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この世界で俺は……  作者: ねこネコ猫
高校編
73/163

No72

師走になりみんな忙しそうにしているなか、俺はバイト先で準備に勤しんでいた。そう、クリスマスパーティーの準備だ。無事冬休みに入り、宿題をこなしつつバイトに励んでいる毎日という去年となんら変わらない毎日を過ごしている。ただ、受験生にとっては最後の追い込み時期なので鬼気迫る勢いで勉強をしている事だろう。お疲れ様です。風邪には気を付けて体調管理はしっかりとして下さいね。そんな思いを届け~とばかりに目を瞑り心の中で願ってみた。特に有馬先輩に届くといいなと思いながら。少し前置きが長くなったが、今回は準備に色々な人が参加してくれている。なので飾り付けや椅子、テーブルを倉庫に片づけるのも楽だった。今は厨房で料理や飲み物の準備をしている人達と出来上がった料理を運んだりセッティングをしたりしている人達に分かれている。そんなこんなでほぼ準備完了となった段階で続々と参加者が来店してきた。しばらくして全員集まった所で開始。ワイワイ話しながら美味しい料理に舌鼓(したつづみ)を打ったり、早速お酒を飲んでいる人もいる。普段あまり交流しない人とも話せるという事で盛り上がっているみたいだ。なんと今回参加者の皆さんが料理や飲み物を持ち込んでくれた。スーパーや仕出し屋の料理では無く手作りである。しかもどれもこれも高級品ばかり。ここまで言えば分かると思うが、持ち込んだのは真理さん、女医さん、刑事さん、母さんだ。高級肉を使った料理や、アワビ、キャビア、フカヒレスープ、幻の地酒、一本数十万はするワイン等々。正直やりすぎ感は否めないし、会費千円で出していい料理と酒じゃない。それとなくそんな事を伝えて見たんだけど、全員笑顔で気にしないで良いよと言ってくれた。ここで、いやいや全額は無理ですけど半分くらいは出しますとか言ったら逆に怒られてしまうだろう。相手が好意でしてくれた事に対して無碍に扱うのと同じだからだ。なのでここは素直にありがとうございますと言うのが正解だろう。日本人特有の謙遜や遠慮も時と場合によるということだ。でだ、まあ~美味い事美味い事!普段は滅多な事では食べられないし、この機会を逃したら恐らく社会人になるまで食べる機会がないと思うので目一杯がっついている。そんな俺にみんなが話しかけてきた。

「もう、悠ったらそんなに勢いよく食べたら行儀が悪いわよ」

「んっ……、でも美味しくてつい」

「気持ちは分かるけど、他の人もいるんだから気を付けないと」

「分かった。ありがとう母さん」

母さんに注意されてしまった。考える必要も無い当たり前の事だよな。子供がマナーがなっていないと親の教育や人柄まで悪く思われてしまう。ましてや、ここに居るのは経営者や役職についてる人が多いので尚更だな。反省しなければいけないし、今後同じ過ちを犯さないよう注意しよう。

「悠様、食べたいお料理がありましたら仰って下さい。取りに行きますので」

「真白さんありがとう。でも今は大丈夫かな。それより真白さんも食べてる?」

「はい。普段食べられない物も並んでいるのでいつも以上に食べてしまいました」

「そっか。ならよかった。でもこの後食後のデザートとしてケーキもでるから程々にね」

「はい。ですが、甘い物は別腹なので問題ありません」

「おぉう、さいですか」

普段は凛としていて大和撫子然としているけどまだ、十七歳の女の子だもんな。そりゃ、スイーツ大好きだよな。こうして普段とは違う一面を見れるのもパーティーの醍醐味と言えよう。

「悠さん、あのこの格好どうでしょうか?」

「うん、似合っていて可愛いよ」

「あ、ありがとうございます。実は今日の為に買ったんです」

「そうなの?」

「はい。折角お呼ばれしたのにいつもの服では格好がつかないと思って。でも、悠さんに可愛いって言って貰えてホッとしました」

「いやいや、優ちゃんは何着ても似合うし可愛いと思うよ。なんてったって超絶美少女なんだから」

俺がそう言うと顔を真っ赤にしてモジモジしはじめた。色白なので余計赤くなっているのが目立つ。けどそれも可愛い!正直どんな男だろうとイチコロに出来る魅力があるからな~優ちゃんは。魔性属性を絶対に持っているよ。下らない事を考えながら優ちゃんを見ているとおずおずと口を開き小さな声で呟いた。

「嬉しいです。あの……、今度悠さんにだけとっておきをお見せしますね」

上目遣いで囁くようにそう言ってきた。とっておき……これは期待が高まりますな!セクシー系か可愛い系か、はたまた露出過多のエロエロな格好か?グフッ、これは妄想が捗りますな~。エッヘヘヘ。

「あの……、兄さん大丈夫ですか?」

「おっ、おおう。大丈夫なにも問題はない」

「そうですか。本当ですね?」

葵がジト目で俺を見てくる。ヤバイ……、俺が邪な妄想をしていた事に気付いていやがるな。バレちまったもんはしょうがねぇ。ここは開き直るしかない!

