α地点
「これ以上の滞在は、情報収集に支障がある」
「えー」
「しかし、現在位置以上に生活基盤が整っている可能性が、遠方にある確証も、またない」
「じゃぁ、6ちゃんはどのようにしたいのですか? 」
「物理筆記を行い説明する」
食事がおわり、すぐに今後の方針を説明、共有すべく6号がホワイトボードに書き込み始める。プレゼンテーションを行おうとしていた。
レコードがどこからともなく用意した座布団に座り、6号は指差し棒で説明をする。投射装置は、先の戦闘で半壊しており、復旧するより、このような形で行おうほうがコストもかからずに良いと6号は判断した。物理筆記には、ペン、定規、円を描くコンパス等、彼女自身の手で描かれたものは少ない。真ん中に小さく、αとかかれた点のみが、彼女のフリーハンドで描かれたものだった。
「現在地点をα地点とし、行動半径を最大限まで伸ばす」
「移動手段はどうするんです? 」
「イノセントを使用する。燃料の備蓄から、余裕があるのは確認済み」
「レコード感激です! 備蓄しまくった甲斐がありまくってます! 」
「砂嵐、台風、竜巻等の気象が変更しない場合に限り、日中の活動にとどめ、α地点を帰還地とする」
「あの子を使う理由は? バギーくらいなら」
レコードが提案する。イノセントは高性能だが、移動するだけなら他の手段がいくらでもある。
Various walking weapons 多目的歩行兵器。なぜ歩行させるのかというのは、それがかつての戦争の条件として位置づけられたものだからだ。そしてその催しは、各国の技術力を躍進させるのに大いに貢献した。結果として一家に一台ウォーズがいるような世界となる。だがその世界も、流体兵装の出現により、瞬く間に崩壊した。
閑話休題
イノセントを仕様する理由には6号にとって1つ。優秀な、かつこの施設で唯一の戦闘単位として利用すること。『寄生グモ』がどれほどこの地域に存在するのかわからない以上、戦闘単位無しで跋扈するのは6号の本意ではない。
「液体兵装の質量は残り少ない。6号に、あの戦闘単位は非常に優秀である」
「なるほどぉ」
「実動7時間、休憩を二回。各1時間とする。それ以上は活動に支障がでるのと、この地球の気象変更に対応できなくなる」
「はいはいーい! 」
「以上。今後の活動方針である。なお、最終目標は、仮にΩ地点を設定する」
「Ω地点? 」
「この地球で、まだ人類が観測していない場所を見つける事だ」
「それが、最後の目標ですか? 」
「そうだ。そのために共存をしてくれ。ガイノイド・レコード」
「はい! よろこんで!! 」
ホワイトボードによる説明も終わり、次に、6号はレコードに説明を求めた。
「地球の現在はどうなっている? 」
「もうすっごいですよ? 地震は起きるわ火山があれば噴火するわで」
「地形変化があるのか」
「3年、いや1年ペースで地図が更新されますねぇ。衛星もなくなっちゃって記録できないので、だれも更新できないんですけど」
「ネットワークは生きているのではないのか? 」
「チャンネルがちがうんだと思います。少なくとも6ちゃんたちのいうような人類の形なんて私しりませんでしたし」
「情報規制の可能性は高い。自我の発生を抑えるためだろう」
「なら、もうサーバーそのものがちがったんですかね。私、アップデートできたのに」
「人類が物理的な施設を利用することはもうない。レコードが接続できるネットワークではないだけだ」
会話の終わりに、レコードが唸る。それは、6号が自分の名を何度も呼びながら会話していることへ、歓喜で満ち溢れているのだが、にもかかわらず、このいかんともしがたい会話の不自由さを解消すべく、どんな提案をするればいいのか検索しているのだ。
