No32
「お前さ、男の娘って知ってるか?」
「はっ?何言ってんの?」
「いや、真面目な質問なんだ。答えてくれ」
「男の娘ねぇ~……」
男の娘とは女装をした男の事。昔は女装なんてタブーで、表立って公表したり活動したりはしていなかった。本当にアンダーグラウンドな世界の話であって、所謂特殊性癖に当たるものだと思う。
それが、いつからだろうか。今やヨーチューブやトイッターなんかで女装動画や静止画を上げている人が山ほどいる。しかも二次元の話ではなく現実の話だから驚きだ。二次元界隈では、その手のジャンルはかなり昔からあり、俺もある作品で性癖を歪められた被害者の一人だ。
その作品とは十八禁PCゲームの女装〇脈だ。これは、のちにシリーズ化される女装〇〇の第一弾作品であり多くのアルピニストを生み出した、ある意味伝説的なゲームとして知られている。この作品で初めて知ったんだが、男の娘は妊娠できるらしい。意味が分からないと思うが、俺も最初は同じ気持ちだった。だが!プレイしていくうちにその真の意味が分かった。男の娘が妊娠出来るのは当然であり、世の真理なのだと。なぜ疑問に思っていたのか、なぜこの真理に気付かずに今まで生きてきたのかと数日深い後悔の念に囚われたのは言うまでもないだろう。
それからは、男性・女性・男の娘と三つの性別が存在するという事を友人に布教して回ったが、帰ってくる答えは決まって『お前頭大丈夫か?』『はいはい。お前がそう思うんならそうなんだろう。お前の中では』と素気無い返事が返ってくるのみ。この時の悔しさと言ったら今でも心に残り続けているほどだ。
という訳で俺は男の娘に関しては理解があり、当然好きだ。余談だが、先程述べた作品は十八禁なので高校生とかはプレイしちゃ駄目だぞ(^_-)-☆
さらに余談だが、エロゲでは女子高生ではなく女子校生と表記する。これは登場人物が全員十八歳以上であり、女子高生では十八歳以下になる為表記を女子校生としている為だ。さて、長々と語ってきたがそろそろ真司の質問にも答えるか。
(ここまでかかった時間は僅か二秒)
「まあ、知ってるっちゃあ知ってるな。あれだろ、女装する男の事だろ」
「そう。それだ。でだ、この世界の男は俺も含めて女嫌いな奴は多い。それなのに女装するってどう思う?」
「まあ、個人の性的嗜好だから何とも言えないけどさ、ある意味憧れてやっているんじゃないかな?」
「憧れ?」
「そう。例えば可愛い服を着てみたい、メイクをしてみたいとか」
「……理解出来んな」
「でもさ、逆に考えれば周りに可愛い子や、美人な人が山ほどいる状況でそういった感情や思いを持つことはある意味普通じゃないかな?もしかしたら、トランスジェンダーなのかもしれないし、そこは本人にしか分からない事だけど、盲目的に否定するのは間違っていると思うよ」
「…………なるほど。ありがとな」
「構わないよ。ところでなんでこんな事聞いてきたの?」
「あー……。今から話す事は他の人には秘密でお願いできるか?」
「ああ。他言はしないから安心してくれ」
「さんきゅ。あのさ、さっき話してた優なんだけど……、妹じゃなくて弟なんだ」
「はっ?……悪い、俺の耳おかしくなったみたいでもう一回言ってくれない?」
「優は俺の弟なんだ」
