(2)西之表-2
港のすぐ近くの宿にチェックインを済ませて、部屋に入ってみると、そこは風情のかけらもない、本土の都市で見られるようなビジネスホテルだった。そんな部屋はとてもきれいで、たぶん改装したばかりだったのだろう。宿そのものは歴史があるらしい。ユニットバスがついているし、トイレにはウォシュレットが完備されている。島に来る前には、特にトイレについては過度な心配を(水洗が普及しているのかどうかとか)していたけれど、この宿の設備からしてまったくの杞憂に終わることになり、ひとまずは安心した。
その日の残りの時間は、西之表の町(と言っていいんだろうか)で過ごした。歩けるところまで歩いた結果、いくつも意外なものを見つけることになった。
この島にはコンビニがあり、ドラッグストアがあり、二十四時間営業のファミリーレストランがあり、家電量販店まであった。そういうものをこんなところで目にして、ただ驚いた。しかし同時に、本土で目にしてきたようなものとは違っているのだと、僕はすぐに気づいていた。それは店の規模とかいったことだけではなくて、例えばドラッグストアの店先の、一番目立つところにかなりのスペースを使って置かれているのが介護用品であるというような事実が、この島の性格というか現実を、少なくともある一面においてはっきりと表しているような気がした。
コンビニには、家庭ゴミの持ち込みが多いのでゴミ箱を撤去したというような張り紙があった。決まった曜日にだけ、本土で展開されているチェーン店が販売に来るというようなことを知らせる看板があった。後で漏れ聞いた話では、ファミリーレストランには夜に『若い子』たちが『寝に来る』のだという。建物はどれも年季が入っていた。
そうやって目にするもの、耳にするもの、感じ入るものが与える印象はみんな、『素朴』という言葉で表せる気がした。そういう場所、そういう島なのだと思った。
博物館のようなところにも行った。そこにいたのは、相変わらず僕だけだったように思う。その島の歴史を踏まえて、たくさんの銃を展示しているという、たぶん日本では珍しいタイプの場所だった。その中には四百年以上前に初めて持ち込まれた鉄砲や、初めてその島で作られたという鉄砲もあった。ひねくれた僕は、それが本当にそんなものなのか、正直、いぶかしく思った。それだけの時間を隔てて、紙の上で何度も見てきたものが実際に目の前にあるなんてことを、すんなり信じる方が難しいと思う。
一通り見終えて出る頃には、夕暮れ時だった。開けたところに行きたくて、また港に戻った。色合いが淡くなり、夜の色がうっすらとつき始めた東の空には、橙と紫に染まった雲がいくつか浮かび、西に目を向けると、埠頭の向こうの水平線の間近に、夕日が沈むところだった。
手前の埠頭には、何人か釣り竿を垂れている人がいた。水平線のすぐ上は灰色をしていて、その上に橙色の層があり、さらに上には淡い青色の空があった。そんなグラデーションのついた空、水平線のすぐ上に、赤い橙色、いや夕日の色そのものでしかない色をしたまん丸い夕日が、ぽっかりと浮かんでいた。
美しかった。いつ、どこで見ても夕焼け空というのは美しいものだけれど、西之表の港で見た、水平線に沈んでいく夕日が作り出す夕焼けは、本当に美しく思えた。刻一刻と空の色は変わっていき、夕闇があたりを包んで、沈んでいく橙色の光がその中を照らしていた。
そんな空を見つめているうちに、ゆっくりと太陽は姿を消し、それでも夕焼けは空に残っていた。しかしあっという間に黄昏時(誰彼時)は終わり、夜は周りを満たしていった。闇を照らす街灯の数も少なく、車の通りもないそこでは、わずかな明かりがひどく頼りなく思えた。
真っ暗だった。太陽はもうどこにもなく、足跡も残さず、世界から退場している。そして星が、月が姿を現す。人の気配のしない港(釣り人はどこかに行った)を歩く僕は、まるで夜警か何かのようだった。