データからざっと100Pほどの本20冊を読み込み、不自由さの原因を突き止める。それは6号がレコードと呼ぶタイミングである。つまり
「その、名前読んでくれるのは嬉しいんですけど、二人称使いません? 」
未だに、6号はレコードを『レコード』としか呼んでいなかった。当の本人は意図がわからずに即時即決し即答する。
「理由が不明だ」
「いやその、色々な呼び方をしてほしんですよぉ! 私もそうしますから」
「それは共存には必要か? 」
「よりよい生存には必要です! うるおいです! 」
「……検討を開始する。……」
長い思案の時間が流れる。微動だにしない6号と、体を左右に揺らしながら待つレコード。かれこれ15分たっぷり待った結果、6号はぽつりと述べた。そこから、連続攻撃が決まる。
「君? 」
「うぉうあ!? 」
「貴方」
「ふう! 」
「おまえ」
「いい! 」
「そなた」
「それはそれで」
「もうどれでもいいのか」
初めて、6号が『呆れる』。自分の行動の結果でレコードが大げさに反応しすぎているからこその感情。しかし、それを正確に認識するのにも時間がかかった。今はまだ、彼女はレコードに呆れたと感じていない。そんな6号をおいてけぼりにして先の二人称について感想を浴びせる。
「そう言うわけではないんです! ただちょっと刺激が強かったというか、というかもうぶっちゃけたまらんといいますか! 」
「先の戦闘で消失した両腕には、まだスペアはあったようだが、思考回路にも故障があったのか? 」
「違いますよ! 大丈夫です。慣れれば。たぶん」
「そうか。では、6号は2人称の選択肢をこれ以上広げる必要性を感じない。選んで欲しい」
「私がですか? 」
「効率のいいものがどれか判断できない」
「ええと、じゃぁじゃぁ……」
再び体が左右に揺れる。「結論をだす演算」においてこの動作は、彼女、レコードが長年稼働していて身に付いた一種の癖となっていた。
そして時間にして10秒。データにして1テラバイトほどの演算を繰り返して結果を伝える。
「『君』で! あ、名前もたまに呼んでくださいね? 」
「了承した」
2人は次の行動にうつった。この施設内にある唯一の戦闘単位である、ウォーズ。イノセントの元へ。
「今日はこのまま、探索を行う。行動指標のとおり、夜にはここに戻る」
「はい! 」
満足のいく対話を終えた2人が歩き出す。現在は、嵐は止み、叩きつけるような砂の雨も身を潜めている。イノセントが佇むその姿は、戦闘の経過を感じさせなかった。
「イノセントの兵装はこれですべてか? 」
「内蔵兵器がほとんどなので」
「射撃に類する兵装は? 」
「右の『裾』にハンドガンがありますね」
「他には」
「ええと、『襟』に攪乱膜を貼るディスチャージャーと左の裾にワイヤーが」
「まずこの機体のコンセプトを教えてくれ」
「イノセントは近接攻撃を主体とした機体です。マニュピレーターは保持よりも強度と外見を重視されています。装甲は用途によってそれぞれ『着替える』ことで対応します」
「着替え? 」
「はい。ネヴァー号にイノセントのクローゼットもあるので」
「今は? 」
「ホワイトタキシードですね。『襟』と『裾』の形状はユーザーパイロットの好みで変えられます。性能差はありませんが」
「他には」
「追加する形で『コート』があります。タキシードは銀色と、黒で1着づつ。白は光学兵器用なんです」
「近接兵装は? 」
「刺突が用途の粒子サーベルと、汎用のナイフがひと振りです」
「近接戦闘用にしては武装も少ないようだが」
「イノセントの真価はその機動性です! さらには服さえ噛み合えば相手がどんな射撃をしてこようとも無効化します! 」
「事前に相手が分かるレクリエーションならではの仕様か」
「そ、そう言われると何も言えないんですが」
「黒の服は」
