No152
「あー疲れた~」
「お疲れ様です。今お茶を入れますね」
「ありがとう」
夕方になりようやっと休憩に入れた。一応決まった時間に休憩を取るようにしているんだけど、今日みたいに来店するお客様が多いとズラして取る事になる。結衣と楓はいつもの時間に取ってもらったので今は俺と優ちゃんが休みを貰っている。
「しっかし、変な時間に沢山お客様が来たけどなんかあったのかな?」
「平日ですし、特にイベント等は無かったと思いますけど」
「だよね。学校だって普通にあるしね。マジで謎だ」
「ですね。はい、どうぞ」
「おっ、ありがとう」
優ちゃんからお茶を貰い一口。ふぃ~、染みるぜ。ちなみに今日は緑茶です。しかも玉露。俺が買ったんじゃなくて貰いものなんだけど、美味い。恐らく相当ランクが高いものだね。今度お礼にお菓子でも持って行こうかな。葵に相談するか。
「…………優ちゃんさ一人暮らしを始めたけど困っている事とか無い?」
「今の所大丈夫です。実家でも家事は一通りやっていましたし」
「そうなんだ。てっきり家政婦さんにお任せだと思ってた」
「兄はそうですね。でも僕は将来の事も考えて自分でしていました」
「立派だね」
「ありがとうございます。結果としてこうして役に立っているのであの時決断して良かったです」
「うんうん。優ちゃんは料理も上手だし、いつお嫁に行っても大丈夫だね」
「えっと……、貰ってくれる人がいればいいんですが」
「引く手あまたじゃないの?可愛いし、家事料理は完璧。性格も花丸百点だし正直超々優良物件だと思うけどな。みすみす逃すような奴はただのバカだと思うよ」
「でも僕男ですから、その点が最大のネックになりますよね」
「あー、一般的にはそうか。俺なんかは寧ろ男の娘大好きだから万々歳だけど」
「悠さんみたいな男性はガチャで例えるならLRです。もう出会える確率は天文学的な数字ですし、奇跡に近いです。この世界中を探しても悠さんしかいないんじゃないですかね?」
「そんな事は……あるかも。というかそもそも男の娘自体優ちゃん以外にいるのかな?」
「僕が知る限りではいないと思います。世界中を隈無く探せば何人かはいるかもしれませんけど」
「となるとこうして俺達が出会えたのは本当に奇跡だね」
「はい。あの日悠さんが家に来ていなかったら、あの時僕が兄の部屋を訪れなかったら出会わなかったはずです。改めて考えると偶然が幾つも重なって運命の出会いを果たしたって感じですね」
「確かに。正直優ちゃんみたいな子が一人暮らしをしていると、住んでいる所が近いと言っても心配になるよ。何かあったらすぐに家に来ていいからね」
「はい。一応セキュリティが万全なマンションに住んでいるけど万が一がありますからね」
「そうだよ。優ちゃんの可愛さに嫉妬した女性が凶行に及ぶ可能性もあるから」
「あはは。それは無いと思いますけど、心配してくれてありがとうございます」
「当然だよ。あとは、なにか心配事とかはある?」
「そうですね。やっぱり一人だと夜が寂しいですね」
「家に帰っても誰もいないし、会話する相手もいないから孤独感が凄いよね」
「ですです。この世界に一人っきりなんじゃないかって思う事もしばしばで」
「分かる。特に風邪を引いたり、体調が悪い時なんかはより孤独に感じるよね」
「はい。……あれ?悠さんってずっと実家暮らしでしたよね?」
「そうだよ」
「にしてはやけに詳しくないですか?」
「あ~、ほら。俺前世と言うかこの世界に来る前はずっと一人暮らしだったから」
「あっ、なるほど。道理で詳しい訳ですね」
「そう言う事。あの頃は途中で在宅勤務になってずっと家に籠りきりだったから尚更精神的に苦しかったな。会社通いしていた時は通勤面倒臭い~なんて思っていたのにさ」
「人間は一人では生きていけないっていう言葉がありますけど、その言葉の本当の意味は人との繋がり無くして生きる事は出来ないって事かもしれませんね」
「確かに。コンビニとかスーパーで買い物する際に店員さんと会話するだけでもなんとなく繋がっている感じがするしね。特に数日誰とも会わず、話さずな時は特にそういう風に感じたなぁ」
「あの、僕も寂しくてどうしようもなくなったら悠さんの家にお邪魔しても良いですか?」
「勿論。いつでも来ていいし、優ちゃんなら大歓迎だよ。寧ろ毎日来て欲しいくらいだよ」
「本当ですか?ご迷惑じゃないですか?」
「全然だよ。妻達も喜ぶと思うし」
「ありがとうございます。悠さんには何から何までお世話になってどうお礼をしていいか分かりません」
「お礼なんていらないよ。俺にとって優ちゃんは大切な人なんだから当然だよ」
そう言うと顔を真っ赤にして俯いてしまった。
くっそ可愛い!あ~も~、最高かよ!!
