No42
早いものでもう一月の終わりに差し掛かっている。年の初めから事件に巻き込まれるというハプニングもあったが、残りの十一ヶ月は平穏な日常を過ごせると思いたい。マジで心の底からそう願う。して、事件つながりで今日はお世話になった真司の母親、真理さんにお礼に向かいます。アポイントメントが取れたのが夕方だったのでその時間に向かおうと思ったんだが、どうせなら一緒に遊ぼうぜと真司が提案してきた為今日は朝からお出かけです。しかも、徒歩&電車ではなく車での送迎となっております。最初は前と同じく電車で行くよと言ったんだが、真司に猛反発されて『うちで車出すからそれに乗って来い』と強く言われてしまい申し訳ないなと思いつつお世話になる事にした。身だしなみも整えて、約束の時間の五分前に家を出るとそこにはすでに車が止まっていた。黒塗りの高級外車が。リムジン?っていうのかな?こう……、横に長い車。おっかなびっくり近づくと、前に真司の家に行った時に案内をしてくれたメイドさんがさっと出てきてドアを開けてくれた。緊張しつつ乗り込むと音もたてずに発進してビビったよ。よく高級車は静かだよなんて聞くがマジだわ。ものすっごい静か。なんか逆に落ち着かないしソワソワしちゃう。そんなどことなく居心地の悪さをを感じながら時間は過ぎてゆき、僅かな振動と共に車が止まった。例のメイドさんがドアを開けてくれて外に出ると、玄関前には真司と優ちゃんが待っていて驚いた。
「おう。久しぶりだな」
「ん。元気してたか?」
「変わりなく。お前こそ色々と大変だったんじゃないか?」
「あ~、まあな」
「おっと。立ち話もなんだし中入ろうぜ」
そのまま、真司の案内で自室へと向かう事になった。
ソファには俺・真司・優ちゃんが座っている。俺の体面に真司&優ちゃんという形だ。温かい飲み物を飲んでほっと一息ついていると、真司が口を開いた。
「お前さ、殴られたんだろ。大丈夫なのか?」
「いきなり脈絡なさすぎだろ」
「まあ、いいじゃん。それでどうなんだよ?」
「病院で検査したけど、問題なし。痛みも完全にひいたし万全の状態だよ」
「そっか。よかった。お前が怪我したって聞いた時はマジでビビったからな」
「まあ、俺が一番ビックリしたよ。ヤンキーに絡まれて殴られるなんてさ」
「普通じゃありえないからな~。てかさ、お袋が一報を聞いた時はかなりヤバかったんだぞ」
「というと?」
「大激怒。社会的に抹殺してやるって鼻息荒くしてさ、そっち方面の人に連絡とろうとしたのを必死で止めたんだよ」
「それって、社会的にもそうだしこの世からもいなくなるんじゃ……」
「まあ、あわや実現されそうだったってところだな」
「マジおっかねぇなお前の母親」
「普段はそんな事無いんだぜ。でも、普段怒らない人が怒ると手が付けられなくなるって言うじゃん。まさにそれよ」
「あ~、そういうタイプか」
「おう。とりまお前の無事も確認できたし満足かな。お帰りはあちらです」
「はいはい。じゃあ今日はありがとな。………………って帰るかバカーー!!」
「あはははっはは。いや、マジお前ノリ良いな!」
「ボケには必ずのるタイプなんだよ」
「兄と甲野さんは本当に仲が良いんですね」
「う~ん、なんて言うのかな?初対面の時から馬が合うというか、空気感?雰囲気?がカチッと嵌まる感じがしたんだよね。だから相性はいいんだと思うよ」
「お前さ、その言い方だと恋人同士みたいじゃねえか」
「はぁ!?気色悪い事言うなよ」
「俺だって言いたくは無かったよ。でもそう思ったんだから仕方ねぇだろ」
「まあ……、俺も言われて悪い気はしなかったけどさ」
「兄と甲野さんのカップリング。これははかどる」
「優ちゃん?!何言ってるの?!」
「あっ、すみません。つい」
「まさかのBL好きとかいう展開が……」
「あの、別にBLが好きとかではないですよ」
「そっか。少し安心した」
ふぅ……、兄弟揃って俺のケツを狙う恐ろしき事態は回避された。この時ばかりは神に祈らざるをえない。サンキュー神様。
「あの……、甲野さんは僕を見て気持ち悪いとか思わないんですか?」
唐突に優ちゃんがそんな事を言い出した。気持ち悪い?なんで?