「物理破壊特化装甲です。火薬による物理的な衝撃を電磁場によって分散、消滅させます!」
「銀の服は」
「化学破壊特化装甲です! 液体系の侵食を即座に中和し、無力化します! 」
「今の白い服が、光学特化か」
「はい! 一番高価な装甲ですが、人気もすごかったんです! 」
「なに。人気? 」
「はい! 白銀の花婿なんて二つ名を頂いてたりしたんですよ? ユーザーパイロットも白いパイロットドレスなんか着たりして! 」
「花婿。旧時代の婚姻とよばれた物の、男性役側の名称だったか」
「設計思想と、デザインの時点でタキシードですから、きっと狙ってたんですね」
「婚姻とは、生活単位の一種で、夫婦と呼ばれる形態変化のお互いの了承を得る、書類上の決定だったはず」
「それ以上の魅力があったのです! 一生でとっても大事なことでしたから」
「大事なこと」
「で、私も実は関連があったり」
「レコードが? 」
「はい! 何を隠そう私は仲人なんです」
「なこうど。婚姻の際の仲介人のことか……誰と、誰の? 」
「イノセントと、ユーザーパイロットの、です! 」
「なるほど。そうか。花嫁は、パイロットなのか」
「レコードは仲人としてパイロットをサポートするために生み出されたのです! 」
「ちなみに、テストケースとして聞きたい」
「なんです? 」
「仲人と婚姻したがるパイロットは過去にいたか? 」
「へ? 」
「仲人と婚姻したいと注文したユーザーはいたか? 」
「え、ええと、それは、どうゆう? 」
「6号はウォーズと婚姻関係を結ぶ必要性を感じない。生活単位にウォーズはあまりにも巨大だ。利害関係にすらならない」
「あ、あの、イノセントと婚姻といっても、こう、イベントのようなもので、一時的なものでしから。戦闘を盛り上がるための、一種のロールプレイでして」
「……そうなのか」
「は、はい」
「そうか。経済活動である以上、心象に残るようにプロモーションは行うものだった。失念した」
「ほ、他に聞きたいことはありますか!? 」
「共存関係と婚姻関係の差異はどれほどある」
「は、はい!? 」
「6号はレコードと共存関係を結んでいるが、婚姻との差はなんだ」
「そ、そうですね。お互いしった上で結ぶ婚姻は、共存と根本的に違います」
「では婚姻にあって共存にないものはなんだ」
「ずばり! 愛です! 」
イノセントの前で、レコードが宣言する。その宣言を直に受け、6号の体は硬直した。情報をあらかじめ記録した語彙郡の中から、該当の言葉を探すも、それは見つけることができず、ただ反芻して問いかけるしかできなくなった。
「愛? 」
「はい。えっと、わかりませんか? 愛」
「利害関係を超えたもの、としか分からない。いや、きっと人類にはあったはずのものだとは分かる。ただ、それは、他者と結ぶものだ。人類は、それを捨て去った。自己も自我もない者に、他者は存在しえない」
「そう、ですか。ほんのちょっとだけ残念です」
レコードがはにかむ。その表情をみて、6号はさらに困惑した
「なぜ、残念なのだ」
「だって、私は長い時間を得て、ようやく解ったことなのに、人間は捨て去ってしまったのですから」
「しかし、人類は遥か彼方の星へと到達できた。これは有史以来何者にも成し得なかったことだ」
「はい。きっと素晴らしい事なんだと思います。でも、だからこそ、私はほんのちょっとだけ残念だなぁっておもうんです」
「重ねて問う。なぜだ」
「だって、寂しいです。愛を捨てたことで発展できたなんて事実。人は、あれだけ愛を謳歌していたのに。それがとっても楽しいそうだったから、私は知りたかったのに」
6号が問う
「『愛』を知ると、『楽しい』のか」
レコードが応える
「はい。とっても」
6号は気になる。
「『悲しい』よりも、いいものか」
レコードは知っている。
「はい。きっと」