「ああ、無問題だ!ところで俺になにか用でもあったの?」

「いえ、少し兄さんとお話したいなと思って来ました」

「そっか。どうだい?二回目のクリスマスパーティーは?」

「楽しいです。去年よりも人が増えたのもそうですが、みなさんとの関係がより深まったのも一因かと思います」

「だよな。なんだかんだ言って二年近くの付き合いになるしな。気心しれた仲ってやつだな」

「はい。来年も再来年もこうして皆さんと一緒にパーティーをしたいですね」

「だな。いつまでも変わらずにこうして皆で集まってワイワイ出来たらいいな」

なんだかしんみりした空気になってしまった。騒がしい空間にポッカリと出来た隙間。普通だったら気まずい空気や居た堪れない感じがするが兄妹だけあってそんな風にはならない。逆に高まったボルテージを良い感じに冷まさせる事ができたのでありがたいよ。暫く二人でそうして過ごした後、再び大盛り上がりの会場へと舞い戻った。その後は大体料理も食べ終わったのでデザートタイムに突入。アリスさんお手製のお菓子がテーブルにたくさん並んでいる。しかも今回の為に特別に作ったお菓子もあるとの事で女性陣が大層盛り上がっていた。こうやってお店に出す事が無いお菓子を食べる機会なんて俺でも滅多にないし、今回参加した人なら尚更だろう。それに立派なクリスマスケーキも鎮座していて一口ずつ食るとしても、今の腹具合では全種類制覇は無理だろう。非常に残念だが致し方なし……、男の俺はな。女性は上手い事腹八分目で抑えていたのか、はたまたスイーツは別腹という事なのかモリモリ食べている。いやさ、美味しいのは分かるし、この機会を逃したら食べられないのも分かっているんだけどその……、勢いが凄いんだ。その細い身体のどこに入るんだってくらい食べている。その光景を眺めながら休憩も兼ねて椅子に座って休んでいると結衣と楓が近づいてきた。緊張したような、思いつめたような、覚悟を決めたような表情と雰囲気で。何か問題でも起きたのか、話ずらい内容なのだろうか?どちらにせよ、真面目に聞かなくてはいけないなと思い居住まいを正して待っていると目の前まで来て結衣が口を開いた。

「ハル君、今いいかな?」

「うん。なにかあった?」

「えっと……、少し話したい事があって」

「そっか」

「あのね、クリスマスパーティーの後時間を取れるかな?」

「構わないよ。他の人はいない方がいいかな?」

「うん、出来れば」

「分かった。葵と母さんには先に帰ってもらうよ」

「ごめんね。そんなに時間はかからないと思うから」

「了解」

その後母さんと葵に用事があるから先に帰っててと伝えたんだが、葵が何かを察したような顔をした後、一瞬だけ悲し気な表情を見せた。彼女には結衣と楓の用事がなにか分かったのだろうか?まああと少しで分かる事なんだしいっか。さ~て、パーティーももう少しでお開きだし悔いが無いようにしなきゃな。


時間は流れてクリパは大盛況で終了となった。片づけをして店内を元通りにした後帰宅となるんだが、俺は結衣と楓に呼び出されている為そのまま移動する事になる。三人揃って目的地まで歩いているが会話は一切なし。普段であれば他愛無い話で盛り上がるのだが、とてもそんな雰囲気ではない。お店から二十分程歩いた所で少しだけ先に進んでいた二人の足が止まる。そこは背の高いキラキラと飾り付けされたモミの木が印象的な場所で、奇しくもハラハラと雪が降り始めた。

「疲れているのに歩かせちゃってごめんね」

「いや、大丈夫だよ。それより結衣と楓の方こそ大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ」

「問題ないよ」

「ならよかった。でさ、話ってなにかな?」

俺の言葉に二人の身がギュッと固くなるのが分かったが、ここで俺から言葉を掛けるのは違うだろう。二人が話したいタイミングになるまで待つとするか。そうして待つ事暫し。まず結衣が口を開いた。

「ハル君、私は貴方を愛しています。貴方と愛し愛されて笑顔が絶えない幸せな家庭を築きたいです。私とお付き合いして下さい」

結衣の後に続いて楓も同様に口を開いた。

「貴方と出会って初めて恋と言う物を知りました。私にとってハル君は何よりも大切な人で生涯を伴にしたいと思う人です。好きです、大好きです」

二人の話とは告白だったのか。季節はクリスマス。空からは優しく包み込むように真っ白な雪が舞い降りている。そんな中俺が出した答えは………………。

「ごめん、今すぐに返事は出来ない。少し時間をくれないかな?」

「……うん分かったよ。こっちこそいきなりごめんね」

「いつまでも待っているから返事はゆっくりでいいよ」

返事をした二人の顔を俺は見る事が出来なかった。だが二人の声は震えていて、今にも泣き出しそうな雰囲気を醸し出していた。

「…………二人はこれからどうするの?」

「少しだけここに居ようと思うから、ハル君は先に帰っていいよ」

「分かった。じゃあ、気を付けて」

二人に背を向けて歩き出してすぐにすすり泣く声が聞こえてきた。空に向けてそっと息を吐きだした俺の頬に雪が舞い降り、溶けて流れ出す。どちらの答えを出すにしろもう元の関係には戻れない。こうしてこの世界に来て二度目のクリスマスはお互いの心に、関係に変化を齎す日となった。

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