第5話 少女が来りて剣を向く
ドラムスがユウキたちにスタミナポーションを渡す。
明確な数値はないが、このゲームにもスタミナの概念がある。
技はMPの代わりにスタミナを消費する。激しく動けばそれだけ疲れる、ということだ。
スタミナはVITが最大値と自動回復量、STR、DEX、AGIが消費量に影響する。
アイテムを回収していたコップが戻ってくる。
「オーブはどうする?」
「俺たちはともかく、彼らには必要だろう」
スキルオーブはスキルを習得させるアイデムだが、空のスキルオーブに自分のスキルを入れることもできる。これを応用したのがスキルの付け替えだ。
終わりなき地図を持つと、ユウキが寄ってくる。
「どうしてトドメを二人に任せたんですか?」
「コップには、ドロップアイテムがランダムのモンスターを倒すと未所持のアイテムを必ず入手する『渇望』のスキルがある。ボルトリウスのドロップアイテムは終わりなき地図、魔導の宝珠、迅雷の杖、竜の王冠からランダム、そこでコップには終わりなき地図以外を持たせておいたのさ。チューナーは、後で説明しよう」
「すごい……装備もそうですけど、そこまで考えていたなんて」
「知識は力さ。正しい知識があればボスも簡単に倒せる。このゲームで3番目に大事な要素だよ」
外れ枠の終わりなき地図はドロップ率が一番高いものの、他を引き当てる可能性は排除しておきたい。
昔から言われる物欲センサーを、いかに発動させないかが重要だ。
説明したところで地図を広げ、俺や仲間のマップが更新される。
終わりなき地図は、パーティーのマップ情報を最新にするアイテムだ。
ボスモンスターは専用ダンジョンに留まる拠点型と、一定のエリアを巡回する徘徊型に大別される。
徘徊型は受付嬢が出現を知らせてくれるので、今回は前者ということだ。
そして今のマップは全て踏破済みだ。
つまり、追加されるのはボスの居場所になる。
「中央大陸北海の孤島、か。濃霧イベントが起きたから追加があると思ってたが、実装を前倒しにしやがったのか?」
「奴さんも本気ってことさ。コップは中央大陸がホームグラウンドだよな? 近くの街やダンジョン行きの大転移玉は?」
「ない。モンスターが少ないし、ダンジョンもシケてるからな」
「そうか……チューナー、出番だ。ボルガに飛んだら頼むぞ」
「了解っと」
俺は大転移玉を使い、レクスの会館前に転移する。
街に大きな変化がないのを確認し、会館に入って準備を整える。
まずはドラゴンスレイヤーを外し、スキルオーブをいくつか持ち出す。
一旦掲示板を確認すると、ある広告が目に留まる。
「……新ダンジョンを発見。ボスモンスター討伐に参加したいプレイヤーはボルカへ集合せよ、か」
新ダンジョンを自力で発見したプレイヤーがいるようだ。
広告の主は、マップ埋めや新ダンジョンの探索などを得意とする『ベルカ&ストレルカ』。ギルド『猟犬連合』を構成するパーティーの1つだ。
ヴィクトリアス・ロードでは、メニューで他のプレイヤーを9人まで味方として設定できる。これがパーティーだ。
それ以上の味方を作りたいときは、冒険者組合に申請してギルドを設立すればいい。
俺が思案していると、ドラムスも広告を見に来る。
「猟犬連合が総出なら討伐できるだろ。風呂入る準備でもしますか」
「高難易度レイドボス並の強さならそうはいかない。案外苦戦しているかもしれん」
「では出発しましょうか。お嬢さん、ボルカまでお願いね」
その一言を皮切りに掲示板を離れ、受付嬢に行き先を告げて奥にあるゲートをくぐる。
ゲートを抜けて会館から出ると、物々しい城塞都市の通りが現れる。
無事ボルカへ到着できたらしい。
「賞金稼ぎや王国騎士もいやがる。街中でPKが流行ってるらしい……世も末だな。さっさとおさらばしようぜ」
「チューナー、やってくれ」
「はいよ。我が呪縛をもって常世より出で、禍々しき力を示せ! ネクロマンス・モンスター!」
チューナーが詠唱を済ませると、地面からドス黒い魔力が溢れ、骨と腐肉で構成されたドラゴンが出現する。
