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圧倒

 イノセントはナイトロードを無理やり壁に叩きつけた。あらっぽく動かしても、イノセントは、装甲の表面こそ高熱になっているが、傷は1つない。半壊の状態であるナイトロードだけが、その体を動かなくした。


「ああああ!! 」


 6号がコンソールを触りながら、嗚咽が止まらずにいる。操縦には、動作こそないがレコードが補助をしている。イノセントとつながっている彼女は、今、高速の演算で、6号がイノセントを思い通りに動かせるようにしている。イノセントが、手に掴んだカメラを投げ捨てる。無造作に投げ出されたそれは、落下の衝撃でレンズに罅が入った。


 1機が沈黙しするも、もう1機体のナイトロードが、マニュピレータに持った光学兵器を使用してくる。銃口から再び紫の光線が放たれるが、イノセントは意に返さない。再び火花が大量に散るも、傷は1つ付かず、直線の装甲にその光は吸収され、水脈のように細く小さく広がっていく。イノセントの装甲は、複数の種類を重ね合わせているものであり、その大多数は、かつての技術では最新鋭の対熱対光学装甲であった。イノセントに対して、光学兵器は役に立たない。しかし、ナイトロードをあやつる寄生クモはそれを理解したように、次の手を講じてくる。


 光学兵器から、背中にマウントされた武装へと取り替える。それは、6号に向けられたものと同じロケット。今度はそれを連装で放ってくる。その数4。


 弾頭が迫り来る。イノセントの装甲は、光学兵装用に調節しているため、対衝撃には強くない。命中すれば大破とまで行かずとも、行動に支障がでる。


 6号は、命中することをよしとせず、卵型の操縦桿を素早くひねり、指先のスイッチを押す。


 イノセントがその指示を受けて、体を震わせた。長い裾の中にあったスラスターが顔を見せる。宇宙空間で使用可能であるイオンエンジン系スラスターと地上で使用可能ジェットエンジン系スラスターが4つずつ併設されている。そのうち、ジェントエンジンをメインスラスターとして起動し、イオンエンジンを補助ブースターとして活用する。


 イノセントの体が、推力を得て宙に浮いた。ジェットエンジンの濃い青色系の炎と、イオンエンジンの白色系の炎が、白銀の体を照らし出す。迫り来る弾頭を繊細な動きで回避を行う。時に体を回そ、時に飛びあがり、時に体を反らせる。その動きに長い装甲が追従して翻り、踊るようにして4発の弾頭全てを躱しきった。


 ナイトロードが次なる攻撃を仕掛けようとするとき、すでにイノセントは肉薄している。その頭部を、イノセントの手刀が貫いた。カメラアイと言わず、頭部全域を全損し、行動が不能になる。ナイトロードはそのまま駆動系を制御できず崩れ落ち、地面へと伏した。ナイトロードの首から上だけが、イノセントに串刺しで支えられてそこにあった。


「ナイトロード2機。完全に沈黙しました。防衛成功です! 」

「成功。成功か」


 頭部を、崩れ落ちた胴体へとそっと置く。多少不安定であったが、即座に瓦解した装甲がかみ合い、落下が起きることはなかった。


「止まらない」

「はい? 」

「眼球からの水分流出が止まらない」

「たくさん泣けばいいんです。泣きたい時に泣くことができるって、とっても素晴らしいことなんですよ? 」

「ガイノイドも、先ほど流していたじゃないか」

「実は、流し続けることはできないんです。一定量以上は、流れ出ませんから」

「設計上の理由か」

「はい。補充しないと駄目で。残念ですけど」

「今は」

「はい? 」

「いま、移動手段が限られている。流体兵装は初期からすでに20%を割り、地球には、突然変異種や今の暴走しているマシンがいると予想できる」


  レコードと会話しながら、イノセントを動かす。戦闘で出た煙が、一点に流れ出ていた。ナイトロードが無理やりあけた出入り口だ。


「生存は極めて難しい」

「え、えーと」

「そこでだ」


 イノセントが、構造物から体を出す。先程までの砂の一面は、既に見えない。代わりに、その頭上には光瞬く星空があった。地上に明かりがなく、その光は余すことなく、すべて地球に届いている。


