表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/14

第7話 完全耐性の誤算

 崖からヤドカリを見つつ、俺は策を練る。


 魔法攻撃はバカスカ撃てないらしく、崖を殴ってばかりだ。

 登ろうとしないのは登坂能力がないからだろう。


 観察中の俺に、ユウキたちがにじり寄る。


「その……アイディアはあるんですか?」

「あるにはある。モンスターはどうにもならないが、コアを壊す方法は残っているからね」

「壊すって、コアをダンジョンの外に持ち出すんですか?」

「でもどうやって? モンスターの中にありますし……」

「そもそも、なんで外に出すと壊れちゃうんですか?」

「どうやって出すかは考え中だが、なぜ壊れるかは説明しないとな」


 魔法攻撃を警戒しながら、解説を始める。


「まず、ダンジョンコアは本来持ち運びも移動もできない。けど、世の中にはズルする連中もいる。そいつらはより悪質なことをやりたがる。本来は味方にできないボスを味方にしようとしたりな」

「味方にできないボス、ですか?」

「ああ。ボスキャラはテイムできないし、雇うことも召喚することもできない。ゾンビとして使役することもな。あのドラゴンも分類上は中ボスだ。だがそれを使いたい、と思うヤツもいるわけだ」

「確かにあのヤドカリをテイムできたら心強いかも」

「もちろん開発者も対策した。ボスのテイム判定をなくしたり、徘徊するエリアから離れたら即死するとか。コアから一定以上離れるとコアの位置にワープするって仕様も、その一つだ」

「そんなことまで……」

「けど悪知恵が働くヤツはいるもんでな。ダンジョンコアを持ち出せば、ある程度行動を誘導できるんじゃないか、と考えたヤツがいた。そこで最初に話が戻るわけだ」

「つまり不正対策、ってことですか?」

「その通り……またあの攻撃だ。サキ、今度はポーションでいい。10秒ごとに1個ずつ投げてくれ」


 解説を終えたところで、再度天井に魔法陣が出現する。

 魔法攻撃が来ると踏んでドラムスたちと合流し、攻撃が始まる直前にフォロー・ザ・サンを発動させる。


「しかしキリがないな……ポーションや材料にも限度がある。ジリ貧だぜ」

「せめて叩けばアイテムの1つや2つ落とす、とかなら楽なのに」


 チューナーとドラムスのぼやきを聞きつつ、魔法の発動に専念するが、攻撃が止んだところでアイディアが浮かぶ。


「チューナー、他プレイヤーを変身させる魔法……まだ使えるか?」

「もちろん。それがどうかしたのかい?」

「試したいことがある。ドラムスとサキも協力してくれ」

「待ってました!」

「私でよければ……なにをすればいいですか?」

「サキはフェロモンポーションを作ってくれ。材料はあるし、レシピもメニューから見られる。そしてドラムス、お前はヤドカリに変身してポーションをぶつけろ」

「フェロモンポーションがどんなものか知りませんけど、アイテムは無効だって……」


 段取りを決めている最中に、ハルナが口を挟む。


「確かに敵のアイテムは無効だ。けど()()()アイテムが無効とは書いてなかっただろ? そもそも味方のアイテムを無効にする耐性は存在しない。隠し耐性として仕込んであるかもしれないから、実際に確かめないといけないが」

「えっと、味方のアイテム? あたしたちが味方でヤドカリが……あれ?」


 今度は二パが混乱した様子で俺の顔を見る。


「少しややこしかったか……敵味方ってのはヤドカリから見た話さ。このゲームだとプレイヤーはもちろん、NPCやモンスターにも敵味方の陣営って概念がある。それについて説明しようか」


 地面に人差し指で簡単な図を描きながら、説明を始める。


「プレイヤー同士、それとプレイヤーとNPCの関係は基本的に中立だ。そしてモンスターは一部を除いてプレイヤーやNPCの敵だ。関係を変えるには、味方化か敵対化の手順を踏む必要がある」

「味方化はパーティーを組んだり、モンスターや動物をテイムしたり、街の人を雇ったりすることですか?」

「その通りだよ、ユウキ。同じパーティーやギルドの一員、テイムされたモンスターや動物、雇用したNPCは味方として判定される。味方は装備の貸し借りができたりと恩恵が多い。一番影響があるのは技、魔法、アイテムの効果範囲だな。たとえば、普通のポーションはぶつけても敵や中立の相手は回復しない」


