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食事

「覚醒を確認。身体異常なし。これより観察を再開する」


 6号が眠っていた体を起こす。その瞬間に、差異を認め、視界を広げた。


「コクピット内部には、他者がいたはず。なぜ」


 半球状のモニターを見れば、外は一面の砂漠であり、今は砂嵐も起きている。下を除けば、乗り込んでいるウォーズの足元まで、砂が舞い上がっているのがわかった。


「他者? 他者と今認識している。自己を持ってしまったのか」


 右目に触れながら、このまま通信を行うかを考える。自己を確立した者がいまの人類に接触することは、容認されるとは思わなかった。


 それほど、自己を確立することを拒むのが、今の人類であった。


「だが、その他者は今どこに行った? 共存関係を結んだはず」

 

 脳裏に浮かぶのは金髪の、赤い目をしたガイノイド。青い服が、よく映えていた。


「睡眠時間が長すぎた。しかしなぜだ」


 尽きない疑問を並べていると、脳がブドウ糖不足を発信した。肉体を保持した以上、維持するための危険信号は耐えず6号に及ぶ。


「血管注入剤を使用する」

「待ったぁあああああああ!」


 スーツのポケットから拳銃型アンプルを取り出して注入しようとした時、彼女以外の声が聞こえる。画面いっぱいに、金髪が映った。その他者の声は、聞き覚えがあった。


「何してるんですか!? まさかそれが食事だなんていいませんよね!? 」

「食事だ」

「なんでそんな味気もないことを平然とするんですか! 」

「これは血液に注入することで生存可能時間を伸ばすアンプルだ」

「カロリーとビタミンを体に入れればいいなんて考え方はダメです! きちんと食事を摂ってください! 経口摂取で! 」

「非効率だ。このアンプルで1日不足ない。もっと必要なら1本で3週間かの時間を伸ばす別のアンプルを使用すれば」

「そうじゃないんですって! とりあえず降りてきてください!じゃないと泣いちゃいますよ! 」

「それは、なんだ。困る。原因は不明」

「出入り口は一箇所ですから、そこからブリッジにあがってください! 」


 6号が訳も分からずに、巨大なロボット……イノセントから下りる。砂嵐から顔を守るため、腰にまとわりつかせた流体兵装を展開し、身を守りながら、さらに別の構造体の中に入る。


 『ネヴァー号』と呼ばれた宇宙船舶の内部は、6号の感覚でも「暖かい」とわかるものだったが、突如として襲う、それ以外の感覚に支配されていった


「異常が見受けられる。」

「あれ、砂が入りましたか? ベーしなきゃだめですよ」


 ブリッジと呼称された場所で、スピーカーが音を鳴らしている。そこから、6号以外の声が聞こえてきた。その声は、聞き覚えがあり、6号は応答をする。


「固形物が入ったのではない。しかし異常は嗅覚と……未知の感覚が刺激されている」

「未知? あれ、細菌でもはいったかな。でもここは滅菌してるし……」

「異常ではある。が、拒否反応に類するものではない」

「な、なんですかそれ」

「不明」

「と、とりあえず座っていてください。いま持っていきますから」


 スピーカーから音が途切れる。6号はその指示に従いつつも、ある事が思い出せずにいた。


「だれだ……誰だったんだ? 」


 自我を確立して間もない状態で他者を認識したことで、他者と、いまの声の主とが、バラバラになって認識されている。自分以外の他者であることは分かるのに、今の声が他にいるであろう別の他者と何が違うのか、まだ6号には、線引きができていない。彼女は、まだ、『自分以外のだれか』であるとしか記憶できていない。それほど、身体が発達した彼女でも情報を整理できていなかった。しかし、確かにおぼえていることは、彼女と自分は、共存関係を結んでいるということ。ただ、名前が思い出せない。これは障害足り得ると判断していると、別の動作が起こった。先ほどとは違う場所の扉が、ゆっくりとスライドする。


「おはようございまーす! いやー『アイガ』を生かしておいた甲斐がありましたよー! さーどうぞ! この施設限定のハンバーガーセットです! 」


 トレイに乗せられたその料理は、旧世代ではよく見られた、ファーストフードの一種だった。両手に収まるか否かのハンズに、野菜が三種類。そして、薄いミートパティが挟んであり、ソースがかかっている。脇には、ポテトフライと、ぱちぱちと炭酸の弾けるコーラ。それとは別に、ミネラルウォーターもある。一般的な、しかし確かにハンバーガーセットだった。


「あ、コーヒーのがよかったですか? 」

「……情報量が多い。それと質問が生まれた」

「はい? どうしたんです? 」

「この食料はどこから? 食材が育つ土壌などないはず」

「あー、それはですねぇ」


 運ばれてきた食事を脇に置き、手元でブリッジ内部のコンソールを操作すると、正面のモニターが、この船の構造を映し出した。その後部が、赤く点滅している。


「『アイガ』といいまして、物質さえあれば栄養価を伴った食材へと変換する、この船の生命維持装置の一種なのです! 」

「合成食物の生成装置か」

「はい! よくご存知で」

「第5次戦争の際、『アイガ』を所持している『個人』の奪い合いが多発していた。全面戦争の発端の1つだ。それがまだ可動しているのは、なぜだ? 」

「この日のために整備し続けていました! 」

「500年以上をか」

「はい! 」


 滞りなくおこなわれ会話に、異違和感を覚える6号だったが、それが一体なんなのか、知り得ていない。『寂しい』や『可哀想』などという感情を感じられるほど、彼女の感性は成長していない。代わりに、原始的な感覚は忘れ去っていなかった。


