第3話 マウスのおかしい仲間たち
ユウキたちの反応を見て、俺は咳払いをする。
3人が黙ったところで紹介を始める。
「驚かせてすまない。こいつらは仲間だ。まずはドラムス、こんなナリだが人間だ。それとゲームの腕は俺より格段に上だよ」
「職業が『完全変態』ってなってるんですけど……?」
「星が5個あるような……」
「はいはーい! ネコちゃんとエルフちゃんには俺から解説しよう。完全変態ってのは、職業『変質者』の三次職さ。転職条件は……」
「それ以上はいい。特殊な条件を満たせば、5回まで転生できるってことさ。不正じゃない」
ドラムスがニパとハルナにすり寄るのを制して付け加える。
上限とは別カウントの転生については、星が★で表記される。
その転生を2回したドラムスは、星の表示が『☆☆☆★★』となっている。
通常の転生とは別に、女神が1回だけ転生させてくれる、通称『泣きの一回転生』というシステムがある。
条件は職業が村人、全一次職の初期スキル・技・魔法を習得済み、かつレベル10以下で死ねば女神が出現する。
問題は村人はステータスが低くて補正もないことだ。
一応、レベルは上がりやすく獲得GPも多いが、育成でとにかくGPを食う。本格的にやるなら、転生前の職業とスキル構築の吟味が必須だ。
そして、5回目の転生方法は現状1つだけだ。
まず転生を4回済ませてレベルがカンスト、80以上のギルドから『最優先抹殺対象』と『最高額賞金首』に指定される。
そこから防具を一切装備せず、2時間以内に同レベルのプレイヤーを含む30人以上を殺し、自分も100回殺される、というものだ。
条件を満たすと死亡時に問答無用で転生し、職業が『変質者』系統に固定される。
そして変質者は、今のところドラムスしかいない。
事の起こりは3年前、アメリカサーバーにドラムスが遠征したことだ。
当時のアメリカサーバーは民度が低く、第二の西部開拓時代やら禁酒法時代だと散々に言われた。もちろん良識あるプレイヤーもいたが、トッププレイヤーの悪辣さが図抜けていた。
初心者狩りやPK、アイテムの巻き上げも当たり前、気に入らないヤツの個人情報を割ったり、スワッティングしたりとやりたい放題だった。
おまけにトリトン社の現地法人は見て見ぬふりをしていた。
ドラムスは余所者ということで目を付けられ、かなり悪質な嫌がらせを受けたらしい。
それに対し、ドラムスはやり返した。
まずは有力でガラの悪いトッププレーヤー20人に、レアアイテムを大量に貢いで頭を下げ、『秘蔵動画』をプレゼントした。
ヴァリアント・ロードでは、写真や動画を撮影して他のプレイヤーに送ることができる。
内容は、海外にもファンがいる日本の美少女プレイヤー2人が百合の花を咲かせている動画、と言ったらしい。
で、送り付けたのは、だいぶ昔に流行した名曲のMV……欧米の釣り動画として知られるそれを、分身魔法を活用して1人で完全再現したものだ。
しかもプログラムを弄り、途中で切れないように設定して4時間ループするようにした。
おまけにドラムスの格好は今と同じである。
つまり、馬マスクのバックダンサーを従えた馬マスクが往年の名曲を歌い、時にアクロバットを披露する映像を、休みなく見せられたのである。
トッププレイヤーの怒りは凄まじく、傘下にあった100を超えるギルドで最優先抹殺対象と最高額賞金首に指定し、多数のプレイヤーが殺しにかかった。
ドラムスは防具を一切装備しない裸装備にも関わらず、トッププレイヤー20人を始め、殺しにきたプレイヤーを一度は全員返り討ちにしたが、執拗なリスキルもあって200回以上殺された。
結局、騒ぎはギルド間の抗争に飛び火し、グダグダのまま終息したが、アメリカプレイヤーの日本に対するヘイトが増大した。
