくる。そう、大好きな彼の笑顔が。



勉強。それは人が生きていく上で欠かせないものであり、社会と言う組織に属している以上必ずしなければいけない。遥か太古まで遡ると狩猟や採取などを行う際学習をしなければ延々と同じ過ちを繰り返し、早晩死ぬことになるだろう。それは現代でも同じで例えば学ぶことを一切放棄すれば人として生きて行く事は不可能だ。学生などは勉強したくない、ずっと遊んでいたい等が常套句となっているが学生の本分は勉強であり、大人になり社会に出た際に自分が困らない為にするんだ。そう、人間にとって学ぶ事は生きる事であると言っても過言ではないが、度が過ぎればそれは心を蝕む毒となり心身を摩耗させ壊していく。そんな事はないって?私の心はギシギシと悲鳴を上げ、今にも壊れてしまいそうなのにそれでもそんな事は無いと言えるの?思えば幼い頃から異常と言える生活を続けた結果が今の私なのだろう。なぜこんな風になってしまったのか?なんて自問自答は飽きる程したし、答えも出ている。母の妄執・狂気・異常性が私をこんな風にしたのだ。

幼少の頃から塾に家庭教師に、自己学習と兎に角勉強漬けに毎日を送っていたので友達も碌にできなかった。周りの子達は公園で遊んだり、駄菓子屋に行ったり、友達の家に遊びに行ったりと楽しそうに過ごしているが私はひたすら机に座り教科書と睨めっこ。遊びたい、友達を作りたい、同年代の女の子と他愛も無い話をして盛り上がりたい。そんな思いは日々募りある日母に言ってみた事がある。

「ねえ、お母さん。今度お外で遊んでもいい?クラスの子から聞いたんだけど近所に駄菓子屋さんが出来たみたいでそこに行ってみたいの」

「あなたは何を言っているの?勉強があるでしょう」

「そうだけど……。一日くらい休んでも大丈夫だと思うんだけど」

「なにを言っているのあなたは!!」

母の怒声と共に頬に鋭い痛みが走り思わず蹲ってしまう。痛い、痛い、なんで叩かれたの?私なにか悪い事したのかな?いきなり頬を叩かれて頭は混乱の渦に飲み込まれてまともに思考が出来ない。

「そんな下らない事に費やす時間は無いの!周りと差をつけるには人の何倍も勉強しなきゃいけないし、そんな甘えた考えはすぐに捨てなさい。いい?この国では学歴こそが全てであり、低学歴は人間じゃないの。良い学校に行き、良い会社に勤めて出来ればいい男を捕まえる。これが唯一の幸せであり、それを手に入れる為にはありとあらゆる無駄を排除して全力で取り掛からないと手に入らないの。あなたは一日位休んでも問題ないと思っているようだけど、その一日で周りとどれだけ差が開くと思っているの?そんな事も分からない()鹿()に育てた覚えは無いわよ」

