No104
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今日もいつもと同じ通学路を歩いているけど隣には兄さんはいない。毎日一緒に並んで歩いていた頃が遠い昔の様に思える。ああ、大切な人が隣にいないだけでこんなにも世界は色褪せて見える。あと一年我慢すればまた兄さんと一緒の時間を過ごせる。それは分かっているが余りにも長く、苦しく、辛い。苦悶の日々は今日も変わりなく続いていく。……考え事をしているうちにクラスについてしまった。中に入り自席に着くと思わず溜息が漏れてしまう。
「はぁ……」
「葵ちゃん、溜息なんてついてどうしたの?」
「あっ、優さん。ちょっとね……」
「悠先輩絡みでなにかあったの?」
「うん。といっても問題が起こったとかじゃなくて兄さんに会えなくて寂しいなって思って」
「そうだね。気持ちは分かるよ。悠先輩が居た時は毎日本当に楽しかったし、幸せだったもんね」
「うん。兄さんには兄さんの生活があるし、大学生活も始まったばかりで忙しいのも分かっているけど、それでも会いたい、傍に居たいって思っちゃうの」
「それは当たり前の気持ちじゃないかな?悠先輩の事好きなんでしょ?」
「勿論。この世の誰よりも大切で大好きな人」
「じゃあその気持ちは当然だよ。好きな人と一緒に居たいって誰でも思う事だよ」
「優さん……」
「それにさ、僕や葵ちゃんは悠先輩に会う機会って多いでしょ?でも、他の人はそうじゃないから僕たちよりもっと気持ち的に辛いと思うんだ」
「そうですね。クラスの皆も今は大分落ち着いたけど最初の事は酷かったですもんね。まるで生きた屍みたいで」
「だね。あの光景はちょっと人には見せられない程悲惨だったからね。かく言う僕も同じような状態だったけど。今でもあの惨状は夢に出てくることがあるよ」
「私もです。でも幸いダメージは比較的少なかったので早く立ち直る事が出来ましたが、まだ辛そうにしている子もいますしなんとかしてあげたいですね」
「う~ん、一番の特効薬は悠先輩に会って色々と話したり、接触する事なんだろうけど難しいよね」
「ですね。さっきも言いましたが兄さんも忙しいので、中々時間を作れないと思います。一番確実なのはバイト先に遊びに行く事ですが、それも……」
「暗黙の了解があるからね~。もしルールを破ったら学校にはいられなくなるし」
「はい。私と優さんは例外ですけど他の人はそうでは無いですからね」
本当に難しい問題だ。おいそれと解決できる物でも無いし、先生に相談した所でどうにもならない。本当にどうしたものかと考えていると、ついにというか来るべき時が来てしまったというか一人の生徒が奇声を上げだした。
「あーー、もう無理!悠先輩に会いたい!!会えなきゃ私死ぬ!!」
「ちょ、落ち着いて。ほら、皆見てるから」
「そんなのどうだっていい!限界なの!」
目も血走っていて、今にも襲い掛かりそうな勢いで気炎を吐いている。くっ、こうなったら奥の手を使うしかないの?でも、あれを使えば沈静化は出来るけどその後が大変な事になる。
「あーー、あーーー!!」
考えている暇は無い。徐に鞄に手を入れてビニール袋にいれていた『ある物』を取り出し正気を失っている生徒に近づき、そして勢いよく鼻に押し付ける。
「スーーー、ハーーー、スーーー、ハーーー」
「どう?落ち着いた?」
「葵?もしかして葵が助けてくれたの?」
「うん。正気に戻ったようでよかった」
「スーーー、うん、ハーーー、ありが、スーーー、とう、ハーーー」
「えっと……、嗅ぎながらお礼言うの止めてもらっていいかな」
「だって、この臭い最高!もう止まらないよ~♡」
恍惚とした表情を浮かべながらそう言う様はまさに薬物中毒者。彼女が嗅いでいるのは兄さんの使用済みハンカチだ。汗や体臭が染み込んだ至高の一品。いざという時の為に持っていて正解だったわね。もし持って来ていなかったら開校以来の大惨事になっていた事間違いなし。危機は免れた。
「あの、葵ちゃん。なんで悠先輩のハンカチを持っているの?」
「あっ…………。これには深い事情があるの。聞かないでおいてもらえると嬉しいです」
「あっ、はい」
目のハイライトを消しながら返事をした優さんには申し訳ないけど理由は言えないの。ごめんねと心の中で謝っていると恐れていた事態が勃発してしまった。
「ねぇ、私にも貸してよ」
「はぁ?これは私の物。なんであんたに貸さなきゃならないのさ」
「いや、意味不明なんだけど。葵ちゃんがあんたに貸したんじゃない。あんたの物じゃないし。というか早く貸して。私も悠先輩成分が不足してヤバイの」
「あと五分待って」
「無理。いいから早く貸せ~!」
クラスメイトが兄さんの使用済みハンカチを巡って争いを始めてしまった。分かってはいた事だけど、もう私ではどうしようもない。
「葵ちゃん、これってマズくない?」
「うん。なんとか解決できないか今度兄さんに相談してみるね」
「そうしてもらえると嬉しいな。僕も力を貸すから頑張ろう」
「ありがとうございます」
こうして日常は流れていく。あぁ、早く兄さんに会いたいな。
