第7話 完全耐性の誤算
崖からヤドカリを見つつ、俺は策を練る。
魔法攻撃はバカスカ撃てないらしく、崖を殴ってばかりだ。
登ろうとしないのは登坂能力がないからだろう。
観察中の俺に、ユウキたちがにじり寄る。
「その……アイディアはあるんですか?」
「あるにはある。モンスターはどうにもならないが、コアを壊す方法は残っているからね」
「壊すって、コアをダンジョンの外に持ち出すんですか?」
「でもどうやって? モンスターの中にありますし……」
「そもそも、なんで外に出すと壊れちゃうんですか?」
「どうやって出すかは考え中だが、なぜ壊れるかは説明しないとな」
魔法攻撃を警戒しながら、解説を始める。
「まず、ダンジョンコアは本来持ち運びも移動もできない。けど、世の中にはズルする連中もいる。そいつらはより悪質なことをやりたがる。本来は味方にできないボスを味方にしようとしたりな」
「味方にできないボス、ですか?」
「ああ。ボスキャラはテイムできないし、雇うことも召喚することもできない。ゾンビとして使役することもな。あのドラゴンも分類上は中ボスだ。だがそれを使いたい、と思うヤツもいるわけだ」
「確かにあのヤドカリをテイムできたら心強いかも」
「もちろん開発者も対策した。ボスのテイム判定をなくしたり、徘徊するエリアから離れたら即死するとか。コアから一定以上離れるとコアの位置にワープするって仕様も、その一つだ」
「そんなことまで……」
「けど悪知恵が働くヤツはいるもんでな。ダンジョンコアを持ち出せば、ある程度行動を誘導できるんじゃないか、と考えたヤツがいた。そこで最初に話が戻るわけだ」
「つまり不正対策、ってことですか?」
「その通り……またあの攻撃だ。サキ、今度はポーションでいい。10秒ごとに1個ずつ投げてくれ」
解説を終えたところで、再度天井に魔法陣が出現する。
魔法攻撃が来ると踏んでドラムスたちと合流し、攻撃が始まる直前にフォロー・ザ・サンを発動させる。
「しかしキリがないな……ポーションや材料にも限度がある。ジリ貧だぜ」
「せめて叩けばアイテムの1つや2つ落とす、とかなら楽なのに」
チューナーとドラムスのぼやきを聞きつつ、魔法の発動に専念するが、攻撃が止んだところでアイディアが浮かぶ。
「チューナー、他プレイヤーを変身させる魔法……まだ使えるか?」
「もちろん。それがどうかしたのかい?」
「試したいことがある。ドラムスとサキも協力してくれ」
「待ってました!」
「私でよければ……なにをすればいいですか?」
「サキはフェロモンポーションを作ってくれ。材料はあるし、レシピもメニューから見られる。そしてドラムス、お前はヤドカリに変身してポーションをぶつけろ」
「フェロモンポーションがどんなものか知りませんけど、アイテムは無効だって……」
段取りを決めている最中に、ハルナが口を挟む。
「確かに敵のアイテムは無効だ。けど味方のアイテムが無効とは書いてなかっただろ? そもそも味方のアイテムを無効にする耐性は存在しない。隠し耐性として仕込んであるかもしれないから、実際に確かめないといけないが」
「えっと、味方のアイテム? あたしたちが味方でヤドカリが……あれ?」
今度は二パが混乱した様子で俺の顔を見る。
「少しややこしかったか……敵味方ってのはヤドカリから見た話さ。このゲームだとプレイヤーはもちろん、NPCやモンスターにも敵味方の陣営って概念がある。それについて説明しようか」
地面に人差し指で簡単な図を描きながら、説明を始める。
「プレイヤー同士、それとプレイヤーとNPCの関係は基本的に中立だ。そしてモンスターは一部を除いてプレイヤーやNPCの敵だ。関係を変えるには、味方化か敵対化の手順を踏む必要がある」
「味方化はパーティーを組んだり、モンスターや動物をテイムしたり、街の人を雇ったりすることですか?」
「その通りだよ、ユウキ。同じパーティーやギルドの一員、テイムされたモンスターや動物、雇用したNPCは味方として判定される。味方は装備の貸し借りができたりと恩恵が多い。一番影響があるのは技、魔法、アイテムの効果範囲だな。たとえば、普通のポーションはぶつけても敵や中立の相手は回復しない」
