プロローグ 一人の怒れるプレイヤー
一人称小説の練習も兼ねて初連載です。
マウスは激怒した。
必ず、かの邪智暴虐のゲームマスターを潰さねばならぬと決意した。
マウスには事情がわからぬ。
マウスは、フルダイブVRMMORPG『ヴァリアント・ロード』のプレイヤーである。
ソロで動き、気の向くままに遊んできた。
けれどもヴァリアント・ロードに対しては、人一倍に熱心であった。
今朝マウスはログインし、クエストをこなしイベントを消化し、西大陸の冒険者組合会館へ向かっていた。
マウスには父も、母もない。妻も恋人もいない。兄が2人いるだけの、39歳独身だ。
――などと、脳内で宣う俺に構わず、勝手に開いたメニュー画面を独占し、ピエロ野郎がスピーチを垂れ流す。
『やあ! ヴァリアント・ロードをエンジョイしているかい? 私はクラウン。今から始まるスペシャルなゲームのゲームマスターさ! 今回はプレイヤーに特別なプレゼントがあるんだ!』
『ずばり! ログアウト不可、ゲームオーバーになれば二度と現実に帰れない、最高にクレイジーで! エキサイティングなゲームへの招待さ! 理解できない頭がハッピーなプレイヤーにはこう言った方がいいかな?』
『命がけの、デス・ゲェェェェムッ!!』
『ルールは簡単。新たに配置したボスモンスターを倒すか、プレイヤーが1人になったらゲームクリア! もっとも、ボスはチョー強くしてあるし、特効武器は残りプレイヤーが2人以下にならなきゃ解放されないけどね!』
『戦わなければ生き残れないのさ! 説明はここまで、あとは存分に楽しんでくれ! チャオ!』
ピエロ野郎が消えると、ようやくメニューが操作可能となる。
「なにがデスゲームだ! ふざけやがって!」
ヴァリアント・ロードは、7年前のフルダイブVRゲーム機発売にあわせ、トリトン社からリリースされたMMOだ。
内容は多種多様な種族が住まう世界を舞台とするファンタジー物だ。
そこでプレイヤーは自らの生き方を選び、自らの力で困難を切り抜ける、勇気ある道を歩まねばならない、というのがタイトルの由来とされる。
そいつはリップサービスで、本当は仮想現実と同じ略称にするためなんだが。
同ジャンルでは最古だが、自由度の高さやこまめな改善もあって、いまだにトップクラスの人気を誇る。
裏を返せば、たくさんの人間が参加しているゲームってことだ。
今日は休日とはいえ午前中なので人は少ないが、それでも十万人以上が同時接続しているだろう。
冗談だとしても悪質すぎるし、本当なら一大事だ。
まず、デスゲームの可否だが、結論から言えば可能だ。
通常、フルダイブVRで死人が出ることはない。
だが、機器の性能が低く、特定の条件が揃うと意識がVRに取り込まれ、肉体が衰弱死する可能性がある。
俺の親父とおふくろは、フルダイブVR開発の黎明期、性能が著しく低かった最初期のVR機器の実験中に、意識を取り込まれて死んだ。
そしてゲーム機でも性能とサーバーの仕様により、同様のことが起こり得る。
現在普及しているフルダイブVRゲーム機は、現段階で最も小型なVR機器だ。安価で消費電力が少ないが、スペックも低い。
ゆえにゲームサーバーで行う処理量も、従来のゲームとは比較にならないほど多い。
なので処理が煩雑となりがちなリスポーン前後は、プレイヤーをゲームサーバーから管理サーバーの一区画、通称避難所に接続させる。
プレイヤーの管理は管理サーバーに完全委任され、ゲーム機とゲームサーバーで処理を実施する。
リスポーン周りの処理が完了すると、接続先は避難所からゲームに戻る。
とはいえ、一連の動作はごく短時間で行われる。
プレイヤーからすると、視点が一瞬暗転してリスポーンする、って感覚だ。
問題は管理サーバー内ではプレイヤーの操作を受け付けないので、万が一ゲームサーバーに再接続されない場合、自力でログアウトできなくなる点にある。
もちろん、ゲーム機やサーバーにも対策は施されている。
ゲームサーバーか管理サーバーに異常が起きれば、残ったサーバーが安全にプレイヤーをログアウトさせる作りになっている。
そしてどのサーバーからも応答がなければゲーム機の緊急停止機能が作動し、プレイヤーを強制的にVR空間から引き戻す。