「異常を再び検知している」

「あれぇ!? なんでぇ! 」

「嗅覚へ、衝撃的な刺激がある。さらに、口内に唾液が充満しつつある。」


 突如。肉体反応が6号の腹から聞こえだした。


「さらに、異変だ。肉体に異変が」

「も、もしかして、お腹すいているのがわかんないんですか? 」

「ブドウ糖は不足している」

「じゃぁ、もしかして、味覚も? 」

「……味覚。この体の機能の一つとして備わっている可能性は低い」

「でも、よだれがでてお腹もなりましたよね? 」

「それは、反応の一種なのか? 」

「はい。 お腹すいちゃたら、そうなっちゃうんです」

「……非効率極まる」

「とりあえず、病気や細菌汚染とかじゃなくってよかった。ささ、どうぞ」


 促されるまま、6号はハンバーガーを両手にもった。そして、そのまま静止する。ソースが垂れて指につくのもかまわず、そのままじっとしている。


「ど、どうしたんです? もしかして美味しそうに見えませんか? 盛り付け悪かったですか? 」

「そうではない。……これは、なんだ。コレを口にいれていいのか、判断がきかずに、肉体が硬直する。嗅覚からの刺激は続いているのに、なぜだ」

「……怖いんですか? 」

「怖い? 」

「その、知らない物を知ろうとするのは、怖いことです。」

「知識はある。知らないわけではない」

「でも、初めて経験するんですよね? さっきまで自分に味覚があるのかすらわからなかった」

「経口摂取は想定していなかった」

「大丈夫ですよ」

「……発言の意図がわからない。大丈夫とは、許可と同意の意味を持つはずだ。何を許可する」

「ええと、そうですね。『食べても大丈夫ですよ』ってことで1つ」

「保証を担保するというのか。発言1つで」

「はい。補うと言う意味での補償の方も、がっちりばっちり充実していますのでご安心を! 」

「……では、行動を開始する」

「はい。召し上がれ」


 6号は、ひどく怠慢な動作で、その口を広げ、ちいさくかじりついた。ハンズと、ミートは口の中に入ったが、野菜がそれほど多くはいらない。小さく顎を動かす。咀嚼と言う行為を初体験しながら、ゆっくりと一口を小さくし、食道へ通るようにする。


 だが、彼女には経験が少なすぎた。


「がぁ!? あああ! 」

「ええ?! もしかして詰まらせた!? ええとお水お水! 」


 手早くミネラルウォーターを運び、6号はそのコップをひったくる。理性の欠片もない、生存の為の行動は、なによりも優先された。


 そのまま、彼女の喉はうるおいと共に綺麗になる。


「……経口摂取の難易度はここまで高いのか」

「えっと、もしかして歯とかなかったり? 」

「ある。成長と共に永久歯へと変わっている。問題はない。ない……はずだ」

「ゆっくり、ゆっくりでいいですから」

「では、もう一度行動を開始する」

「どうぞ」


 今度は、口をさらに小さくして、ハンバーガーをかじる。先ほどの倍の時間をかけ、今度こそ、喉に通した。静かなブリッジに、咀嚼音だけが響き、やがて飲み込む音が締めくくる。


「ハンバーガー、苦手ですか? 」

「6号は、味覚が未発達なのが証明された。細かな差異を理解するには時間がかかる」

「そう、ですか」

「ただ」


 6号が、相手の瞳をじっと見つめる。6号のためにと献身を惜しまない姿に、この料理を作り出した相手の名を、思い出し始める。


「これは、きっと、美味しいと呼ばれる物体だ」

「えっと、それ美味しいんですか? 」

「6号を解剖し、脳内物質を検知するれば、証明される」

「そんなことしませんよ! でもよかった! 6ちゃんはハンバーガー食べれて」


 6号を、6ちゃんと呼ぶ、食事を運んだ者が、この場で初めて、はにかんだ。その顔をみて6号は、名前を完全に思い出す。彼女の中で、他者のくくりから、さらに分離した結果だった。


「そうだな。レコード。美味しかった。また作って欲しい」

「はい! 喜んで!! 」

「そして、きっと、あの言葉は、6号も言わなければいけないんだ。今の今まで、名前を思い出せなくて、発声のタイミングもつかめずにいた」

「え。なんですそれ。というかひどくないですか! 」

「レコード。おはよう」

「━━━━」


 今度は、レコードが固まった。情報量の多さにではない。余りにも長い時間いわれてこなかった言葉を言われて、そしてその言葉が、自分にとってどれだけ嬉しいことだったのかを再認識するのに、時間がかかってしまった。


「……おはようございます? というべきだったか」

「いえ! はい! おはようございます! 6ちゃん! 」

「おはよう。レコード」

「おはようございます! 6ちゃん! 」

「おはよう。レコード」

「ん? おはようございます! 」

「おはよう」


 6号はこの時、「挨拶というのはコミュニケーション上重要であり、返礼することで関係を円滑にする事ができる」という情報を忠実におこなっていた。レコードという名を思い出したことで、対象とはすでに共存関係を結んでおり、挨拶はそれを円滑に進めるための作業だと認識している。


 そのことにレコードが気がつき、返礼をせずとも既に円滑に関係が結ばれてると認識させ、ようやく挨拶の連鎖が止まるころには、コーラの気は抜け、フライドポテトがしなびいた。


 そしてそれを、6号は喉を詰まらせないように、ゆっくりと味わった。








 

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