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迎えの車が家の前に着いたので颯爽と乗り込み目的地へと向かう。車内には俺以外は運転手しかおらず静まり返っている。あいつに会うのも久し振りだななんて感慨に耽りながら暫し思考の海に潜っていると、速度が緩やかになり静かに停車した。ドアから外に出ると案内されるまま扉を潜り中へと入り彼の部屋の前まで来た所でノックをしてから入室。そして開口一番こう言い放つ。
「おう、俺だよ俺」
「はっ?いきなり何言ってんだ?」
「ちょっと事故を起こしちゃってさ、示談金が必要だから百万ほど用意して貰えないかな」
「マジで言ってんの?」
「マジよ、マジ」
「分かった。百万でいいんだな?」
「おう。よろしく頼むぜ」
「……ちなみに名前を聞いてもいいか?」
「俺だよ、俺。分かるだろ」
「いや、分かんねぇし。ていうかオレオレ詐欺じゃねーかよ!!」
「ぶっははっはは。くっふふふっ。いやー、相変わらずノリ良いな」
「たく、久々に会ったってのに悪ふざけから入るか普通」
「とか言いつつノッてくれてんじゃん」
「そりゃあ、ボケにはのらないと」
「俺そういう所大好きよ」
「いや、お前に好かれても嬉しくねーから。てかキモイ」
「おい、男の友情はどこ行った~」
「はいはい」
真司とのファーストコンタクトも無事終わった事だし満足だぜ。てかさ、休日なのに真司の家に遊びに来たのには訳があるんだよ。お互い高校を卒業してから色々と環境や身の回りが変わったからそこら辺の報告をしに来たんだ。そんなの必要かって?この世界では貴重な男友達なんだからいい関係を維持したいじゃん。だからこう言った事は必要なんです。
「さてと、真司久し振りだな」
「おう。お前も元気にしてたか?」
「まあまあだな」
「そうか。大学はどうよ?」
「ぼちぼちかな」
「ふーん。友達は出来たのか?勉強の方はどうだ?」
「友達というか知り合いは一人出来たよ。勉強は今まで予習していた範囲だから問題なしだね」
「一人かよ。しかも知り合いって……。もしかしてお前ボッチなのか?」
「んなっ!?ちげーし。高校時代の先輩や彼女も同じ大学に通ってるからボッチじゃねーし。馬鹿にしないでよね」
「あー、そう言えばそうだったな。あと、最後のツンデレ口調キモいからやめれ」
「うっせい。まあ、真面目な話中々話しかける切っ掛けがなくてさ。高校とは違って距離の詰め方が難しいんだよ。挨拶くらいはするけどその後に繋げられないんだよね」
「なるほど。……俺が思うに難しく考えすぎているんじゃないかな。誰かと話すとき頭の中であれこれこねくり回して話題を見つけて話していたか?」
「いや、なにも考えずに話してた」
「だろ。そういう風な軽い感じでいいんだよ。こっちが身構えていると相手だって話ずらいだろうしさ」
「ふむ。軽い感じ……ね。んっ、なんかスッキリした。ありがとな」
「どういたしまして」
やっぱしこうして誰かに相談するとハッとさせられる意見を貰えるからいいな。一人で悶々と考えていてもドツボに嵌まって堂々巡りになっちゃうしね。持つべきものは友だな。
「話は変わるんだけどさ、優のクラスメイトがお前に会いたがってるみたいだぞ」
「本当に百八十度違う話題になったな」
「前置きしたしいいだろ。で、お前に会いたいみたいだぞ」
「なんで?確かに葵や優ちゃん絡みで仲良くはしていたけど、会いたいならバイト先に遊びに来ればいいだけの話じゃん」
「そうなんだけど、なんか色々あるみたいよ。それに優も会う機会が減って寂しいって漏らしていたし」
「そっか。でも大学生と高校生だから時間とか合わないし難しいな」
「一緒に遊びに行ったりしないのか?」
「うーん、最近は彼女とのデートが多いからあんまりだな」
「その気持ちは分かるけどさ、だからって蔑ろにするのはよくないぞ」
「うっ……、耳に痛いな。でもさ、優ちゃんと葵だけなら問題無いけどクラスメイトもってなると難しいよな。かなりの大人数になるし」
「だな。…………いっその事お前から行くのはどうだ?」
「うん?どういう事?」
「高校にOBとして訪れれば万事解決だろ。理由も後輩に先達として色々教える~とかなんとか言えば大丈夫だろ。多分」
「多分かよ。まあ、いい案だとは思うよ。莉子さ……、谷口先生に相談すれば簡単にOK貰えそうだし」
「今名前で呼ぼうとしてたのは敢えて聞かなかったことにするとして、名案だろ」
「真司にしてはな」
マジな話ナイスアイデアだと思う。善は急げともいうし、明日にでも莉子さんに相談してみるか。
よし、真面目な話はここまでにしてあとは適当に近況を聞いた後、ゲームするかな。真司のやつ新作ゲーム買ったって言ってたしな。思いっ切りボコボコにしてヒーヒー言わせてやるぜ!
えー、ボコボコにされてヒーヒー言ったのは俺でした。あいつマジ容赦ねえ。あまりにも惨敗だったので悔しくて、悔しくて帰る事にしました。捨て台詞で「お前覚えていろよ~!」って言った後山本家を去ったのは少し小物っぽかったけどさ。ちきしょーめ!




