No79
明けて翌日。ぐっすり眠れた為寝起きは非常に良好。温泉の効能か疲れもすっかり取れており体も軽いし、活力に満ちているぜ!いつもと同じように朝の準備をしていると葵と母さんから挨拶が飛んできた。
「悠、おはよう」
「兄さん、おはようございます」
「おはよう」
相変わらず二人とも朝は早いみたいで準備万端。旅行に来た日ぐらいゆっくり寝てたらいいのにと思うが、生活習慣とは中々に変えずらいし、二人ともしっかりしているのでそんなだらしない事はしないのだろう。俺なんかは気を抜くとすぐに惰眠を貪り、布団の中でイモムシ状態になってしまうがね。特に冬は布団が恋人になってしまうので、起きるのも一苦労だよ。寒い中でぬくぬくするのがあまりにも心地良くて抜け出せないんだよね。前世では暖房代をケチってストーブを限界ギリギリまで点けなかったから尚更で。今みたいにタイマー機能を使って朝から部屋が暖かいなんて石油王みたいな真似はお金が勿体なくて不可能だったし、それを考えると滅茶苦茶稼いでいる母さんには感謝しかない。今回の温泉旅行だって業務拡大で相当忙しい中無理して時間を取ってくれたし、その事を話した時の返事も流石としか言えない物だったっけ。
『母さんの会社は今大事な時だし無理しなくていいからね』
『そう言ってくれるのは嬉しいけど、私にとって何より大事なのは家族と過ごす時間なの』
『そっか。変な事聞いてごめんね』
『ううん。子供に心配させてしまうなんてお母さん失格ね』
『何言っているのさ。俺にとって母さんは理想の女性だよ』
『もう、悠ったら嬉しい事を言って~!そんなに褒めても何も出ないわよ~』
そう言いながらギュッと抱きしめて頭を優しく撫でられたんだよな。マザコン全開のお母さん大好きっ子じゃねーかよ!と言いたければ言えばいい。母親が嫌いな息子がいると思うか?否だ。人類みなマザコン。異論は認めるが、論理的回答でなければ一顧だにもしないのであしからず。さて少し話が逸れてしまったが、家族揃って朝食を食べる為広間に向かって歩き出す。途中で他の面々と合流し話しながら移動し、広間に入ると既にご飯の用意がされていたのでそれぞれ座り声を合わせて「いただきます」と手を合わせてモクモクと食べ始める。朝と会ってメニューは軽めの物がチョイスされていてみそ汁、味付けのり、卵焼き、サラダ、焼き鮭、白米です。ご飯を食べつつ周りを見ていると、うつらうつらしながら食事をしている人を発見。面白そうなのでしばらく観察してみましょう。
「はぁ~、ほらみそ汁零しそうになってるぞ。いい加減目を覚ませ」
「んっ……、眠い……」
「全くお前ときたら。学生の頃から何回も注意しているのに一向に改善しないな」
「朝は無理……。あとお腹減った」
「目の前にご飯があるのに何言ってんだか。甲野君に幻滅されても知らないぞ」
「はっ!!一気に目が覚めた。ありがとう佐伯」
「じゃあさっさとご飯を食べる」
店長とアリスさんの会話の面白い事。面倒臭がりなアリスさんの世話をなんだかんだ言ってやる店長は子供の世話をするお母さんさながら。学生時代からこんなやり取りをしていたんだと思うと思わずほっこりするな。こういう関係って憧れてしまう。本人たちは腐れ縁とか、面倒なだけとか言いそうだけど遠慮なくなんでも言い合えるって凄く貴重だと思う。大人になれば一線を引いて友人だろうと気を使ってしまうものだしね。本当に羨ましいな。
「甲野君。私の事をジッと見てなにかあった?」
「あ、いえ。アリスさんは今日も可愛いなと思って見てました」
「ブゥッ!」
「うわぁ~!ちょっ、こっち向いてみそ汁を噴き出すな!」
「だって、甲野君が変な事を言うから」
「全く勘弁してよ。あとで着替えなくちゃいけないなこれは」
「うぅ……。佐伯、ごめんね」
「はぁ~、反省しているならいいよ」
「店長。俺も悪かったです。ごめんなさい」
「いやいや。甲野君が謝る事じゃないよ。このバカが悪い」
「あいた~。ゲンコツ痛い」
店長から脳天にゲンコツを喰らったアリスさんが頭を押さえて蹲っている。なんかとばっちりくらわせちゃった見たいでごめんなさい。罪滅ぼしとしてあとで頭を撫でてあげよう。こうして朝からひと悶着ありつつ朝食の時間は過ぎて行く。
