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この世界で俺は……  作者: ねこネコ猫
大学編
133/163

No132

疲れた……。休日なのに居間のソファでぐったりとしながらテレビを観ているが、面白くない。かといって外に出る気にもなれないし、何かをする気も起きない。完全に疲れ切った社会人かオッサンの(てい)だがそれも仕方ないだろう。仕事がたて込んでいるし追い込まれているんだから。疲れた……。

「兄さん。隣に座っても良いですか?」

「どうぞ」

いつの間にか傍まで来ていた葵に声を掛けられるまで気付かなかった。これはちょっとヤバいな。

「お疲れの様ですので、ハーブティーを入れてみました。どうぞ」

「ありがと」

「…………こうして兄さんと二人の時間を過ごせるのは久し振りですね」

「だな。大学やバイト先でも顔を合わせているけど誰かしら一緒だしな」

「はい。それに彼女とのデートも一杯していますしね」

「うっ……。そうだけど葵の事を蔑ろにしている訳じゃないからな」

「分かっていますよ。でも時々私の事を忘れてしまったのかなって心配になる事があるんです」

「ごめんな。もっと兄妹の時間を取るべきだった。反省してます。あとさ俺はいつでも葵の事は気にかけているしそれは忘れないで欲しいな」

「そう言ってもらえて嬉しいです。あの、今日は少しだけいつもより甘えてもいいですか?」

「どんとこい!少しと言わず目一杯甘えてくれていいぞ」

「ふふっ。では遠慮なく甘えさせて頂きます」

そう言った後さりげなく腕を絡ませてきた。腕に伝わる柔らかい感触と仄かな体温。鼻孔を擽る甘く優しい香り。お互い成人済みだが兄妹仲は変わらずに良好で今みたいなスキンシップも多々ある。思春期の時に嫌われたり、敬遠される事が無かったのでそれも要因の一つだろう。一般的には中高生の時に一時的に仲が悪くなり、関係があまり改善されずそのまま大人になるパターンが多いと思う。そう考えると俺達はちょっと異質なのかもしれないな。人によってはこうしてベタベタしているのは信じられないって思うかも。


「葵。大学やバイトは上手くやれてる?問題とか無い?」

「そうですね……。どちらも特に問題はありません。講義は特に行き詰る所もありませんし、それほど難しくも無いので。バイトはアリスさんの指導も粗方終わって、今は細かい部分の技術を習得している段階ですね」

「ほぉー。それは凄いな。普通はもっと時間がかかるもんだろ?」

「ある程度お菓子が作れるようになるには数年、そこから商品として自分が作ったお菓子を出せるようになるのに数年と言った所ですね」

「だとしたらかなり早いペースだよな」

「そうですね。その点に関してはアリスさんも驚かれていました」

「だろうね。となると将来はパティシエを目指すのか?」

「はい。来年には製菓衛生師の試験を受験するつもりです」

「その資格は初耳だけどなんか凄そうだね」

「パティシエになるのに資格は必要無いのですが、持っていると色々と便利なんですよ。一番のメリットは食品衛生責任者資格がすぐに取得出来る点ですね。本来であれば講座の受講が必須となる食品衛生責任者ですが、製菓衛生師であれば講座を受ける必要が無いんです。資格申請のみで取得出来るんですよ」

「それは凄い。でもそれだけ便利だと合格率は低いんじゃないの?」

「大体六十~八十%ですね」

「結構高いんだな。葵ならなんの問題も無いな」

「そうですね。確り対策をしていればまず落ちる事は無いと思います」

ちょっと自慢になるが葵は天才かって思う程頭が良いからな。さらに器量も良し、炊事・家事も完璧。ルックスも良し、性格も良しと完璧超人の体現者といって過言ではない存在。しかもお兄ちゃん大好きっ子というオプション付き。まさに非の打ち所がないとはこの事。


「話は変わるけどさ、ここ最近になって葵変わったよな」

「そうですか?あまり実感はありませんが」

「幼さが抜けて可愛いから美人になったし、雰囲気もより大人っぽくなった」

「ありがとうございます。兄さん好みになっていますか?」

「そりゃあもう。正統派美少女から正統派美人になったんだからドストライクよ」

「ふふっ。そこまで言われると照れてしまいます」

「正直な感想だからな。それと身体つきもより女性らしくなったと感じるな」

「それは実感があります。胸のサイズがワンカップ大きくなったんです」

「おぉ!それはおめでとう?でいいのかな……」

「大丈夫ですよ。希望を言えばもうワンサイズ大きくなって欲しい所ですが、全体とのバランスを考えると今くらいが一番ですよね?」

「そうだなぁ……」

葵はスレンダーだから胸だけが大きいと全体のバランスが悪くなる。かと言ってツルペタだと上~下までストーンってなるからNG。となると本当に今くらいの大きさがベストだろう。昔は少し物足りなさがあったからな。立派に成長してくれてなによりだよ。

