No133
真実を打ち明ける決意をしたが、今すぐにという訳にはいかない。まずは現状の唯一の理解者であり、協力者の真白さんと話さなければな。葵と過ごした日の夜に電話して確認した所明日時間を取れるとの事なので神社に行く事になりました。
明けて翌日。秋の風が心地よい中神社に赴くと真白さんが出迎えてくれた。
「こんにちは」
「こんにちは。早速ですが込み入った話なので社務所では無く母屋の方に行きましょう」
「分かりました」
母屋へと向かうなか、会話は一切なかった。今から話し合う事を考えれば当然とも思えるが、なんとなく寂しさを覚えてしまう。…………家に着き案内されたのは真白さんの自室だった。居間や客間とかかなと思っていたがまさかの展開に驚きを隠せない。付き合ってこの方自室に来たのは初めてだ。以前泊った際にも入るどころか中を見た事もないからドキドキしちゃうな。
「どうぞお座り下さい」
「うん」
「悠様はとうとう打ち明ける決心をされたのですね」
「ああ。これ以上引き延ばすのは心が耐えられないし、タイミング的にも今しかないかなと思って」
「そうですか。そう思わせる何かがあったのですか?」
「昨日葵とちょっとね」
「分かりました。どんな事があったのかは深くは聞きません。ですが私に出来る事はなんでも致します」
「まずは誰に話すかだけど、家族・恋人・優ちゃん・バイト先の店長とアリスさんにしようと思う」
「妥当だと思います。無闇矢鱈に伝えるべき事柄では無いので」
「そうだね。恐らく激怒するだろうし、最悪我が子を殺した人間として捕まるかもしれない。その際には止めないで欲しいんだ」
「ですが悠様に危害が加わるのを黙ってみている事は出来ません」
「その気持ちは有難いけど当然の罰なんだ。相手が望む処罰を受けるつもりだよ」
「…………もし、もし悠様に何かあれば私は相手を許すことは無いでしょう」
真白さんの言葉には確固たる意志が感じられる。俺に何かあれば彼女は全身全霊で報復をする事だろう。俺が望む、望まないに関わらず。復讐は復讐を生む無益なものだ。だが今俺が何と言おうが彼女を止める事は出来ないのも事実。何と情けない事か。
「ふぅ……。真白さんに一つお願いしたいのですが、時渡りについて質問された際に俺が答えられる内容なら答えますけどもし無理な場合は代わりに答えてもらっても良いですか?」
「構いませんよ。その点に関してはかなり複雑ですし、難しいですからね」
「うん。あとはみんなのスケジュール調整をしてどこで話し合うかだよな。お店……は人が多くて駄目だな。やっぱ自宅かな?」
「自宅の方がなにかと都合が良いと思います。部外者も居ないですし、話す内容を他者に聞かれる心配もありませんから」
「じゃあそうしようか」
「細かい部分に関しては正直いくら打ち合わせしてもキリがないので、出たとこ勝負になると思いますが悠様は大丈夫ですか?」
「心配な部分はあるけど、なるようになるさって開き直ってるよ」
「分かりました。……少し休憩しましょうか」
その後はお茶を飲みつつ、あれこれと話をして日が高い内にお暇しました。家に帰ってから各人にメールをして空いている日を確認。日程調整の結果来週末に俺に家に集合となりました。まだ時間はあるし出来る事は全てやって、いざという時の為に身の回りの整理もしておこう。
そしてやってきた当日。正直な話自分の家に彼女やバイト先の人が来るのは初めてだったりする。そんな初体験が修羅場に変わるのかと思うと、なんとも言えない気持ちになるな。っと気持ちを切り替えて、参加者には全員居間に集まってもらった。……よし!話すぞ。
「今日は集まってもらってありがとう。これから話す内容は突飛に聞こえるかもしれないけど全て事実であり真実です。色々と質問もあるだろうけど、出来れば最後まで話を聞いてからにして欲しい」
言い終わった後に流れる肌を刺すようなピリついた空気。気軽に聞くような話ではない、隠していた何かを打ち明ける……そう言った話なんだろうと各々感づいた故の雰囲気。全員の視線が集まる中、緊張しつつも口を開き言の葉を紡ぐ。
「俺はこの世界の人間じゃないんだ。元は違う世界で生きていてある日突然意識のみこの身体に入ってしまった。元の俺の肉体はどうなったのかは分からない。死んだのか、はたまた生きているのか一切不明で確かめるすべはない。そして俺の意識が入った甲野悠という人間の肉体は俺のものとなったが彼の精神体は消えた。いや消えたというよりどこか別の場所に保管されている、もしくは眠っている可能性もある。なんにしろ結果肉体は甲野悠のもので精神は別世界の人間というちぐはぐな人間が出来上がったという訳だ。そして入れ替わり現象が起きたのは高校入学直前の時で朝起きたらそうなっていたとしか言えない。なぜそんな現象が起きたのか?誰が何の目的で行っているのか?それらについては一切不明で現状誰も知らない。ただ、元の世界に戻る方法は確立されていて帰還する事は出来る。だけど仮に俺が帰還したとして甲野悠の精神体が戻ってくるのかは分からない。……今まで皆を騙していて申し訳ありませんでした。どんな罰でも受けるつもりだし、死ねというなら死にます。……本当にすみませんでした」