「これって?」
「さっき倒したドラゴンのゾンビだよ。ネクロマンサーは闇魔法で倒したモンスターのゾンビを使役できるのさ。呼び出せるのは1体だけ、倒すたびに上書きされちまうがね」
「見た目は腐ってるが強さは据え置きさ。乗っても問題ない」
簡単な解説をユウキにするとドラゴンゾンビが座り、俺たちが乗り込むと同時に飛び立つ。
「これなら目的地まで20分とかからない。猟犬連合は大転移玉を持っていただろうが……」
「猟犬連合ってなんですか?」
「5つのパーティーで構成される強豪ギルドだ。どのパーティーも犬にちなんだ名前だから、ってのが由来らしい」
「よし、到着だ」
ドラゴンゾンビは北端の岬に着陸し、俺たちが降りたところで姿を消す。
岬の向こうには島が見える。
チューナーはデバイスを開き、画面をにらむ。
「よし、『ケツ量保存』は使えそうだ。俺が跳ぼう。コップ、叩き役は任せる。『怪力』スキル持ちのお前さんが適任だ」
「仕方ないとはいえ、俺がやるとは……」
チューナーがローブを捲って尻、というより骨盤を突き出すと、コップはしぶしぶ膝をつき、両手で連打し始める。
絶句するユウキたちだが、サキが正気に戻って尋ねる。
「もしかして……バグを利用したショートカット、ですか?」
「ご名答。このあたりで何回も尻もちをつくと最終的にとんでもない高度まで飛ぶ、ってバグが発覚してね。地面は修正したが、尻を叩けば似た現象を起こせるのさ。まあ、叩かれる側は一切の行動をしちゃいけないんだけど。ちなみにケツ量保存も、名作ゲームのTASにあやかった俗称だよ」
「ヴィクトリアス・ロードって、意外とバグがあるんですね……」
「なんせ世界初のフルダイブVRゲームだ。全部手探りで時間と金は有限、大人の事情には勝てないってね」
チューナーがぼやく間に、俺とドラムスは周辺を警戒する。
突然、全身の毛が逆立つ。
「来るぞ!」
次の瞬間、音もなく斬撃が迫り、それを槍の柄で受け止める。
そして眼前に白刃の主が姿を現す。
長く美しい黒髪を腰まで伸ばした色白の美少女だ。
切れ長の目や薄紅色の唇が目立つ整った顔立ちと、白い着流しに身を包んだ均整でスレンダーな肢体から、ミステリアスな色気が漂う。
少女は微笑み、唇が動く。
「やっぱり、カンがいい、ね……ボクに、気付いて、くれた……ボクたち、赤い糸で、繋がってる」
独特なテンポながら、涼やかな声で喜びを表現する。
この声を間近で聞いたら、男も女も骨抜きだろう。
数多くのプレイヤーを血祭りに挙げた危険人物と知らなければ。
ユウキたちも遅れて反応する。
「マウスさん!?」
「来るな! 君たちの手に負える相手じゃない!」
「みんな、愛人さん? ボクは、一夫多妻も、うぇるかむ、だよ。でも今は、正妻の、ボクだけ見て、ね?」
「えっと……奥さん?」
「そんなワケあるか! こいつはショウブ、キルスコアトップのPKプレイヤーだ!」
「ボク、奥さんに見えるんだ……えへへへ……」
少女ことショウブは、頬をほのかに染める。
無駄のない足さばきで瞬く間に距離を詰められ、抵抗する暇もなく鍔迫り合いに持ち込まれる。
ドラムスはブーメランパンツから小太刀『出家守等・奉刀真羅刹』を取り出し、周囲を警戒する。
「見つけましたわドブネズミ!」
「おっと!」
今度は分厚い刃の両手剣を手に女騎士が迫るが、ドラムスがカットする。
俺も蹴手繰りでショウブの体勢を崩し、後退させる。
女騎士は金髪碧眼で、胸や尻が突き出たグラマーな体型だ。
ショウブとタイプは違えど、負けず劣らずの美少女と言える。
「お姉ちゃん、あのね、おじさんに、蹴られた……格闘スキルないと、ダメージないのに。ボクのこと、大切にしてくれてる……」
「ショウブちゃんは優しすぎるんだから。それより! なぜ蹴ったのですか!? 運命の人でもやっていいことと悪いことがありますわ!」
「黙れこの××××ども! 黄色い×××を呼んで、××付きの××にぶち込ませるぞ!」
「そう怒るなって。けど他の愛情表現もあるんじゃない? カメリアちゃんも」
