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第6話 撃破不可能(アンブレイカブル)

 視界が戻ると景色が変わっていた。


 壁や天井が水晶で構成された洞窟だ。


 近くにはチューナーがいる。


「無事に侵入できたな」

「ボスはこの下、ってところだな」


 チューナーは壁と反対にある崖を指さし、下を見ると螺旋(らせん)状に通路が繋がっている。


 コップが先頭に立ち、隊列を組んで歩き始める。


 途中、ユウキが俺に近づいて尋ねる。


「さっきの人たちとは、どんな関係なんですか?」

「ゲームを始めたばかりの頃、悪質なプレイヤーのカモにされかけていてな。そこを助けて、1月ほど組んでいたことがある。半年経って再会したらPKにハマっていてあのザマさ。それからは8割5分くらい殺されてるな。とにかくショウブは俺を執拗に殺しにくるのさ……他のヤツは淡々と処理してるのに、どこが琴線に触れたんだか」

「ショウブさんはマウスさんが好きなんですかね?」

「ご名答。恋は盲目って言うだろ? ショウブは変わったところがあるし、旦那は初恋の人なんだよ。テンション爆上げで殺し愛をしたくもなるさ。カメリアは、ショウブの付き合いだな」

「でも、なんでマウスさんのPKにこだわるんですか?」

「PKの楽しみを教えたバカが、PKこそヴィクトリアス・ロードの醍醐味、殺すことこそ愛情表現、とぬかすイカレ野郎だったんだよ。ショウブとカメリアからそれぞれ、1日100回感謝の殺害を一週間継続されたら心が折れて引退したけど。だが旦那も悪いんだぜ? いちいち構うから」

「構わないと地の底までついてくるし、カメリアがうるさいだろう。それに2人とも根は悪いヤツじゃないからな。とにかく、プレイ年数が長いと変なヤツにも絡まれるのさ」

「殺戮スイッチがいつ入るかわからないけど、それと旦那絡み以外は良心的なプレイヤーだしな。ちなみにショウブは12年前から……」


 ドラムスを睨んで話を中断させると、そのまま歩みを進める。

 

 途中でコップとハルナが呟く。


「猟犬連合はどこだ?」

「戦闘の音もしませんね」

「二パ、なにか聞こえないか? さっき使ったスキルオーブに『聴力強化LV5』があったはずだ」

「えっと、聞こえないです」


 洞窟の中腹まで進んだが、先に侵入したプレイヤ―の気配がない。

 