それも全てを統括する『マスターサーバー』を弄り、プレイヤーがゲームサーバーに接続中との偽情報をサーバーとゲーム機に送っていたら意味がない。
そして管理サーバーはその重大さと性質上、マスターサーバーと同じ場所に置かれていることが多い。
フルダイブVRの常として、リアルの肉体は睡眠に近い状態を保っているから、自分で電源を落とすという手段は使えない。
外部から機器の電源を落とす手もあるが、意識をサルベージできなくなる危険がある。
ログアウト不可にするのは簡単だ。プレイヤー側からログアウトできないよう、サーバーの設定をいじればいい。
つまり、ゲームマスターはサーバーを掌握している可能性が高い。
試しにログアウトしようとするが、エラーメッセージが出る。通話やメッセージの受信も遮断されているらしく、うんともすんとも言わない。
だが、外にメッセージを送信するくらいはできそうだ。
次にPKの有無だが、これは設定次第だ。
デフォルトではオフのFFスイッチを、双方のプレイヤーがオンにしていると、プレイヤーの攻撃でダメージが入る。
逆に言えば、どちらかのスイッチがオフのままならPKは成立しない。
なので、悪質なPKプレイヤーは騙したり煽ったりと、あの手この手でオンにさせようとする。
それに街中でプレイヤー同士が戦うと、住民の通報で衛兵が飛んでくる。
衛兵を倒しても、強力なNPCの王国騎士や賞金稼ぎが無限湧きし、プレイヤーが死ぬか拘束されるまで戦う羽目になる。
PKを仕掛けられた側は、住民や他のプレイヤーに証言してもらい、正当防衛が認められるって救済措置もある。
そこで設定を確認すると、FFスイッチがオンになっている。こっちの操作は受け付けない。
これもサーバーで設定を弄っているようだ。
そしてゲームマスターの正体は、運営側の人間だろう。
ここまでゲームやサーバーの設定をいじるのは、外部のハッカーが一朝一夕でできることじゃない。
で、こんな馬鹿げたことを会社ぐるみでやるメリットがないので、恐らく個人か少人数でやっている。
これ以上、正体に繋がる手掛かりはなさそうだが、一つだけハッキリわかったことがある。
それは、俺たちが創ったヴァリアント・ロードを、ゲームマスターはコケにしているということだ。
「ピエロ野郎……お前が仕組んだデスゲームとやら、徹底的に潰してやる!」
ここに、俺の新たな『クエスト』が開始された。
内容はデスゲームの『完全攻略』だ。
もちろん、デスゲームというのは嘘かもしれない。
俺の推測はあくまで推測でしかない。
それでもあまりに悪質だし、本当の可能性がある以上、放置するわけにはいかない。
それに、PKを開始したプレイヤーがいるかもしれない。
幸い、ゲーム上で死んでも現実でもすぐ死ぬわけではない。
5時間以内なら取り込まれた意識を確実に戻せると、フルダイブVRの基礎研究や臨床試験で判明している。
さらに1時間分の安全マージンを取って、4時間。
4時間以内にこのゲームを終わらせ、避難所に隔離されたプレイヤーも解放し、誰一人死なせずにゲームを終わらせる。これが勝利条件だ。
達成するには信頼できる仲間が必要だ。
俺はメッセージを警視庁の『仮想・拡張現実犯罪課』に送信し、インベントリから水晶玉に似たアイテムを取り出す。
あらかじめ登録した場所にワープする『転移玉』だ。
それを地面に叩きつけて発動させる。
ゲームとは、楽しくプレイできてこそだ。
PKだってルールに抵触せず、他人に迷惑をかけず、やりたいヤツだけで完結するなら何の問題もない。
俺もPKを仕掛けられたら返り討ちもPKの習い、ってことで返り討ちにしたり、抵抗むなしく殺されたりもした。
しかし、ピエロ野郎はそれを踏みにじり、一方的に楽しみ方を押し付けてきた。
ましてや、プレイヤーを殺してでもクリアを強制するゲームなど、認めるわけにはいかない。
だから。
「そんなゲーム、ぶち壊してやる!」
◇
マウス、本名『筑井連三郎』。
ヴァリアント・ロードの開発者の1人であり、フルダイブVRゲーム機の黎明期から被験者を務め、ヴァリアント・ロードにも携わったテスター。
そして、フルダイブVRの理論構築と実用化に貢献した科学者、筑井亮太郎の三男。
ヴァリアント・ロード、そしてフルダイブVRを熟知する男が牙を剥いたことを、ゲームマスターはまだ知らない。