表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この世界で俺は……  作者: ねこネコ猫
高校編
23/163

No22(注意)

一:本話には不快な表現・暴力表現・犯罪表現があります。

  苦手な方は読み飛ばして下さい。


二:長文となっています。お暇な時にでもお読み下さい。

  (あえて分割はしていません)


三:本話は前田結衣の過去のお話となっています。

Yui's background



駅前でみんなと別れて家路につく。海で思いっ切り遊んで疲れたけど本当に楽しかった。沢山笑ったし、ハル君の知らない一面も見れた。こんなに楽しい夏休みは初めてだよ。しかも、夏祭りも行く事になったし今から楽しみだな~。ふと空を見上げると、茜色から藍色へと変わっていく途中だった。暗くなる前に家に着くかな?なんて思いつつ歩を進めた。


家に辿り着いた時には夜の帳が下りていた。鍵を開けて部屋に入るとむあっと熱気が襲ってくる。暑い……。すぐにクーラーのスイッチを入れて、涼むとしよう。少し涼んだ後に汗をかいたのでシャワーを浴びる事に。…………ふぅ、スッキリした。碌に着替えもせず下着姿のまま床に座り込んだ。静かだ。窓から差し込む僅かな明かりと静寂が部屋を支配している。膝を抱えたまま、ただただ宙を見上げてみる。意味は無い。ただ、なんとなくそうしたかっただけ。


どれほどの時間が経ったのだろうか?外はより夜の色を濃くしている。部屋に差し込む光もほとんど無くなっていた。静寂と闇が支配する部屋。みんなと遊んだ時間は太陽、一人でいるこの時間は真っ暗な闇。まるで正反対だ。私は…………、本当にこんな幸せな日々を過ごして良いのだろうか?嫌な記憶が一瞬脳裏を過る。すぐに頭を振り追い出そうとするが、瞬く間にソレは肥大してゆく。嫌だ、嫌だ、嫌だ。思い出したくない……。そう思っても否応なくソレは鮮明に、克明に過去の地獄を目の前に映し出した。



私は親を知らない。生まれてすぐに孤児院に預けられたらしい。別に特段珍しい事でもない。この世界は男性が少ない。当然生まれてくる子供は男の子が良いと思うのは当たり前だろう。その為になんでもやる人は一定数いるのだ。民間伝承から迷信じみたものまでとにかく手あたり次第試してみる。そして、出生前診断で男の子と判明するまで何度も妊娠する。が、女の子と分かれば中絶するためかなり体に負担がかかる。そう何度も出来る事ではない為妊娠ガチャなんて言われているくらいだ。恐ろしく確率の低いURと超高確率のNの二択しかないガチャだが。

そういう事もあって経済的な都合や、子供を殺す事に罪悪感を感じたりした人などが生まれた子供を孤児院にあずけるのだ。赤ん坊の頃の事は覚えていないが、物心がついたあたりからは覚えている。私がいた孤児院は至って普通だった。

決して潤っていたわけでは無いが、食事も三食でるし、勉強も教えてくれる。毎日院内の掃除や、家事を手伝いながら日々を過ごしていた。そう……、ある一定年齢までは何不自由ない幸せな生活が出来ていたのだ。孤児院は年少組が生活する棟と年中、年長組が生活する棟に分かれている。その日私は年中、年長組が生活する棟に移動することになっていた。仲の良かった年下の子に別れの挨拶をしたり、先生に今までありがとうございましたとお礼を言ったり。そうこうしている内に案内の先生が来て移動を開始した。今までは近づく事も出来なかった場所に今から行く為ドキドキワクワクしていた。年上の子がいる棟の入り口には先生が立っていて近づくだけで怒られるのだ。子供ながらに不思議に思ったりもしたが、その疑問はすぐに霧散して友人との遊びに熱中してしまった。あとからこの時なぜ真剣に考えなかったのか後悔することになるとも知らずに……。辿り着いた棟は見た目は前にいた所と同じ。中の作りも基本的には同じらしい。部屋に案内されて、中に入ると同室の子が挨拶をしてくれた。ここでは二人部屋なので五人部屋だった前と比べて部屋が広く感じる。同室の子にルールを教えて貰ったり、棟の中を案内してもらって一日が過ぎた。最初は今までと同じルーティンの繰り返し。ただ、同じ部屋の彼女が時々夜に出掛けるのが気になる。何をしているの?と聞いても曖昧に笑って誤魔化すだけ。