 胸騒ぎを覚えつつ、慎重に進んで最下層に到着する。


 最下層にあるのは通路だけだ。その先にボスがいるらしい。


「隊列を崩すな」


 通路を抜けるとひときわ広い空間に出る。


 切り立った崖に囲まれ、岸壁には昇降用らしい隘路(あいろ)が張り巡らされている。


 地面には水晶片が砂のように敷き詰められている。


 しゃがめば姿を隠せる岩が何個も並び、モンスターはいない。


 デバイスを確認するチューナーに、俺から声をかける。


「この先に道は……なさそうだな」

「らしいな。けど猟犬連合はどこに……」

「おい、誰かいるぞ」


 途中、コップが何かを見つけて岩陰を指さす。


 その先には、1人のプレイヤーが岩にもたれていた。


「俺とコップで行こう。ドラムス、チューナー、周囲を警戒しろ。ハルナは瞬転の矢、サキはポーションの準備を。ユウキと二パは2人から離れるな」


 全員に指示を出し、コップとともに距離を詰める。


 その姿は、犬獣人の『レンジャー』だ。


「ベケットか!」


 俺とマウスは即座に駆け寄る。


 プレイヤー名はベケット。β版からの古参で、猟犬連合のギルドマスターでもある。


 ベケットも俺たちに気付き、声を搾り出す。


「……マウスとコップ、か?」

「そうだ。動けるか? 状態異常なら治してやる」

「いや、もう駄目だ……ウチのヒーラーでも、治せなかった……俺も、長くない」

「馬鹿言うな。チューナー、ちょっと来てくれ! 他のヤツはどうした?」

「全滅だ……脱出用のアイテムも、魔法も、効果がなくて……『バンディッツ』や、『スパルタンメックス』も……」

「なんだと!?」


 猟犬連合にはベケットをはじめ、凄腕のプレイヤーが複数いる。

 バンディッツも優秀なパーティーだし、スパルタンメックスは邪神討伐イベントで討伐数トップをかっさらった、超武闘派パーティーだ。


 チューナーが駆け付けてベケットの右手を取り、ステータスを開示させる。


「これは!?」


 ベケットの状態異常は、とんでもないものだった。


 出血(超)、麻痺(超)、魔法封じ(超)、技封じ(超)、自然回復無効(超)、ポーション無効(超)、解呪無効(超)、筋断裂(超)、精神汚染(超)、猛毒(超)……未知の状態異常ばかりだ。


 正確に言えば、状態異常そのものは既知だが、(超)とついたものは見たことがない。

 なにより、本来ならどれか一つしか付かない自然回復無効、ポーション無効、解呪無効が全て付いていた。


 続けて内容を精査するが、チューナーが吐き捨てる。


「なるほど。(超)とついた状態異常は、耐性や競合を無視して必ず付与され、治療も自然回復も不可能……作ったのは小学生かよ」


 出血の効果で、ベケットのHPが間もなくゼロになろうとしている。


 ベケットは顔を俺に向ける。


「デスゲームとやらを、終わらせようと思ったのに、このザマとは……情けない限りだ」

「そんなことはない。こんな状態異常を付与してくる敵と戦って、生き残れただけで大したもんだ」

「だが俺も、もう……マウス、コップ、チューナー、それとドラムスも、いるんだろ? 頼みがある」


 ベケットが動かないはずの腕を無理やり動かし、俺の手を握る。


「このゲームを、終わらせてくれ……モンスターは、キャッスルクラブの亜種だ。攻撃も、魔法も効かないし、アイテムも通用しない。ダンジョンコアも、見つからない……スキャンも、9割までしか、できなかった……」

 

 そう言って、俺に片手大の宝玉……スキャンジェムを渡す。


 モンスターをスキャンし、ステータスを明らかにするアイテムだが、完了には累計で10分スキャンしなければならない。


「俺たちは、勝ち目を見い出せなかった。でも……『αチーム』なら、やってくれると……信じて……」

「もうしゃべるな、VRとはいえ毒で苦しいだろう」

「なあ、頼む、このゲームを……」

「ああ、任せろ。必ずゲームを終わらせる。だから死にそうな声を出すんじゃない」

「よかっ、た……マウス……つく、いさ……ありが……」


 安堵の表情を浮かべた直後、ベケットは力尽きる。

 その身体が光の粒子となり、消滅する。 


 ユウキたちを連れたドラムスが、近寄ってくる。


「……懐かしい名前を出してくれたじゃないか」


 αチームとは、俺たちがβ版で組んだパーティーの名前だ。

 俺のコネで集めた面子ゆえに融通が利き、一般のテスターへのチュートリアルからデバックまでこなしてきた。

 そのため、内輪では便利屋やらアグレッサーと称された。


 沈黙を破り、メニューが開いていけ好かない声が響く。


『まだプレイヤーが残ってるのに、ダンジョンへ入っちゃったのかい? 悪い子だねえ! 殺し合いをしない不届き者には罰が必要だ!』


「野郎!」

「落ち着け! 自動再生だ!」


 激怒するコップをチューナーがなだめる。


『ここのボスはとっておきでねえ……特効武器がない限り、どうやっても倒せない。大人しくプレイヤーを殺していればよかったのに! カモン! アンブレイカブル・クラブ!』


 直後、地面の水晶片を吹き飛ばし、モンスターが出現する。


 全高10mはあるヤドカリ型モンスター、キャッスルクラブだ。

 ただし、地味な色合いの原種と異なり、全身が水晶で構成されている。


『それじゃあ、無様に殺されてくれ! 永遠に、サヨナラアアアアアアッハハハハハハハハハハ!!』


 狂ったように笑うピエロ野郎の姿が消え、アンブレイカブル・クラブのHPゲージが表示される。


「マウスさん、どうすれば……」

「モンスターを調べる必要がある。ダンジョンコアの位置もな。ドラムスはジェムを持て! チューナーはコア探しを! ユウキたちは上に! ハルナは瞬転の矢を使えるようにしてくれ! コップ、こいつを足止めするぞ!」

