No136
季節は巡りまたやって来た春。俺は大学四年生となり、葵や優ちゃんは三年生。そして柚子は卒業となった。さて、まずは近況報告からいこうと思う。
柚子は大学卒業後晴れて就職となった。就職先は第一希望のSonneに無事入社。今は研究者として大いに頑張っている事だろう。彼女の頑張りをずっと見てきた身としては感慨も一入と言った所だ。
次は俺と葵の関係について。兄妹間で交際するという事実をひたすらに隠し続ける事は不可能だ。いつかはバレる事であり、なればこそ親しい人間には早々に打ち明けるべきだろうというのが俺達二人の見解だ。
伝える人は母さん、結衣、楓、柚子、真白さん、莉子さん、店長、アリスさん、優ちゃんだ。俺たち二人にとってもっとも関係が深い人達をピックアップした。
伝えた際の反応としては概ね全員が似たような感じだったのは驚いた。
『いつかこうなる事は分かっていたわ。二人が決めた事なら私に言う事は無い。ただ、様々な困難に打ち勝ち生涯愛し合う覚悟はある?』
『おめでとう。葵ちゃんのハル君に対する気持ちはずっと前から知っていたし、遅かれ早かれこうなるだろうなとは思っていたから特に驚きはないかな』
『そっか。ようやく恋が実ったんだね。おめでとう』
『葵ちゃんが幸せになれて僕も嬉しいよ。けど悠さんを悲しませるような真似はしないでね』
上から母さん、結衣、アリスさん、優ちゃんの言葉になる。他の人達も似たり寄ったりな感じだ。誰かしら反対したり、嫌悪感を露わにすると思っていたけどそんなことは無く普通に受け入れてくれたのは本当に嬉しかったな。……まあ葵の態度や行動を見ていれば恋心を抱いているのは分かるわけで、当然と言えばそうなのかも知れないが……。まあ兎に角こういった感じで無事報告は終わりました。
んで、俺も四年生になりあと一年で卒業。残された時間は僅かなのでここで温めていた計画を本格的に稼働させることにした。以前に少しだけ言ったが将来はお店を開きたいと思っている。形態としては飲食業でCafe & Bar Meteorの様な隠れ家的なカフェを開業する予定だ。働くメンバーは俺、葵、結衣、楓、優ちゃんの予定でいる。柚子は就職しているし、真白さんは神社の神主としての仕事がある。莉子さんは教師をしているので必然的に残された面子で考える事になる。各人には三年生の内に話をしていて内々に了承を得ている。勿論今働いているMeteorからの引き抜きになる為店長やアリスさんにも話は通している。三人も一気に抜ける為新たな人材の確保が必要な上、戦力的に見ても穴を埋めるには相応の時間がかかるだろうことは明白。なので新人教育も兼ねて今年から新しいバイトが入る予定みたい。
てなわけで色々と動いているわけだけど、何はともあれ店舗が無ければ始まらない。価格・味・接客・内装・立地等考慮すべき点は多々あるし、これらは幾ら時間があっても足りるという事は無い。俺一人の力では限界がある為多くの人に助力を頼み作り上げて行く事になるだろう。と同時に結婚についても考えなくてはならない。お店を開業すれば数年は店舗経営で忙殺されるのは明白。軌道に乗るまで待ってもらうという手もあるが、ズルズルと引き延ばすのは不誠実だし子作り、子育てまで考えると結婚するのはなるべく早い方が良いと思う。勿論女性の出産適齢期も関係している。そう言った諸々を加味すると結婚は大学卒業後なるべく早い段階でするのが良いだろう。そしてそれを考慮して開業に向けて準備する事になる。恐らく今年一年は過去最大に忙しくなるだろうし、エナジードリンク中毒まっしぐらになる事は確実。モンスターエ〇ジーとレッド〇ルを箱買いしておこう。あっ、あとカフェイン錠剤も用意しなきゃ。この組み合わせは確実に死に近づく半面物凄い効果を発揮する悪魔の組み合わせ。二度と使うことは無いと思っていたが、この局面を乗り切るには悪魔に魂を売る必要がある。
さぁ、いざまいらん!!
