No122
望月真白の過去編になります。
Mashiro's background
今日は悠様に話したい事があると言って来てもらう事になっています。待ち合わせの時刻までまだ時間がある為気持ちの整理も兼ねて御神体が安置されている本殿へと足を運びました。本殿には誰もおらず、耳鳴りがする程の静寂と静謐さに満ち満ちています。そんな中床に座り、一呼吸。この後話す内容を思うと緊張と恐怖で身体が震えてしまいます。気付かなければよかった、私が神社の娘でなければと心から止め処なく思いが溢れてしまう。ですが、もう後戻りは出来ない。そっと目を閉じると意識は過去へと向かって行った。
私の生家である望月家は代々神社に奉職していました。その歴史は古く平安時代に建立されたと古い書物に書いたあったので今から千年以上前になりますね。そんな歴史と格式ある家に生まれた私はこの世に生まれ落ちた瞬間から将来が決まっていました。それは神主になり望月神社の歴史を途絶えさせない事。そう聞くと自由が無く束縛された生活を強いられてきたと思うかもしれませんがそんなことはありません。寧ろのびのびと育てられたと思います。幼少の頃は境内を走り回ったり、林で虫取りをしたりとかなりわんぱくでしたね。ですが、礼儀作法、言葉遣い、一般教養についてはかなり厳しくしつけられました。子供の頃は鬱陶しく思いましたし、そんな堅苦しい事よりお外で遊びたいと駄々を捏ねたりしていたのを今でも覚えています。まあ大人になった今思えば凄く有難いし、感謝しかありません。年を取って初めて分かる事も多いですからね。
そうそう、年を取って初めて分かる事と言えば十歳くらいの時にお母様から不思議な事を言われたのを今でも覚えています。
『この世界は不思議に満ち溢れているのよ。例えば女性との接触や交流を嫌がらず、寧ろ積極的に行う男性とかね。有り得ないと思う?でもね、確かに存在するの。ただこの世界の人間では無く別の世界から来た人……私達は時渡りと呼んでいるわ。と言ってもその人自身が世界を渡ってくるのではなく意識……いえ精神体のみがこの世界に来て今生きている男性の中に入るといった形なの。だから例え家族でも見分けがつかないし、仮にその人が消極的であれば生涯入れ替わりに気付かない可能性もある。まあそれは限りなく零に近いし、何かしらの形で親しい人であれば違和感を覚えるでしょうね。そして私達望月神社の人間は時渡りの保護・監視を代々続けているの。そういった事をしている組織は日本のみならず世界中にあるのよ。表沙汰になっていないだけでね。そして真白、このお役目はあなたにも課せられる。十二歳になった時あなたに時渡りの保護・監視を任命します。今回はそれに先立ってお話させてもらいました。分かっているとは思いますがこの事は他言無用ですからね』
最初に聞いた時はお伽噺の類だと思っていましたし、幼い時分でしたから分からない事の方が多かったです。時は経ち十二になりお役目に就くようになって、蔵に保存されている古い文献などを読むうちにお母様がお話されていたのは決してお伽噺などではなく事実だと知った時の衝撃と言ったら言葉では言い表せません。その時からでしょうか真剣に時渡りを探し始めたのは。といっても探せば見つかると言うものでもなく、お母様も今までで一度しか会った事がないと仰っていたので私も生涯を通してあるかないかだろう……そう考えていたんです。そう、あの時までは。
あれは高校時代の夏休みでした。夏祭りのイベントで奉納舞を行っていた時です。大勢いる観客の中に一人の男性を見つけました。その方は商店街やCafe & Bar Meteorに行った時などに何度かお見かけした人です。男性がこんなに人が多い場所に来ることに驚きましたがそれより先にどこか普通の人とは違う物を感じたのです。それは歪さであり、どこか普通とはかけ離れた違和感であり。お見かけした時には何も感じなかったのですが、今こうして神事を行っているからなのか確かにそういったものを感じ取ったのです。なぜそのような第六感が働いたのか?、そしてなぜ今なのか?と舞を舞いながら思考を巡らせているとふと昔お母様から聞かされたお話を思い出しました。そう時渡りです。その考えに至った時カチリとピースが嵌まり、探し求めていた人と出会えた奇跡に胸が高まりました。そして勢いのまま奉納舞が終わった後声を掛けたのです。
その光景は今でも覚えています。まさに運命であり、奇跡であり、宿命であり。
彼が時渡りである証拠は言ってしまえば私の勘でしかありません。出会って早々あなたは異世界から来たのですか?など聞けるはずも無く。確たる証拠を得るまではあくまで疑惑であり保護・監視の対象ではありません。よってその時から彼の疑惑を確証へと変える為行動に移したのです。