ここにきて二ヶ月程経っただろうか。同室の子……、アンナちゃんが怪我をして帰ってきた。見た目には普通だったんだけど、着替えをたまたま見てしまった時に(あざ)だらけだったのだ。当然問いただした。何があったの?誰かに殴られたの?どれだけ聞いても大丈夫と曖昧な笑みを浮かべて答えるだけ。先生にもアンナちゃんが怪我をしていると伝えたのに、『そう』で終わり。この頃からだろうか、なにかがおかしいと思い始めたのは。そんなこともありつつ、しばらく経ったある日先生から呼び出しを受けた。悪いことをした訳でも、普段の素行が悪いわけでもない。

理由は分からないが、とにかく行く事にした。

「あなたには明日からお勤めをしてもらいます」

「あの先生、お勤めってなんですか?」

「この孤児院の為にお金を稼ぐ大切な仕事です。やる事は簡単で部屋に行って、一~二時間待機するだけです。誰でも出来る事なので心配は無用ですよ」

「……そんな事で本当にお金が貰えるんですか?」

「えぇ。それと部屋の中であった事は誰にも話してはいけません。例え友達や同室の子でも」

「もし……、もし破ってしまったどうなるんですか?」

「…………罰を与えます。駄目と言われたのにやってしまう子にはその身に分からせる必要があります」

その時の先生の目を私は今でも覚えている。まるで私を人間ではなく、そこらのゴミを見るような蔑んだ冷徹な目を。そうして話は終わり自室に戻った。

明日……、明日にはどんな仕事か分かる。嫌な予感が頭を過るが、気のせいだと言い聞かせて眠りについた。


夜になり私は先生に連れられて廊下を歩いている。いつもの見慣れた場所を通り過ぎてもまだ歩く。とある扉の前で止まり、把手(とって)を握り先生が開く。扉の内側には地下に降りる階段があった。そのまま降りていくと長い一本道になっている。道の左右には重厚な扉がありそれぞれ部屋になっているようだ。その中の一室に私は案内され中に入った。果たして部屋の中にいたのは一人の男性だった。年の頃は二十後半くらいだろうか。整った顔立ちをしており、さぞ女性にモテるんだろうと思う。そんな事を考えていると件の男性から話しかけられた。

「やあ。こんばんは。よかったら座らないかい?」

「こんばんは。じゃあ座らせてもらいます」

ソファに座った所で改めて観察してみる。柔和な表情でこちらを見ている。優しそうな雰囲気、声も落ち着いていて耳馴染みが良い。こんな人がなぜ夜中の孤児院、それも地下の部屋にいるのか?そんな疑問が頭を(もた)げた所で声を掛けられた。

「君、名前はなんていうの?」

「結衣です」

「結衣ちゃんか。良い名前だね。ところでここに来るのは初めてだよね?」

「はい。お仕事ということだったんですけど何をするんですか?」

「ん~、そうだね~……、楽しいことかな」

「楽しい事……、ですか?」

「そう!とってもとっても楽しい事だよ!」

ゾクッとした。さっきまでとは違う表情に、声に、態度に本能的に恐れを感じたのだ。そして男性が立ち上がりこちらに近づいてくる。思わず立ち上がり、逃げようとしたが手を掴まれてしまった。

「逃げようとしても無駄だよ~。扉には外から鍵が掛けられているし、内側から開けようと思ったらこれが必要だからね」

そういって鍵を目の前でブラつかせながらイヤラシイ目で私を見る。

「さて、逃げようとする悪い子にはお仕置きが必要だな!」

その瞬間私の意識は一瞬飛んでしまった。床に倒れこんだ後に襲ってくるのは強烈な吐き気と痛み。なにが起こったの?

「誰に許可をもらって倒れているんだよ!」

怒声と共に腹部に衝撃が。

「うぉぇぇーー……。げふぅ、げふぅ、はぁ、はぁ……うぷっ」

「何吐いてんだよ!このゴミ虫!!」

お腹を、背を、脚を蹴られて踏まれて痛みで涙と絶叫が絶え間なく漏れ出る。

「あぁぁ~~!最っ高だ!!やっぱり初物の絶叫は良い!実に良い!!」

私はここで死ぬのだろうか?痛い、痛い、痛い、もういやだ……、誰か助けて……。

「よし!次は殴ってみるか!どんな感触かな?どんな声で鳴いてくれるくれるかな?……オラッ!」

「ぐっ……、おぇぇーーー。ぐふぅ、痛いもうやめてごめんなさい許して下さい何でもしますから。ぐふぅっ……」

「ぎゃははは!許す?何言ってんだお前。俺はお前を買ったんだよ。初物だから高かったんだぞ!その分楽しませろよ!おい!」

私の髪を掴んで持ち上げながら愉悦の表情で喋っている。買う?なにを?私を?どうして?これはお仕事じゃないの?

