第4話 見た目はアレだが役に立つ
アイテムの準備とパーティー登録を済ませた俺たちは、西大陸南部のダンジョン『魔城マグナス』に侵入する。
ダンジョンは二段構えで、前半の火山地帯と後半の城内に別れる。
今は城が見える高台を目指している。
ちなみにレクスから普通に移動すると2時間かかるが、ダンジョン入口を登録した大転移玉ですぐに全員移動できた。
開始から1時間でこれはいいペースだ。あとはボスモンスターの種類と位置次第だろう。
隊列の中央にいる俺へ、右脇のユウキが話しかける。
「本当にいいんですか? こんな装備を貰って。それにアイテムもたくさん……」
「装備は『貸した』だけだし、インベントリには限度がある。君たちが運搬してくれないと困るのさ」
ユウキたちには余っていた装備を貸し、アイテムの運搬もさせている。
特に薬師はインベントリが多いので、かなり助かる。
ただ、装備はほぼ俺とドラムスしか貸していない。
装備可能な重量はSTRで決まるが、コップは三次職でも特に重装備の『鉄甲猟兵』だ。初心者の使える装備がない。
二次職の『重装兵』用装備でも重量過多、一次職『戦士』用装備は処分済みときた。
チューナーもレベル制限のある装備ばかりで、2人が貸せたのはごく一部だ。
俺たちの装備も高レアは重量過多やレベル制限があり、貸せたのは大半がレア5~7だ。
ユウキは人間の剣士、サキは人間の薬師、ハルナはエルフの弓兵、ニパは猫獣人の盗賊だ。
職業や種族の関係でユウキ以外はSTRの初期値が低く、ユウキもレベル7では大したSTRにならない。
それでもボスとの戦い方はレクチャーしたし、雑魚とは戦わないので問題ない。コップのスキル『威圧LV10』で雑魚が来ない。
邪魔もなく進んでいたが、先頭のドラムスとコップが立ち止まる。
「他のパーティーが来るぜ」
「警戒した方がよさそうだ……俺が行こう」
パーティーがデスゲームに乗っていた場合、一戦交えるしかない。
ユウキたちが表情を強張らせ、俺もドラムスと並び、コップがパーティーに駆け寄る。
パーティーは立ち止まって武器を構えるが、すぐに下してコップと歩いてくる。
敵対する気はないらしい。
先頭に立つエルフのパラディンが、朗らかに声をかける。
「やっぱりマウスか! いやビックリした、てっきりPK集団かと」
「PKだとしても『図南の翼』、特にプレッツェルは狙わないさ」
パーティーは、プレッツェル率いる図南の翼。サービス開始と同時に結成された古株だ。
中でもプレッツェルはβ版のテスターでもある。
図南の翼はクエストはもちろん、PVPでも高い勝率を誇る。
ただ、元からPKはしない穏健派なので、デスゲームには乗らないようだ。
そのまま俺とプレッツェルで情報交換を始める。
「聞いたかい? ピエロ野郎の話は」
「イヤってほど聞いたさ。誰が乗るかよ、あんなクソゲーに。あんたらは……乗るわけないか」
「わかってるじゃないか。で、なにをしていたんだ?」
「魔城に潜ってたけど、切り上げて街に行くところさ。まずは他のパーティーやギルドの動向を知りたい」
「俺もギルドとは接触していないな……PKを始めたパーティーはいたよ。全員ブタ箱送りにしたがね」
「そいつはいい! それで頼みがあるんだけど……街行きの大転移玉を譲ってくれないか? 帰りも雑魚狩りの予定だったから、持ち合わせがなくて。代わりに好きなアイテムをやるよ」
「お安い御用さ。終わりなき地図はあるかい? ピエロ野郎が消えた後のヤツだ」
「すまない、俺がボスを倒したのは1時間前、ドロップも魔導の宝珠だった……追加されたボスに挑むのか?」
「ご名答。地図は自分たちで調達しよう。こいつは貸しだ。後で取り立てにいくよ」
「恩に着る。気を付けて」
大転移玉を渡すとプレッツェルは地面に投げつけ、パーティーと姿を消す。
「他の連中も攻略に乗り出してるかもな」
「俺たちもやれるだけのことはやるべきだろう。無駄なら無駄で笑い話になる」
他プレイヤーの動向がどうであれ、最善を尽くすのに変わりない。
再び歩き始め、高台に到着する。
