No143
大学卒業が間近に迫ってきた今日この頃。卒論も無事提出してホッと一息つきたい所だが、いかんせんやる事が結構あるんだよね。一つは高校の卒業式で来賓として招かれたんだけど、その際卒業生に言葉を掛けないといけないくなったという事。二つ目は自身の卒業と合わせて同じく学校を卒業する人に向けたコラムを執筆しないといけないという事。どちらもぱっと見では簡単に思えるが、その実作業に取り掛かってみると頭を悩ませて中々前に進まない。紙に書いては捨てて、書いては捨ててを繰り返してもうゴミ箱は一杯だよ。だが、期日は待ってくれない訳で……。こうして死にそうになりながら頑張っています。
そしてふと思う。どうしてこうなったと……。
「こんにちは。アポイントメントを取っているんですが、編集長はいらっしゃいますか?」
「あら、甲野さん。少々お待ち下さい」
「はい」
コラム執筆の仕事でお世話になっている編集部の受付にてアポを取っている旨を伝えて待つ事暫し。
小走りでこちらに向かってくる編集長の姿が。
「お待たせしてすみません」
「いえ。こちらこそ急がせたみたいですみません」
「それでは応接室にご案内しますね」
「お願いします」
応接室に通された後、飲み物を頂いて一息ついた所で本題に入る事に。
「私に依頼したい事があるとのお話でしたがどういった内容でしょうか?」
「甲野さんは今年で大学卒業ですよね。そこで、全国の卒業生に向けてのコラムを書いて頂けないかと思いまして」
「それは祝辞という事ですか?」
「うーん、そこまで固いものでは無くてもっとこう……、卒業おめでとう~という軽いノリで構いませんし、卒業生目線で書き綴って頂ければOKです」
「なるほど。それでは砕けた言葉遣いや表現を使っても問題ないですか?」
「大丈夫です。むしろ、そういった感じの方が若者らしくていいですね」
「分かりました。では一度ざっと書いてみてそこから詰めていく形にしたいんですがよろしいですか?」
「はい。それでいきましょう。それと期日なのですが、三月発売号に掲載したいので今月中にあげて欲しいです」
「おっと、それはタイトなスケジュールですね。う~ん……頑張ればギリギリいける……かな。ちなみにデッドラインはいつですか?」
「来月の頭です。それを過ぎてしまうと完全にアウトなので最悪でも今月末には欲しいです」
「頑張ります」
「こちらも無理を言っているのは重々承知しているので、原稿料については割増させてもらいます」
「ありがとうございます。なんとかいい物を作れるように死力を尽くします」
「無理はしないでねとは頼んでいる手前言えないけど、頑張って」
ふぅ。これで話は終わりかな。こういったイレギュラーな依頼が来るとは思わなかったよ。まあ、何事も経験だから今回の件も俺の糧になる事だろう。
ていうか卒業生に向けたコラムって言ってたけど雑誌の読者層と若干ズレてないか?二十代をターゲットにしているから多くの読者は社会人のはず。となるとなんでこんな依頼をしてきたんだろう?気になるし聞いてみるか。
「すみません、編集長。お聞きしたい事があるんですがいいですか?」
「なんでしょうか?」
「雑誌の読者層から考えると卒業生に向けたコラムって少しズレている様に思うのですが」
「甲野さんのコラムは幅広い年代に読まれているから、あながちズレているわけでは無いんですよ。それにこういった企画物は売り上げが伸びる傾向にあるから。決算時期も近づいているしちょっとね」
「あー、確かに企業としては逃す手はないですね。理解しました」
「生々しい話になっちゃったけど、これも仕事だから」
「ですね。慈善事業をしている訳では無いですし、そもそも企業なんてお金を稼いでなんぼですからね」
「あら、随分と理解があるのね。まるでどこかの会社で働いていたみたい」
「あははは。まぁ、あの~……、あれです。色々とありまして」
「えぇ。深くは聞かないから安心して」
「ありがとうございます」
あぶねー。思わず前世の感覚で喋ってしまった。なんとか誤魔化せたと思うけど、気を付けないとな。人間一度疑惑を感じると解消するまでに時間が掛かるから、注意して行動しないと。
しっかしまあ、あれだ。改めて考えるとこうして編集長と二人っきりで話すなんて今回が初めてじゃないかな?今更ながらに緊張してきたぞ。超美人だし、バリバリ仕事も出来るし、実質上司みたいな人だし。そんな人と密室に二人っきり。何があってもおかしくないわけで……。
「あら?甲野さんどうかしましたか?」
「あっ、いえ。少し仕事の事を考えていまして」
