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(2)西之表-3

 夕食は、宿の人に聞いて近くの店を紹介してもらった。いわゆる飲み屋で、一人で入るのは緊張したけれど、元気のいい女将さんに通され、カウンターの席に着いた。


 すぐに『飲み物は?』と聞かれて、普段は全く飲みもしないのに、焼酎の水割りを注文した。西之表を歩いて看板が目についた銘柄の焼酎。酒の味は分からないし、すぐ頭が痛くなるので飲む楽しさも理解できない僕だけれど、というか、そんな僕だから、こういう機会でもないと、飲もうという気が起きなかった。それだけのことをさせてくれる場所だった。料理の方は、薦められた煮物やら刺身やらいろいろとセットになったメニューを注文した。


 料理を待つ間に、陶器の湯呑みに入った焼酎に、おそるおそる口をつけた。苦みをほとんど感じなかった。甘いと言ってもいいんじゃないかと思った。くどいようだけれど、酒の味は分からないのでこういう表現が正しいかは分からない。ただ少なくとも、今まで飲んだ他のどの酒(それはいつも気の進まない場所で飲むことになっていた)よりも、飲みやすく感じた。


 料理は、とてつもない量が出てきた。特に値段からは、まるで想像できないくらいに。前菜(お通し?)、刺身、焼き物、煮物、汁物、他にも小鉢がいくつか。魚も、肉も、野菜も全部そろっている。


 刺身は見たことがない魚ばかりだった。地産地消の店、という張り紙が入り口にしてあったけれど、この島の中にあるのなら、そうするのは全く当然のことなのだろう。


 焼酎一杯でくらくらするほど酔っ払い(たぶん顔は真っ赤になっていただろう)、料理の相手は途中からお茶になった。たっぷり時間をかけて、少しずつ料理を片付けていった。


 印象深かったのは刺身に使う醤油で、甘いものと、僕のような旅行客向けの、辛い(つまり、僕が経験してきたという意味で普通の)ものの二種類があった。どちらかと言えば辛い方を薦められるような説明をされたけれど、甘い方を使った。確かにそれは甘かった。それまでに口にしたことのあるものとは、全く別物だった。甘いと言っても、しつこさみたいなものは全然ない。そして、刺身には確かに合うと思った。戸惑ったのは最初の一口、むしろその直前までだけで、すぐにすんなりと受け入れられていた。


 店の女将さんは、よく話しかけてくる人だった。まず、なぜ来たのかを聞かれた。仕事かと聞かれ、まあ観光ですと答えた。ロケットってわけでもないでしょう、と言われたので、酔っていたせいか、それとも『美しい島』に来て半日かそこらのうちに見てきたもので心が躍っていたせいか、普段よりも遙かに積極的に、僕も話をした。もちろん本当にこの島でしようとしていることを口にしたわけではない。


 しかしそこまでの寄り道としての目的については言った。好きな映画のモデルになっていたからです、と。そういう客は、結構来るらしい。ただしそんな客が目指すのは、本来はもっと南の、この南北に細長い島の真ん中あたりになる。明日行くつもりです、と僕は言った。


 それからもっと南まで、(『世界一美しい』)ロケットの打ち上げ場にも。打ち上げは見たことがあるかと聞かれた。この島に来たのは初めてで、いつか見たいと思うと言った。女将さんは、もう見慣れてしまったらしい。そりゃそうか、そんな日常のある場所にいれば。それでも、夜の打ち上げは格別だという。


 僕は、真っ暗な夜空を液体燃料が燃える火が貫いていく様を想像してみた。それを地上で、この島のあちらこちらから見守る人々も。


 確かにそれは、特別に美しいように思った。いつか見られればいいですね、と答えた。そして心の中だけで、そのときにはもう僕はどこにもいなくなっているでしょうけど、と付け加えた。


 料理を食べ終えた後、女将さんに勧められて、店に置いてあった火縄銃のレプリカ(見た目や想像よりも遙かにずっしりとしていた)を持って、写真を撮らせてもらった。いつもながら、僕はひどい写真写りだった。


 何もかも、たまらなくおいしかった。飾り気がなくて、それでいて味わい深い。そんなものをはち切れそうなほど食べて、酔っ払って、二千五百円くらいだった。異常な安さだと思う。『地産地消』のなせる技か、と思うことにした。天気が良いといいね、と最後に声をかけられた。そうですね、ごちそうさまでした、と僕は答えて、店を出た。


 夜の西之表の町は暗かった。街灯の数が少ないし、派手な電飾もないし、開いている店がほとんどないからだ。もうみんな、家に帰っているということだろう。


 満天の星空を期待して空を見上げたけれど、思ったほどの星は見えなかった。雲が出ていたか、ささやかであっても町の明かりの下だったからだろう。まだ開いていたコンビニとスーパーの中間のような店に入って、チョコレートのアイスと、コーヒー牛乳をまた買った。


 宿の部屋に戻ってシャワーを浴び(この島でこんな風にするなんて、来る前には全く想像もしていなかった)、後は寝るだけに準備をしてしまってから、パソコンを開いた。例の映画を見るために。明日の、予習ってわけだ。


 この瞬間に僕の手元にあったものと同じコーヒー牛乳のパックが現れると、心の底から、じんわりとわくわくする感じがわき上がるのが分かった。現実と、僕が目にしている作り物の世界が、ほんの少しだけ触れ合ったような感じがした。


 もう何度見たか分からない映画だったけれど、やっぱり好きなものは何度見てもいいと思った。そして携帯電話に画面を切り取った画像を用意してあるのを確認して、明日訪れる予定の場所について考えた。そしてそのどこかに、きっと死に場所も見つかるだろうと思うと、妙に頭の中はすっきりとした。


 一年近く治らない不眠症のために習慣になっている睡眠薬を飲んで、部屋の明かりを消し、ベッドに潜り込んだ。

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