 図を描き足すとドラムスが下手と言いたげな顔をするが、無視する。


「敵対化は簡単だな。攻撃すれば中立ならすぐ敵対する。味方でも反撃されれば敵対だ。それと、闘技場や模擬戦、PVPイベントでの対戦相手も敵対として扱われる。敵対すると装備の貸借、アイテムの受け渡しや売買、雇用ができなくなるし、FFスイッチがオフでも攻撃でスタミナが削られる。そして回復の対象から外れ、デバフや拘束の対象となる」 

「中立はどうなるんですか?」

「味方のメリットもなければ、敵のデメリットもない。ただ、アイテムを渡すことはできる。ポーションを飲ませるのも『渡してすぐ使用させる』行為に該当する。回復も個人を対象とするヤツなら効果を発揮する。それとスプラッシュ化したポーションや一部アイテムは無差別、つまり陣営に関係なく効果を発揮する」


 今度はヤドカリを描く。


「そしてボスは陣営の判定が特殊だ。特に単独で出現するボスは自分以外全て敵扱いで、味方化も中立化もしない。ここまでで質問はあるかい?」

「敵味方の区別はわかったんですけど、それとフェロモンポーションになんの関係が?」


 陣営の説明を終えたところで、タイミングよくハルナから質問がくる。


「いい質問だ。フェロモンポーションっていうのは、味方1人を対象にするアイテムで、対象が特殊なフェロモンをまとい、敵モンスターに攻撃されやすくなる。いわゆるヘイトコントロール用だ。ステータスには影響を与えない、数少ないポーションだ」

「でも、味方が対象ならヤドカリに使えないんじゃ……」

「そこで登場するのが、変身魔法とドラムスの『千両役者』ってスキルさ。変身魔法は2年前に実装された、比較的新しいカテゴリの魔法でね。他のプレイヤーやNPC,モンスターの姿()()()()()()()幻術の一種だ。だから、実際のステータスや陣営はそのままになる」

「ならヤドカリに変身しても意味ないんじゃ?」

「だが、『演技』系やそれを含むスキル群を使えば陣営の偽装ができる。特に千両役者は演技系の最上位で、ボスにも変身可能になる『カメレオン』、変身対象の種族・陣営を完全にコピーする『トレース』の効果も含む。つまり、千両役者持ちのプレイヤーが変身すれば、()()()姿()()()()()()()()()が現れるって寸法だ」

「なるほど……それって、猟犬連合の人たちも試したんですかね?」

「試してないだろうな。モンスターは変身をすぐ見破って攻撃するし、一発でも攻撃が当たれば変身は解ける。それに変身魔法の消費MPは、元の姿や種族がかけ離れているほど増大する。ヤドカリに変身したら10秒も保たずにMPがなくなるだろう」