振り向いて禁止ワード交じりの罵倒を飛ばすチューナーをよそに、ショウブと女騎士……カメリアは剣を構え直す。
ショウブとカメリアは『花嵐』というパーティーを組み、5年前から活動している。
この2人は美しさと仲睦まじさ、腕前から海外にもファンが多い。
同時に一度PKを始めると大量虐殺になるため、歩く災害扱いされているコンビでもある。
PKではどのプレイヤーも2人には大きく負け越しおり、一番戦績がいいドラムスでさえカメリアとほぼ互角、ショウブには三割しか勝てていない。
厄介なのはショウブが俺に執着し、カメリアがショウブにダダ甘なことだ。
この2人、リアルでも非常に親しいらしい。
ショウブは三次職『人斬り』。攻撃力とスピード、隠密性を兼ね備え、スキルや技もかなり尖っている。
武器は細身の両手剣『不穢之剣』、レア8でクリティカル時のダメージが倍になり、追加で出血の状態異常を確定で与える。
一方、カメリアは『暗黒騎士』。三次職で攻撃寄りのパラディンというべき特性を持つ。
こちらの武器は不穢之剣の姉妹剣『不壊之剣』。同じくレア8で弾き無効などの効果を持つ。
ショウブの姿が消え、一瞬で間合いを詰める。
動き始めから2秒だけ姿を消し、スタミナを大きく消費する代わりに移動速度を上昇させるスキル『暗殺剣』だ。
そこにドラムスが割り込み、小太刀で剣を防ぐ。
ショウブは無表情になってドラムスを睨む。
「どいて変態。おじさんとボクの邪魔しないで」
「つれないこと言うなよ。俺と遊ぼうぜ」
「おじさん以外はイヤ。殺すよ?」
ショウブが剣が見えなくなるほどの速さで連撃を放つが、ドラムスは全て捌く。
連続突きは身を開いて回避し、腰から上の斬撃は弾き、あるいは棟で受け流し、受け止める。腿狙いの突きや足払い、斬り上げはバックステップで間合いを外す。
だが、ドラムスも回避や防御で手一杯だ。
首筋狙いの一撃を弾いて小手打ちを狙うが、ショウブは無造作に手首をスナップさせ、逆に小太刀に一撃を入れて軌道を逸らしてしまう。
「どこを見ているのかしら!?」
カメリアも突進して剣を横薙ぎに振うが、槍の柄で防ぐ。
弾きは無効だがガードは可能だ。それにスキル『粘り腰』は防御の硬直やノックバックを低減し、スタミナ消費量を半減させる。
とはいえ、カメリアもキルスコア5位の実力者だ。
それもトドメはショウブに譲ることが多い、という事情があってのことだ。
重厚な両手剣を軽々と振り回し、胴体を中心に手足や腰も狙い、時折蹴りやタックルも織り交ぜてくる。
俺も斬撃は受け止め、突きは横から叩いて逸らし、蹴り足を蹴り飛ばしたり、ショルダータックルで逆に弾き返したりと、迎撃に徹する。
「あの放送を聞いてPKに走るとか、どういう神経してるんだ!?」
「あんな世迷言を信じているのですか? ゲームで人が死ぬなどあり得ません! 死人が出るならフルダイブVRなど普及しませんわ!」
「条件が揃うと死ぬこともある! 『フルダイブVRの父』、筑井亮太郎はそれで死んだ!」
「あれは黎明期ゆえの事故でしょう!」
その合間に説得しようにも、カメリアは耳を貸さない。
「おいまだか!? マウスがやられるぞ!」
「喋ってるヒマがあったらもっと叩け!」
チューナーとコップの援護は期待できない。
ユウキたちは初心者、ショウブたちに敵うわけがない。
だが、ユウキたちの考えは違うようだ。
「ハルナ! 瞬転の矢をドラムスさんに! 二パは一緒にマウスさんの援護を! スラッシュエア!」
「うん!」
「いっけえ!」
ユウキは剣を振るって風の刃を飛ばし、二パもブーメランをカメリアに投げつける。
それに合わせてハルナが瞬転の矢を放つ。
「そんな浅知恵! ディメンションウォール!」
カメリアは片手間に魔法を発動させ、風の刃とブーメランを弾き飛ばす。
ショウブは一瞬で姿を消し、矢を斬り落として打ち合いを再開する。
「そんな……」
「まだできることはあるはずだよ! スラッシュエア・セカンド!」
呆然とするハルナと対照的に、ユウキはより大きな風の刃をショウブに飛ばす。
