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フォトジェニック

 施設の外で見た地球の環境は、破壊され、汚染され、搾取されていた。砂、岩、わずかな土がその身を守ろうと寄り合っているようだった。


 そして、その寄り合いを引き裂くのは、地底から吹き出すマグマ。山脈でもない場所に火口ができ、そこから定期的に灼熱が吹き出している。かつての戦争で地軸がわずかにずれたことで、地表をながれていたマグマは行き場を火口以外に変えてしまった。空は火山灰でおおわれ、青い色など見えない。代わりに、マグマが固まって熱をなくした黒い塊があるだけである。


 だが、その地球に、未だに生物は存在していた。


 それは、微生物の形をとっているものや、空気中の塵を食べるように変わった虫。それらすべては、かつての生物よりもずっと小さく変わっている。生物のこの地球での対応の仕方は、維持するエネルギーを最小にするためにおこなわれたものだ。そして、逆の形に対応したものも、またいる。


「……レコード。あれは、なんだ? 」

「『コモドオオトカゲ』を先祖にもつ爬虫類ですね。私の確認する限りで、最大の爬虫類です」

「目視できる。大きさは、いくつだ」

「ええと」


 イノセントで飛行している最中に、それは見つかった。浅黒いウロコと、わずかな牙と爪。どれも鋭いが長くない。両足は重く、砂の大地にしっかりと足跡を残している。


「全長30m。全高は8mはあるかと。体重は50トン以下のはずですが」

「理由はなぜだ」

「それ以上の重さだと、自壊する可能性があるからです。まぁあれだけ大きいと計測もできませんし、解剖することもできませんから」

「エネルギー源は」

「マグマの「余熱」で熱量を得てるんです。傍によって体を熱して、それがエネルギーになるんです。だから、食べたりはしません。飲んだりは、見たことありませんけど。きっとしてるんだと思います。水分がないとは考えられませんし」

「……爬虫類とよばれた生物たちは、多くは変温動物だった。それの特異化と判断できる」

「どうです? このあたりの景色とか、生き物とか、その、面白くないですか? あの子みるまではずっとだんまりですし」

「君は何を言っている」


 6号が振り向いて、レコードと目を合わせた。レコードの赤い目を見ながら話をしたいという、6号の確かな意思を行動で表明する。それほど、今から言う言葉は、彼女の中で、レコードに知っていて欲しいことであり、自分の口から伝えたい事だった。


「地球は、赤く、黒く、灰色だ。」

「は、はい」

「どれも宇宙の星にはなかった。いや、訂正する。ガス星雲にはあったが、このように生物が生存可能な環境の惑星に、この色を持った星を確認した事実を6号は知らない。地球は……そうだ。地球は」


 6号が、語彙を選定し、伝える。口にだしていく。


「地球は赤かったんだ」


 6号が、自我をもって、地球をそう評価した。


「そう、ですね。今の地球は、きっと赤く見えるのでしょうね」


 そしてその言葉に、レコードは暗い声色をして応えた。


 その声に、6号が、自分が思った以上に動揺していることに気がつく。レコードの反応が想定と違うことに、わずかながら、そして、無自覚ながら驚嘆していた。自分の言った言葉は、決してレコードを、そのような悲しそうな声色を出すための意図をもってして発してのではなく、ただ単純に、自分がもったこの地球の印象を最大限好意的に、かつ具体的に現した結果だった。そして彼女は、その言葉をレコードに聞かせて、嬉しがって欲しかった。しかし、そうはならなかったことで、癇癪に近い何かを起こしていた。


「今の声は、『寂しい』のか、『悲しい』のか、どれだ? 」

「え、ええと、きっとどれでもないです」

「君の感情は、複雑に変化しすぎて、6号では対応できない」

「そのうちわかってくれますよ。きっと」

「推測が多い。それにまた抽象的だ」

「あははー」

「地球は赤かった。この景色を見た感想だが、それが君には心象に好意的な影響を与えなかったのか」

「ずっとまえ、まだ人類が初めて宇宙を出て、地球を見た時には、6ちゃんとは違うことを言っていたんですよ」

「赤くないのか」

「はい。私の服と同じ色です。いえ、もっと美しい色です」

「君の、その青いドレスより? 」

「私も、その色より美しい青を知りません」

「美しい。その評価は、人類による主観で行われる極めて曖昧なものだ。6号にはその基準が分からない」

「基準? 」

「6号にはこの景色は、美しいと言ってしまう。違うのかレコード。私の『美しい』は。美しくないのか」

「いいえ。でも、私の知っている地球を知ってほしいって思ってしまうのです」

「レコードの美しい? 」

「はい。 映像がアーカイブにあるはずなので、帰ったら見てみませんか? 」

「了解した。6号はレコードの美しいが知りたい」

「はい! 」

「レコードのドレスも、また美しいと評価できる」

「え!? なんですか急に!? 」

「レコードの頭髪色とのコントラストを計算して設計されたと推測されるそのドレスは、よく似合っている……『似合っている』の用法はあっているか」

「合っています! じゃなくて! え、似合ってます? このドレスが? 」

「肯定をする。 レコードは総じて美しい」

「……めっちゃ嬉しい。レコード超感激なんですけどね、その表情筋ピクリとも動かないのはどうなんですか」

「訓練が必要」

「それも帰ってからやりましょうか」

「了解した」

「あ、砂漠超えます」


 イノセントが、施設からほどなく遠い場所に出る。そこから先は砂漠が途切れ、コンクリート打ちの地面が垣間見え始める。しばらくして、その場所にイノセントを着地させる。膝のサスペンションが小気味よく効果を発揮し、コクピットには振動が限りなく0になっていく。