「意味が分からないって顔をしてるな。くふぅ。あぁ~そんな顔もソソるぜ!……まあ教えてやってもいいぜ。俺を楽しませられたらな!」

それからは暴力と暴力と暴力の連続だった。休む暇なく殴られ、蹴られ、髪を引っ張り回され、体はボロボロになっていった。絶叫し過ぎてもう声も掠れて碌に出ない。

「ちっ!もう使えなくなりやがった。っと使えねぇなあー!おい!!」

いくら怒声を浴びせられたところでもう反応すらできない。意識が朦朧とする……、なにも考えられない……。

「あ~あ~。これはもうちっと後に取っておきたかったが仕方ねえか。今からとっても楽しい事をするぜ!有難く思えよクソガキが!」

男が近づいてきて私の指を掴んだ。そのままギチギチと曲がってはいけない方に力を入れていく。

「いや!やめて!お願いやめて!」

願いは空しくも叶えられることは無く……。ボキッ!っといやな音が響いた。

「ぎゃぁぁぁぁっーーーーーー!!!!」

「アッあっあァ~~……、そうだ、その声だよ!最高過ぎてイキそうになったぜ」

痛い痛い痛いイタイイタイ

「もっとだ。もっと聞かせろ!あと少しでイケるんだよ!」

そう言いながら一本、二本と指を折っていく。その度にもう出ないと思っていた声が鳴り響く……悲鳴となって。

「あぁアぁァあァァーーー!!イダイ、イダイーー!もうヤベテーー!!」

「あと少し、あと少しだ!もっとモット声を、悲鳴をキカセロ!」

片手の指は全て折られてしまった。男は(おもむろ)に立ち上がると足に向き直った。まさか、いや……それだけは……。脚を高く上げてそのまま踵を下ろした。

ゴンッ!一度、ゴンッ!二度、ゴンッ!三度目で私の足の骨は折れた。

「イぃいアアいぃーーーーーーーー!アッ……、あっ…………」

あまりの激痛に私の意識は途絶えてしまった。最後に見た光景は男が体を痙攣させて、恍惚の表情で佇んでいる姿だった。



ふっと意識が覚醒した。目の前の景色がボヤけて見える。痛い、体中が痛い。頭が狂う程の痛みと火で熱した棒を当てられたような痛みを伴う熱さ。そんな私に声が掛けられた。

「よう、意識を取り戻したか。いや~最高だったぜ!高い金出した甲斐あったわ」

その姿を見た瞬間体が震えだした。怖い、もう痛い思いはしたくない、暴力を振るわないで下さい。頭を支配するのは唯々(ただただ)それだけだった。

「あ~そうだ。なんでこんなことになったか教える約束だったな」

男はソファに座りながら煙草を取り出し火をつけながら口を開いた。

「まずここはただの孤児院じゃねえ。表向きは孤児院、裏では人身売買や女の時間貸しをしているんだ。人身売買は意味分かるよな?時間貸しの方は俺みたいなやつに時間で女を貸し出す商売だ。時間内であればどんなことをしてもOK。暴力・性行為・その他非道な行いなんでもござれだ。ただし殺したり、体のパーツを切り取ったりはNGだ。まあ、大体の奴は暴力だな」

「…………なんで……、なんで暴力を振るうんですか?」

「はっ。んなの女を痛めつける事で興奮するからだよ!いくら男に寛容な世界とは言え殴る蹴るをすれば逮捕される。そうなると我慢しないといけない訳だ。分かるか?目の前にゴミがいるのに殴れない鬱憤が!」

分かるわけない、分かりたくもない。狂っている、そして孤児院は……、もっと狂っている。逃げなきゃ。ここに居たらいつか死んでしまう。

「まあ、そこで需要が生まれるわけだ。そうするとそこに目を付けるやつが必ず現れる。それがこの孤児院の院長さ。孤児であれば身内はいない訳だから使いやすいし問題も起きづらい。見事に需要と供給がマッチしたってわけ。俺は暴力を振るえてWIN、孤児院はお金が手に入ってWINだ。両者共に幸せって事よ。あ~、あと逃げようなんて思わない方が良いぜ。お前たちの行動は全て監視されてるし、逃げ場はねぇよ。お前たちゴミクズに出来るのは俺たちを楽しませる事くらいだ」