図を描き足すとドラムスが下手と言いたげな顔をするが、無視する。
「敵対化は簡単だな。攻撃すれば中立ならすぐ敵対する。味方でも反撃されれば敵対だ。それと、闘技場や模擬戦、PVPイベントでの対戦相手も敵対として扱われる。敵対すると装備の貸借、アイテムの受け渡しや売買、雇用ができなくなるし、FFスイッチがオフでも攻撃でスタミナが削られる。そして回復の対象から外れ、デバフや拘束の対象となる」
「中立はどうなるんですか?」
「味方のメリットもなければ、敵のデメリットもない。ただ、アイテムを渡すことはできる。ポーションを飲ませるのも『渡してすぐ使用させる』行為に該当する。回復も個人を対象とするヤツなら効果を発揮する。それとスプラッシュ化したポーションや一部アイテムは無差別、つまり陣営に関係なく効果を発揮する」
今度はヤドカリを描く。
「そしてボスは陣営の判定が特殊だ。特に単独で出現するボスは自分以外全て敵扱いで、味方化も中立化もしない。ここまでで質問はあるかい?」
「敵味方の区別はわかったんですけど、それとフェロモンポーションになんの関係が?」
陣営の説明を終えたところで、タイミングよくハルナから質問がくる。
「いい質問だ。フェロモンポーションっていうのは、味方1人を対象にするアイテムで、対象が特殊なフェロモンをまとい、敵モンスターに攻撃されやすくなる。いわゆるヘイトコントロール用だ。ステータスには影響を与えない、数少ないポーションだ」
「でも、味方が対象ならヤドカリに使えないんじゃ……」
「そこで登場するのが、変身魔法とドラムスの『千両役者』ってスキルさ。変身魔法は2年前に実装された、比較的新しいカテゴリの魔法でね。他のプレイヤーやNPC,モンスターの姿に見せかける幻術の一種だ。だから、実際のステータスや陣営はそのままになる」
「ならヤドカリに変身しても意味ないんじゃ?」
「だが、『演技』系やそれを含むスキル群を使えば陣営の偽装ができる。特に千両役者は演技系の最上位で、ボスにも変身可能になる『カメレオン』、変身対象の種族・陣営を完全にコピーする『トレース』の効果も含む。つまり、千両役者持ちのプレイヤーが変身すれば、ボスの姿をしたボスの味方が現れるって寸法だ」
「なるほど……それって、猟犬連合の人たちも試したんですかね?」
「試してないだろうな。モンスターは変身をすぐ見破って攻撃するし、一発でも攻撃が当たれば変身は解ける。それに変身魔法の消費MPは、元の姿や種族がかけ離れているほど増大する。ヤドカリに変身したら10秒も保たずにMPがなくなるだろう」
変身魔法は敵対プレイヤーや人間NPCへの工作で絶大な威力を発揮するが、ボス攻略に使えるとはなかなか考えつかないだろう。
「チューナーさんはともかく、ドラムスさんも変身魔法が使えるんですか?」
「変質者になる前は『物真似士』だったからね。自分が変身するヤツを使える。ただ、詠唱がいらないけど対象の近くじゃないと発動できない……誰か囮になってくれないと」
「俺とコップでやろう。いけるな?」
「任せろ」
「それじゃ、フェロモンポーションを作ってくれ。俺たちが飛び降りたら作戦開始だ」
図を全て消して立ち上がり、俺とコップは崖の反対側へ向かう。
ポーションが完成するとドラムスが受け取り、崖の淵に立つ。
このゲームにも落下ダメージはあるが、ドラムスは落下ダメージ無効のアクセサリを装備しているし、俺とコップの脚装備にも同じ効果がある。
それでも降りた直後を狙われたら、ドラムスは一たまりもない。だから俺たちが先に降りて隙を作らなくてはならない。
「それじゃ、行くぞ!」
まず俺たちが飛び降り、人をなめくさった顔をした猿の人形……挑発くんデラックスをコップの肩に乗せる。
すると人形が勝手に動き、甲高い声を上げる。
『ヤーイヤーイ! バーカアホドジマヌケ! スケベトンマ役立たず! 悔しかったらこっちに来てみろ! バァーカ!!』
その瞬間、ヤドカリが反転してコップへ突進する。
「ハイスピード! シールドエイド!」
