No18
今日はバイトがある日。朝から支度をしてお店に向かう。普段は夕方からなのだが、夏休み期間のみお店のOPENから入っている。開店準備をしつつ、時計を確認。もう少しで開店だ。
さて、学生は夏休みだが社会人は当然仕事をしている。店は路地裏にあるのだが、昼時になると近隣の職場で働いている人で溢れかえる。以前はこの時間帯はほとんどお客様はいなかったらしいが、今は満席。なぜか?店長曰く俺目当てらしい。
男性、しかも若い男性が働いている姿を見れる。さらに接客までしてくれるという事で光の速さで噂が広がり今に至るという訳だ。ちなみに、Cafeなので軽食しかメニューにはない。サンドウィッチやパスタ、サラダ等々。ほぼ毎日くる人もいるが、飽きないのだろうか?まあ、お店としてはありがたい限りだが。忙しいランチタイムが終われば夜まではまったりタイムだ。スイーツを食べに来たマダムや学生さんなんかが来るくらい。このタイミングでアリスさんに色々教えて貰っている。盛り付けや軽食の調理などだ。まだまだお客様に出せるレベルではないので努力有るのみ。ちなみに作った料理は賄いとして食べている。店長やアリスさん曰く、筋は良いのであと数ヶ月頑張れば一部メニューの調理を任せるかもとの事。うっし、頑張ります。
ドアベルが鳴りお客様の来店を告げる。いらっしゃいませと言いながらお席にご案内。注文を受けてオーダーを通し出来上がりを待ちつつチラリと視線を向ける。
先程来店したお客様だ。商店街で偶に見かける和服美人が椅子に座っていた。和服とカフェって合わないと思うかもしれないが、この人は妙にマッチしている。上手い言葉が見つからないが、和洋折衷を体現しているとでも言えばいいのか……。
おっと、注文の品が出来上がったみたいだ。さっと、お出しして持ち場に戻り店内を見渡した。うん、特に注文や、会計などは無し。なんとなく先程の和服美人に目を向けてみた。着物には詳しくはないが、素人目に見ても上質なのが分かる。デザインも洗練されていて、非常に美しい。夏に着物なんて暑くないのだろうか?
まあ、見ている方としては目の保養になってありがたいが。ちなみに、女性の和装は大好きです。日本人らしさや奥ゆかしさ、大和撫子を感じられて好きなんだよね。ついつい見惚れてしまったが、今は仕事中。気を引き締めなおさなければ。
ふぃ~、疲れた~。夕方になり休憩を取っているんだが……。相も変わらず、いやいつも通りにアリスさんがぐでぇ~としている。
「甲野君お茶~」
「はいはい。ほうじ茶でいいですか?」
「ん。それでお願い」
備え付けの冷蔵庫からお茶を取り出しコップに注ぎアリスさんに渡す。ゴクゴクと一気に飲み干して
「ぷはぁ~、美味い。この為に生きてるって感じだな」
「普通はビールとか飲んだ時に言う言葉ですよね」
「私は下戸だからね。酒は飲めないんだよ」
「そうなんですね。じゃあ夜にだすお酒とかどうしているんですか?」
「佐伯が全部受け持ってるよ。あいつは大酒飲みな上味にうるさいからね」
「店長ってそんなにお酒を飲みそうな見た目じゃないですよね」
「まあ、見た目はな。あいつは酒や珈琲、紅茶等の担当で私は軽食やスィーツ担当って感じでやっているからね」
「なるほど。店長とアリスさんって昔からの付き合いなんですか?店長の事あいつとか呼んでいるので気になってしまって」
「まあ、昔馴染みというやつだよ。この店だって高校時代にいつかやりたいねって話していた事が実現したって感じだしね」
「凄い!夢が叶ったんですね」
「まあ、そうだね。私にとってこの店は宝物だよ」
「うぅぅ……、ぐでぇ~とするのが生きがいの人だと思っていたけど、素晴らしい人だったんですね。俺アリスさんの事見直しました」
「いやいや、まてまて。私は元から素晴らしい人間だ」
「…………ぐでだらっとするのがアイデンティティとか言わなければ素晴らしいんですけどね……」
「そこは譲れない!絶対に譲れない!そして、不遜な事を言う口はこの口か~」
ずんずんと近づいてきて頬をむに~と引っ張られた。
「ひだい、ひだい。ひゃめてくらさい」
「ダメだ。ごめんなさいするまで放さない」
「ふぉめんなさい」
「よし。ゆるしてやろう」
そう言うとパッと手を放してくれた。まあ、ほとんど力も入っていないむに~だったので痛くはなかったが。
