(3)中種子-1
夜が明けきらないうちに、目が覚めた。開けた港の方とは反対を向いている窓からはたいしたものは何も見えなかったけれど、青くなりきっていない白んだ空の色は目に入った。筆を走らせたような、薄く細長い雲が、淡い蒼穹に張り付いていた。
見晴らしのいい宿の食堂で朝食を食べる。やはり量が多い。魚料理がいくつも出てきて、特にどんなアピールもされていなかったけれど、やはり地元のものなのだろう。どれもおいしかった。最期が近づいているからかと、内心で苦笑しながら思った。しかしたぶん、そのものの味わいのおかげだったのだろう。それに疑いを差し挟むのは、無粋だし、端的に間違っている気がした。
荷物をまとめて宿を出て、レンタカーを受け取りに行った。初めての経験だったし、自動車を運転するということ自体、かなり久しぶりだった。
見せられたセルリアンブルーの小型の車は、ホイールキャップにかなり傷がついていた。店の人はあっけらかんと、段差があるところでは気を付けてくださいね、こうなってしまいますからと言った。僕は苦笑いで応じた。
空は真っ青、快晴だった。春先だったけれど、日差しは存外強かった。目いっぱい保険をつけて車を借りる手続きを済ませ、車に乗り込み、宿でもらった細長く折りたたまれた島の地図と音楽プレイヤーを助手席に置いて、エンジンをかけ、恐る恐るアクセルを踏んで出発した。
信号待ちの間に、カーナビに目的地を入力する。島の南端までの経路が、地図に描かれた。お気に入りの映画(何度も言及したあの映画)のサウンドトラックを流した。窓を開けると、気持ちのいい風が吹き込んでくる。そうしないと少し暑いくらいだった。
西之表の港近くのレンタカー屋を出発して、市街地と呼べそうなところを少し走ると間もなく建物は少なくなっていき、やがて目の前に、どっと空の青と海の緑と岩礁の黒で塗り分けられた海岸線の景色が現れた。
路肩の待機場所に車を止めて、防波堤の切れ目から海岸に降りてみた。そうしたくてたまらなかった。山積みのテトラポッドに、幅の広い穏やかな波が打ち付け、ごつごつしたわずかな岩場があり、その向こうには広々としたエメラルドグリーンの海が遙か先まで続いている。その上に青い空、と言ってもその色は、水平線の直上では白く、天球の頂点に向かって青くなっていくというグラデーションを描いていた。流れ、ちぎれたような真っ白い雲がそこに浮かんで、コントラストを作っていた。
これほど美しい景色を、僕は初めて見た。何の変哲もないただの海岸線。しかしそれは、調和とか均衡とか、そういう言葉をそのまま表しているようだった。
自然物のこんな美しさ(しかもこれはあまりにも素朴な例なのだ)の前では、人間の手で作り出せるものなんてたかが知れていると、はっきりと分かった。そういう事実を、その証拠を、目の前に突きつけられている気がした。それでも同時に、そういうものに向かって必死に、時に闇雲にでも手を伸ばすことが、芸術というものなのかもしれないとも思った。あるいは、あえて自然物を材料として徹底的に解体し、そして完璧な構造物を作り上げるということが、一種の作家たち(J・JやV・N)の目指したものなのかもしれないとも。しかし少なくとも、今目にしているこの自然物の織物(海や空の色、波の音、陽光のまぶしさとその暖かみ、風の感触と匂い、枝葉の震え、等々。こうして挙げたのはそこにあったもののごくわずかな表層に過ぎない)の美しさには、それを目にしているこの瞬間には、人間の手で作られたどんなものも匹敵するはずがないと、はっきりと思った。
意識や心を吸い込んでしまいそうなその光景から身を離すために、どれだけの時間がかかったか分からない。数秒か数分の出来事だったかもしれないし、もしかしたら何十年か何百年もそこにいたのかもしれなかった。
僕はようやく路肩に戻って、音楽とエンジンをかけ直し、南に向けて車を走らせた。延々と海岸線が続いた。少しそれが隠れるだけで内心では自分でも信じられないほど落胆し、また見えるようになると、陶酔どころか酩酊しているような状態だった。心の底からわくわくとして、ああ美しいと、何度心の中でつぶやいたか分からない。
道路沿いに土産物屋のようなところがあったので、駐車場に車を停めた。そこでまた海を、空を眺めた。どれだけの感動がそこにあったか、もう言うまでもないと思う。
また出発してすぐのところに、星原という凄い名前の場所があった。残念ながらまだ午前だ。しばらく海岸線がまた続いて、やがて中種子町に入った。