今日は昼過ぎに帰る予定なのでそれまでは昨日に引き続き観光をする予定だ。太陽に照らされてキラキラと光る雪の絨毯を踏みしめながら会話をしつつ土産物屋を冷やかしたり、写真を撮ったりと目一杯楽しんでいると時間はあっという間に過ぎもうすぐお昼時だ。何を食べる?なんて会話を女性陣はしているが、俺は昨日食べたししゃも一択だ!あれを食わずして帰るなんて死んでも出来ない。そんな事を言ったら違うお店で食べたいグループと俺に付いていくグループに分かれる事になった。本当はみんなで一緒が良かったが流石にそれは我儘が過ぎるので言う事は無かったが、一緒に行っても良いよと言う人がいて心の中でホッと安堵の吐息を吐いてしまったよ。せっかく旅行に来たのに何が悲しくて一人で飯を食わなければいけないのか。そんなの新手の拷問と変わらないよね?例えば一人旅なら問題は無いし、男友達と旅行しているならこちらも問題ない。だがな、美人&可愛い女性と一緒にいるのになにが悲しくて一人飯を食らわねばならぬのか。そんな余りにも悲しい事件は起きてはいけないのだよ!だからこそ、一緒に来てくれる人がいてホッとしたし、結衣と楓が優しい言葉を掛けてくれたのも嬉しかった。二つのグループに別れた裏側にはこの様な出来事がありましたとさ。
でだ、美味しいご飯に舌鼓を打ちながら会話に花を咲かせていると、非常に見覚えのある特徴的なヘアースタイルをした女性が目に飛び込んできて思わず変な声が漏れてしまう。
「あのさ……、俺の見間違いかもしれないけどあれ金城さんじゃない?」
「えっ?どこどこ?」
「あそこの道端で飲み物飲んでいる子」
「ん~、あっ!本当だ、金城さんだ」
「なにやってんだろ?結衣はなにか聞いていない?」
「ううん。一昨日メールした時には何も言ってなかったよ」
「そっか。真白さんは何か聞いてませんか?」
「そういえば、彼女の親が経営する旅館がこの街にあるので湯治にでも来たのではないでしょうか?」
「そういえば金城さんお金持ちのご令嬢だったな。すっかり頭から抜けてたよ」
「ハル君どうする?声かける?」
「う~ん、迷惑じゃないかな?」
「大丈夫だと思うよ」
「私もそう思います。むしろ彼女の事ですから喜ぶと思いますよ」
「じゃあ、少しお話してこようかな」
結衣と真白さんの後押しを受けて善は急げとばかりに立ち上がり件の彼女の元へ歩を進めていくと、第六感でも働いたのか勢いよく首をグルンと回してこちら見てきたのでびっくり仰天。その様は洋画のホラー映画さながらでヒエッと声が出るのを必死に堪えてなんとか声を絞り出し一言。
「や、やあ金城さん」
「お~ほほほほ!お久しぶりですわね甲野さん!」
「あ、あはは。金城さんも相変わらず元気そうでなりよりです」
「ええ!私はいつも元気ですわよ!ところでなぜこんな所に?」
「実は俺の知り合い達と家族で旅行に来てたんですよ」
「あらあら、まあまあ!そうでしたの。では今は観光中ですか?」
「そうですね。でも昨日から来ていてもうすぐ帰る所なんです」
「そうですの……。私は今日から二泊するんですが、残念です」
そう言って悲し気な表情を見せる金城さんに心が痛む。色々とタイミングが合わなかった為誘う事が出来なかったが、聞くだけ聞いておけばよかったな。
「あの、今度どこかに旅行に行く際は必ずお誘いするのでそんな悲しい顔をしないで下さい」
「本当ですか?本当に私もお誘い頂けるんですか?」
「もちろんです。金城さんさえよければ」
「やった~ですわ!次回は必ず参加します!絶対に何があっても参加しますわ!」
「あ……、うん。そこまで喜んでくれたならこっちも嬉しいです」
「おほほほ。あまり長々と引き留めるわけにもいきませんし、この辺でお別れとしましょうか」
「そうですね。ではこれで」
「はい」
いや~、相も変わらずインパクトが強い。良い人なんだけど、人見知りだったり気の弱い人だと第一印象で敬遠するタイプだよな~。話せば面白いし、気遣いができて優しい人なんだけど如何せんあのビジュアルと話し方が色々と台無しにしている。でも、俺はああいうタイプの人は結構好きなんだよね。結婚したら絶対に尻に敷かれると思うけど……。ふぅ~、最後の最後に思わぬ出会いがあったが総じて今回の旅は楽しかったな。大学生になったら海外にでも行ってみようかな?家族と彼女の説得に骨が折れるだろうし、関係各所との話し合いも大変だろう。この国みたいに治安が抜群に良いわけでも無いから万が一の事を考えて警護してもらわなきゃいけないし、思い立ってすぐにGOという訳にもいかない。まだまだ、先の話だが実行するなら今のうちに少しづつ準備していかなきゃな。こうして、高校二年生の冬に訪れた旅先でまだ見ぬ世界に思いを馳せるのであった。