「今のサイズが一番良いと思うな。これ以上大きくなってもバランスが崩れるし」

「ですか。兄さんがそういうなら今がベストという事ですね」

「うん。しっかしいつの間にか成長しているんだなぁ。ついこの前まで中学生だと思っていたのに」

「時が経つのはあっという間ですね」

「うむ」

俺が知っているのは中学生の頃からだけど、一切ブレずに成長したなと思うよ。中高生の頃って成長期も相まって体型が変わる(悪い意味で)事が多いけど、葵は出る所は出て引っ込むところは引っ込むという最高の状態のまま大人になったからなぁ。本人の努力も勿論だけど、環境もあるんだろうな。このまま年を取って行ったら間違いなく三十代・四十代は妖艶な美女になる事間違いなし。そんな姿を早く見てみたいけどそれは将来のお楽しみってね。

「お互い成人して大人になった訳だけど、実感ってある?」

「うーん……。日常生活では特にありませんね。強いて挙げるならお酒や煙草、ギャンブルが出来るようになった事でしょうか」

「それぐらいだよな。そう考えると大人と子供の境目ってなんなんだろう?」

「難しいですね。仕事をしている、自立している、精神的にも肉体的にも成熟している、自由という名の自己責任の元行動出来る等々幾らかは例を挙げる事が出来ますが、明確な線引きにはなりませんね」

「幼い子供でも仕事をしていたり、自立していたりする場合もあるしな。特に後進国では」

「はい。逆に大人でも幼稚さが目立つ人もいますし、法律でここから成人と決めているだけで実際は境界なんて無いんではないでしょうか」

「一理あるな。っと休日なのに小難しい話をしてごめんな」

「構いませんよ。兄さんとお喋り出来るだけで幸せですから」

「そっか。ならよかった」

「…………一つだけ我儘を言っても良いですか?」

「なんでも言ってごらん」

「頭を撫でて欲しいです」

「OK」

すっと差し出してきた葵の頭を優しく撫でると、恥ずかしいのか少し頬を赤らめながらも微笑みを浮かべている。こうして妹の頭を撫でてやるのはいつ以来だろう。一番近くに居て、なんでも分かり合える存在だからって甘えていたのかな。兄としてもっと確りしないと。

「はぅ。気持ち良いです」

「それはなにより。葵は頭の形が良いし、サラサラの髪だからこうして撫でている方も気持ち良いよ」

「ふふっ。また兄さんに褒められてしまいました」

ゆっくりと頭を撫でていると次第にウトウトしはじめたのか、船を漕ぎ始めた。

「眠い?」

「んっ……、気持ちよくて眠くなってきてしまいました」

「膝を貸すから少し寝な」

「お言葉に甘えさせてもらいますね」

睡魔には勝てなかったのか、ゆっくりと身体を倒し膝に頭を置いてきた。身体を丸めて寝転がる姿は小さい子供みたいで可愛らしい。頭を撫でつつ様子を見ていると、すぐに寝息が聞こえてきた。大学にバイト、アリスさんからの指導と毎日大変で疲れも溜まっていたんだろう。どんなに優れた人間であろうと疲れは溜まるものだし、羽を休めなければ再び飛び立つ事は出来ない。今はゆっくりとおやすみ。


ボッーと葵の寝顔を見つつ、過ごしていると不意にこんな言葉が囁かれた。

「にいさん、どこにもいかないでください」

どこにも行かないで……か。寝言は無意識化の願望や欲望というし、まさに葵の本音なんだろう。

「だいすきです。ずっとにいさんと共にいたい」

何度か耳にした言葉だが、昔と違い今は感じ方が全く違う。その言葉に込められた意味・重み。家族だから、兄妹だからと考えないようにしていたがこれ以上引き延ばすのは無理だろう。それはお互いの為にもならないし、不幸になるだけだ。いよいよもって決断する時が来たという事か……。スヤスヤと心地よさそうに眠る最愛の妹の寝顔を見ながら心の中で決意を固める。と、同時にいつかは打ち明けなければいけない俺自身についても話す時がきたという感覚もある。事実を知った時葵は泣くかもしれない、俺を嫌いになるかもしれない。妹の笑顔を守る事すらできない不甲斐ない兄だが、それでも真実を打ち明けよう。覚悟を決めたはずなのに知らずのうちに頬から雫が滑り落ちる。それはポタッ、ポタッと葵に落ち、まるで葵自身が涙を流しているように見える。その涙は悲しみか、怒りか、はたまた喜びか。キラキラと七色に輝く珠雫(たましずく)は或いは全ての感情が込められているのかもしれない。

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