幸い彼のバイト先も知っていましたし、会うのにそれほど苦労はしませんでした。同じ高校一年生という事もあり、学校での出来事や普段の生活などを聞いても違和感がないのは僥倖と言えたでしょう。そうして交流を深めていくうちに思ったのは彼はこの世界ではあまりにも異質であり世間一般とはかけ離れているという事でした。恐らく家族や親しい友人などは薄々感づいている或いは確信しているかもしれません。ただ、昔からそうだったのか?もしくは突然そうなったのかは分かりませんが。その辺りは本人に聞くというのはリスクが高いですし、家族に聞くというのもその当時の私には交友が無かったので不可能でした。したがって結衣さんや楓さん等からそれとなく話を聞く位しかできなかったのです。そうやって情報を集めていくうちに一つの疑問が浮かび上がりました。それは元の世界に帰りたいのかどうかです。前述したように私達は時渡りの保護・監視をしていますが、当然その中に元の世界に戻りたいという方もいらっしゃいます。ですがはい分かりましたと簡単に出来る事ではないですし、その方法すら不明です。
この件に関しては世界中に点在する組織が仮説・検証を繰り返していましたが結果は芳しくなくただ時だけが流れていきました。幾度もの失敗にもめげずに世界を渡る研究を何百年と続けている内にとうとう見つけたのです。しかしその方法はあまりにも残酷であり、人の尊厳を損なうもの。過去の文献によると実際に行った時渡りは片手で足りる程で、多くはあまりにも凄惨な方法の為諦めたと書いてありました。中には帰る方法があるにも関わらず、実行出来ない自身との葛藤により精神が狂ってしまった人も居たようです。あまりにも酷な現実。言い方は悪いですが突然拉致されて見知らぬ土地に放り出された挙句、元の場所に戻るには死ぬしかないと言われているようなものですからね。もし私が同じような状況になれば怨嗟を撒き散らし、世界を憎み、ありとあらゆる悪感情を発露するでしょう。
もし彼が元の世界に帰りたいと言って方法を提示した時どうなるのか?その光景を想像しただけで私の背筋に冷汗が伝い、無意識に身体が震えてしまいます。最初はただの保護・監視であり自身の使命を全うすべく接触していました。しかしその考えは彼と過ごすうちに私の中でどんどんと小さくなり、次第に彼と会いたい、話したい、純粋にもっと一緒に居たいという想いが大きくなっていきました。彼と共に居るだけで胸が暖かくなり、幸せになれるんです。人はこの気持ちを恋心というのでしょうね。
恋……、あぁなんと甘美な言葉でしょうか。そしてなんと残酷なのでしょうか。恋をした相手が時渡りであり、いつかは元の世界に戻るかもしれない。それは永遠の別れであり、初恋の終わり。ですが彼が経験するであろう世界を渡る際の地獄すら生温い苦痛に比べれば笑って済ませられる程度です。出来る事ならいつまでもこの甘く、優しい関係のまま過ごしていければと思っていました。転機は彼が長期の海外旅行に行った時ですね。これは誰がどう見ても有り得ない行動であり、異常性に気付く出来事。多くの人が胸の裡に抱いていた思いを確信へと至らせたはずです。それを面に出すかどうかは関係性にも寄りますし、人それぞれでしょう。私は本人の口から聞きたいと思いました。自身の恋心に決着をつける為に、そして彼のために。どの様な結果になろうとももう後戻りは出来ない。話した結果嫌われるかもしれない、怒るかもしれない、絶望するかもしれない。でも真実を知らないまま望郷の念にかられ続けるのはあまりにも酷と言うもの。全てを詳らかにした後どういう行動に出るかは彼次第。私にできる事はただ見守るだけ。傍観者と言えば多少は聞こえが良くなりますが、なんと無力で卑怯なんでしょう。
あぁ、私は自分が恨めしい。大好きな人を崖から突き落とすような真似をこれからするのですから。
願わくば彼が………………。
another view point
時渡りか。なるほど、この世界にもそんな存在がいたのか。幾つもの世界を見てきたから驚きは無いが思う所はある。他世界にも似たような存在がいる理由だ。神の悪戯とか次元移動を可能にした未来人の仕業とか愚にもつかない発想は切り捨てて、もっと合理的かつ論理的ななにかがあるはずだ。思い出せ、共通点はなにか?理由はなにか?目的は?今までの出来事を振り返れば自ずと答えは出るはずだ。
必死に頭をこねくり回して思考を巡らせるが、靄がかかったように重要な部分が隠れている。もどかしい、腹立たしい。どうして肝心な時にこんな事になるんだ、私の頭は。しかし……肝心な所は抜けているが断片的に繋ぎ合わせると一つの答えに行きつく。が、それは大事なピースが抜け落ちた答えであり、ラストピースが嵌め込まれた時幾らでも変貌するだろう。…………はぁ~、駄目だ。一旦気持ちを落ち着かせる為に紅茶でも飲もうか。
another view pointEND