心の中で悶えていると休憩室の扉をノックする音が響く。
「どうぞ」
「失礼します。兄さん、お願いがあるんですけどいいですか?」
「取り合えず話してみて」
「Meteorの店長から電話があって、貴重なお酒が手に入ったのでお裾分けするからお店に来れないかと言われました。それで私達は今手が離せないので兄さんにお願いできないかなと」
「そう言う事か。うん、OK。今から行ってくるよ」
「ありがとうございます。それじゃあお願いします」
「俺が居ない間お店の方お願いね」
「分かりました」
さて、久々にMeteorに行きますか。ついでにアリスさんにも挨拶しておこう。
んじゃ、レッツゴー!
久し振りにMeteorに来たが、なんか感慨深いな。こう……古巣に戻ってきた感がある。思わず入り口の前で物思いに耽りそうになるが、迷惑になるのでさっさと中に入ろう。
「こんにちは」
「おっ、甲野君いらっしゃい」
「店長、お久しぶりです」
「うん。元気にしてたかい?」
「はい。店長もおかわりないようで」
「毎日元気に過ごしているよ。おっと、そうだった。お酒の件だよね」
「はい。葵から話は聞きました」
「丁度幻と言われているお酒を入手出来てね。しかも二本もゲットできたから甲野君にお裾分けしようと思ってさ」
「でも、そんな貴重なお酒を良いんですか?」
「構わないよ。ウチで出すにしても相当単価が高くなるから、そんなにオーダーも入らないだろうし。ずっと棚に仕舞っているだけだと勿体ないからね」
「そう言う事ならお言葉に甘えさせてもらいます」
「うん。今持ってくるから少し待っててね」
「はい」
店長が奥へと歩く姿を見ながら、久々に店内を見回してみる。
客の入りは俺がいた頃とほぼ変わりは無い。常連さんは勿論の事、新規客もちらほらいるようで俺や葵、優ちゃんが居なくなったことで売り上げが落ちるという事になっていなくてホッとした。バイトの子も一所懸命働いているし、良い感じじゃないか。うんうんと一人頷いているとお酒の瓶を持った店長が戻ってきたのでここで思考を打ち切る事にしよう。
「お待たせ。これがそうだよ」
「おぉー!見た目からして高級品だと分かりますね」
「ラベルや瓶も特注品らしくてね。酒造会社が拘りにこだわり抜いた一品だよ」
「いやはや、本当に凄い」
「ふふふっ。そんなに喜んでもらえるとは思ってなかったよ」
「あっ、ちょっとはしゃぎ過ぎましたね」
「構わないよ。持ち帰る際は日光に当てないように気を付けてね。ちなみにここへは車で来たのかい?」
「いいえ。電車で来ました」
「そうか。じゃあ、輸送用の箱に入れておこう。あぁ、それと伊藤が甲野君に会いたがっていたから顔を出してもらえるかい?」
「分かりました。アリスさんは厨房ですか?」
「うん」
「それじゃあ、ちょっと会いに行ってきます」
こうしてアリスさんに会いに厨房へと向かう事に。
「失礼します」
「ん~……って甲野君か」
「はい。俺です。お久し振りですね」
「だね」
「あの~、なんか素っ気無くないですか?」
「別にー」
「いやいや、完全にいじけてますよね?」
「これが普通だし。そもそも月に二~三回は顔を出すって言ってたのに、今月は一回も来ていない事を不満に思っているわけじゃないから」
「うぐっ。それについては本当に申し訳ないです。お店の方が忙しくて余裕が無かったんです。ってただの言い訳ですね。本当にごめんなさい」
「…………ちゃんと謝ってくれたから許してあげる」
「ありがとうございます」
「忙しかったって言ってたけど、体調とか崩してない?ご飯は確り食べてるの?」
「大丈夫ですよ。三食しっかり食べてますし、仕事が終わったらすぐに寝ているので体調も悪くも無く良くも無い感じです」
「いや、それは問題じゃないの?無理しちゃ駄目だよ」
「一応妻達に任せられる所はお願いしているんですが、どうしても限度があって。特に経理関係は俺じゃなきゃ無理なので多少は無茶しないといけないんです」
「そっか。じゃあ休日はどう過ごしているの?休めてる?」
「休みはほぼ昼過ぎまで寝ていますね。起きてからも外出はあまりせずにダラダラ過ごしています」
「うん。正しい休日の過ごし方だね。お店が軌道に乗ってある程度生活のルーティーンが整うまでは大変だと思うけど頑張ってね」
「ありがとうございます。アリスさんの方こそ無理はしないで下さいね」
「私が休みを取らずに働くように見える?」
「ないですね」
「だろ。ダラダラするのが生きがいなんだから、無問題だよ」
「相変わらずですね」
「これが私だからね」
「あはははっ。確かに」
凄いゆる~い空気だけど実に俺とアリスさんらしくていいね。
もう少し話してたいけど、営業中だしここら辺でお暇しますか。
「それじゃあ、俺は戻りますね」
「うん。また遊びに来てね。今度約束を破ったら……」
「ちょ、怖いですよ。次は必ず遊びに来るので安心して下さい」
「んっ。じゃあね」
「はい。それでは失礼します」
お店を出て駅へと向かい歩く中、ふと思う。
大人になってもこうして続いていく関係って素晴らしいなと。
そして、年を取っても変わらずこのままでいたいと心から願う。