「そうでしたか。そういえば以前商品開発に携わって頂きましたが、先方からまたお願いできませんかと打診が来ているの。まだ、細かい事は一切決まっていない状況だから断る事も出来るんだけど甲野君としてはどうかな?」
「そうですね。またやりたいという思いはありますけど、今年は色々と忙しくなる予定なので最短で来年から取り掛かっても問題ないならお受けしたいです」
「分かったわ。まずはその条件で先方に確認を取ってみますね」
「お願いします」
こうして新たな仕事をまたしても請け負ってしまう所が俺らしいっちゃらしいけど、本当真正のワーカホリックだな。彼女達に小言を言われる未来が見えるぜ。その時は謝り倒そう。
今から土下座の練習でもしておくか。
そうそう。こんな感じの流れで請け負ったんだよな。これだけだったら問題はなかったんだけど、まさか別件で似たような依頼が来るとはこの時は露程にも思わなかったよ。
あれは俺がバイト先で仕事に勤しんでいた時のことだ。時刻は二十時を少し過ぎたくらいで、あともう少しでバイトが終わるというタイミングで来店を告げるベルが鳴り響く。
「いらっしゃいませ」
「こんばんは」
「こんばんは。席にご案内しますね」
「お願い」
カウンター席のいつもの場所に案内すると注文を聞くことにした。
「ご注文はどういたしますか?」
「そうねぇ……。チョコレートケーキとナッツを貰おうかしら。飲み物はウィスキーロックでお願い」
「かしこまりました。少々お待ち下さい」
カウンター内に居る店長にお酒のオーダーを通し、厨房にはケーキのオーダーを通して完了。すぐに出来上がったので莉子さんの元へと持っていきスッと提供。その際質問を投げてみた。
「この時間までお仕事だったんですか?」
「そうなの。ほら卒業式も間近だから色々と準備があってね」
「お疲れ様です。早く一段落つくと良いですね」
「卒業式前日まで準備に追われるから一段落つくのはまだ先ね。しかも来週からは終電帰りになりそうだし……、本当に頑張らないと」
「無理だけはしないで下さいね。莉子さんに何かあったら事ですから」
「大丈夫よ。もう何回も経験している事だし、慣れているから」
「ですか。……話は変わりますがもしかしてそれが今日の夕ご飯ですか?」
「そうよ。本当はしっかりした食事を取った方が良いんでしょうけどあまり食欲が湧かなくて」
「んー、軽い物か胃に優しい食べ物を摂った方が身体には良いんだけど無理するのもあれだし……」
「悠の言う通りだけど、実はお昼にカツ丼を食べちゃってそのせいもあるの」
「それなら仕方ないですね。学食のカツ丼って結構ボリュームがあるし、俺も昼に食べたら夕ご飯が入らなくなった記憶があります」
「そうよね。凄く美味しいんだけど量がね。他のメニューは普通の量なのになんでカツ丼だけあんなにボリューミーなのかしら?」
「謎ですね。しっかし、こうして話していたら久し振りに学食でご飯を食べたくなってきました」
「あら。それは朗報ね。実は悠にお願いというか頼みごとがあるんだけど」
「俺に出来る事であればなんでも言って下さい」
「ありがとう。今年の卒業式の計画を練っている中で例年とは違う事にチャレンジしてみようって流れになってね。でも式典のテンプレートは変えれないから大幅になにかするって感じじゃなくてサプライズ的な催し物が良いという結論に至ったの。そこで悠の出番になったわけ」
「んんっ?なんで俺が出てくるんですか?」
「悠に来賓として来てもらって卒業生に言葉を掛けてもらうのが一番のサプライズじゃないかってね」
「なるほど。でも俺を知っている人は……結構いるね」
「学祭にも来たし九割くらいの生徒は認識しているわよ」
「そっか。でも俺が祝辞を述べてもあんまり嬉しくないんじゃないかな?」
「そんな事ないわよ。きっと一生の思い出になるし、最高のサプライズになるわ。だからお願い出来ないかしら?」
「莉子さんの頼みとあらば勿論OKです。でも、こう言った事は初めてなので感動する祝辞を書けるかは分かりませんがそれでもいいですか?」
「勿論よ。悠なりの言葉で伝えてくれればいいから。それが一番よ」
「そっか。じゃあ頑張ってみますね」
「お願いします」
まさか、まさかの事態になってしまった。でもOBとして恥ずかしくない祝辞を述べようではないか。それに莉子さんからこうして頼みごとをされる事も滅多に無いし全身全霊を掛けて取り組むぜ!
そして冒頭に戻るというわけだ。コラムはデッドラインまであと二日。高校で披露する祝辞は日程にはまだ余裕があるけど楽観は出来ない状況。まさに窮途末路とはこのこと。
今日も今日とてエナジードリンクとカフェイン錠剤のコラボでパキッとキメて朝までにある程度目途をつけるようにしなければ。もってくれよ、おらの身体!!




