No30
現在Cafe & Bar Meteorでは秋のスイーツフェスタを開催している。食欲の秋にかこつけて毎年やっているらしい。数種類の限定スイーツが用意されていて、期間中のみの限定販売という事もあって売上は上々。お菓子担当のアリスさんは日々徹夜で商品開発に取り組んでいたので、今は死にそうな顔をしている。
お店はホクホク、アリスさんは生きた屍とかしているというカオスな状態だ。
そんな中今日は仲の良い面子がお店に来ていた。
「ハル君やっほー」
「売上に貢献しに来ました」
「なにやらスイーツフェスタとやらを開催しているという事で参戦しにきたよ」
「兄さん、お邪魔します」
結衣、楓、有馬先輩、葵が口々に挨拶してくれた。まあ、一名お菓子目当てだが……。だけど来てくれるのは嬉しいので精一杯もてなそう。さて、早速注文を取りますかね。
「なに頼むの?今は限定スイーツがお勧めだよ」
「う~ん、数種類あるけど甲野君の一番のオススメはどれ?」
「そうですね……。モンブランですね。定番ですけど凄い美味しいですよ」
「そうなんだ。じゃあ私はそれにしようかな」
「じゃあ、私もモンブランにします」
「えっと~、私はマロンパイにする」
「私はモンブランタルトにします」
「じゃあ、有馬先輩と葵はモンブラン、結衣はマロンパイ、楓はモンブランタルトね。飲み物はどうする?」
「紅茶でお願いします」
「「「あっ、じゃあ私も」」」
「了解。全員紅茶ね。じゃあ、少しお待ち下さい」
厨房に行きオーダーを伝えると、アリスさんが死にそうな声で返事をしてくれた。
「あ~……、分かったよ~……」
「あの、本当に大丈夫ですか?今にも死にそうな声ですよ」
「だいじょばない。もう、限界なんてとっくに超えているよ。帰って寝たい……」
「今はお客さんも少ない時間ですし、少し仮眠を取ったらどうですか?」
「んっ……、今の注文捌いたら少し横になる。悪いけど佐伯に伝えといて」
「分かりました。混む時間になったら起こしますね」
「頼むよ~……。ふぁ~あぁ~」
フラフラとしながら欠伸をしている。だが、仕事はキッチリとこなすあたり流石プロ。こういう所は見習いたいものである。心配しながら見ていると注文の品が出来たみたいだ。さてテーブルに運びますかね。
「お待たせしました。こちらモンブランになります」
「わぁ~、美味しそう!」
「うっ、私もモンブランにすればよかったかも……」
「でも、結衣のマロンパイも美味しそうだよ。栗がふんだんに使われているし」
「うん。だけど他の人のを見るとそっちも食べたくなっちゃって」
「相変わらず食いしん坊だね」
「う~、ねっ楓ちゃん。私の一口上げるからそっちのも頂戴」
「はいはい。じゃあ、一口分交換ね」
「お二人は本当に仲が良いんですね」
「まあ、小学校からの付き合いだからね~」
「そうなんですか?」
「うん。所謂腐れ縁ってやつかな~」
「なるほど。ちょっと羨ましいですね」
「そうかな?葵ちゃんが思う程いいものではないと思うけど」
「いえいえ。私には長い付き合いの友人とかいないので」
「あ~……、なんかごめんね」
「謝らないで下さい。全然気にしてませんから」
「もう!結衣はそういうデリカシーが無い所を改善しないと駄目だよ」
「楓ちゃん酷い~。そんな意地悪言う人には私のマロンパイはあげません」
「もう、子供みたいなこと言って」
「うぐっ……」
「あははは。いや~、本当に二人とも仲良いね。まるで漫才を見ているようだよ」
「先輩までそんな事言わないで下さいよ~」
さて、品物も渡したし店長に報告に行くか。キャイキャイ言いながら楽しそうにお喋りしている様子を見ながら、その場を後にした。
店長にアリスさんが少し仮眠を取ると伝えるとこんな返事が返ってきた。
「了解。じゃあ、少しの間二人で回すことになるけど問題ないよね?」
「はい。大丈夫です」
「まったく、お菓子作りの事になるとどこまでも無理をするんだから。いくら注意しても右から左に聞き流して取り合わないし。はぁ~、本当に困ったヤツだよ」
「でも、そんな所もアリスさんらしいですよね。どこまでも真剣にお菓子作りに向き合って、決して妥協はしない。そんな姿勢は俺も見習いたいと思います」
「まあね。ある程度自制を覚えれば完璧なんだけど、アクセル全開で没頭するから心配なんだよ。それなのにこちらの気も知らないで無理して。はぁ……」
なんだかんだ言いつつもこうして心配しているのを見ると、固い絆で結ばれているんだなと思う。それが少し羨ましくもあり、いつかは俺にもそんな相手が現れるのだろうか?などと思ってしまう。