そこでチューナーがデバイスを確認し、何度か屈伸する。
「よし、まだ残ってる。出番だぜ」
「あいよ! 角度と回数と時間は?」
「仰角6度で秒間3回を41秒。以上でも以下でもなく、ジャストだ」
「よしきた!」
「その前に、君たちは後ろを向いてくれ」
ドラムスが崖に立つとユウキたちに背を向けさせる。
「サイレント! インビジブル! ……もういいよ」
「は、はい……ドラムスさんとチューナーさんは?」
「今、透明化と消音をして準備中だ。待っていてくれ」
ユウキの疑問に答えつつ、内容は話さない。
理由は簡単だ。
「フォオオオオオオウッ!!」
「いいぞドラムス!」
魔城を向いたドラムスが奇声を上げ、恐ろしい速さで腰を振っているからだ。
加減速は一切なく、気持ち悪いほど正確なリズムで腰が前後し、角度も一定を保つ。
その横でチューナーはデバイスを真剣に見ている。
「5、4、3、2、1、今だ!」
「ヒャッホオオオオオ!」
そしてちょうど41秒後、透明化と消音が切れたところでドラムスが跳び、超高速で崖から飛び出す。
「え!? なに!? 飛んでった!?」
「ねえ何が起きてるの!?」
「私に聞かないでよ!」
「ドラムスさん大丈夫なんですか!?」
「問題ない。ショートカットさ」
混乱する4人に、俺から説明する。
「大雑把な説明になるが、同じ動作を繰り返すと『移動速度』が溜まって、一定量を超えた状態でジャンプすると、凄いスピードで飛んでいくバグがある」
「原理的には、さる古典的名作の『TAS』で使われたバグと似たものだな。最初は屈伸や足踏みでもやれたけど、さすがに修正されたよ」
このバグは足踏みや屈伸を繰り返してジャンプすると、恐ろしい速さですっ飛び、障害物をすり抜ける、という現象が起きて発覚した。
正確に言うと、移動速度は尻の動きを参照しており、足踏みのように尻の動きが小さくて遅い場合、よほど回数を重ねないと起きない。
さすがに製品版では修正したが、納期が迫っており、修正で重大なバグを招きかねず、何よりプログラマーが面白がったため、根本的な修正はしなかった。
とはいえ、尻が1分間に130回以上動くスピードを、最低30秒は同じペースで維持し、かつ角度は11度から4度でないと発生しない。
なにより、使えるのは魔城マグナスを含めた一部だ。
移動速度を一番効率よく稼げるのは、腰振りだ。
つまりドラムスの腰振りも効率を突き詰めた結果にすぎない。奇声は別として。
ちなみにバグを最初に発見したのも、面白がって修正をしなかったのもチューナーだ。
1分ほど待つと、魔城からドラムスが飛んでくる。
「上手くいったか?」
「もちろん。さっそく開けましょうか」
「まだだ。ここだと戦いづらい……あっちに移動するぞ」
戻ってくるなり、ドラムスは両手に抱えた金属製の箱を開けようとするが、俺はそれを止め、崖を少し下った先にある平地を示す。
「ショートカットだ。ハルナ、『ポータルアロー』をあそこに打ち込んでくれ」
「はい!」
ハルナはインベントリから矢を取り出し、弓につがえて平野の中心へ放つ。
矢が当たると、俺たちは瞬時に平野へ移動していた。
ポータルアローはレア7の『特殊矢』で、打ち込んだ場所へ味方全員を転移させる。強力だが所持可能数が少ない貴重品だ。
元はチューナーが持っていたが、ハルナに在庫をあるだけ譲った。
「これからボス2体と戦う。打ち合せ通り、ニパとハルナはドラムスとコップ、ユウキとサキは俺とチューナーの手伝いだ」
「ここでボス戦、ですか?」
「ああ。本来は城の仕掛けを解除しないとボスと戦えず、ボスを倒さないと箱は獲得できない。だが、ドラムスは条件を満たさずに箱を手に入れた。それを開けると……」
途中で、ドラムスが箱を開ける。
箱から黒煙が噴き出し、赤いローブを纏った漆黒のゴーストが出現する。
ゴーストは赤い両目を向けて吠える。
『我を謀ろうなど片腹痛し! 愚か者には罰を与える! 出でよ、パニッシュドラゴン!』
空に魔法陣が出現し、黒いドラゴンが降り立つ。
「ペナルティーとしてボスの魔導帝ボルトリウスが出現し、追加でドラゴンが出る。ちなみにこの行動は妨害できない」
