No113
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某日女性ファッション誌Nachthimmelの編集部にて
「皆さんに集まってもらったのは他でもありません。一週間後に編集部と撮影現場に見学者が来ます。それに辺り身の回りの整理整頓、スケジュール調整等を行って下さい」
「すみません。質問いいですか?」
「どうぞ」
「何人来るのでしょうか?人数によってこちらも対応が変わるので」
「一人です。まだオフレコでお願いしたいのですが男性です」
「……えっ?」
「男性です。しかも以前お話ししたと思いますが、コラムを書いて頂けないかと打診していた男性です」
「ちょっ、待って下さい。ここに男性が来るんですか?」
「はい。今回の見学は当人からの要望で実現したものです。現在コラム執筆に関しては仮契約状態であり、本契約にあたりその様な条件を出されました」
「という事はここでミスをすれば全てがパァーという事ですよね」
「その通りです。明後日には全社に通達が行くと思いますが、くれぐれも粗相が無いようお願いします」
「分かりました。万全を期してお迎えできるようにします」
「頼みます。これは社を挙げての案件になりますので。それと来月号の撮影が来週にある為そこに見学に行こうかと思っています。モデルを含めて関係者には私から話をします。以上です」
話を聞いた部下たちの反応は様々。嬉々として同僚と話している者もいれば、今から緊張しているのか顔が青褪めている者まで各々何かしらのリアクションを起こしている。良くも悪くも新しい時代の幕開けに立ち会ったのだから当然と言えば当然だろう。まあ、問題は現場の人間なんだけどね。
さて、緊急という事で撮影スタッフ及びモデルに集まってもらった訳だが、皆一様に緊張を顔に浮かべている。というのも今までこうした事は一度も無かったからだ。何か良くない話でもされるのだろうか?と思っている事だろう。実際は真逆なんだけどね。
「まずは、時間が無い中お集り頂きありがとうございます。今日皆様に来た頂いたのは来週の撮影に男性の見学者が来るためです。その人には雑誌のコラムを書いて頂く予定で本契約の前に編集部と撮影現場を見学したいとの要望がありそれに応えた形です。なのでその事を頭に入れた上で当日を迎えて欲しいと思います」
「えっと……、冗談とかでは無いですよね?」
「本当の話です。ちなみに社を挙げての案件です」
「……………………えぇーーー!!」
「どうしよう。何から準備を始めればいいの?美容室に行ってエステに行ってあとあと……」
「服を買いに行かなきゃ!あと新しい下着も。一週間で可能な限りダイエットしないと~」
「これは出会いのチャンス到来!?私にも待ち望んでいた春が来るかも!」
「やった!他のモデル仲間に自慢しよ。ツーショット写真とか撮れるのかな?」
これでもかと浮かれている姿を見て思わず溜息が出てしまう。
「はぁー。浮かれる気持ちは分かりますが、あくまで仕事の一環として見学する訳ですからいつも通りでお願いします」
「それは無理ですよ~。男性に見られながらなんて緊張しちゃってガチガチになりますって」
「そこはプロの矜持を見せて下さい。あと注意事項ですが、無暗な接触や会話は控えるように。勿論同意無しの撮影や使用物の持ち帰り等も厳禁です」
「厳しすぎです~」
「当然の事です。もし前述したような事をすれば最悪警察に捕まりますからね」
「でもでも、同意があればOKなんですよね?」
「はい。ですが度が過ぎれば……分かりますよね?」
眼光鋭く相手を見ながら圧を込めて言うとコクコクと頷きを返してくれた。分かってくれたようでなにより。というか万が一があった場合私は勿論上層部のクビも飛ぶんだから確りしてもらわないとね。
取り合えず一通り主要な人達には話を通したから、後は細々とした調整をしないと。うぅ……、考えるだけで胃が痛くなる。本当に管理職って辛いわ。
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さて、本日は見学会当日です。朝から準備してまずは編集部へ向かいます。最初は迎えを出してくれるという話だったが流石にそこまでしてもらう訳にはいかないので丁重にお断りし、徒歩と電車で移動する事になりました。場所は家から大体三十分~四十分くらいかな。少し遠いいけど大して問題ではない。
テコテコ歩きつつようやっと到着。自動ドアを潜り中に入るとすぐに編集長がこちらに気付き近づいてきてこう言ってくれた。
「おはようございます。今日一日よろしくお願いします」
「こちらこそ色々とご迷惑をお掛けするかもしれませんがよろしくお願いします」
「では早速編集部にご案内しますね」
「お願いします」
案内されるままエレベーターに乗り三階へ。ちなみに建物は自社ビルらしく十階建てで敷地面積はかなり広い。高さはそうでもないけど横にデカいんだよね。辿り着いた三階も滅茶苦茶広いし、色んな部署が集まっているみたいでさっきから沢山の人が廊下を歩いている。すれ違う人みんな笑顔で挨拶してくれるし社員教育が行き届いているなと実感できる。会社によっては軽く頭を下げるだけとか、最悪なにもアクションが無く通り過ぎるだけなんてのもあるからね。その場合は心証は最悪だけどね。なんて考え事をしていると着いたみたいで編集長……牧野さんがドアを開けて一言。