「ふう。貴重な休憩時間を無駄な事に費やしてしまった」
「まあまあ、もう一杯ほうじ茶どうですか?」
「いただこう」
こうしていつものやり取り?をしつつ休憩時間は過ぎていった。
時刻は十九時を過ぎたあたり。店内はお酒を楽しむお客様も増えてきた時間帯。昼の時間帯とは違いまったりした空気が流れている。そしてカウンターに座る小学生を思わせる小柄な女性。あきらかに似つかわしくないその人はグラスを傾けつつおつまみを食べていた。
「すみません。お代りをお願いします。あとおつまみも追加で」
「かしこまりました」
そんなやり取りをした店長から指示が来た。厨房に行き皿にナッツを盛り付け注文の品を届けに行く。
「お待たせ致しました。こちらナッツの盛り合わせになります」
「ありがとう。美味しくってついつい食べ過ぎちゃうのよね」
「そうですか。ほどほどにした方が美味しく頂けるかと思います」
「んっ、ありがとね。ほんと甲野君は優しいなぁ」
「そんな事ないですよ。そういえば先生は今日も仕事してたんですよね?」
「そうだよ。学生は夏休みでも教師は関係ないからね。やる事一杯」
「お疲れ様です。大変だと思いますが無理はしないで下さいね」
「そう言って貰えるだけでいくらでも頑張れそう。まあ、息抜きにこうして美味しいお酒も飲んでるし大丈夫よ」
そう言ってグラスを傾ける姿は少し疲れを感じさせた。ストーカー事件で迷惑を掛けたし、なにか俺に出来る事はないだろうか?気晴らしになるような事……、う~ん…………。あっ、これならいけるかも。
「いきなりですけど、先生って泳げますか?」
「まあ、そこそこには泳げるわよ」
「じゃあ、今度海に行くんですけど一緒にどうですか?」
「甲野君一人で行く……、わけないか。誰と一緒に行くの?」
「俺と家族、それとクラスの仲良い子達とですね」
「う~ん……、お誘いはありがたいけど教師が一緒だと楽しめないんじゃない?」
「そんな事無いですよ。まあ、どうしても無理ならしかたないですが」
こうして誘ってくれているんだし、断るのも悪いわよね。…………まあ、本音としてはすっごい嬉しい!男性からお誘いを受けるなんて、初めて。どうしよう?顔ニヤけてないよね?教師の威厳がなくなっちゃうし、ここはキリッとしなきゃ。
「いえ、せっかくのお誘いだし受けるわ。もう日時は決まっているの?」
「はい。来週の土曜日、十時に駅前に集合です」
「分かったわ。土曜ならお休みだし問題ないから、よろしくね」
「分かりました。他の人には俺から伝えておきますね」
「うん。お願い」
こうして、急遽先生も海に行く事が決定した。どんな水着を着てくるんだろうか?見た目的にはスクール水着(旧スク)とか似合いそうだけど。って失礼だな。見た目はあれだけど立派な大人なんだしビキニとかかな?そんな下らないことを考えつつ仕事をこなしていった。
二十一時になり本日の仕事は終了。OPENから働いているのでいつもより疲れた……。迎えに来てくれた葵と帰るとするか。
「今日も一日お疲れ様です」
「ありがとう。やっぱり一日フルで働くと疲労が凄い」
「あまり無理はしないで下さいね。今日も熱帯夜で寝苦しいみたいですから」
「うゎぁ~……、夜くらい涼しくなって欲しい」
「まあ、こればっかりはどうしようも。クーラーを入れて寝るくらいしか対策が無いですしね」
「クーラーってあんまり体に良くないし、極力使いたくは無いけど仕方なしか」
「扇風機でも良いんですが、今年の酷暑を乗り切れるか不安ですしね」
「うん。ほんと暑い……。こうして歩いているだけで汗が滴ってくるし」
そう言うと、葵がなにやらバッグをゴソゴソしだした。
「兄さん、ハンカチをどうぞ」
「ありがとう。…………ふぅ~、スッキリした」
兄さんの汗が染みたハンカチ……、洗濯する前に少しだけ……。そんな邪な事を考えていると声がかけられた。
「葵はあんま汗かかないんだな」
「体質的にあまり汗はかかないですね。体温が低めなのも要因かもしれませんが」
「ちょっと羨ましいな」
「夏場は楽ですけど、冬は寒くて辛いですよ。ホッカイロとか必須ですし」
「一長一短か。しっかし暑い……」
果たして今年の夏を無事乗り切ることが出来るのか?一抹の不安を感じつつ家に向かって歩いて行った。