長い独白の後訪れたのは沈黙だった。息遣いの音さえ聞こえない静寂。誰も言葉を発さず時が流れる中パンッという乾いた音が響き渡る。
「…………あなたって子は……」
母さんから叩かれた頬からは痛みよりも悲しみが伝わってくる。これから罵詈雑言の雨霰に晒されると思うと心がキュと縮み上がる。
「なんで……なんでもっと早く話してくれなかったの……」
「ごめん」
「謝った所で悠は帰ってこないのよ」
その通りだ。謝罪なんて何の意味も持たない。それは分かっているが俺には謝る事しか出来ない。
「私はずっとあなたを我が子だと思って接してきたの。それが突然別人だなんて言われてどんな気持ちか分かる?しかも身体は悠のもので心は違う人なんて……嘘だったらどんなに良かった事か」
「お母さん。兄さんがある時を境に変わったのは気付いているでしょう?」
「それは……。ええ、気付いていたわ」
「女性に嫌悪感を持たず、誰とでも仲良くなるなんて昔の兄さんなら有り得ない事。前に比べて性格も明るくなったし、毎日笑顔を浮かべるようになった。他にも些細な変化は沢山あったよ。お母さん、事実から目を背けないで真っ直ぐ見て」
葵の言葉に母さんが黙り込んでしまう。昔の甲野悠という人物がどういった性格だったかは分からないが、中身が入れ替われば性格も変わる。初対面の相手や知人程度なら分からないが家族というもっとも近しい存在ならその違いに気付くだろう。
「私は例え心が別人だろうと兄さんは兄さんだし、家族だと思っています。他の誰が何を言おうと愛する兄さんに違いはありません」
葵……。聡い彼女の事だ、大分前からその可能性に思い至っていたんだろう。その上で悩み、苦しみ抜いて結論を出した。兄であり、家族であるという答えを。
「私は高校からの付き合いだから昔のハル君がどういった人かは知らないけど、好きになったのは今のハル君なの。だから心と身体が別人だろうと好きという気持ちは変わらないよ」
「そうね。結衣の言う通り、昔のハル君を好きになった訳じゃない。今の甲野悠という人を好きになったの。例え誰が何を言おうとハル君はハル君だよ」
結衣、楓と思いの丈を話してくれた。その言葉のなんと温かい事か。
「私はこの件に関しては両者共に被害者だと思う。理由も目的も分からず入れ替わりを強制されて知らない世界にやってくる。それはどれ程の苦痛で、どれだけ辛かったか。それでも悠君は一所懸命に今を生きている。そんなあなたを私は愛しているの」
あぁ……柚子の言葉が優しく心に染みわたる。ありがとう。
「一つだけ聞かせて欲しいのだけど悠は元の世界に帰りたいと思っているの?」
莉子さんの言葉に再び場の空気が張り詰める。帰還する・帰還しないという二択のどちらを選ぶのか?どちらにしろ一度決めてしまえばもう後戻りは出来ない。一切の未練を捨てて選んだ道を歩いて行く事になる。が、進むべき道は決まっている。俺が選んだのは……。
「俺は元の世界に戻るつもりは無い。許されるならこの世界で生きていきたい」
「そう。それが貴方の出した結論なのね」
「はい」
「ふぅ……。正直未だに頭が混乱しているし、完全に理解しているは言えないけど私は悠が選んだ道を一緒に歩くわ。例え苦難の道だろうとね」
莉子さんの言葉に彼女達が揃って首を縦に振ってくれる。この先に待ち受ける事は誰も想像が出来ないのにそれでも一緒に歩んでくれる。その事実に心が震える。
「甲野君が決めたんだ。私達は応援するだけだよ。なっ、伊藤」
「そうだね。君にはなにかとお世話になっているし、応援はするよ。ただ衝撃の事実に頭が真っ白になってしまったから後でお詫びをしてね」
「伊藤、お前なぁ~」
「別にいいじゃん。ビックリしたのは事実だし、お詫びの一つくらい……ねぇ」
店長とアリスさんの掛け合いが場の空気を解してくれる。アリスさんの事だ、店長が突っ込んでくれるって分かってて言ったんだろうな。有難い話だ。
「こんな僕を受け入れて、勇気をくれた悠さんが違う世界の人だと言われて納得しました。でも、だからこそ今の悠さんで良かったと思います。もし、入れ替っていなかったら今の僕はいなかったんですから」
優ちゃん。確かに昔の甲野悠のままだったら優ちゃんと出会う事は無かっただろう。そう考えると運命とはなんと数奇なものなのだろう。
「私は……まだ貴方を受け入れる事が出来ないわ。家族だし愛する息子であることは変わらない。でも心が事実を受け止めきれないの。だから暫く時間を頂戴」
「分かった」
関係性が誰とも違う母親という立場。お腹を痛めて産んで、大切に育てた我が子が別人だと知ったショックは計り知れないし、どうやって向き合い付き合っていくかも考えなくてはいけない。他の人みたいにある程度納得して自身で答えを出せるようになるにはまだまだ時間がかかるという事だろう。
「俺の話したい事は以上です。なにか質問があれば答えます」
「じゃあ…………」
その後二時間程質疑応答をして解散となった。今日伝えた事を自身で改めて考えて、その結果関係が変わるかもしれないがそれで良いと思う。人間はそんなに器用には生きられないのだから。
自室の窓から眺める夜空に流れ星が一つ。
呟いた願い事は秋風に乗せられて誰にも届くことは無い。