「…………ごめんなさい。私が間違っていました」

「ふん。分かればいいのよ。さぁ、さっさと勉強してきなさい」

蔑んだ目でそう言われた時私は全てを諦める事にした。この人に何を言っても無駄だし変わる事は無いだろう。母が変わらないのなら私が変わるしかない。それからはひたすら勉強に励む日々を過ごし、稀にクラスメイトから遊びの誘いを受けても全て断りただただ母の敷いたレールの上を歩くだけ。何回か遊びに誘ってくれたが断り続けるうちに誰からも声を掛けられなくなり、ついた渾名(あだな)は冷血女という不名誉なもの。誰も彼もが私から一歩距離を取り、話しかける際にも必要最低限の事を気を使いながら言われる辛さが、苦しさが、空しさがあなたに分かるだろうか?それは中学に上がっても同じで、高校に入っても同じだろうと思っていた。事実一年生の時は何も変わらず、皆から距離を置かれる存在だったしこの先も同じだろうと諦観に似た思いを抱きつつただ時間だけが流れる日々。そんな中生徒会役員を決める為の選挙があり、もし当選すれば内申点にも大きく影響するので大学進学をより確実なものにするならば立候補するべきだろうと思い選挙戦に参加する事に。結果は見事生徒会長に当選。なにも問題なく任期を果たす事だけを考え生徒会の仕事も頑張ろうと思っていた時だった。生徒会長という地位にいる為先生から様々な情報が入ってくるのだが、その中に男子生徒が月一登校では無く毎日学校に通うつもりらしいという話を聞かされた時には思わず冗談ですよね?なんて聞いてしまったっけ。事実私が知る限りで毎日登校する男子生徒なんて聞いた事が無い。だが、先生は真面目な顔で本人から直接聞いた話であり、今のところ毎日学校に来ていると聞いて物凄く興味が湧いてしまう。常識や普通とは明らかに違うその男の子の事をもっと知りたい。その思いは日々募っていき、ある日教室に戻ろうと一人で歩いている彼を見つけて思わず声を掛けてしまった。お互い初対面であり、私もなにか話そうと思って声を掛けた訳じゃないので話題が思いつかない……。高速で頭を回転させてひねり出した言葉が『生徒会に入りませんか?』というあんまりにもあんまりな話題。当然彼を生徒会に入会させたいと思っていたわけではなくそれしか思い浮かばなかったの。誘いに対する彼の返事は『そう言ってもらえて嬉しいんですが生徒会には入れません。申し訳ないです』というもの。凄く申し訳なさそうに言ってくるので罪悪感と共に胸が締め付けられる。でも、ここではいそうですかとなれば彼との繋がりは完全に断たれてしまう。こうなれば素直に自分の気持ちを言うしかないと思い切って伝えてみれば『俺でよければよろしくお願いします』と笑顔で言ってくれたの!凄い嬉しかったし、同時に何かが変わっていく予感が胸に去来する。友達、それも人生初の男友達という事もあり最初は手探りで接していたが、彼の人柄のお蔭もあってすぐに打ち解ける事ができ更に彼のクラスメイトや妹さんとも仲良くなることが出来た。今まで碌に友達が出来た事がなかったのに彼と出会ってから目まぐるしく色々な事が変わっていく。カフェで他愛も無い会話をしたり、皆で海に行ったり、旅行したり、買い物に行ったり。母に言われるがまま勉強漬けだった日々が、冷血女と言われて距離を置かれていた私がどんどんと変わっていく。彼と接するうちに芽生えた気持ちにはすぐに気付いたが思いを寄せているのは私だけではない。それに私みたいな勉強しか出来ない女は彼も嫌だろう。だから心の内にひっそりと仕舞い込んでいたんだ。だけど彼が結衣ちゃんや楓ちゃんと付き合ったと聞いた時押さえつけていたものがガラガラと音を立てて壊れてしまう。本当なら喜ぶべき事だろう、祝うべき事だろう。なのに、なんで私じゃないの?私の方が彼を愛しているに!と浅ましい気持ちが次から次へと溢れて心を満たしていく。自分が気持ちを押さえて一歩引いた位置で見ていたのに、いざ誰かと付き合えば悪感情が出てきてしまう自分に嫌気が差すし本当に最悪だ。でももっと最悪なのはそう言った事を自覚しているのになにも行動していない自分自身。私に残された時間はあと僅か。高校を卒業すれば彼と会える日はグッと減るし、大学と高校では生活スタイルも変わる為今迄のようにはいかないだろう。ではどうするか?残りの日々を無為に過ごすか、改めて自分自身と向き合い覚悟を決めて行動するかのどちらかしかない。どちらにしても紛れもなくここが分水嶺だ。数日悩み抜いた末出した答えは、行動するというものだった。私が高校生で居られる最後の日、卒業式に甲野君……ううん、悠君に告白する。悠君に受け入れてもらえるにしろ、断られるにしろ全て受け入れるつもりだ。勿論断られたらと思うと怖いし、傷つくくらいなら現状のままの方がいいのでは?という思いもある。でも、それで後悔しないの?ずっと気持ちを閉じ込めたままで過ごすの?あなたの初恋はなにもせずに終わりを告げるの?これらの疑問に対する答えは否だ。何もしない方がよっぽど怖いし、傷つくことになる。だから悠君に告白する。好きですって、愛していますって言うんだ。これは私の一世一代の恋物語。どんな結末になろうと後悔だけは絶対にしない。


悠君。大好きです。

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