「箱に入っていたアイテムも入手できなくなる。ボスは強化されるし、ドラゴンも負けず劣らずの強さだ。普通ならメリットはないが、今回は普通のプレイじゃないんでね」
チューナーと俺が説明したところで、ドラゴンが咆哮し、ボルトリウスが叫ぶ。
『では、死ぬがいい!』
「戦闘開始だ!」
ボルトリウスの宣言後、敵のHPゲージが表示される。
俺とチューナーはドラゴン、ドラムスとコップがボルトリウスと対峙する。
「グオオオオオオオッ!」
「リジェクトウォール・トリオ!」
ドラゴンが突進をしてくるが、三重の障壁で受け止め、弾き飛ばす。
「我が氷槍にて汝の五体を貫かん! アイシクルスピア・シージ!」
その隙にチューナーが大量の氷の槍を周囲に展開し、一斉に発射してドラゴンの全身を貫く。
ドラゴンは悲鳴を上げ、HPゲージが減少する。
このドラゴンの弱点は氷属性だ。チューナーは聖属性以外の魔法を全て習得している。
とはいえ、ドラゴンのHPはかなり多い。
俺は槍を頭上で一回転させる。
「星槍よ、力を示せ! サターンフロスト!」
周囲に直径3mほどの氷の円盤が6個出現し、一斉に飛んでいく。
円盤に当たったドラゴンの四肢と翼が凍り付き、スリップダメージを与える。
しかし、ドラゴンが咆哮を上げて氷結を解除し、飛翔する。
そして俺に炎のブレスを吐き出す。
「頼むぞ!」
「はい!」
しかし、ユウキが前に出て、長剣を掲げると全て吸収される。
ユウキの武器は、レア8の『ソード・オブ・ドラゴンロード』だ。
チューナーが貸せた唯一の装備で、高攻撃力にドラゴン特効、ドラゴンのブレス吸収効果を持ち、重量が軽くレベル制限もない。
だが戦闘中は所有者にスリップダメージが発生し、ブレスを吸収すると20%分のダメージを所有者が受けるデメリットがある。
まともに使えばユウキのHPは一瞬で消し飛ぶが、ユウキは借りているだけで、所有者はチューナーのままだ。
そして、不死者はHPポーションや回復魔法でダメージを受けるが、攻撃以外のダメージを全て回復に転換する、という特性を持つ。
つまり、一方的にデメリットを踏み倒せるわけだ。
「我が腕にて汝の魂を束縛する! アンノウンハンド・クラッチ!」
今度は闇の手を地面から大量に生やし、伸ばしてドラゴンを捕える。
そこでチューナーの背後にいるサキへ指示を飛ばす。
「ポーションをぶつけるんだ!」
「はい!」
MPポーションを大量に作成していたサキが、瓶を投げつける。
拘束魔法は発動中、継続してMPを消費する。
特にチューナーの魔法は強力だが消費が重く、スキルをフル稼働させても自動回復を上回る。
MP回復に一番手っ取り早いのは、ポーションだ。
不死者にもMPポーションは効果があるので、瓶ごとぶつけて回復させることにした。
飲ませた方が効果は高いが、魔法を一旦中断しなければならない。
サキは『スライムでもわかる! ポーション製造の全て』という、レア9のアクセサリーを装備し、『高速作成LV6』と『大量生産LV6』、『ポーション効果増大LV8』を仮習得している。
材料はインベントリに詰め込ませ、大量生産スキルで作成量も増加するので、ペースを保って投げれば問題ない。
そこで俺は槍の穂先をドラゴンへ向ける。
「星槍よ、力を示せ! ヴィーナス・コロージョン!」
穂先から大量の霧が噴き出し、ドラゴンにかかると鱗や肉を腐食させ、ダメージとともに防御力を大幅に低下させる。
そのままドラゴンへ突進し、槍を捻りを加えつつ額に突き入れる。
「尖槍・抉!」
ドラゴンのHPが半分まで削れ、悲鳴が上がる。
今は孤軍奮闘に代わり、ドラゴンへの与ダメージが大幅にアップする『ドラゴンスレイヤー』のスキルを付けてある。
これに大型モンスターへの与ダメージ増加の大物喰い、クリティカル時のダメージが倍になる技が加わってここまでの火力を出せた。
ドラゴンはブレスを乱射するが、全てユウキの剣に吸収される。
一段落したところで、ボルトリウスを見る。
『砕け散れ! ボルトスプラッシュ!』
「当たらないよ!」