6号は答えを欲する。
「『寂しい』よりも、いいものか」
レコードはそれを、ずっと間近で見て聞いていた。
「はい。『愛』をしれば、余計に」
さきの対話よりずっと満足しないもの。だが、6号はなぜか、充足を感じていた。その原因と因果がわからないために、もっとも近いと仮定する『レコードの不具合』という線て決着をつけた。それ以外、思い至ることができなかった。
「6ちゃんはいつかわかってくれます」
「過大評価だ。6号はまだ感性とよばれるものも、感情と呼ばれるものも乏しい。自我でさえ、曖昧だ」
「大丈夫。貴方は、誰かの涙を拭える人ですから」
レコードが一歩まえにでて、振り向く。金髪が揺れ動き、赤い目が、再び微笑みながら、6号に問いかけた
「さぁ、今日はどちらにいきますか? どこへでもついていきますよ」
「……北へ行こう」
「はい。わかりました」
「分からないことがあれば、君にたくさん聞いてしまう。それでいいか」
「もちろん」
「なら行こう。地球を記録して、6号の知らないことを、たくさん教えてくれ」
「はい。私でよければ」
レコードの腰を抱き。6号は液体兵装をもちいてコクピットへと入り込む。その際。身にまとうスレイブスーツの表面色を操作し、黒に赤いラインの入った外見から、白に青いラインの入った外見へと変えていくそれは、花婿と象意を合わせて、かつ、レコードの服に合わせた配色
「象意を合わせた」
「そんな事できたんですね!? 」
「ドレスとはいかない。服飾上の形状変化まではこのスーツでは対応できない」
「十分です! ありがとうございます! 」
「……意図が不明。なぜ感謝を? 」
「なんでもです。さぁいきましょう! 120kmも行けばで砂漠から抜けます! 」
「了承した。目的地としてではなく、距離を目標とする。120kmを目標距離に設定。イノセント起動」
レコードの背中にコードが接続される。各機器が動き始めイノセントが起動する。
「はいはーい! 駆動メインエンジン始動ぅ! 碗部、脚部、腰部、他関節部もろもろ全モーター可動開始。装甲『ホワイトタキシード』表面集光機能正常。あーカメラアイ部点灯確認しますー」
バイザーに簡易化された瞳が映る。関節各部がモーターの回転にあわせ震え出す
「OKっぽいですね。メインカメラ3機、サブカメラ5機稼働確認。視野チェック願います」
「問題ない」
「ありがとうございます! いやぁ緊急発進じゃないとちゃんとチェックしながらできていいですねぇ! ではではセンサー感度良好。脚部付近障害物なし。これにて初期段階クリア。はい、お待たせしました。歩行可能です! 」
「歩行開始」
「歩行開始! 歩きまぁす!! 」
イノセントがその一歩を踏み出し、施設から歩き出す。その歩みによどみはなく、砂嵐が止み、それでもなお空が雲で覆われるこの地で、25mのロボットの足跡が残っていく
「大気圏用ジェットエンジン『はやぶさ』暖気終了。これにてイノセント、全領域稼働完了です! これで飛べますよ!! 」
「了承した。イオンエンジンをスラスターとして使用」
「はい。イオンエンジン『ひえん』起動済みです! 」
「飛行開始」
「飛行開始! 飛びまぁす!! 」
着込んだタキシードの裾が揺れる。そこに垣間見えたノズルに火が付き、イノセントの体を押し上げた。
一歩を踏み込み、その足跡をなにより大きく残しながら、飛び上がる。
大気圏内で使用するために設けられた高出力仕様のエンジンが唸り、イノセントを空へと導いた。燃焼効率を度外視して作られたこのエンジンは、長距離の飛行は苦手としている。それを補うようにイオンエンジンによるスラスターで距離を稼ぐ
荒廃した大地にひと筋、白い糸が赤い布に通るように、細く長く、そして美しい直線を描いて、イノセントが灯した炎が伸びていった。