No74
告白を受けてから数日が経ち今日は大晦日。悩み、苦しみ、考えに考えて俺の中でようやく答えが出た。まず、俺が甲野悠では無いという点については話さないと決めた。自分の身可愛さに言っているのではなく、時期尚早だと思ったからだ。時期が来れば必ず話すし、関係者全員に伝えるつもりでいる。次に複数人と付き合う事はOKなのか?については前世の感覚が未だに染みついている為罪悪感を覚えるが、重要なのは相手がどう思っているかなので直接聞いてみようと思う。最後に元の世界に戻るのか、この世界に居るのかに関しては現状何とも言えない。言葉を濁さずに言うとその時にならなければ分からないという答えになる。机上の空論をあーだこーだと頭の中でコネ回していても明確な答えなど出ないのだから。よってこの件に関しては保留とする事にした。ここまでくれば後は俺の気持ちを伝えるのみだが、どうしても来年に持ち越したくはなかったので結衣と楓には申し訳ないが、今日の夕方に時間を取ってもらった。さて、待ち合わせ時間まであと少しなので準備をして向かうとしようか。
雪がチラチラと降る中辿り着いたのは公園だ。覚えているか分からないが、この日記の一番最初に出てきた公園が待ち合わせ場所となっている。スマホで時間を確認すると十分前だったので少し早く着すぎたかななどと思いつつ待っていると、丁度見覚えのある人影がこちらに向かって歩いてきた。そう、結衣と楓だ。
「寒い中わざわざ来てもらってごめんね」
「ううん。ハル君こそ大丈夫?」
「俺は大丈夫だよ。……あ~、どうする?ベンチにでも座る?」
「このままでもいいかな?」
「俺は構わないけど二人はいいの?」
「うん」
「大丈夫だよ」
「分かった」
そのまま暫し沈黙の時間が流れるが、今一度覚悟を決めて口を開く。
「告白の返事をする前に二人に聞きたい事がある。結衣と楓が告白してくれたのは嬉しいけど、二人と付き合う事になれば二股になるわけで、嫌悪感とか嫉妬とか倫理的な問題とか色々あると思うけどその点についてどう思っているのかな?」
「そっか。ハル君は一途でとっても優しいからそんな風に思うんだね。でもね、私は気にしないし複数人の女の子と付き合うのは当然の事だと思っているよ」
「私も結衣と同じだよ。この世界は男性が少ないから沢山の女性と付き合ったり、結婚したりするのは当たり前だし普通の事。だからそれに関して嫌悪感や嫉妬をしたりはしないから安心して」
結衣、そして楓の順番で答えてくれたがどうやら本人たちは全く気にしていなく寧ろ当然の事だと思っているのか。やはり直接聞いてみてよかったな。さて、次はいよいよ本題か。
「告白の返事についてだけど、一つ伝えておきたい事があるんだ。俺は愛を知らない。知識としては知っているけど誰かを、何かを愛するという経験がないんだ。告白されて嬉しかったし、二人の事は好きだよ。でも、そこに愛は無い。こんな人間として欠陥を抱えた俺でもなお好きだと言ってくれるのなら、全力でその気持ちに応えようと思う」
俺の言葉に二人は黙り込んでしまう。痛いほどの沈黙が場を支配し、ただただ時間だけが流れていく。どれくらいそうしていただろうか?俯き佇んでいる俺に左右から暖かい温もりが伝わってきた。
「私には愛を知らないという事がどれだけ辛かったか、苦しかったか、悲しかったか分からない。でも、それでも一つだけ分かる事があるよ。私はハル君を愛しています。これから先何があろうとずっと、ずっとあなたを愛し続けます」
「ねぇハル君。私もあなたに出会うまで愛と言うものを、恋と言うものを知らなかった。でもあなたに出会えた事で知る事が出来た。だからハル君もきっと見つける事が出来る。だから……、だから人間として欠陥があるなんて悲しい事を言わないで。愛しているあなたが自分を傷つけるのは耐えられないから」
二人は俺の秘密を知ってなお好きだ、愛していると言ってくれた。それがどれほど嬉しかったか、どれほど救われたか言葉では言い表せない。寄り添う二人から伝わるぬくもりは身体だけでなく凍り付いていた心まで優しく溶かしていくようで、自然と涙が流れ頬を伝っていく。そして自然と言葉が口から紡がれる。
「結衣、俺と付き合ってくれますか?」
「はい」
「楓。こんな俺だけど付き合ってくれますか?」
「はい」
こうして俺達は恋人となった。今この時を持って今までの関係は終わりを告げ、新たなステージへと上がる。まるで祝福するかのように夕日に照らされた雪がキラキラと舞い踊っていた。