ブーメランパンツに手を突っ込み、2mを超える大太刀を出して鞘から抜いたドラムスに、ボルトリウスが雷魔法を連発する。
しかし、魔法は盾を構えたコップへ向かい、防がれる。
コップのアクセサリーはレア5の『招雷の護符』。雷魔法を全て自分に引き寄せる。
さらに防具の『破皇』装備は、重量が凄まじい代わりに全防具トップのDEFと強力な魔法耐性を誇る。
これに本人のMMDの高さと自動回復スキルもあるため、ダメージは実質ゼロだ。
しかし、ボルトリウスの魔法は雷だけではない。
今度は風を渦巻かせ、飛ばそうとする。
『ウィンドソーサー!』
「ネコちゃん頼んだ!」
「りょーかい!」
そこにニパがブーメランを投げつけ、魔法を吸収して手元に戻る。
投げると風魔法を吸収するレア6武器『飛来刃・風』だ。強すぎると吸収できないが、ボルトリウスの魔法は雷以外強くない。
『燃え尽きろ! ファイアラピット!』
接近するドラムスにボルトリウスは火の玉を連発するが、全て切り払われる。
上空へ逃げたボルトリウスにハルナが矢を放つ。しかし、矢は身体をすり抜ける。
ゴースト系の敵は特効武器なしだと物理攻撃が通用しない。ハルナの弓、レア5『コダンダ・イミテイト』にゴースト系特効はない。
だが、『矢』の効果は発動する。
「ナイスだエルフちゃん!」
ドラムスの姿が消え、ボルトリウスの背後に出現する。
放ったのはレア4の特殊矢『瞬転の矢』。対象が味方1人になった、ポータルアローの廉価版だ。
そのまま大太刀を振りかぶり、流れるように斬撃を放つ。
「剣舞・落花流水!」
一瞬で20の斬撃を叩きこみ、ボルトリウスのHPが4割削れる。
大太刀『罰刀・喊怨戊殺』は、レア10の大太刀でも屈指の攻撃力にゴースト系特効を持つ。
物理防御自体は高くないボルトリウス相手なら、えげつないダメージが出せる。
全パラメータがカンストでスキルも充実したドラムスなら、なおさらだ。
ハルナが二の矢を放ち、今度はボルトリウスの頭上を取る。
大太刀をドラムスが上段に構え、刀身に炎が宿る。
「真伝・百火繚嵐!」
乱撃で滅多打ちにし、抵抗する間も与えずHPをガリガリと削る。
「コップ、トドメを! チューナーもだ!」
「おう!」
「あいよ!」
指示を出した俺は再度跳躍し、ドラゴンの頭に飛び込む。
「サウザントスタブ!」
そのまま槍でメッタ突きにし、HPを残り3割まで削ってから、合図を出す。
「今だ!」
「はい! 竜の息吹よ、刃となりて我が敵を討て!」
詠唱したユウキが剣を振ると、身の丈を超える真っ赤な斬撃が発射され、ドラゴンに直撃する。
吸収したブレスを剣圧に変換して放つ、ソード・オブ・ドラゴンロードの切り札だ。
一方、ドラムスが着地したところで、ニパがブーメランを投げつける。
「えっと……解き放て!」
当たる直前、ニパの声を受けてブーメランから強風が吹き荒れ、ボルトリウスを拘束する。
すかさずハルナが3本目の瞬転の矢を放つ。
ただし、転移させるのはコップだ。
ボルトリウスの正面に出現したコップが、右手の斧を振り上げる。
斧が黒いオーラを放ち、巨大な刃を形成する。
「ソウルブレイカー!」
『ぐああああああっ!』
斧を振り下ろすとボルトリウスが断末魔を上げ、消滅する。
同時に、アイテムが地面に落下する。
ソウルブレイカーは『STRを参照する無属性魔法』として扱われる技だ。
コップがボルトリウスにダメージを与えられる、数少ない手段となる。
チューナーもトドメを刺しにかかる。
「我が掌にて汝の魂を穢し、貪らん! アンノウンハンド・クラッシュ!」
拘闇が収束して巨大な腕を形成し、掌でドラゴンを叩き潰す。
HPがゼロになるとドラゴンは闇に呑まれて姿を消す。
闇から数個のスキルオーブが吐き出され、戦闘が終了する。
「よくやってくれた。第一段階はクリアだ」
「お疲れ様。ポーションいっとく?」
「スタミナが限界だろ? 今はちょっと休んでな」
「アイテム回収はやっとくぞ」
座り込むユウキたちをねぎらい、ドラムスたちが動き出す。
見た目はアレだが役に立つものは、意外と多い。