 変身魔法は敵対プレイヤーや人間NPCへの工作で絶大な威力を発揮するが、ボス攻略に使えるとはなかなか考えつかないだろう。


「チューナーさんはともかく、ドラムスさんも変身魔法が使えるんですか?」

「変質者になる前は『物真似士』だったからね。自分が変身するヤツを使える。ただ、詠唱がいらないけど対象の近くじゃないと発動できない……誰か囮になってくれないと」

「俺とコップでやろう。いけるな?」

「任せろ」

「それじゃ、フェロモンポーションを作ってくれ。俺たちが飛び降りたら作戦開始だ」


 図を全て消して立ち上がり、俺とコップは崖の反対側へ向かう。

 ポーションが完成するとドラムスが受け取り、崖の淵に立つ。


 このゲームにも落下ダメージはあるが、ドラムスは落下ダメージ無効のアクセサリを装備しているし、俺とコップの脚装備にも同じ効果がある。

 それでも降りた直後を狙われたら、ドラムスは一たまりもない。だから俺たちが先に降りて隙を作らなくてはならない。


「それじゃ、行くぞ!」


 まず俺たちが飛び降り、人をなめくさった顔をした猿の人形……挑発くんデラックスをコップの肩に乗せる。

 すると人形が勝手に動き、甲高い声を上げる。


『ヤーイヤーイ! バーカアホドジマヌケ! スケベトンマ役立たず! 悔しかったらこっちに来てみろ! バァーカ!!』


 その瞬間、ヤドカリが反転してコップへ突進する。


「ハイスピード! シールドエイド!」


 速度上昇とジャストガード受付時間延長の魔法でサポートし、コップに防御を任せる。


 その隙にドラムスが飛び降り、背後からヤドカリに駆け寄り、両手を大きく広げる。

 するとドラムスの身体が光り、姿がヤドカリと全く同じになる。


「今だ!」

「あいよ!」


 ヤドカリ姿のドラムスが脚の一本を動かし、ポーション瓶を投げつける。

 瓶が割れて中身がヤドカリにかかり、身体にピンク色のもやがまとわりつく。無事、ポーションは効果を発揮したようだ。

 そこでドラムスの身体が再度光り、元の姿に戻る。


「9秒でMPが空かよ」


 やはりMP消費が尋常ではないようだ。


 だが、天井にまた魔法陣が張り巡らされる。


「クソ、こんな時に!」


 俺たちとドラムス、チューナーたちの距離が離れすぎている。

 魔法攻撃を防ぐ手段は、俺のフォロー・ザ・サン以外にない。


「ハルナ、ポータルアロー!」

「え? あ、うん!」


 だがユウキが真っ先に指示を出し、ハルナもそれに応えてポータルアローをつがえ、近くの地面に撃ち込む。


 そして全員が矢の近くに転移し、俺がフォロー・ザ・サンを発動させ、ギリギリで魔法攻撃を防ぐ。


「ありがとう、ナイスフォローだ。しかしハッキリしたな……()()()アイテムは効果を発揮する。恐らく大脱出玉もな」

「なるほど、転移・脱出禁止はプレイヤーだけで、モンスターはパスできるってか。でも誰がやる? 俺は変身魔法を使ったから、あと10分は対象外だ」

「俺がやろう。万が一失敗したら、チューナーに王都へ行ってもらわなきゃならない。お前の『物真似魔法』も必要だし、ヤドカリの攻撃を防げるのはコップだけだ」

「善後策があるのかい?」

「まずドラムスの物真似魔法でお前の変身魔法をコピーし、コップをヤドカリに変身させて脱出玉を使わせる。お前やユウキたちも同じ手だ。ドラムスの脱出を待つかは、任せる」


 攻撃が止んだところで魔法を解除し、まずドラムスが空のスキルオーブを持ち、千両役者スキルを入れる。

 俺はオーブを受け取り、空いているスキル枠に千両役者を追加する。


 最後に星槍グランドクロスをチューナーに渡し、ダンジョン内の味方全員に効果がある『大脱出玉』を手にする。


 すると、ユウキが声をかけてくる。


「俺たちの誰かがやった方が……」

「それはできない。失敗したらあのヤドカリとタイマンになるんだ。心配いらない。生き延びるだけならどうとでもなる」


 不安げなユウキに笑ってみせ、崖下のヤドカリを見下ろす。


「チューナー、やってくれ」

「あいよ。我が闇の力にて汝の血肉を偽らん……エビルトランス・ミラージュ!」


 詠唱が終わると俺の周囲が闇に包まれ、ユウキたちが天を仰ぎ、驚く。無事にヤドカリの姿となれたらしい。


 大脱出玉を真下に投げると、視界が一瞬ブレて景色が洞窟から砂浜に変わる。


 そして前方にヤドカリが出現するが、こちらを攻撃する気配を見せない。

 

 鋏を天高く掲げ、口吻(こうふん)から大量の泡を噴き出し、倒れる。


 まず身体が消滅し、中から台座に乗ったひび割れた宝玉……破壊済みのダンジョンコアが出現し、すぐに消え去る。


 誰かが大脱出玉を使ったのか、他の面子も姿を現す。


 チューナーが俺に星槍グランドクロスを渡し、呟く。


「終わったな」

「ああ。ボスモンスターの討伐、達成だ」

「やったぁ!」


 ユウキたちは喜びを露にハイタッチを交わす。

 混ざろうとしたドラムスはコップが止める。


 ご自慢の完全耐性も『仕様』には無力、ということだ。

 これがピエロ野郎の想定した倒し方なら、それはそれで腹が立つが。


 ログアウトできるか確認しようとした矢先、勝手にメニューが開く。

 そして、画面一杯にピエロ野郎が映る。

 

『まさかボスを討伐するとはね……驚いたよ。マウス、ドラムス、チューナー、コップ、ユウキ、サキ、ハルナ、二パ……君たちには、実に驚かされた』


 それまでのハイテンションから一転、神妙な表情と口ぶりだ。


『こう言ってほしいんだろ? 討伐おめでとう、ゲームクリアだって』


『――そんなわけあるか! このクサレチーターどもがああああああああああああああっ!!』


 ボス討伐の『報酬』は、ピエロ野郎の絶叫から始まった。

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