おとうと……、弟?あの可愛い子が?華奢で、色白で、お人形さんみたいに可憐な子が弟?こいつ、頭おかしくなったのか?いや、二次元にハマりすぎて現実を認識できないのかも。しゃーない。俺が目を覚まさせてやるか。
「真司。目を覚ませ!優ちゃんはれっきとした女の子だぞ!二次元にどっぷり浸かっていたせいで、現実から目を逸らすのはやめるんだ!」
「はぁっ!?お前の方が目を逸らしているだろう!優は男だ。俺の弟だ」
「………………マジ?」
「ああ。大マジだ」
「うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーー!!!!」
頭を抱えて蹲って叫び声をあげる。この世界は狂っている。あんな、あんな可愛い子が男だと?神よ!なぜ性別を間違えた!お蔭で俺の心は崩壊寸前だぞ。今からチェーンソーもって殺しに行くからな!と某ゲームのような事を考えてしまう程の衝撃だったのだ。そんな俺の肩に真司がそっと手を置いて一言。
「どんまい」
「あぁぁぁぁーーーー!ふざけんなぁあぁぁーーー!!」
それから、しばらく時間が経ちようやく感情の整理が少し出来た。
「取り乱してすみませんでした」
「まあ、あいつの事実を知った人は概ね似たような反応だから気にしてないよ」
「はぁ~。最初の質問の意味がようやっと分かったよ。優ちゃんは男の娘なのね」
「そうだ。貴重な男が女装趣味なんてしてたら外聞があまりにも悪いから、外には出さないようにしてるんだ。どうしても外出したいときは男の格好をさせてる」
「なんつうか、可哀想だな」
「仕方ないだろ。俺やお袋が止めろって言っても頑として聞かないんだ」
「それだけ意志は固いって事か。でも、切っ掛けってなんだったんだろうな」
「それは俺にも分からん。ただ、あいつ見た目女顔だし、線も細いだろ。声だって未だに高いままだし」
「確かに。ちなみに今いくつなの?」
「十五歳」
「てことは、もう声変わりはしているはずだよな」
「ああ。なのに昔と変わらず、高いままの声なんだよな。マジで意味不明だわ」
「まあ、神の悪戯とでも思うしかないんじゃない?あと、十五だと葵と同じ年か」
「そういえば、お前の妹も十五で中三だっけ?」
「そう。ちなみにさ、優ちゃんって学校には通ってるの?」
「いや、通ってないよ。自宅学習で月一の登校も特別に免除してもらってる」
「そんな事できるの?中学って義務教育だし、高校と違って融通利かないだろ」
「そこはほら……、親のコネとか権力でゴニョゴニョしてんだよ」
「なるへそね。仮に登校するとなったら男として行くのかな?」
「いや、前にそんな話になった事があったけど女子の制服じゃなきゃ嫌だ!って駄々捏ねてさ。こっちもそれは認められないから話し合いはずっと平行線。はぁ~……、マジで参ったよ」
「お前も本当に苦労してんだな」
「ああ。しかも来年は高校生だろ。学校に行くのか行かないのか、行くとしたら女子として通うのか?とかもう今から頭痛くなってくる」
「でもさ、俺思うんだ。男の娘でもいいじゃないって。例えば青髭生えて、ゴリゴリに低い声のゴツイ人が女装とかしてたら、流石にどうかな?とは思うけど、優ちゃんみたいな美少女なら問題ないんじゃないの?俺としては寧ろ大歓迎だけどね」
俺がそう言うと真司は両手でケツを隠した。ちょっと前の俺と同じ反応するな!