「……………………」

「くくくくっ。言葉もねえって感じだな。まあ恨むんならこんな所に預けられた自分の運命を恨むんだな」

そう言いながら男はもう一本煙草を取り出し火をつけた。フゥーと吐き出す紫煙で室内は白く濁る。それは私の心も白い霧で覆うようだった。しばらくすると扉がノックされて先生が入ってきた。私を一瞥した後男に口を開き

「これは些かやり過ぎなのでは?しばらく使い物になりませんよ」

「悪い、悪い。つい興が乗ってしまってな。その分追加で金払うから頼むよ」

「ふぅ……、仕方ありませんね。次からはもう少し手加減をお願いします」

「分かった分かった」

男はソファから立ち上がり扉に向かって歩き出した。そして、去り際に

「次はもっと楽しませろよ」

そう言い残して去った。つぎ……、次もあるのかと思うと心が壊れそうだ。

「いつまでボケっとしているんですか?さっさと立ってください」

「あの……、脚が折れているんです。それに体中が痛くて死にそうなんです」

「折れているのは片脚だけでしょう。もう片方の足で歩きなさい。それとその程度で死にはしません。分かったらさっさと自分の部屋に帰りなさい」

ズルズルと折れた脚を引きずりながら、歯を食いしばり必死に痛みに耐えながら長い、長い部屋までの道を歩く。ようやく辿り着いた時には汗だくだった。なんとかドアのノブを回して中に入った瞬間、力が抜けて倒れこんでしまった。が、ポスッと誰かに支えられた感触に顔を上げると……。

「アンナちゃん……」

「結衣……、大丈夫?ううん、そんな訳ないよね。これ、痛み止め。少しはマシになるはずだから飲んで」

差し出された薬を飲み、そのままベッドへと移動して横になる。

「とにかく今は寝て。少しでも寝ないと体と心が本当に壊れてしまうから」

そう言いながら優しい手つきで頭を撫でてくれる。心地よい感触に私の意識は暗闇へと落ちていった。



あれからどれだけの月日が経っただろう。今日も()()()をしている。初仕事の時のような骨折などは無いが、顔以外の全身はもうボロボロだ。仕事をすれば怪我をする。だが、碌な治療は受けられない。精々が痛み止めと睡眠薬を渡されるのみ。

最初の仕事の時は酷く骨折していたためギプスを嵌め、松葉杖をついて生活していたが、今思えばあれはかなり特殊な事例だったと思う。殴られ、蹴られ、暴言をあらん限り吐かれただただ私は悲鳴を上げ、嬲られる道具となっている。そんな私の心がまだ壊れていないのは、アンナちゃんのお蔭だ。彼女はどんなに辛くても、苦しくても、痛くても笑顔を絶やさず明るく振舞う。それにどれだけ救われただろうか。彼女が居るから私は他の子のように心が死んで、ただ生きるだけの肉人形にならずに済んでいる。

「ねぇ、どうしてアンナちゃんはいつも笑顔で明るいの?」

「辛い時、悲しい時、苦しい時。そういった時も笑顔でいれば気分も明るくなる。明るくなれば前向きになれるし、こんな生活でも耐える事が出来る。だから私は笑顔を絶やさないの」

今になって思えば心を守る為の自衛手段だったのだろう。そうしなければ生きていけない、壊れてしまう劣悪極まる環境。そこは(まさ)しく地獄だった。


年月は流れ何度も季節は巡っていった。私は十歳になっていた。この孤児院に来て十年……お仕事を始めて三年が経っていた。終わりの無い、永遠に続く暴力に塗れた日々。そう……、終わる事の無い日々だと思っていた。だがそれは唐突やってきた。朝起きてまるで残飯のような朝食を食べた後、清掃を開始した時だ。孤児院の入り口から怒声が響き渡る。次いで悲鳴、慌ただしく走り回る音。なにかあったのだろうか?不思議に思うが清掃の手は止めない。もし先生に見つかればサボっていたという理由で懲罰房に入れられてしまう。あそこにだけは行きたくない……。

