No119(海外編5)
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『ただいま速報が入りました。海外に旅行中の邦人男性が爆発に巻き込まれ怪我をした模様です。現地警察は事件・事故の両面で捜査を進めていますが現在詳しい情報は入っていません。引き続き続報が入り次第お伝えします』
休日の今日、久々に皆で集まってお喋りしましょうという話になり、Meteorで女子トークを繰り広げていたがふと嫌な胸騒ぎがして何とはなしにスマホに内蔵されているアプリでTVニュースを見ていたらそんな情報が流れてきた。
「えっ!?」
「これ本当の話?」
「冗談じゃない……よね」
「嘘ですよね?……誰か答えて」
「悠様が怪我をした?なんで?どうして?」
口々に思い思いの言葉を紡ぐが、誰もが事実を受け入れられない。ニュースでは実名は出ていないし、海外旅行中の邦人男性としか言われていないが、日本中を探しても今旅行をしている男性なんて兄さんしかいないだろう。そして、兄さんが怪我をしたという事実。軽傷なのか命にかかわる程の重症なのか、護衛の人は何をしていたのか、なぜそんな事に巻き込まれたのか等様々な事が頭を過るが私には何もできない。本当は今すぐに兄さんの元へ行きたいけど、それは無理。航空チケットは?大学は?現地に行って兄さんに会えるの?もし最悪の事態になっていたら耐えられるの?ここに居る誰しもが飛んでいきたい気持ちはあるだろう。だが、何もかも放り出して駆け付けるなんて不可能。子供じゃないんだし、ここは詳細が伝わるまでグッと我慢する時。
「まずは落ち着きましょう。恐らく警察や政府関係者は事態の詳細を知っていると思うし、追々こちらにも情報が回ってくると思うから今は軽挙妄動は控える事。いいですね?」
「そんな事分かっています。でも兄さんが怪我をしたんですよ。お母さんは心配じゃないんですか?」
「ふぅ……。心配に決まっているでしょう。私の大切な息子が怪我をしたのよ。今にも心が張り裂けそうなのを必死で堪えているの。葵も悠の事を思うなら軽々な行動はしないようにしてね」
「そんな事分かっています」
「ならいいわ。他のみなさんもよろしくお願いします」
お母さんの一言にその場にいた人たちが頷く。が心中穏やかじゃないのは顔を見れば明らか。特に結衣さん、楓さん、柚子さん、莉子さんは真っ青な顔をしている。恋人が怪我をした、それも海外でとなれば当然だしおいそれと駆け付けられる距離ではない。もしかしたらこの中で一番辛いのは彼女たちなのかもしれない。心が壊れる前に兄さんの妹である私がフォローしなくちゃ。
警察にその情報が入ってきた時私の頭は真っ白になってしまった。まさに最悪の事態。我が国の男性が他国で怪我をするなどあってはならない事。現地警察はなにをしていたのか?護衛の山下と坂本はなぜ甲野君を守れなかったのか?なぜもっと情報収集に勤しまなかったのか?なぜ事前に危険を回避できなかったのか?考えれば考える程出来た事が溢れてくる。だが今となっては全てが遅い。今できるのは彼の安否確認と、保護だ。そして家族、関係者への連絡。出発前に彼の安全は私達が保証しますと言ったのにこのような事が起きて合わせる顔が無い。が、なぁなぁにしていい問題でも無く、確りと正確な情報を伝えねば。
「山下と坂本には連絡が取れたか?」
「いえ。先程からなんども連絡を試みていますが未だに応答がありません」
「という事は彼女達も怪我を負った可能性が高いな。最優先は甲野君に変わりはないが、彼女達に関する情報も集めておいてくれ」
「分かりました。マスコミ対策はどうしますか?」
「どうと言われてももう大々的に放送されているし遅いだろう。今は我々に出来る事を全力でやろう」
「はい」
「それと政府も動くだろうし、暫くは帰れないと思ってくれ」
「了解です」
この件は日本のみならず世界に大きな衝撃を与えるだろう。男性が怪我をしたというだけならそこまででは無いのだか日本国民、しかも特別監察対象であり今最も注目されている男性が怪我をしたのだ。外交問題に発展する可能性は高いし、最悪戦争……なんて事にもなりかねない。まあ、それはあくまで最悪であり可能性は限りなく零に近いが。妥当な線だと賠償程度だろうな。ただ国民が向ける非難の目や感情は根深く残るだろうし、彼の事を知っている人には大きな傷を残し一生忘れない事件になる。なまじっか権力や財力がある人達が甲野君と親交がある為一歩間違えば洒落にならない事態に発展してしまう。そうならないように私が上手く伝えて牽制しておかねば。はぁ……、今から胃がキリキリと痛むし頭痛もしてきたがここが踏ん張りどころだ。頑張れ私!