「いや、別に思わないよ」
「そうですか。僕を見た人は男だって分かると途端に奇異の目で見るか、気持ち悪がるかなので甲野さんはどうなのかなと思って」
「なるほど……」
確かに見た目は超絶美少女だもんな。そんな子が実は男でしたってなったらそう言った目で見てしまうのも理解は出来る。あくまで理解はだ。
「優ちゃんはさ……、あ~、優君の方がいいかな?」
「どちらでもお好きな方で呼んで下さい」
「じゃあ優ちゃんで。優ちゃんはそういった目で見られたり、感情を持たれても女装は止めようとは思わなかったの?」
「そうですね……。止めようとは一度も思った事はありません」
「なるほど。ちなみにさ、なんで女装をしようと思ったの?例えば女の子になりたい、可愛い服を着てみたい、趣味とかさ」
「えっと、小さい時から周りは女性だらけの環境で育ってきたので自分だけ男物の服を着ている事に違和感というか、これじゃないという思いを感じていたんです。それで、思いっ切って母に話してみた所試しに女の子の服を着てみようかという話になって。それが始まりですね」
「今話してもらった事って小さい時の話だよね?」
「そうですね。五~六歳の時ですね。最初は母も子供だから色んなものに興味を持つんだろうと思っていたみたいです。でも、小学校に上がる頃になっても続けていたので、流石にいい加減にしなさいって怒られました」
「あ~、思い出したわ。お袋すっげー怒ったんだよな」
「うん。怖かった」
「それでも優ちゃんは止めなかったと」
「はい。せっかく女の子の服を着れているのに、ここで元に戻るのは嫌で」
「ふ~む。じゃあさ、今はどういう気持ちと言うか目的?違うな。理由で女装しているの?」
「今は自分が思い描く理想の女性になりたくてしています」
「理想の女性……。それは見た目の話?それとも身体も手術なりをして女性になるって事?」
「見た目ですね。メイクやファッション、体型等を自分の理想像に近づけたいという意味です」
ふむ。女装と一口に言っても様々だからな。メイクやファッションのみの女装・ホルモン剤も飲んで女性の身体に近づける・手術をして完全に女性の身体になる(身体の内部までは変えられないが便宜上女性の身体と定義する)等々。そして優ちゃんは見た目のみと言う事か。理想の女性と一口で言っても男性が考える理想と女性が考える理想はかなり乖離していると言っていいだろう。よく女性の可愛いと、男の可愛いは違うなんて言われるのがいい例だ。あくまで優ちゃんは男から見た理想の女性を目指しているという事だな。
「そっか。俺としては良いと思うし、頑張って欲しいな」
「ありがとうございます!そんな事初めて言われました」
そういってはにかむ様は天使の様に可憐で、見惚れてしまった。
改めて優ちゃんを見てみると、所作や言葉の選び方などとても丁寧で女性らしさが滲み出ている。まあ、このらしさっていうのも一つ間違えれば猛毒になる危うい言葉ではあるんだが。
「う~ん……、俺としてはもっと男らしくなって欲しいって思うんだけどな」
「真司さ、どうしてそう思うの?」
「そりゃあ、男に生まれたからには男らしくなりたいだろ」
男らしく……ね。そうか……。
「今から言う事はあくまで俺の個人的な見解だからそれ前提で聞いてくれ」
「分かった」
「今真司が言った男らしさってある種の固定観念だと思うんだ。男ならかくあるべし、女ならこうあるべしって誰が決めたの?男なら俺、僕・女性なら私って一人称を使うけど別に必ずそうしなければいけない訳じゃないよね。でもそういった一人称を使う。男はズボンだけど、女はスカートもズボンも履ける。なんで男はスカートを履いちゃいけないの?服や下着も男性が女性の、女性が男性の物を着るのはなんで忌避されるの?そこに明確な理由はないよね?」
「確かにな。お前の言う事にも一理あるとは思うよ。だけど、世間じゃそれは認められていない。男と女で明確な区分けがされているのは当たり前だろ。服にしろ、一人称にしろさ」
「ああ、そうだな。でもその当たり前を押し付けるのは駄目だと思うよ。これが一般的なんだからお前もそうしろ!なんてのはただのエゴだよね。らしさもそう。本人が男らしく、女らしくなりたいと思うのは自由だけどそれを他人に押し付けるのは違うよね。世間に認められようが、認められなかろうが結局は本人がどうしたいかが一番大事であって外野がとやかく言うのは間違っていると俺は思う」
「なるほど。言われてみれば確かに優に男らしくなれって言うのは違うかもな」
「まあ、あくまで俺の考えだから、そんなの間違っているとか矛盾しているなんて反駁はあってしかるべしだし、他人に押し付けようとは思っていないよ。一意見として聞いてもらえればそれでOKよ」
そこまで話した後、誰ともなく飲み物を手に取り休憩となった。




