No123
「悠様に一つお聞きしたい事があるのですがよろしいですか?」
「なんでも聞いて下さい」
「………………あなたは誰ですか?」
この質問を投げかけられた時俺の頭は真っ白になった。最初は何を言っているのか分からなかったが、すぐに頭が回り始め一つの答えを導き出す。
「俺は甲野悠ですよ。ははは。真白さんも冗談を言うんですね」
「質問の仕方が悪かったですね。私が聞きたいのは甲野悠という人物ではなく中にいるあなたです」
「………………」
なぜ?どうして?いつ気付いた?幾つもの疑問が頭を擡げる。誰かに気付かれるようなミスはしていないはず。時が来るれば打ち明けようと思ってはいるが、それまでは秘密にしていようと考えていたし行動や言動には細心の注意を払っていた。一番身近な存在である家族ですら疑う様な素振りは一切無かったのにどうして真白さんは気付いたんだ?単純に勘が鋭いとかでは無いだろう。それは彼女の瞳が雄弁に物語っている。となると何かしらの要因があって気付き、確信を得たという事か。さてどうするべきか……。
「えーと……。中の人って俺は俺ですよ。他の誰でもない甲野悠であってそれ以外の何者でもないです」
「ふぅ……。そう答えるのが普通ですよね。では単刀直入にお聞きします。あなたは甲野悠という人物の中にいる別人です。そしてあなたは別の世界から精神体のみこちらの世界に来て甲野悠に入り込んだ。違いますか?」
「突拍子も無い話ですね。まるでSF小説みたいじゃないですか。そもそもあまりにも現実離れしているし、別の世界……並行世界と仮定してそこからどうやって来るんですか?タイムマシン、幽体離脱、神の仕業、次元移動など色々と考えられますがどれも空想の産物。現実的じゃない。なぜ真白さんがそんな考えに至ったのかは分かりませんが、少し冗談が過ぎるのでは?」
俺の問いかけに彼女は目を瞑り暫し黙考したのち口を開いてこう告げる。
「今まで言っていませんでしたが、我が望月神社は代々時渡りの保護・監視をしています。時渡りというのは分かりやすく言えば異世界人。この世界と似て非なる時間軸に存在する世界の人達。この時渡りという人は遥か昔からこの世界に度々迷い込んでいました。なぜそんな摩訶不思議な現象が起こるのかは不明です。ただ事象として存在するとしか言えないのが現状で、明確な答えはもっと科学が進みあらゆる事が理論で証明できる……そんな時代になるまでは分からないままでしょう」
真白さんから説明を受けたが色々と腑に落ちた。なぜ彼女が俺の正体を見破ったのかも、冒頭の質問をした経緯も。高校時代から俺自身も独自で調べていたが、まさかこんな身近に関係者が居たとはね。まさに灯台下暗しというやつか。さて、聞きたい事は山ほどあるが当然答えられる事、答えられない事があるだろう。時間だって限られている。となれば重要な事に絞って聞くのが一番か。となれば……。
「なるほど。ここまでくれば隠している意味はありませんね。そうです。真白さんが仰る通り俺は別の世界から来ました。言い方は悪いですが、甲野悠という人物に寄生した形ですね。本人には申し訳なく思っています」
「そうですか。あくまで推測の域を出ませんが、恐らく甲野悠本人の精神は死亡もしくは消滅したと思います。また、不可抗力であり人知の及ぶところでは無い現象なのであなたが気に病む必要はありませんよ」
「と言われてもはい、そうですかとはいきませんよ。俺が来なければ彼は消滅する事は無かった。一生背負っていく罪であり、永遠に贖罪は叶わない罰ですよ」
俺の言葉を聞いて真白さんはなんとも言えない表情を浮かべた後俯いてしまった。重い話をしてしまって悪いと思う反面気持ちが多少は楽になったように思う。一人で延々と悩み、考え、苦しみ続けた問題が誰かと共有できたからだろう。といっても何一つ解決はしていないんだがね。
「俺からも一つ質問しても良いですか?」
「どうぞ」
「元の世界に帰る方法はあるんですか?」
「……あります。ですがそれはあまりにも残酷で、人の尊厳を損なう方法です。それでもあなたは帰りたいですか?」
「正直言うと半々です。元の世界に帰りたいと思う気持ちもありますが、この世界で出来た友人知人、恋人、そして大切な家族。そんな人達と一生会えなくなると思うとこのままでいいという気持ちもあります」
「どちらを選ぶにしてもあなたが決める事です。私はただ必要な情報を伝えるのみですから」
「そうですよね。どっちにしろ今すぐに決めるつもりはありません。ですが、帰る方法は教えて下さい」