another view pointEND
ふと目が覚めた時見慣れない天井がまず目に入った。あれ、俺寝てたのか?てかここどこだ?寝起きの頭でボーっとしつつ状況把握に努める事一分ほど。ようやっとここが病室であり救急車に向かう途中で意識を手放したことを思い出せた。あー、山下さんと坂本さんに迷惑かけちまったな。あれ?てか二人はいずこに?辺りをきょろきょろと見回すがここには居ない様だ。二人には後で会えるだろうしまずは自分の状態を確認しよう。
「うわっ、これは酷いな」
鏡の前に立ち自分を見てみると至る所に包帯が巻かれ、見るからに痛々しい様相になっている。擦過傷程度でこれはやり過ぎではと思わなくも無いが、まあいいだろう。して肝心の脇腹だが刺さっていた小さな瓦礫は取り除かれていて、綺麗に縫合された上で傷の治癒速度向上&傷跡を目立たなくする為の医療用ジェルが塗られていた。ちなみにこの医療用ジェルは高価なうえ保険適用外なので全額実費という金持ちしか選べない方法だがその効果は抜群。だがくっそ高い。そんな代物が使われている事に戦慄を覚えつつお金どうしよう……と頭を悩ませたのは当然だろう。貯金を崩せば~とか最悪借金して~とか金策をあれこれ考えていると扉をノックする音が部屋に響いた。
「どうぞ」
「「失礼します」」
「あっ、坂本さん、山下さん。無事でしたか」
「はい。多少は怪我をしましたが、命に別状はありません」
「甲野さんは体調などは問題ありませんか?吐き気があるとか、身体が上手く動かせないとかどんな些細な事でもいいので仰ってくださいね」
「今の所は大丈夫です。それよりもお二人が無事でホッとしました」
「ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。それと甲野さんをお守りできず本当にすみませんでした」
「すみませんでした」
「いえ、お二人が謝る事じゃないですよ。それに今回の事は完全に不可抗力ですし、悪いのは爆破をした犯人ですから」
俺がそう言っても二人は暫く頭を下げ続けた。人によっては護衛対象を守れなかった無能と映るかもしれないが決してそうでは無い。あの瞬間に爆発が起こるなんて誰が予想できただろうか。事前に分かるのは犯人か神くらいのものだし、あの時二人が俺を守るように身を盾にしてくれたから軽傷ですんだんだ。感謝こそすれ悪し様に思うなんて事は決してない。
「すみません。少し聞きたい事があるんですけど、結局あの爆発は何が原因だったんですか?」
「まだ確定した情報では無いですが、どうやら男性権利団体『MRO』の過激派が行ったようです」
「過激派ですか。どこの組織も一枚岩じゃないって事ですね。しっかし同じ組織の人が演説中に爆破って頭のネジがぶっ飛んでいるな」
「間違いないですね。ですが演説していた人は穏健派で過激派とは対立していたようなのでその辺りも色々と絡んでいるでしょう」
「組織の派閥抗争に巻き込まれたって訳ですか。しかも男性権利団体が男性を傷つけるって本末転倒もいいところですね。ギャグにもなりませんよ」
「ですね。今頃頭を抱えて後悔しているんじゃないですか?」
「後悔だけでなく確りと罪も償って欲しいですね。無関係の人間も大勢巻き込んだわけだし」
「はい。……それと一つお伝えしなければならない事があります。どうか冷静に聞いて下さいね」
なんだろうか?やけに重々しい口調で言われたが俺に関係ある事か?
「カトレアさんを覚えていますか?」
「ええ。一緒にプールで遊びましたよね。凄い良い子でしたし覚えていますよ」
「…………カトレアさんが爆発に巻き込まれて死にました」
「……………………」
カトレアが死んだ?言っている意味が理解できない。優しくて、元気で、可愛らしいあの子が死んだ?嘘だ!だって、だって……。
「お気持ちは分かります。ですが、甲野さんを救急車に運んでいく途中で酷い怪我を負った状態で運ばれていくのを私は見ました。そして関係者に聞いた所治療の甲斐なく死亡したと」
「なんで……、なんで彼女はあの現場に居たんですか?」
「そこまでは分かりません。ただ通りがかっただけなのか、演説を聞きに来たのか、はたまた別の理由か。いずれにせよ彼女はもう……」
カトレアとは一回だけ一緒に遊んだだけで、友人と言える存在でもない。精々が顔見知りだろう。なのになんでこんなに心が痛むのか、なぜこんなに悲しいのか。止め処なく涙は溢れ頬を濡らしていく。自分の無力さに、世界の理不尽さに、そして太陽の様に眩しい笑顔を見せる彼女にもう会えないという事に。
あぁ、俺は……俺はこの世界で大切な何かを失ったんだ。その事実を認識した時どこまでも黒く、暗く、果てしなく深い傷が心に刻まれた。この傷は生涯消える事はないし、枷となって自分自身を縛り続けるだろう。そして今の俺にはカトレアが天国に行けますようにと心から願うしかできない。
あぁ世界は残酷でどこまでも醜い。