だが、トッププレイヤーが裸のドラムスに殺された事実が求心力を低下させ、横暴が問題視されるようになった。
そして良識派の古参プレイヤー、中堅以下のプレイヤーから糾弾され、最終的にトッププレイヤーと取り巻きは引退に追い込まれた。
同時に、現地法人の運営体制も改められ、古参プレイヤーがフレントリーな雰囲気作りに務めたことで、今は活気に満ちている。
同時に、俺を含めた日米双方のプレイヤー数人が代表して事後処理を協議し、ドラムスがアメリカサーバーの全会館に謝罪広告を掲載する、で手打ちとなった。
穏便な手打ちとなったのは、向こうのトッププレイヤーに非があり、ドラムスの行動が健全化に繋がったからだ。
そして運営側も、引退か所持金没収のうえで新設した変質者に転生するかを迫り、ドラムスは後者を選んだ。
変質者は補正がなくレベルが上がりにくいうえ、遊び人すら下回る初期ステータスに設定されていたので、格好も含めてドラムスへの懲罰と、暗に引退しろという警告の意味合いが強かったのだろう。
本人は気にせず、むしろノリノリで変態ムーヴに勤しんでいるが。
正直、この事情は話したくない。
見た目以上に中身が危険と知らせても、マイナスにしかならない。
ドラムスがあきらめたところで、紹介を続ける。
「こいつはチューナー。種族は人間、だったんだが……」
「俺の職業は『ネクロマンサー』でね。転生の法を使って『不死者』になったのさ。だから星が4個になってる」
チューナーが骸骨になったのは、三次職のネクロマンサーがレベル94で覚える魔法、転生の法を使ったからだ。
これも別カウント転生で、使うと種族が不死者、職業がネクロマンサーに固定されて転生する。
泣きの一回転生より条件は緩いが、不死者は二度と転生できず、レベルアップ時のステータス上昇がない。
一応、得意なパラメータがHP、MP、INT、MMDと多く、初期値も悪くない。
だが、STRとVITが一次職最低の遊び人より低いため、最序盤をいかに切り抜けるかがカギとなる。
説明が終わったところで、ユウキが恐る恐る話を切り出す。
「ウイルスを送り込んだとか、偽造するとか言っていたんですけど……」
「俺はホワイトハッカーってヤツでね。今は悪いピエロさんがのさばってるだろ? ちょいと鼻を明かしてやろうと」
「チューナーさん、ハッカーなんですね! すごいなぁ……じゃあ、このゲームをハッキングで終わらせたりもできるんですか?」
「そいつは時間がかかりすぎる。本格的なマシンを使えれば、逆探知してハッキングし返すのもお茶の子さいさいだが、こいつだと難しい」
チューナーが左腕に着けたウェアラブルデバイスを表示させ、首を振る
デバイス類の持ち込みは禁止されておらず、検証勢がたまに持ち込む。
用途としては座標の確認、フレームレートの表示、バグの有無の確認などだ。
もちろん、ソースコードを盗もうとしたり、改造すれば垢BANからの逮捕となる。
だが、チューナーはウィザードクラスのハッカー、かつヴァリアント・ロードを熟知しているため、ゲームマスターの目を盗んで小細工ができる。
それでも処理能力に限界がある以上、ゲームを終わらせるのは無理らしい。
チューナーがデバイスを非表示にし、ニパが肩を落としたところでコップを見る。
「最後に、こいつはコップだ。種族はオーガ、見てくれはこんなだが中身はまともさ」
「一言多いんだよ、ガキの頃から」
「マウスさんとは付き合いが長いんですか?」
「ああ、幼馴染みってヤツだ」
「女の子なら恋に発展したかもしれないが、ムさい大男じゃな」
サキの質問に冗談を飛ばし、コップが睨むと肩をすくめてみせる。
コップとは幼稚園からの付き合いで、付き合いの長さは一番だ。