普通に死ぬわ。マジで過去一の忙しさ。大学は卒論を書けば終わりなので楽なんだけど開業に関しての諸々がヤバすぎる。語彙力が死亡するくらいヤバイ。
まず土地が見つからないんだよ。彼女達やバイト先の店長と協議した結果店舗と家が一体となった店舗併用住宅に決定。……ここまでは良かったんだけど住む人数が問題で俺も含めて七人+将来産まれる子供も換算しなければいけないので最低でも十三人が暮らす事になる。となると一般的な住宅では手狭な訳で店舗の事も考えるとかなり広い敷地面積が必要となる。さらに好立地となると最早零に近い確率で存在しない……という訳だ。
妥協案として店舗と住宅を分ける・立地を繁華街から離れた場所にする・店舗のサイズを最低限にする等々色々な案が出たが、結果から言うと立地を繁華街から離れた場所にする案が採用された。
他の案に関しては話し合いの結果様々な面でよろしくないという事になったので没です。んで、それを前提として土地を探しているんだが無い。予算を度外視すればあるんだけど、べらぼうに値段が高いしとてもでは無いが手が出せない。新築なので設計・施工、調理機器の搬入、諸々の手続き等を考慮すると今年半ばまでには決めておきたい所。あらゆる伝手を辿って探している最中なので朗報を待つのみ。
話は変わるがとうとうMeteorに新人さんが入りました。新しく来た人は二人。あれ?抜けるのが三人なのに二人なの?と思うかもしれないが、お菓子作りに関しては元々アリスさん一人でやっていたので問題ないとの事。なんでホールスタッフが追加されたって感じです。新人教育に関しては俺と優ちゃんに一任されていて昔を思い出しながら懇切丁寧に指導している。まだ入ったばかりなので覚える事も多いし、ミスも結構あるけど一つ一つ覚えていく事大事なので焦らずじっくり慣れていけばいいと思いながらやっています。あぁ、それと新しく入った子は俺の母校である私立蒼律学園の生徒、しかもアルバイト部に入部している子なんだよ。最初聞いた時はおったまげたね。こんな偶然あるの?ってね。んでよくよく話を聞いてみると店長が一切接点が無い所から人を雇うより、繋がりがある所から雇った方が安心できるとの事で莉子さんに相談したらしい。莉子さんは母校の教師をしていて、しかもアルバイト部の顧問という事もあり部員を紹介。そして現在に至る……と。まあ身内贔屓感もあるけど変な人を雇って問題を起こされるよりはマシだし良かったんじゃないでしょうかね。
お次は真司に関してだ。なんととうとうアイツ結婚しやがったんだよ!結婚式は親しい関係者のみので執り行い、こじんまりとしたものだった。実家が大企業の経営をしているのでこう……ババァーン!と盛大にこれでもかってくらい金を掛けてやるものだと思っていたから少し拍子抜けしてしまったよ。
相手も名家の御令嬢だし本当に大丈夫なのかな?と心配したが、真司曰く『無駄に派手にすると色々と面倒臭い事になるんだよ。見ず知らずの他人にお祝いされても嬉しくもなんともないしな』と凄いドライな意見を頂いた。お金持ちにはお金持ちなりの苦労があるんだなと思ったし、ここぞとばかりに権力者に顔を売る輩や関係を持ちたい人がこぞってやって来て結婚なんて二の次、三の次になる可能性もある。だから小規模な結婚式で済ませたのだろう。かく言う俺も権謀術数が蠢く魔境には行きたくは無いし。
……しっかし奥さん滅茶苦茶綺麗だったな。美人でスタイルも良くて、なにより笑った時に見える八重歯がクッソ可愛い!笑顔を向けられた時に顔を真っ赤にして照れてしまったのは言うまでもない。
当然彼女達からはジト目&軽いお叱りを受けたし、優ちゃんからも『むぅ。なんか悔しいです』って言われたしで散々だったよ。いや、俺が現を抜かしていたのが悪いんだけど八重歯属性がある美人の笑顔に耐えられる男はいないだろう。いないよな?たぶん、おそらく、きっといないはず。
ていうか真司もあの魔性の笑みに篭絡されたと俺は睨んでいる。終始ニヤニヤしっぱなしでだらしないったらなかったし、奥さんにヘラヘラしちゃって早速尻に敷かれていたから間違いないだろう。
あぁ、それと真理さんから早く孫の顔が見たいわ~ってせっつかれていたな。これだけ聞くとホッコリするだけだが、その実奥さんの実家の後継者問題も深く絡んでいる。現代になっても名家・旧家なんかは血筋を大切にしていて、よりよい跡継ぎを選ぶために子供を作るという側面も存在している。非常にドロドロとした内情があるわけだ。つってもさわりのみ真司から聞いただけだからもっと深い部分では目を覆いたくなるようなものがあるんだろな。おぉ~、恐ろしや。俺みたいな小市民は関わるべきじゃないし、知らなくていい事だろう。この話はそっと心の中に仕舞っておこう。
とまあこんな感じで物事が動いているわけよ。デートしたいなぁ~とかイチャイチャしたいなぁ~とか思うけど柚子も就職したばっかだし、莉子さんも主幹教諭に昇任したりと忙しくしているので時間が取れないんだよ。癒し……癒しが欲しい。
イギリスの博愛主義者チャールズ・バクストンは『何をするにも時間は見つからないだろう。時間が欲しければ自分で作ることだ』という言葉を残している。という事はデートしたい、イチャイチャしたい、癒しが欲しいと言っているだけではなにも始まらない。時間が無い?作ればいいとなるわけよね。
うむ。そうと決まれば早速連絡してみるか。そう、愛しの彼女に!