「6号と共存関係を結んで欲しい」

「わ、私がですか? 」

「期限は肉体寿命である50年。500年のうち、10分の1にも満たずに、空白を埋めることができないが、どうだろうか」

「わ、私と、一緒にいてくれるんですか」

「肯定する」

「型落ちですよ? 」

「構わない」

「う、うるさくしてしまいますよ? 」

「構わない」

「か、髪型だっていじっちゃいますよ? 」

「構わない」

「泣き虫ですし、ちょっと構造体が脆かったり、そ、それにそれに」


 6号が席をたち、レコードに抱きついた。両腕がないレコードは、突き返すことも抱き返すこともできない。


「あの、なにを」

「この行動は、涙を流している個体に対応した最適解である行動のはずだ」

「えと、えと」

「6号もこの動作を受けた。この動作は何と言うんだ」

「へ? えと、ハグといいます」

「ハグ。ハグか。では、先ほどの接触もハグというのか」

「は、はい! そうです」

「6号以外の心音を感じるのは、どうゆうことだ」

「そ、それはですね、私、合成血液を巡らせるために、心臓を模した機構が組み込まれてます」

「そうか」

「あ、あのー」


 レコードに抱きついたまま、その顔を埋める6号。そこからピクリとも動かなくなってしまった。


「睡眠導入剤を使用したのか」

「そ、そんなことしませんよ」

「覚醒状態を保てない。睡眠に入ろうとしている」

「いいですよ。そのまま寝てしまっても」

「では、予定を伝える」

「い、いまですか」

「行動を迅速にするためだ。まず、軍事に関わる構造物を回る。ウォーズと、ガイノイドの予備パーツを収集するためだ」

「あ、あはは。どうも」

「それを第1優先順位とし、この大陸を観察する」

「……私とですか」

「共存関係を結んだ。破棄するならそれでもいい」

「しませんしません! 」

「そうか」


 6号がうずくまった頭の向きを変え、下から見上げる形で、レコードを見た。その頬に、手を添える。その頬の感触を確かめる。生体となんら変わりないが、毛穴もなければ、血管も浮き出ていない。


「破損は両腕だけか? 」

「はい。スペアもあるので、大丈夫です」

「そうか」

「あの、お願いがあります」

「なんだ」

「名前を、呼んでくれませんか? 」

「共存には必須か?」

「必須かどうかは、分かりません。でも、円滑にするには必要です」

「では」


 添えた手をおろす。6号の黒い瞳と、レコードの紅い瞳が交わった。


「レコード」


 肉声による、自分の名前を、レコードは500年振りに聞く。


「――はい」

「レコード」

「はい!!」

「名前を呼ぶと、機能が向上するのか? 」

「はい! 立証はされてませんが、少なくとも今はそうです! 」

「型落ちだからか」

「ひっどい!……では、貴方のお名前をおしえてください」

「名前? 個人を特定する物はない。自我が発生する可能性があるからだ」

「えー!? だって名前ですよ名前! 」

「新しい識別名の必要はない。序列の、6号と呼べばいい」

「嫌です! あだなとかにしましょうよ。例えば……6ちゃんとか! 」

「法則は分かる。レコードがそれでいいならそれでいい」

「ほんとですか! じゃぁたくさん呼んじゃいますよぉ! 」

「では、レコード。これより睡眠に入る」

「ああ、そうでした。お疲れでしたね。」


 6号はレコードの膝をまくらにして、イノセント内部のコクピットで眠る態勢をとる。


「6ちゃん。おやすみなさい」

「その単語は?」

「え? ああ、挨拶の一種で、コミュニケーション上だと、対象に睡眠を希望する場合に使います」

「それは知っている。が、必要性はないはずだ。」

「いいんです! 睡眠の質だって上がるんです! 」

「睡眠の効率が向上する? その単語を発声することで? 」

「はい。しかし、条件があります。言われた人も一緒に同じ単語をいいます」

「なるほど。相互にいう必要があるのか。複雑な工程だ。しかし睡眠の質が上昇するなら使用しない理由はない」


 首だけを動かし、レコードと再び目線を合わせた。


「レコード。おやすみなさい」

「はい。おやすみなさい」


 6号は、その言葉を聞いた直後に、15分ほど経って眠りに落ちた。体組織がどれだけ発達していても、大気圏突入からウォーズとの戦闘を1日で経験したことで、体力の消耗と、精神的な消耗が限界にきていた。


 それに加えて、泣きつかれてもいた。


 レコードは、繋がったままのイノセントを操作し、コクピット内部の計器の光を落とした。半球状のモニターには、そのまま外の景色が映し出される。空調を操作し、6号が眠りやすいように、湿度と温度を調節する。


「……起きたら、朝食を用意して、お風呂入れてあげて、あ、私の服のスペアはまだあったかなぁ。でも御裁縫したほうが早いかなぁ」


 イノセントとつながっていることで、彼女は充電もかねていた。コクピット内部であるなら、レコードは眠る必要もない。眠っている彼女の髪を弄ぼうとした時、自身の両手がないのを思い出す。


 それがなによりも惜しいと感じていた。


「あーあ。残念。でも誰かがいるって、こんな感じだったんだ」


 かつて、まだここに人がいた頃を思い出す。活気が溢れていたあの頃。戦争で、人々がいなくなってしまったあの頃。


「よかった。まだ、会えたんだ。また、会えたんだ。」


 共感する対象がこちらを検知しないために。涙は流れない。だが、迸る感情は、確かにそこにあった。満天の夜空の下で、白銀のロボットが、一人の人間と、一人のガイノイドの屋根となり家となって、佇んでいる。


 それは、この星の寿命がつきる、ほんの少し前にあった景色だった。

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