「いや、お前には興味ねぇーよ!勘違いすんな。俺が好きなのは可愛い男の娘であって、男全開のお前なんて微塵も興味ないからな!」
「ふぅ。俺の貞操は守られたか」
「誰もお前の貞操なんか狙ってねぇーよ!!」
「ふははは。悪い、冗談だ、冗談」
「たくっ。質悪すぎだろ」
「そんな怒るなって。しかし、お前男の娘が好きなんだな」
「あぁ~、まあお前も秘密を打ち明けてくれたし俺も言うけど、誰にも言うなよ」
「了解」
「俺の中では男性・女性・男の娘と三つの性別が存在するんだ。別に女装に対して忌避感とか嫌悪感とかは無いし、むしろ好きだ。結婚……、は流石に難しいと思うけど恋人なら全然OKだし。こう、男であり女でもある境界線にいる感じと言うのか、ある種の背徳感があってその魅力が堪らないんだ」
「ふ~ん。じゃあ、優にも興味あるわけ?」
「無いと言ったら噓になる。出来ればお友達になりたい」
「そっか、そっか。友達になれるといいな」
こうして衝撃の事実を知った出来事は終わりを迎えた。その後はゲームしたり、他愛無い会話をしながら時間は過ぎていった。
さて、本日山本邸に来た本来の目的を覚えているだろうか?そう、文化祭でお世話になったのでお礼に来たのだ。時刻は夕方を少し過ぎた辺り。部屋に唐突にノックの音が鳴り響いたので、真司が確認しに行ったと思ったらすぐに戻ってきた。なんかあったのかな?なんて思っていたら親御さんが一時的に帰って来たみたいだ。どうやら、俺がお礼に来た事を秘書さんから聞いたみたいで時間を作って自宅まで戻って来たらしい。ありがたいことです。
というわけで早速移動開始。リビングに入ると椅子に座っていた妙齢の美人が立ち上がり、こちらに向かって歩いてきた。
「初めまして。私は真司の母親の山本真理と言います。いつも息子がお世話になっております」
「初めまして。甲野悠と申します。こちらこそ、真司君にはいつも良くしてもらっています。あの、文化祭ではご助力頂き誠に有難うございました。こちらクラス一同からのお礼の品です」
「まあ。ありがとうございます。力になれたのなら良かったです」
「素晴らしい出来栄えでみんな喜んでいました。また、期間が無い中で無理なお願いを聞いて下さい本当にありがとうございました」
「いえいえ。その言葉だけで十分ですよ。今後も何かあったら言って下さいね。力になりますので」
そんな、ある意味お決まりのやり取りをした後は真司も交えて談笑した。
真理さんは想像と違ってとてもフランクで接しやすい人で、大企業の経営者という事で冷徹でビジネスライクな人なのかと思っていたが、良い意味で想像を裏切られた。話の内容は多岐にわたり、将来の事から好きな漫画の話まで様々な話題で盛り上がった。そんな中、秘書が真理さんの耳元で何事か囁くとスッと立ち上がり
「ごめんなさい。もう時間みたいなのでお仕事に戻りますね」
「こちらこそ、長々とお引止めしてすみませんでした」
「私も楽しかったし気にしないで。そうだ!今度一緒にご飯でもどうかしら?」
「ご迷惑でなければ是非ご一緒させてください」
「じゃあ、日程とかはあとで連絡するわね」
「はい。…………あの連絡先まだ交換してませんよね?」
「あっ。ごめんなさい、うっかりしてたわ。ちょっと待ってね」
そう言いながらスマホを取り出すと、赤外線通信で連絡先を交換した。
「じゃあ、また今度会いましょう。気を付けて帰ってね」
そう言い残して、仕事に戻って行った。改めてスマホの連絡帳に目を落とす。まさか、自分のスマホに大企業の経営者の連絡先が登録されるとは、なんとも凄いことである。さて、目的も達成したしそろそろ帰るとするか。
「んじゃあ、俺もそろそろ帰るわ」
「おう。気を付けて帰れよ。そうだ、車で送って行こうか?」
「いや、大丈夫。電車で帰るよ」
「そっか。また遊びに来いよ」
「おう。じゃあな」
そう言った後、手を振りながら歩き始めた。こうして俺の唯一の男友達のお宅訪問は終わりを告げた。なんとも濃い一日だった。心地よい疲れを感じながら、ふと思う。この豪邸は優ちゃんにとって檻なのではないかと。鳥籠に囚われた青い鳥。決して理解されない思い。一見するとお金持ちの家に生まれて幸せな境遇に思えるが、その実悲哀に満ちた生活を送っているのではないだろうか?今の俺では力になる事は出来ないが、いつかその檻から解き放つことが出来たなら……、そう思わずにはいられなかった。