速度上昇とジャストガード受付時間延長の魔法でサポートし、コップに防御を任せる。
その隙にドラムスが飛び降り、背後からヤドカリに駆け寄り、両手を大きく広げる。
するとドラムスの身体が光り、姿がヤドカリと全く同じになる。
「今だ!」
「あいよ!」
ヤドカリ姿のドラムスが脚の一本を動かし、ポーション瓶を投げつける。
瓶が割れて中身がヤドカリにかかり、身体にピンク色のもやがまとわりつく。無事、ポーションは効果を発揮したようだ。
そこでドラムスの身体が再度光り、元の姿に戻る。
「9秒でMPが空かよ」
やはりMP消費が尋常ではないようだ。
だが、天井にまた魔法陣が張り巡らされる。
「クソ、こんな時に!」
俺たちとドラムス、チューナーたちの距離が離れすぎている。
魔法攻撃を防ぐ手段は、俺のフォロー・ザ・サン以外にない。
「ハルナ、ポータルアロー!」
「え? あ、うん!」
だがユウキが真っ先に指示を出し、ハルナもそれに応えてポータルアローをつがえ、近くの地面に撃ち込む。
そして全員が矢の近くに転移し、俺がフォロー・ザ・サンを発動させ、ギリギリで魔法攻撃を防ぐ。
「ありがとう、ナイスフォローだ。しかしハッキリしたな……味方のアイテムは効果を発揮する。恐らく大脱出玉もな」
「なるほど、転移・脱出禁止はプレイヤーだけで、モンスターはパスできるってか。でも誰がやる? 俺は変身魔法を使ったから、あと10分は対象外だ」
「俺がやろう。万が一失敗したら、チューナーに王都へ行ってもらわなきゃならない。お前の『物真似魔法』も必要だし、ヤドカリの攻撃を防げるのはコップだけだ」
「善後策があるのかい?」
「まずドラムスの物真似魔法でお前の変身魔法をコピーし、コップをヤドカリに変身させて脱出玉を使わせる。お前やユウキたちも同じ手だ。ドラムスの脱出を待つかは、任せる」
攻撃が止んだところで魔法を解除し、まずドラムスが空のスキルオーブを持ち、千両役者スキルを入れる。
俺はオーブを受け取り、空いているスキル枠に千両役者を追加する。
最後に星槍グランドクロスをチューナーに渡し、ダンジョン内の味方全員に効果がある『大脱出玉』を手にする。
すると、ユウキが声をかけてくる。
「俺たちの誰かがやった方が……」
「それはできない。失敗したらあのヤドカリとタイマンになるんだ。心配いらない。生き延びるだけならどうとでもなる」
不安げなユウキに笑ってみせ、崖下のヤドカリを見下ろす。
「チューナー、やってくれ」
「あいよ。我が闇の力にて汝の血肉を偽らん……エビルトランス・ミラージュ!」
詠唱が終わると俺の周囲が闇に包まれ、ユウキたちが天を仰ぎ、驚く。無事にヤドカリの姿となれたらしい。
大脱出玉を真下に投げると、視界が一瞬ブレて景色が洞窟から砂浜に変わる。
そして前方にヤドカリが出現するが、こちらを攻撃する気配を見せない。
鋏を天高く掲げ、口吻から大量の泡を噴き出し、倒れる。
まず身体が消滅し、中から台座に乗ったひび割れた宝玉……破壊済みのダンジョンコアが出現し、すぐに消え去る。
誰かが大脱出玉を使ったのか、他の面子も姿を現す。
チューナーが俺に星槍グランドクロスを渡し、呟く。
「終わったな」
「ああ。ボスモンスターの討伐、達成だ」
「やったぁ!」
ユウキたちは喜びを露にハイタッチを交わす。
混ざろうとしたドラムスはコップが止める。
ご自慢の完全耐性も『仕様』には無力、ということだ。
これがピエロ野郎の想定した倒し方なら、それはそれで腹が立つが。
ログアウトできるか確認しようとした矢先、勝手にメニューが開く。
そして、画面一杯にピエロ野郎が映る。
『まさかボスを討伐するとはね……驚いたよ。マウス、ドラムス、チューナー、コップ、ユウキ、サキ、ハルナ、二パ……君たちには、実に驚かされた』
それまでのハイテンションから一転、神妙な表情と口ぶりだ。
『こう言ってほしいんだろ? 討伐おめでとう、ゲームクリアだって』
『――そんなわけあるか! このクサレチーターどもがああああああああああああああっ!!』
ボス討伐の『報酬』は、ピエロ野郎の絶叫から始まった。