「おう!」

「さあ、こっちだ!」


 チューナーはユウキたちを連れて崖を上り、探知魔法を使う。

 ドラムスはジェムを掲げし、アンブレイカブル・クラブ……ヤドカリをスキャンする。


 ヤドカリが俊敏な動きで接近し、右鋏を叩きつけるが、コップが割り込み盾で防ぐ。


 盾で弾きを使えないが、代わりにダメージと硬直、ノックバックを大幅に減少させ、攻撃の追加効果も発生させない、ジャストガードがある。

 そしてコップの『破皇の盾』には、ジャストガード成功時のダメージ、硬直、ノックバックがゼロになる、という効果がある。


 コップはその場から動かず、鋏の連撃を防ぎ続ける。

 

 その間に俺はヤドカリへ槍を向ける。


「星槍よ、力を示せ! ウラヌスステイシス!」


 槍の先端から青白い光弾が発射され、ヤドカリに直撃する。


 この天星魔法は対象の時間を極限まで遅くする……はずだった。


 しかし、ヤドカリの速度は全く変わらない。


「無属性魔法さえ効かないとは……なら、尖槍・(とおし)!」


 脚関節へ防御無視の刺突を浴びせるが、ダメージを受けた様子がない。


「ドラムス! まだか!?」

「もうちょい……よし! エルフちゃん! 瞬転の矢を!」

「はい!」


 ハルナが、瞬転の矢を立て続けに3本、近くの地面に撃ち込み、俺たちは離脱する。


 ヤドカリは俺たちを見失ったのか、崖に鋏を何回も叩きつける。


 その間に、ドラムスがスキャン結果を表示させる。


ーーーーーーーーーーーーーー

名前:アンブレイカブル・クラブ

性別:超越

属性:全能

重量:超重量級


HP:999999/999999

MP:∞

ATK:9999

DEF:9999

MAG:9999

RES:9999


攻撃特性:防御貫通(超)

     弾き無効(超)

     耐性無視(超)

     吸収無効(超)

     重量無効(超)

追加効果:即死(超)

     麻痺(超)

     魔法封じ(超)

     技封じ(超)

     自然回復無効(超)

     ポーション無効(超)

     解呪無効(超)

     筋断裂(超)

     精神汚染(超)

     猛毒(超)

耐性:物理無効(超)

   全属性無効(超)

   魔法吸収(超)

   即死無効(超)

   状態異常無効(超)

   弱体化無効(超)

   拘束無効(超)

   ギミック無効(超)

   貫通無効(超)

   カウンター無効(超)

   落下ダメージ無効(超)

   地形ダメージ無効(超)

   ノックバック無効(超)

   時間操作無効(超)

   敵アイテム無効(超)

   ダメージ反転(超)


特効武器:折れた彫刻刀の刃先(未実装)

   

ーーーーーーーーーーーーーー


「ふざけてんのか……小学生が考えた『さいきょうのモンスター』よりひでえ」

「受けたのがコップで幸いだった。信仰心や勇士の誉れは耐性を上げるだけだから、食らえば即死だ。ベケットは身代わり人形で即死は防げた、ってところか」

「だが、それだと全滅した理屈がつかねえ」


 攻撃力も防御力も魔法威力も魔法抵抗も全てカンスト、HPも当たり前のようにカンストし、MPは無限だ。


 枠一杯に詰め込まれた攻撃の特性や追加効果は必ず発動し、プレイヤーは絶対にダメージを与えられず、万が一ダメージを与えても全て回復に転換する。


 弱点武器も、名前からしてどんな武器か簡単に想像できる。


 最高難易度のレイドボスでさえ、HPが60万前後、各ステータスは高くて5000程度、効果や特性、耐性は合わせて10個くらいだ。

 それも何かしらの穴があるように調整されている。


 しかし、耐性はともかく、攻撃はコップと同じように防げるプレイヤーもいたはずだ。


 その疑問は、すぐ解消される。


『ハァイ、バッドガイズ。ボスの超絶ステータスと完全耐性は見てくれたかい? これが絶対無敵、最強無比、撃破不可能なボスの力だ。中には攻撃は防げるなんて考える、頭がハッピーな馬鹿もいるだろう。しかし、切り札はまだ残ってるんだよ』