告白から数日経ち新年を迎えた今日この頃。社会人の皆さんは仕事が始まり忙しくしている事だろう。かく言う俺も結構忙しかったりする。なぜ?と思うかもしれないが、順を追って説明しようか。
結衣、楓とお付き合いした事をまず家族に話した。最初は驚かれたが、すぐに喜びながら祝ってくれ『おめでとう』と暖かい言葉を掛けてくれた事は記憶に新しい。だが、葵はどこか悲し気な表情を浮かべていたのが今でも心に残っている。いずれ時が来たら必ず答えるから待っていてくれ……酷く残酷で酷薄な事を想いながらも、今はそうするしかできない自分に歯がゆさを感じる。そうした思いを抱きつつ日々は流れ今は役所に来ている。この世界では男性は恋人が出来たら書類を提出しなければいけない決まりがある為だ。いやいやおかしいだろ!と俺も思うが、世界の貴重な財産である男性に関する事は極めて重要な為……らしい。だが、付き合ってもデートをしたり、キスしたり、あれこれしたり等は一切なく関係は冷えに冷え切っているのが普通の様だ。所謂仮面カップルと言った所だろう。しかも結婚を前提に付き合っている為、おいそれと別れる事も出来ないという男にとってはある意味鎖に縛られているようなものでその点については同情してしまう。翻って俺達はというと左右に居る結衣、楓と手を繋ぎながら他愛も無い話を楽しみつつ歩いている。役所の中でイチャイチャするな!とのお怒りも最もだが、恋人なら当然だろ?と開き直って堂々としている。して、事前に用意していた書類を窓口に提出して終わり……とはならず、幾つか口頭で質問を受けて終わりとなる。その時の対応してくれた職員さんは羨ましさ半分、悔しいさ半分と言った顔をしていた。それに対して結衣がドヤ顔を決めて楓に怒られたのはまあ……しょうがないだろう。ていうか、この世界で俺たち以上にイチャラブしているカップルは絶対にいないだろう。ということは俺達は今世界一ということになる!ドヤァ!!ごめんなさい、殴らないで。俺が悪かったから~(ノД`)・゜・。
そういう訳で無事書類の提出も終わりこのまま帰るのもあれなのでカフェに来ました。注文をして待つ事暫し。目の前に置かれたのは特大サイズのパフェ!見ているだけで胸やけしそうになるが、女子二人はキャッキャッと盛り上がっている。単純に三人なので三分の一ずつ食べる……というのは俺が無理なのでメインは二人に任せる事にした。スプーンを手に取り食べようとした所で待ったの声が響く。
「えっと……どしたの?」
「ハル君!私やってみたい事があるんだ!」
「あ~、なんとなく予想できるけど教えてくれますか結衣さん」
「も~う、しょうがないなぁ。あ~んをハル君にしたいの」
「あ~んってあの食べさせ合うやつ?」
「exactly」
「くっ……予想通りだがそれをやるのか。恥ずかしい……」
「大丈夫だよ。だって恋人になったらやってみたい事ランキング上位に入っているんだから!周りの人も羨ましがるだけだよ」
「いや、それ慰めになってないけど。……まあ結衣がしたいならいいよ」
「ほんと?やったー!」
「楓はどうする?あ~んする?」
「ハル君が嫌じゃなければしたいな」
「分かった。しようか」
「うん」
こうして定番中の定番である食べさせあいが始まった。
「はい、あ~ん」
「はむっ」
「どう?美味しい?」
「うん。なんかいつもより美味しく感じる」
「それは、私の愛情が盛り沢山だからだよ」
傍から見たら完全にバカップル丸出しだが、不思議と気分は悪くなかった。美少女二人にあ~んされているんだから当たり前なんけどね。周囲の皆さんの怨嗟の声は聞かなかったことにしよう。精神衛生上その方が良い。こうして周りにラブラブオーラを撒き散らすという迷惑行為をしながら、カフェで過ごした。
気付けば夜の帳が降り外は暗くなっている。随分と長居してしまったがそろそろ帰ろうかとなり、今は駅まで歩いている最中だ。吐く息は白く、冷たい冬の風に身体を縮ませるが、心はポカポカとしている。繋いだ手から伝わる温もり、思い、愛情。そういったものが俺の心を温かくしているのだろう。新しい関係になって変わったもの、変わらないもの。どれも大切な思い出であり、宝物だ。現状に満足して前に進む事を止めていたら決して今の幸せは手に入らなかったと思う。一歩前に踏み出す事はとても怖いし、勇気がいる事だ。でも、進んだ先には沢山の幸せが待っている。そう、今の俺のように。