しかし、ショウブはドラムスを蹴り飛ばし、剣を軽く一振りする。
剣圧で風の刃を相殺し、ユウキに目もくれず俺の方へ突っ込む。
「お姉ちゃん、交代。ボク、おじさんと、愛し合いたい」
「しょうがないわね。変態はお姉ちゃんに任せて!」
初撃を槍の中ほどで辛うじて受け止めた俺に、ショウブが顔を近づけて囁く。
「やっと、2人きり、だね。ボク、心配だった。デスゲームを、真に受けてないか、って」
「あれは本当かもしれないんだ! 後でいくらでも付き合うから、今はおとなしくしてくれ!」
「なんで、そう言えるの?」
「死んだ後にリスポーンしていないプレイヤーが、実際にいるからだよ!」
「本当?」
「本当です!」
押し問答をしていると、ユウキが声を張り上げる。
ショウブが距離を取り、表情のない顔をユウキに向ける。
無言の圧力に怯みかけるが、ユウキは言葉を続ける。
「あ……俺の友達がリスポーンしないし、連絡も取れないんです! ログアウトも本当にできないし、2人ともちゃんと連絡くれるタイプだし……だから、心配で」
最後は力なく俯くユウキに、ショウブは瞬時に接近する。
「おい待て!」
「大丈夫だ!」
後を追う俺を、カメリアと切り結んだドラムスが引き留める。
ショウブはユウキの前に立つが、攻撃はしない。
ただ、全身をじっと見ている。
ユウキはとっさに剣を突き出すが、一撃で弾かれる。
そのまま無造作に剣を動かし、ブーメラン、矢、毒ポーションも全部迎撃する。
しかし、それ以上は何もしない。
ショウブは剣を地面に突き刺し、ユウキの頬を両手で挟み、目を見つめる。
固まるユウキに構わず、口を開く。
「キミの装備、おじさんの、だよね?」
「え……?」
「神風の剣、神風の鎧、神風の篭手、神風の脛当、疾風の護符……全部レア6で、前におじさんが、使ってた。違う?」
「そうだ! その子たちは俺の仲間だ!」
「そっか……」
俺が答えるとショウブはユウキから離れ、カメリアに声をかける。
「もうやめよう、お姉ちゃん。デスゲームは、きっと、本当」
「本当って、どういうこと?」
カメリアは攻撃の手を止めて振り向く。
「この子、ウソついてない。おじさんも、騙されてない。だから、本当かも」
「……ショウブちゃんが言うのなら、やめましょう」
そしてショウブとカメリアは剣を鞘に納める。
俺とドラムスも武器を下ろし、戦闘が終わる。
するとユウキがその場にへたり込む。
サキたちが駆け寄るのを横目に、俺はショウブに近寄る。
「まずはありがとう、と言っておこうか」
「ん、どういたしまして。お礼、言ってもらえた……愛人さんがいなくなったら、おじさん、悲しむ、し……」
「愛人にするんじゃない。知り合ったばかりだ。それに俺は独身でね」
「そう、だよね……おじさんから見たら、ボク、子ども、だもんね。あと3年くらい、待って」
「そういう問題じゃない!」
「まあまあ、丸く収まったからいいじゃない。それより、彼女たちにも協力してもらおうか?」
「ボクも、お手伝い、したい」
「気持ちはありがたいが、代わりに頼みがある。後から別のパーティーが来たら、マウス、ドラムス、チューナー、コップはダンジョンに突入したと伝えてくれ」
「わかった。任せて」
「よかったわね、ショウブちゃん。しかしどうやって……」
「イヤッフウウウウウッ!」
話の途中で、チューナーが島めがけて弾丸のように飛んでいく。
それを見て、ショウブたちは全て悟ったようだ。
「バグ使って、ショートカット、するんだ……やっぱり、おじさん、すごい」
「侵入したら転移魔法で仲間を招き入れる、というわけですか。なら、お別れですね」
「そういうこった。じゃあな、お二人さん。無事を祈ってるよ」
「おじさん、気を付けてね? 変態は、どうせ殺しても、死なないけど、おじさんは、ダメだよ」
「気遣いありがとう。君たちなら心配ないと思うが、気を付けろよ? また後で会おう」
俺が別れを告げると、ショウブは小さく手を振る。
そこで視界が暗転した。