「ここが編集部です。どうぞお入り下さい」
「へぇ~」
「どうですか?雑多な空間で申し訳ないのですが……」
「いえいえ。想像していたのよりずっと片付いていますし、綺麗です」
「ありがとうございます。普段はここで校正を行ったり、写真のチェックやモデルの手配、雑誌の構成について話し合ったりしているんですよ」
「改めて聞くと業務が多岐に渡るんですね。やる事が多くて大変そうです」
「そうですね。忙しいと何日も徹夜する事もありますし、楽な仕事では無いですね。ですが、やりがいはありますよ。自分の考えた案が採用されて雑誌に掲載された時などは嬉しさも一入ですね」
「そう言った点は編集者ならではですよね。……すみません、あの人は何をしているんですか?」
「あぁ、彼女は秋・冬のトレンドについての打ち合わせ作業をしています」
「えっ!?もう秋・冬の服に関して動いているんですか?」
「はい。基本的には半年先の流行を先取りするため、一~四月にはその年の秋冬ものを、九~十一月には来年の春夏ものをと、半年先取りのファッションを発表しています。今年の秋冬物に関しては二月にファッションショーが開催されました」
「へー。先取りで動いているんですね。じゃあ、この時期にはトレンドとかもある程度決まってたりするんですか?」
「概ね決まっていますね。その中で特に何を流行らせたいのか?どういった商品を売りたいのか?そう言った事を先程の彼女は打ち合わせしていたんです」
「なるほど。まさに流行を作っているというわけですね」
「その通りです。なので責任重大なんですよ」
うーむ。思っていたよりかなり精神的にも肉体的にも大変な仕事みたいだ。イメージでは書類に塗れながら電話片手にスケジュール帳をペラペラ捲っている感じだったけど全然違った。いやはや実際に目にして初めて分かる事だし、こうして貴重な機会を設けてもらって感謝です。
その後は何人かに話を聞いたり、お茶休憩をしながら雑談して終了。お次は撮影現場に移動です。
スタジオまでは車で移動して早速中へGO。室内には沢山の人がいてカメラ、照明器具、衣装、PCなんかが所狭しと置かれている。しげしげと見回していると見知ったあの人が居たので声を掛けてみるか。
「よっす、茜」
「あっ、悠君。今日はよろしくね」
「こちらこそ。ていうか、茜が撮影現場にいるってなんか不思議な感じ。マジでモデルだったんだな」
「もう!信じてなかったの?」
「いやいや、信じてたけど改めてこうして見ると本物のモデルなんだなぁーって実感が湧いたって事」
「そっか。うん、ならいいかな。今日は頑張るから一杯見てね」
「おう。この目に確りと焼き付けるぜ」
そうこう話している内に撮影が開始されるみたいで、茜は更衣室の方へと移動していった。さて、いよいよスタートか。ドキドキしてくるな。
端的に言うと驚きの一言だ。次々にポーズを決めていく様、完璧に服を着こなしもっとも美しく見える様振舞う姿、照明で暑いはずなのに汗一つ搔かず笑顔を浮かべ続ける姿。正しくプロだ。カメラマン、メイクさん、衣装さん、その他沢山のスタッフが一丸になってどんどん写真を撮っていく。ここでふと気になった事を聞いてみる事にした。
「すみません。何枚も写真を撮っているんですけど使うのは一枚だけですよね?」
「そうですね」
「それなら渾身の一枚を撮って次の衣装の撮影に移った方が効率が良いのでは?」
「確かに言われる通りですね。ですが、様々な角度やポーズで撮った中からもっとも条件に合った一枚を選ぶために沢山取る必要があるんです。勿論甲野さんが言われた渾身の一枚を撮るという方法が悪いわけではありません。ですが、雑誌の場合はこうして何枚も撮影するのが基本ですね」
「ありがとうございます」
「いえ。何か気になる事があれば遠慮なく仰ってください」
暫く撮影を見た後休憩時間になったので、茜も含めてスタッフさん達と色々なお話をさせてもらった。どの人も気さくでこちらからの質問にも嫌な顔一つせずに答えてくれたり、モデルさんも気難しい人が多いのかな?と思っていたけど話しやすくてついつい長話をしてしまったり。年齢が近いからかもしれないが、友達感覚でお喋り出来たし楽しかった。今度遊びに行きませんか?なんて誘われてしまったのは彼女達には内緒だぞ。……OKしてしまった事もね。
こうして見学会の全日程が終わり終了。とてもタメになったし、勉強になった。普通だったら知る事の無い世界だし知り合う事も無い人達とも友好を結べた。この経験は俺にとって大いに役立つ事だろう。
あっ、コラムの仕事は当然引き受けましたよ。ただ、四月末から海外に行くので二号分先行で提出しますと前もって伝えた所大変驚かれてしまった。先行提出云々の話ではなく海外に行くって所でね。男性が海外旅行!?って異口同音に言われてビックリしたけど事情を説明したら納得してくれたので良し。凄い心配されたし、何かあったら力になるからねって言われて凄い嬉しかったな。こういう関係は大切にしないとね。とまあ、長くなったが新しい仕事も請け負って、これから本格的に忙しくなるけど楽しみでもある。新たな発見、新たな刺激を求めてどこまでも突き進んでいこう!