 イノセントが降り立ったこの場所は、過去、都市部であったことを伺わせるこの場所は、乞われた人工物の森となっていた。劣化により四方の角が欠けたビル。ドーム状のスタジアムは、その天井に薄い膜を貼るだけの洞窟。破けるのが早いか、地面が裂けるのが早いかは判断できない。道という道には、弾痕とそれによって破壊されたであろう街の欠片達が散らばっている。食品を象った穴の空いた看板。曲がった柱。千切れたコード。地上に出てはいけない配管。4輪だった乗り物。列車だったであろう、その中が剥がされて溶かされた異物。 この森が、元の姿を取り戻すことは、永久にない。


「生体反応は」

「ありません。虫一匹いないと思います」

「あの爬虫類がここにくる可能性は」

「ここ、マグマ出てないので、たぶん来ませんね」

「なら、この場で記録を開始する……」


 6号が右目を触り、人類への通信を行い始める。この地球に降り立った時に行った動作。しかし、その動作を行っても、眼球に内蔵されたカメラが作動しない。また、人類との接触も行えなかった。


「どうしたんです? 」

「いや、レコードここは電波を阻害するものがあるか? 」

「どうでしょう。ジャミングとかじゃないんですけど、電磁波はそこら中に乱れ飛んでますから、一定の電波は阻害されやすいとは思います」

「なら、一時的な物か」

「何かあったんですか? 」

「カメラが使えない。通信もだ」

「ええと、6ちゃんを送り出した人たちとお話ができないと? 」

「会話は行わないが、こちらからの情報提供が行えない。記録ができない」

「ええと、記録って、どんな媒体でもいいんでしょうか? 」

「それは、そうだ。媒体としては電子情報が最適ではあるが、後ほど変換できるなら物理媒体で構わない」

「でしたら、これで撮りましょうか」


 レコードがドレスの裾から器具を取り出す。その器具は、旧世代では滞りなく普及していた、携帯端末。


 「スマートツールです。ディスプレイは最大11インチから最小1.5インチまで変更できます」


 それはかつて、『スマートフォン』と呼ばれていたものの発展系。

タブレットのように大きく。腕時計のように小さくなれる、サイズを変えることのできる電子機器。撮影、通信、ネットワークへのアクセス等、これ一つでできないことはないというのが、商品としての触れ込みである。その器具そのもにに、6号は興味を示さなかった。が。『レコードが』所持していることに、疑問ができた。


「君自身に撮影機能はないのか? 拡張はいくらでも出来たはずだ」

「これをもって撮影することは、施設での私の役目でもあったんですよ」

「撮影が? それをもって? 」

「さて、一旦お外に出ましょうか」

「待て。6号の生存はこの都市部は可能なのか。大気は? 」

「もろもろ全部チェック済みです。さぁさぁ! 」


 レコードに急かされて、6号がイノセントのコクピットから下りる。生物のいないこの街に、二人分の足跡がついた。


「さて、イノセントをバックに、あー、背景砂漠になっちゃうな。それじゃ意味ないし、今回はなしで」

「意図が分からない」

「こうするんですよ」


 レコードが肩をよせて、6号と寄り添う。そのまま、右手にもったスマートツールを掲げる。そのディスプレイには、ふたりと、街の光景が映っている。


「撮影なら撮影といってほしい」

「はいはい。わらってー」

「難易度が高い。どうすればいい」

「ええと、じゃぁ、そうですね、手でサインとか作れます? 」

「サイン? 」


 6号は街を見わたす。その中に、レストランだったであろう看板が朽ち果てている。奇跡的に認識できたのは、かつて料理人のキャラクターが描かれたもの。その両手は、かろうじて人差し指と中指をVにしているのが見えた。それをサインだと認識し、真似て、レコードに見せる。


「サインとはあれでいいのか? 」

「あー! ピースサイン! いいですね! 珍しいし! 」

「珍しいのか」

「抱きついたりなんだりの方が多かったので。じゃぁいきますよー! 」


 レコードが肩をよせ、写角にふたりを収める。その二人の顔は対象的で、その背景は、どんな絵画にも描かれたことのない悲惨さを伴っている。かつて、レコードはこうして、あの娯楽施設に来た来客をもてなしていた。彼女はイノセントの補助要員でもあったが、同時にマスコットガールでもあったのだ。そして、彼女と共に記念撮影をするという行為は、かつて存在したソーシャルネットワーク上で、上位のステータスになるほどであった。レコードはその時と同じように、シャッターを押し、自撮りとして、データに保存される。これが、かれら二人にとっての、6号にとっては初めての、レコードには久しぶりの記録となる。


「6ちゃん、表情筋壊死とかしてないですよね? 」

「正常だ。ただ、使用方法が分からないだけだ」

「もう。せっかく美人さんなのに」

「美人? 誰が? 」

「6ちゃんがです! さぁ! もう少し先にいきましょう。 入口だと砂嵐が来たらうもれちゃいますから」

「まてレコード。なぜ6号が君に美人と評されたのかの理由が知りたい。まってくれレコード」


 歩き出すレコードを追いかける6号。歩幅はわずかに6号のほうが早い。身長がそもそも6号の方が高いのだ。追いつかれそうになるのが解ったレコードは、駆け出し始める。それに対応すべく、6号もまた駆け出す。


「美人な君に言われるほど、6号は人体の造形に美麗さがあるとは考えにくい。理由を問いたい。まってくれレコード」

「後で教えます! 教えますからその完璧なフォームしながら無表情で走るのやめてください!! 」


 6号は、100mを8秒前半台で記録できるレベルの肉体を保持しているのを、この時、レコードはまだ知らなかった。 


         

     

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