プレイヤーとしては他2人にやや劣るものの、三ツ星でベテランに相応しいステータスと腕前はある。
なにより、付き合いの長さからくる信頼は格別だ。
するとサキが表情を緩める。
「じゃあ私たちと同じだね、ユウキ」
「急にどうしたの?」
「わからないのか? サキちゃんもイチャつきたいって……」
「余計なこと言うなバカ! 子ども相手に余計な真似しやがって!」
「ストップストップ! チョークスリーパーはまずいって!」
茶々を入れるドラムスに、コップが太い腕で裸締めをかける。
最大の欠点は、怒るとすぐに手が出るところだ。
なんせリアルでは柔道の有段者で、大会で優勝した経験もある。
俺が軽く腕を叩いて裸締めを解かせたところで、チューナーが話を切り出す。
「ところで、どう潰す? やっぱりサーバーを……」
「それは最後の手段だ。99%大丈夫だと思うが、残りの1%を引いたら全員お陀仏だ。まずは提示された勝利条件、ボスモンスターの討伐を達成する」
「ボスモンスターね。どこにいるか不明だけど」
「見つける方法はある。今日は土曜日、魔城マグナスのボスは魔導帝ボルトリウスだ。後はわかるな?」
「……狙いは『終わりなき地図』か」
「アシと囮も確保できるし、一石二鳥だ」
「あの!」
話がまとまったところで、ユウキが割り込む。
「これから、どうされるんですか?」
「デスゲームとやらの攻略さ。大人しく死を待ちたくないんだ」
「俺たちも連れて行ってください! まだ弱いですけど、なんでも手伝いますから!」
「なに言ってるの!? 私たち初心者だよ!?」
「気持ちはありがたいが、君たちは会館で待機していた方がいい。あそこならPKされることはない」
「危ない橋を渡るのは俺たちだけで十分だ」
ユウキの発言にハルナが驚き、俺とコップも制止する。
今回は結構な無理をするので、初心者は早死にする可能性が高い。
だが、ドラムスとチューナーは違うようだ。
「まあまあ。言いたいことはわかるけど、連れてってやろうぜ。ユウキちゃんの勇気に敬意を表してさ。というか、旦那のパーティーじゃないの?」
「PKされかけていたのを助けただけさ。よく見ろ、俺はまだ誰も味方登録をしちゃいない」
「だったら余計に連れていかないと。いいかい君たち、恩義は忘れちゃいけないよ」
「それに人手とインベントリと囮は多い方がいい。使える死体もな」
「お前はぶっちゃけ過ぎだ! しかし一理ある。君に覚悟があるなら止めないが……他の子はどうなんだ?」
「私は、お手伝いしたい、です。マウスさんに助けてもらいましたし、レンとマコトがどうなったかも知りたいから……」
「あたしも待つのは性に合わないです。それに! 強いプレイヤーさんと一緒に戦えるなんて、めったにないじゃないですか!」
「サキ! ニパまで! 私は……怖いですけど、この3人は放っておけません。私から誘った以上、責任は取りたいです」
サキ、ニパ、そしてハルナが顔を上げて頷くと、ユウキも真っすぐ俺を見てくる。
どうやっても止められそうにない。
「……わかった。だが、約束してくれ。俺たちの指示には必ず従う。勝手な行動はしない。身の安全が第一。そして、ここから先は自己責任だ。いいね?」
「はい!」
「元気でよろしい。俺にもこんな時期があったなぁ……」
「なに年寄りぶってるんだ、ドラムス。だがこのまま連れていくわけにもいかない。会館に戻ろう。下準備が必要になった。お前たちの『在庫』も使うぞ」
「よし来た! カワイイ子には大盤振る舞いしないとね」
「構わんが、重量的に持てるヤツがあるか……」
「おあつらえ向きの装備、残ってたっけな」
最初の目標が決まったところで、俺たちは会館へ歩きだした。