二人でしばらく回していると、そろそろ混み始める時間になっていた。
起こすのは忍びないが心を鬼にして休憩室へと向かう。
ドアを開け中に入ると、ソファに横になっている人影があった。そっと近づいて見るとスヤスヤと眠るアリスさん。その寝顔はまるでビスク・ドール。こう……、人間味が無いというか、本当にお人形さんみたいなんだ。暫く見入っていたが、いつまでもこうしてはいられない。申し訳ないが起こすとするか。
「アリスさん、起きて下さい。時間ですよ」
「うぅ~~。あと三時間……」
「それじゃあ、夜中になってしまいますよ。ほら、起きて」
そう言ってブランケットを剥ぎ取る。
「さむい……。返して~」
「眠いのは分かりますが、もう混み始めているので頑張って起きて下さい」
「ぐぬぬ……。分かったよ」
名残惜しそうにしつつも、ソファからむくりと体を起こした。ふぅ、これで良し。あとは二度寝させないように注意しとかないとな。
「ふぁぁ~。今何時?」
「十八時です。三時間くらい寝てましたね」
「そっか。う~ん、少しは楽になったかな?」
「じゃあ残りの時間も頑張りましょう」
「寝足りないがしょうがないか。帰ったら爆睡してやる」
そんな言葉を残しつつ厨房に向かって行った。
後姿を見つつ、本当にお疲れ様です。アリスさんのケーキみんな美味しいって言いながら食べてましたよ。と心の中で呟いた。
夜の帳が下りて、お酒を嗜むお客様が増え始めた。いよいよ、夜のピークタイムだ。お菓子類はほとんど出ないが、そのかわりツマミ系や軽食の注文が増える。調理補助としての出番だ。引っ切り無しにオーダーされる注文を捌きつつ、ホールで接客もする。あっちに行ったり、こっちに行ったりと忙しなく動きながらお客様の話し相手にもなったりもする。俺は今マルチタスクの鬼と化している。
最初はパニックになって、失敗も沢山した。が、今では卒なくこなす事が出来る。人間やれば出来るものである。さて、そんな事を考えつつ俺は今お客様の話し相手になっている。相手はストーカー事件でお世話になった刑事さんだ。
「最近お仕事はどうですか?」
「そうだね。大きな事件もなく、平和そのもので暇だよ」
「でも、俺達からしたら平和が一番ですけどね」
「おっと、語弊があったね。私も何も起きないのが一番だと思っているよ。ただ、仕事柄事件が起きないと商売上がったりでね。なんとも因果なものだと思うよ」
「大変なんですね」
「まあね。ところで君の方は特に変わった事とかはない?どんな些細な事でも構わないから教えてくれ」
「ん~……。特には無いですね」
「そうか。ならいいんだ。ただ、最近繁華街で素行が悪い輩が悪さをしているみたいだから気を付けてね」
「バイトの行き帰りは誰かと一緒なので大丈夫だとは思いますが、注意します」
「うん、そうしてくれ。もし何かあったら遠慮なく言ってね」
「ありがとうございます」
この世界でもヤンキーっているんだな。見た事無かったから、てっきり絶滅したんだと思ってたけど生存していたとは。女ヤンキー……。俺〇ティーチャーの黒崎〇冬みたいな感じかな?絡まれないように気を付けないとな。
心でそう思いつつ、仕事を続けた。
文化祭で真司の親に大変お世話になったので、お礼を言いたいと伝えた所ついでに家に遊びに来いよという話になり現在山本家に向かって移動中。
クラスの女子が一緒に行ってもあいつが困るだろうという判断の元、俺がクラス代表として行く事になった。菓子折りを持って、教えて貰った住所に向かって歩く。
スマホの地図を見ながら進んでいると、ずーっと先まで塀が続いている場所に辿り着いた。まさか……、ここじゃないよな?と思いながら再度地図を確認するが間違いなくここだ。塀伝いに歩いていくと、これまた立派な入り口があった。扉の横にあるインターフォンを押すと、女性の声で誰何された。
「真司君のクラスメイトで甲野悠と申します。この度文化祭のお礼で参りました」
「真司様から聞き及んでおります。今扉を開けますので少しお待ち下さい」
少しして、大きな扉が音もなく開いたので敷地内に入ると、メイドさんが居た。服装はイギリス式の伝統的なメイド服で皆さんがパッと思い浮かぶであろうそれだ。丈の長い黒いドレスに白いエプロンとキャップという出で立ち。
日本なのに侍女ではなく、メイドとはこれ如何に?と思ったが、家が日本家屋ではなく洋風の家だったのでそんなものなのかな?と無理やり納得した。
メイドさんに案内されて、家の中に入ったが驚きの連続だった。
詳しい内容については次回語るとしよう。