 例のごとく、勝手にメニューが開き、ピエロ野郎の自動再生メッセージが流れる。


『超強力破壊光線が5分間、ダンジョンの隅から隅まで降り注ぐんだ。生き残れるんならやってみなよ! 防御貫通で耐性も効果がない、超威力魔法の雨からな! グッバイ!』


 ピエロが消えると同時に、天井を大量の魔法陣が覆い尽くす。

 そしてヤドカリの外殻から、光線が発射される。


「全員集まれ! 星槍よ、力を示せ! フォロー・ザ・サン!」


 即座に全員の俺の近くに集め、俺は詠唱とともに槍を突き立てる。


 次の瞬間、無数の光が降り注ぎ、槍を中心に展開された光のドームに相殺される。


 攻撃魔法には相殺値、というものがあり、高いと敵の魔法とかち合ってもかき消すことができる。

 

 この魔法の相殺値はカンストしており、魔法を相殺で防ぐ唯一の防御魔法でもある。


 ただし、MPの消費量も尋常ではない。魔力回収によるMP回復を含めても2分程度が限界だ。


「さあ、MPネクターをぶつけるんだ!」

「はい!」


 しかしサキがポーションの上位版、ネクターを定期的に投げてくれるため、持ちこたえられる。


 5分後、降り注いでいた光が収まり、俺も魔法を解除する。


「なるほど、タンクが即死してもおかしくない。まともに戦うだけ無駄だな。コアを破壊しよう。ハルナ、ダンジョンコアは知ってるかい?」

「はい、ダンジョンにあるオブジェクトで、破壊するとダンジョンの機能が停止し、ボスも倒れるんですよね?」

「その通り。破壊にはかなりの労力を使うが、ヤツの相手をするよりはマシだ。ダンジョンの外へ持ち出しても破壊できるが、普通はできん。今はチューナーが探しているから、見つけたら破壊に……」

「そいつは無理だ」


 俺の言葉をチューナーが遮る。


「どういう意味だ?」

「さっきコアの在処(ありか)を特定したんだが……ボスの体内にある」

「反則もいいとこじゃねえか!」


 ダンジョンコアは、よりによってボスの体内ときた。


「コアの情報も見たけど、特殊効果としてプレイヤーの転移・脱出禁止がダンジョン全体に付与されてる。つまり撤退できない。それと些事(さじ)だが、コアの耐久値は∞になってた。ボスの体内にある以上、本当に意味がないけどな」

「じゃあ、殺されるのを待つしか……」


 ユウキの一言で、気まずい沈黙が流れる。


「いや、まだだ」


 沈黙を破ったのは、俺だ。


「まだって……どうするんですか? 相手は無敵のモンスターでコアも壊せないんですよ!?」

「落ち着きなよ、ネコちゃん。いい方法があるのかい?」

「今はまだない。だが可能性はある」

「そりゃ興味深いね。なにか糸口でも?」

「思い出してみろ。ジャストガードは発動したし、盾の効果もあった。攻撃も当たりはした。つまり防御を()()できても、()()にはできない。防具の()()は無視できても、()()は妨害できない。ダメージはないが、当たり判定はある。つまり、体内にダンジョンコアがあること以外は仕様を逸脱していない。そこに隙がある」


 自然と、俺の口元が笑みの形を作る。


「面白くなってきたじゃないか……逆転のし甲斐があるってもんだ。不謹慎かもしれないが」


 無理、不可能、絶望的と言われる状況を、何度も経験してきた。

 しかし、それを乗り越えて今の俺がある。


「待ってろ、ベケット。ピエロ野郎に一泡吹かせて、最高の土産話を聞かせてやる!」


 そしてピエロ野郎の鼻を明かすことを改めて決意した。

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