怒声がこちらにどんどん近づいてくる。そして声がハッキリと聞こえ出した。

『警察だ!大人しくしていろ!』

『無駄な抵抗はするな!建物は包囲している』

『子供たちを早急に保護しろ』

『証拠を確保しろ。誰も逃がすなよ!』

警察…………、警察が来た。ただそれだけしか理解できない。救われる?地獄から抜け出せる?そんな事すら浮かばない。あまりにも現実感が無さ過ぎて理解できなかった。そんな私のもとに警察官がやってきて

「大丈夫?私は警察です。あなた達を助けに来ました」

「うっ……うっ……ぐすっ、ぐすっ」

「安心して。もう大丈夫。何も心配いりません、あなたは私たちが守ります」

「うっわぁぁぁーーーーーー」

その言葉を聞いた瞬間私は泣き叫んだ。頬を涙が止め処なく零れ落ちる。叫びが、涙が、止まらない。そんな私をそっと抱きしめて背を撫でてくれる。言葉は無くてもその優しさが、温もりが伝わってくる。あぁ……、私は生きている。こうして終わる事は無いと思っていた地獄は終焉を迎えた。



その後は孤児院の関係者、顧客は全員逮捕された。子供たちは保護され、すぐさま病院に運ばれ検査を受けメンタルケアや病気、怪我の治療等を行っている。

ただ…………、壊れてしまった子は手の施しようがないらしい。その子達は精神病棟で生活していくことになる。これからどうなるのか?孤児である私達はどうやって生きていけばいいのか?そんな不安を抱えていたが、義務教育期間は国が運営する施設で暮らせるらしい。高校~成人になるまでは、支援金が毎月支給されるが施設は出なければいけない。厳しい対応だと思うが、これが限度なのだろう。先の事は分からないが、明るく、楽しい未来だといいな。



あれから二年が経った。心の傷が大きい為メンタルケアに入念な時間を取った為これだけの年数がかかってしまった。私も十二歳。今日から小学校に行く。何人か同じ学校に行く子もいる為一人ぼっちではない。だけど……、隣に一番いて欲しい子はいない。アンナちゃん…………。彼女は病気に罹って死んでしまった。死に際に私に言ってくれた言葉を思い出す。『どんな時でも笑顔を忘れないでね。笑顔でいれば明るくなれる。明るくなれば前向きになれる。結衣……幸せになってね』私は……、私はアンナちゃんの分まで幸せになるから。天国で見守っていてね。



ふと意識が過去の情景から引き戻された。辺りを見回すと、より深い夜の色になっていた。どれほどの時間が経ったのだろうか?嫌な記憶だ。本当に、嫌な記憶だ。だけどアンナちゃんとの出会いだけは私にとってかけがえのない宝物だ。アンナちゃん、私好きな人が出来たよ。その人とは高校で出会ったんだ。彼を見た時グレーに塗り潰されていた世界が色付いた。一目惚れ……、と言うんだろうか?彼を見る度、彼と話す度、彼を知る度にどんどん好きになっていく。私は暴力を振るう男性しか知らなかった。怖い、殴られる、蹴られる、それが男性に抱く思いだった。そんな私が初めて自分から男性に声を掛けた。自分でもビックリしちゃったのを今でも覚えている。不思議だけど何かに惹かれるように、導かれるように彼に話しかけたんだ。運命……、そんな陳腐で使い古された言葉が頭を過る。窓から差し込む月明りが私を照らしている。彼は暗闇を払う月だ。今もこうして夜陰に佇む私を優しい光で包んでくれている。


ハル君、私は貴方を愛しています。

貴方と愛し愛されて笑顔が絶えない幸せな家庭を築きたいです。

ハル君は……、私を愛してくれますか?


月に照らされた宵闇の少女の言葉に答える者はいない。

果たして彼女のたった一つの願いは叶うのか?それは神のみぞ知る事だろう。

この話は作者にとって分水嶺だと思っています。

読者様はかなり減るんじゃないかなと予想しながら執筆しました。

ですが、活動報告でも書きましたが本作において日常話と陰鬱な話の対比こそが作品の根幹なのでどうしても外すことは出来ません。

思っていたのと違う、イチャラブが見たかったのに!と思われた方にはここで謝罪させて頂きます。

誠に申し訳ございませんでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公とは異なる視点から作品の世界観とその根幹を描いていて、個人的にとても興味深い話でした。 私の作品もある意味ディストピアな世界観ですので、他の作者様の演出と設定は大変参考になりますし、…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