「分かりました。元の世界に帰る方法は……」
真白さんが告げた言葉は心を大きく揺さぶった。覚悟は出来ていた。どんな方法だろうと構わないと思っていた。だが、俺のそんな決意をあざ笑うかのような帰還方法。無意識に身体は震え、カチカチと耳障りな歯鳴りが響く。
「お気持ちは分かります。が、一つだけ言っておきます。この方法で本当に帰還できるのかは不明です。それを確認する方法はありませんし、後で本人に聞くなんて事も不可能ですから」
「は……い……」
「この世界に残る、元の世界に帰還するの二択しかない訳ですがどちらにしろ辛い選択になるでしょう。幸い時間はたっぷりとあるので自身で納得のいくまで考えてみて下さい」
そう言い残した後真白さんは立ち上がり、部屋から去って行った。
どれほど時間が経っただろうか。数十分か数時間か分からないが必死に考え、悩み、苦しみぬいたが未だ結論には至らず。なんとかなるさと考えたり、その時考えれば良いみたいな楽観的な思考が出来れば楽なんだろうが、生憎と俺はそう言うタイプではない。思わず溜息が零れた所でスッと襖が開かれ真白さんが部屋へと入ってきた。
「お茶を持ってきたので少し休憩しませんか?」
「ありがとうございます。丁度思考の迷路に迷い込んでいたので助かります」
手際よくお茶を入れた後差し出してくれる。ズズッと一口含むと馥郁たる香りが鼻孔を擽り心を落ち着かせてくれる。そのまま暫く無言が続いたが不意に真白さんが口を開き一言。
「思ったよりも落ち着いていますね。もう少し戸惑ったり、悲観したりすると思っていたのですが」
「ある程度覚悟はしていましたから。それに元の世界に帰る方法やなぜこんな事になったのかについては高校時代から調べていたのでそれもあるでしょうね」
「そうなのですか?」
「ええ。と言ってもそれらしい情報も少ないですし、仮説を立てて終わりと言った感じですけどね」
俺の言葉の後また沈黙が降りてくる。真白さんとはそこそこ長い付き合いだがここまで会話が続かないのは初めてだ。まあ状況が状況だし仕方ないだろうが、なんとなく居た堪れない。僅かな風の音が聞こえる中ある事が頭に浮かび上がる。折角の機会だし聞いてみようか。
「真白さんはなぜ俺に自分が時渡りを保護・監視していると打ち明けたんですか?秘密にしていた方が色々と事を運びやすかったのでは?」
「そうですね……。本来であれば監視のみをして有事の際は保護をするというのが決まりで、こうして打ち明ける必要は皆無です。ですが私は耐えられなかった。想い人が苦しみ、悩み、望郷の念を抱き続ける悲哀を。帰還方法をお伝えする事で更なる苦悩を与えるとしても、例え私のエゴだとしてもお伝えするべきだと思ったのです」
そう語る真白さんの表情は悲しみ、苦しみ、後悔、自責の念等様々な感情が入り混じったものだ。彼女はどれほどの覚悟で話してくれたのだろうか。そして想い人という一言。まさかという思いと、やはりかという思いが相反して心を千々に搔き乱す。俺はどうすればいいのだろう……。
「何も知らないまま無為に時間だけが過ぎていくよりも、例え残酷で悲惨な事実であろうとも知れて良かったと俺は思っています」
「はい」
「今はまだどちらかに決める事は出来ません。ですが、そう遠くない未来決断する日がくるでしょう。だから後悔だけはしたくない。真白さん。あなたは先程想い人と言いましたがそれは言葉通りの意味ですか?」
「はい。例え異世界人だとしても、例え永遠の別れが待っていようと悠様を愛し、死がふたりを分かつまで共に居たい……そう思っています」
「俺が時渡りという希少な人間だからそう思っているだけではありませんか?」
「違います!悠様が時渡りかどうかは関係ありません。私はただ純粋に貴方の事が好きです、愛しています。この想いは紛れも無く本物です」
言葉に込められた想い、決意、熱量は決して嘘では無い事を証明していた。この気持ちに俺はどう答えるべきか?否、初めから答えなど決まっているではないか。
「意地悪な質問をしてすみませんでした。でも大事な事だったんです」
「はい」
「真白さんの気持ちは分かりました。この先どの様な結末を迎える事になろうとも一緒に居たいという気持ちは俺も同じです。真白さん、俺と人生という旅路を一緒に歩んでくれますか?」
「っ……はい。不束者ですが末永く宜しくお願い致します」
涙を流しながらも力強く言の葉を紡ぐ姿は凛として美しい。
こうして俺に五人目の彼女が出来た。




